高校生たちが夏休み中にオープンキャンパスに参加しています。第一志望を決めるのにはうってつけの機会ですが、私が大学受験生だった約30年前はそんな恵まれた機会はありませんでした。昭和から平成に変わった時代に、私が第一志望校を決めたお話しです。
有名だから、偏差値が高いからという理由から、何となく早稲田大学を志望していた高3の秋。当時、早稲田大学が会場になっていたZ会の早大模試を申込み、初めて早稲田のキャンパスに足を踏み入れた。
初めて目にする大隈講堂。新宿のど真ん中にこんな荘厳な建物が立っている異空間。その圧倒的威圧感に、しばらくの間、立ち尽くしてしまった。とても手の届きそうにない崇高な場所。自分のようなちっぽけな人間がいてもいい場所なのか?でも心のどこかで「人生の中の4年間をここで過ごさなければならない」という使命感にも似たものを感じた。この時から、早稲田は私の中で永遠の第一志望校になった。自分の望むものは簡単には手に入らない。相応の努力と犠牲が強いられる。しかし、それらを成し遂げた時、夢は現実のものとなる。そして、あんなにも手の届きそうになかった存在が、いつからか当たり前の存在となり、やがて、自分の人生においては必然であったように感じるようになる。
高校生たちには、自信を持って「第一志望校です」と言える大学を決めてほしい。なぜなら、そこから行動が起こり、人生が動いていくからです。
有名だから、偏差値が高いからという理由から、何となく早稲田大学を志望していた高3の秋。当時、早稲田大学が会場になっていたZ会の早大模試を申込み、初めて早稲田のキャンパスに足を踏み入れた。
初めて目にする大隈講堂。新宿のど真ん中にこんな荘厳な建物が立っている異空間。その圧倒的威圧感に、しばらくの間、立ち尽くしてしまった。とても手の届きそうにない崇高な場所。自分のようなちっぽけな人間がいてもいい場所なのか?でも心のどこかで「人生の中の4年間をここで過ごさなければならない」という使命感にも似たものを感じた。この時から、早稲田は私の中で永遠の第一志望校になった。自分の望むものは簡単には手に入らない。相応の努力と犠牲が強いられる。しかし、それらを成し遂げた時、夢は現実のものとなる。そして、あんなにも手の届きそうになかった存在が、いつからか当たり前の存在となり、やがて、自分の人生においては必然であったように感じるようになる。
高校生たちには、自信を持って「第一志望校です」と言える大学を決めてほしい。なぜなら、そこから行動が起こり、人生が動いていくからです。