自分はなぜに今の仕事をしているのだろうか? 今まで幾度もそう考えてきた。
そのたびに思い出すのは、子供のころから母親が時折話してくれた太平洋戦争時の話。
もちろんその内容は、あくまでも母親の体験という範囲を抜け出ることはないから、きわめて内容は限定的だ。
幼き頃のごっこから始まる兵器、戦車や戦艦、言うなれば強いものへの単純な憧れは、男なら誰しにもだろうが、そうした仮想現実世界と対面に有る現実を教えてくれたのも、この母の話であった。
今の自分はこの戦闘機大好き少年がそのまま大きくなったようなものだけど、違いがあるとするなら、この国が歩んだ不幸な歴史を常に正しく見つめ、命を失った多くの英霊たちの思いを未来(日本とアメリカの若者)へ伝える気持ちが大きいこと。
もちろん小さい自分に大した事等、出来はしまいが、ささやかながら技術という媒体をもってかつての敵国の子孫たちに日本の文化を伝え、日本人というものを学んでもらっている。
選挙が近いが、自分が強く支援している石原知事に関する動画をたまたま見つけ、その中に語られている話を聞いてみるなら。
それが母のものとはまた違う意味と側面を持っているわけだが、男女の感覚違いとでも言うべきものなのであろうが、慎太郎知事の感覚のほうが自分には近い。
もちろんこの程度の文面で二つの経験を比較したり、混流する部分での心の配置など語れるほど狭くもないし語りつくせるものはないが、
この話(実話)に出てきた、日本の戦闘機乗りたちは何を考えていたろうか?
子供たちを守ることだけだろうか、敵の戦闘機を撃墜することだけだろうか? 単純な使命感だけだろうか?
おそらくは何物にも代え難い悲壮感と、明るい未来への純粋な希望、その為に戦っていたのではないだろうかと思う。
圧倒的なパワーを誇るエンジンと先進空力デザイン、純度の高いガソリンと強力な武装。
対して知恵の推移を結集して可能な限り敵機を落とせる設計を施されたとはいえど、松脂混ぜた粗悪燃料はまともに攻撃する馬力も生み出せず、非力なエンジンは有利に戦うことも不可能、鍋釜寄せ集めの機体はがたがたで、フルにGをかけて旋回すれば気体がもたずに悲鳴を上げる。
けして勝てるはずのない事をわかっていながらけして逃げはしない、武装も貧弱、弾薬もろくに無く、ありとあらゆる制限中で限界と戦いながら敵機に挑む侍だ。
その濃緑の機体に描かれていた白ぶちのど真ん中にあるマークこそがこの国であった。
こうした経験を目の前でした慎太郎氏であるからこそ、ズタズタだった東京をよみがえらせることが出来たと僕は思っている。
次の選挙にぜひ出てもらいたいと思うのは僕だけであろうか?