久しぶりに姪が遊びに来ました、いかにも高校生だった彼女も、いまでは綺麗な女性へと変わりました。
大学は楽しい?と聞くと、「誰かもらってくれないかなー、永久就職しちゃいたいなー」とのこと。
れれ、まだ早すぎるだろー・・・・・いくらなんでも・・・・・
と思いながらも、自分はこの娘の年齢の時には結婚していました。
今思うと、なんて無茶な事をしてたのだろう!? と思う事しきりですが、
それから22年。 「あっという間に過ぎてしまった」という感覚が正直なところかもしれません。
色々な話をしましたが、「自分は何をしたらよいのか分からない、どうしたらよいのか分からない」という事を何度か言ってました。
今の子は、みんな同じ事を”必ず”といってよいほど口にします。
子供達にとって恵まれすぎている社会、しかし、心というものに対しては今ひとつ恵まれていない社会、それが今の日本ではないのか?と思ってしまいます。
「映画でも行くか?」と聞いてみると「うん」との返事、しかし、自分の年齢を考えると、援交と間違われかねないなー・・・・等と考えてしまいます。
こっ恥ずかしさもあり、なかなか動けず、さらにいろいろ話しているうちに時間も流れ、夕方になってしまいました。
話をしていく中で、読み取れた彼女の心の中に有る、たくさんの葛藤。
「かえるねー、ありがとう!」という声を残して駅のホームに向かう後姿を見ながら、「頑張れよ」と心で声援を送ります。
そして、「自分の道を、自分で歩ける事が大人なのだから・・・」と、一人でつぶやきました。
トレーラーが車検の為に整備工場まで牽引していきました。
そういえば、富士火災、まだ修理代金を払いません。
工場に聞いたところ、まだ整備費用を負けろといってきているようで。
8月待つ頃にぶつけられて、修理はすでに完了しているのに・・・・・
工場長と話したところ、余りにも「安くしろと」しつこい上に、態度が余りにも悪い為、最後にはぶち切れてしまったと言ってました。
富〇火災さん、何が楽しいのか知りませんが、そこまでしなければならないようだと、経営状態に何か問題でも?・・・・・・・
某会社に行ってきました。
東京駅の近くにある、ビルディングに移転してくる某一流会社のネットワークパニックを防ぐ為の仕事です。
知り合いに頼まれてのバイトですが、ちょうど有給があまっているので行こうかと思います。
約一週間は丸の内ワーカーといった感じになります。
導入されるシステム事態は、私の職場からすれば玩具みたいな物ですが、
扱う側のスキルレベルが普通の会社員ですから、トラブルに応じて臨機応変に対応しなければなりません。
おもしろい出来事がありましたら、時期をずらして、お話をしてみたいと思います。 ただ守秘義務があるために、内容に制限を受けますからおもしろいかどうかは????
朝から降っています、私はどうもこの雨という自然現象がダメです、嫌いです。
雨は雨なりによい面もあるのだと思うのですが・・・・・、情緒等考えたくもありません。
私が唯一好きといえるのは、夕立です。
バイクの免許をとり、ツーリング先で初めて雷の下を走ったときの思い出は、今も忘れられません。
シトシトではなく、ドカンとくる降り方が自分にあっているのでしょうか?
夏の蒸すような暑さのなか、ずぶぬれになりながら、アクセルを開けて加速して「キャッホー!」と叫びながら、夏の一時を楽しみ?(単なるアホだなー、)ます。
そういえば、ウインドサーフィンもまったく同じ感覚である事に今気が付きました。
あー!!!!!!カバンの中が・・・・・・・・・・ボタボタ・・・・・・
色々とやらかしてきたアンちゃん、これからは、分かりやすくするために、”タグボーイ”(タグ=札、ボーイ=少年の組み合わせで造語、この掲示板だけに使います)と書きます。
どのくらい真面目にやるだろうか? と心配していたのですが、本当に真面目に仕事をしています。
私の言う事も素直に聞きますし、放って置くと休み時間も取らず、昼飯も取らないで仕事しようとします。
この場合の仕事は、私の施すトレーニングですが、このタグボーイをトレーニングをするにあたって、指名した際に、チーフの顔が曇ったの見ています。
何が原因で問題を起しているのか?を知りたくているのですが、ここまで従順だと・・・・・・・・
まあ、彼らの世界には、日本人の私でさえも理解しきれいない、様々な壁や問題があり、それが彼を思わぬ行動に走らせているのかもしれません。
色黒の私より、さらに肌の色が黒い彼は、愛嬌のある大きな目をくりくりさせながら説明を聞きます。
カレーが好きだという彼は、時折それを”母親の味”として食べています。
無心にぱくつく姿をみていると、遠い日本ですごしている息子を、どれだけ母親が心配しているだろうか?と考えてしまいます。
年齢が私の息子と近い為、親の気持ちが痛いほど分かります。
若い彼には、まだ理解する事が難しいにしても、休暇で母国に帰ったとき、母親から「仕事はどう?」、「きちんとやっている?」とたずねられ、問題ばかりで何も話す事が無いのでは・・・・・・・
私が当面の目標とするのは、この青年に、どれだけの栄誉を与えられるかです。
教育ですから、たいした事は出来ませんが。
一番早く作業を終わった記録、一番丁寧にオーバーホールできた記録、一番上手に調整した記録など等。 上司や仲間を見返せる何か、そして母親に自慢できる事の一つでも、もたらしてあげる事が出来たら・・・・・
そう考えるのです。
太平洋戦争の敗北はまがいも無い事実ですが。
もちろん当時の日本とアメリカの経済力の違いはその決定的な要因でした。
しかし、私はそれ以外に、この二つの国に決定的な違いがあると考えています。
戦争は両国の国民による物ですが、実際に戦っているのは軍隊です。
日本が敗退に告ぐ敗退を余儀なくされたのは、パープルコードという暗号がアメリカに解読されていたためですが。
これを一つのキーとして、敗北の理由を書いてみたいと思います。
軍隊は、トップの下に△状に人が構成される形態が基本です。
対戦当時の日本は、現在ほど、上下関係が甘くは無く、武士の時代から伝わる基本的社習慣を引きずっていました。
それに対してアメリカは、依然として人種差別はありましたが、基本的に多民族国家です。
対戦中の日本軍の動きをみていると、ほとんど同じ攻撃方、同じ防御方、同じ行動をしています。
これは、上から下への指示系統がしっかりしており、それに応じた形で、部隊が動いているのです。 この指示は、ほとんどが前線で戦っている部隊より、上の、戦わない部隊が作戦を立て、実行していたわけですが。
戦場ほど流動的なところはないわけで、状況に応じた戦い方が必要だったはず、しかし当時の日本はバカの一つ覚えのように、同じ方法で戦い、そして緒戦を除いて全て敗北しています。
暗号が解読されたから負けた、というのはもちろんにしても、同じ作戦を繰り返して負ける歯は、作戦を立てる側の知識と能力に限界があり。
いわば、中間、及び下のものが、一言も上に物を申せぬ状態であったというのは誰しもが分かるほど、明確なのです。
しかし、これに対するアメリカは実に柔軟な作戦を取っています。
暗号から日本軍の行動を知ってはいるにしても、ミッドウェイ海戦、飛び石作戦を例にしても、基本的には、トップが、その下の多くの兵達の言葉と意見を聞き、そこからもたらされるよいものを選んで現場が実行しています。
トップが純粋に行なったのは、空襲くらいでしょうか?
これは、アメリカという国の成り立ちに起因しています。
単一民族の我々日本とは異なり、アメリカは、多民族を受け入れなければなりません、故に彼らと協調しながら国を作りあげていく必要が有ったわけです。
上とか下だとかの考え方を、余りに強く意識すると、それが差別へとダイレクトにつながって行きます。 ゆえに、できるだけ他人の考えを受け入れる意識が自然にできることになり、提案や進歩的なことには、身分的な物を意識することなく誰でも物を言えて、また受け入れる社会土台があるのです。
故に論争に慣れており、論争を通して、相手を納得させ、理解させる事も自然に文化としてつちかわれています。 すぐに感情が入り、論争ではなく口喧嘩になる日本とは、この辺りが大きく違います。
ですから、日本人でもある私も、職場では平気でチーフに物を言いますし、チーフもそれが正しいと思えば、それを即実行します。
太平洋戦争の勝敗を別けた理由の一つに、この日本の閉鎖性と、アメリカの違いがあると私は考えています。
さて、今日の日本は、対戦前とどう変わったのでしょうか?
能力給制度で大失敗した富士通を始めとして。
倒産した雪印他、経営不振に喘ぐソニー、国民を騙していた三菱自動車、これらの会社を見ていると。
この日本にあった文化と伝統を軽視し、そこに日本の悪いところが合わさっています。
しかし、日本式経営を大切にし、そして、日本人の一番よい部分をきちんと引き出して経営してるのがトヨタ自動車です。
彼らのしている事は、日本人ならあたりまえの事を当たりのようにしているだけであり、特別な事はしていません。
リコールでもみられる、この会社の素晴らしい姿勢は、人が死んでもうそをつきとおし、挙句の果てには他人のせいにまでした三菱自動車。
努力と柔軟性を忘れて、自分の権利をひたすら他人に押し付けた挙句に経営不信になったソニー等。 これらの会社と同じようにして訳のわからないところでアメリカをつまみ食いしてきた会社等とは、あきらかに異なります。
同じ事がこの日本の教育でも行われて来ました、日本の文化と伝統を足蹴にし、見かけのよい教育法を無思考に取りいれた結果が、今の日本の青少年の姿です。
皆さんはどう思われますか?
今日から金髪娘に代わり。新しい兵隊のトレーニングを開始しました。
身長180cmオーバー、浅黒い肌の、札付きです。
こちらも気合を入れてかかりますが、拍子外れです。
なんともまじめ、今日の予定をはるかに上回るスピードで的確に仕事をこなしていきます。
うーん・・・・・・・・出来る・・・・
途中で「こら!」と怒鳴らなければならない事数回有りましたが、はじめにしては上出来です。
まあ初日ですから、これから高度なで緻密な部分にはいらないと、本当の彼が見えてきませんが、なぜか楽しみです。
さてどうなる事やら・・・・
今日から一週間、娘が通学学習に行きます。
親とはなれて、他の子達とともに、生活を送ります。
学校にはバスで送り迎えしてもらいます。
私は、適当な年齢がきたら、子供をできる限り親から話そうと考えています。
上の子の時は、行きたがらなかった事もあり、こちらも特に無理はさせませんでした。
今回はその辺りが以前と違います。
そろそろ反抗期の片鱗が出始めている娘ですが、反抗期は親からの独立戦争ですから、それに応じるように、私は娘をそばに置くのではなくて、できる限り出そうと思います。 他人の中でもまれる事?を少しでも体験させる為です。
といっても、長い期間預かってくれるところ等、有りませんので、このように自治体で行われている、短期のものを利用します。
好きなようにやりたいのなら、親の干渉を受けたくないなら、親の顔など見たくも無いのが反抗期なら、親として、手元に引き留めるのことなく、「自分の力でやってみろ!」と放り出し、泣き言を口にするなら、容赦なくビンタを飛ばす(実際は?)のが、私のやり方です。
と息子が教習所を卒業しました。
何の苦労もせず、1時間のオーバーも無し、教官に文句言われることもなく卒業です。
なんというか・・・・・・・
丁度来週の火曜日が学校が休みだとのことで、試験場で学科を受けるそうで、受かれば晴れてドライバーの仲間入りです。
シボレーの修理もほとんど終わり、今月中には息子の運転でのウインドが楽しめそうです。
あ!左ハンドル、トレーラー、ですが、私はいきなりやらせます。
バックが難しいんだよなー・・・・
帰宅して、先ほど有ることに驚きました。
というのは、ツクツクホウシが鳴いているのです。
驚くと共に、耳を疑い、窓を開けてみると、やはり鳴いています。
「・・・・・・・・・・・・・」
今は10月半ばです。
「蝉ってこの季節にもいたっけ?」
やはり、地球温暖化の影響でしょうか・・・・・・
*以前のWEB日記からの転載です。 2013年11月19日
最近多くの方からメールを頂きます。
そして返信を書いていて思うことは、自分はいったい何様なのだ?という事です。
私は自分なりに自分の思うままの気持ちを伝えるべく努力しています。
しかしながら、私が書いていることは本当に正しいのか?と思い悩むことも多いのは事実です。
私には、この日本の国で物言うために許されている”権威”はありません。
どこどこの”お墨付き”すらありません。
ただ自分が経験し、目にしてきたこと、聞いたこと、その全てをとにかく整理し、自分なりに突き詰めて考えることはしてきました。
メールをくださる多くの人達に、ひたすら私として解答を書き続けています。
でも、ときおり、自分という人間は何なのだ?と思うことがあります。
確かに。私の息子は非行の道を歩きました。
しかしながら、私が息子に何をおしえ、何を解いてきたのかと言うことについて、正直自信がもてません。
そんなことだから息子が非行に走ったのだ!と言われれば、私はその通りですとしか答えようがありません。
ただ、これだけは確信持って言えることは、正義は正義、悪は悪として息子を育てたこと。
それだけは誰に対しても私が胸を張って言えることです。
私の正義とは、ひきような事をするな、友達を大切にせよ、約束は守れ、
面倒くさいと言わずに取り組め、自分の信じる道を歩け。
そのくらいしか教えていないかもしれません、というかその程度でしか無いのです。
私が息子に望むのは、特に高いことではなく、かといっていい加減を許すことなく生きていける事でしかありません。
子育てとはいったい何なのか?ということで毎日悩んでいるのが私という人間でも有るのです。
さて話はかわりまして、金髪娘、本日で全てのトレーニングを終了しました。
彼女がこれから軍曹に昇格し、人をひきいる立場になったとき。
私の言葉のほんの1%でもよいから、頭の中に残っていることを望みます。
そういえばM16ライフルの使い方が悪くて、昨日の訓練でおちたそうな(私の管轄ではありません)、私に甘えきっている彼女のケツを明日は蹴っ飛ばして、気合いを入れなきゃならないかな?とおもう私でした。
おそまつ!
これが今日のニュースだ、知ったとたん怒りと涙が出てしまったのは私だけだろうか?
事件は昨年、今年21の母親は、20のときに事件を起している、という事は、子供は16のときに身ごもったわけです。
この3歳の子が、どのような親(女)の人生から生まれてきたかについては、私が知るよしはありません。
しかし、彼氏に嫌がられるから? だから食事も与えず死に至らしめる?
この亡くなった子が、どのような思いで毎日をすごしていたか、いくら幼いとはいえ、泣きもしただろうし、騒ぎもしただろう、ママという言葉もいえたはず。
その子供を黙らせる為に殴る蹴るの暴行を働き、食事を与えなかった。
突き詰めれば、この女は自分の為だけに生きている訳で、相手の事すら考える事が出来ない、自分が幸せになるなら何でも使う、相手がいなければ子供ができる筈も無く、それなら前の彼はなんだったのか?
そして今度の彼とでは、邪魔だと考える。
私が理解できないのは、この女性と生活していた彼とやらが、何故気が付かなかったのか? こどもがいると知っていながら暮らし始めて、子供の姿が見えなくなったことにおかしいと思わなかったのか? 屋根裏で死んでく3歳の子が何にも音を出さないわけが無い、気付かない訳がないということだ。
そしてこの女の親、自分の娘が妊娠していない事に気付かないわけなどなく、出産だって知っていたはず。
親に衰弱した子供の事が発覚する事を恐れたからと、意図的に死に至らしめたわけで、これほどむごくて残虐な行いはありえない。
よく受容という言葉を聞く事があるが、このような事をした娘も受容するのか? 「いいのよ、いいのよ、苦しかったのね、しょうがないわ、何時かは分かるはず」と・・・・・・そもそも、受容という言葉の意味を、いい加減取り間違っているのが分からない親が多すぎるのではないか?
特に非行の子を持つ親が好んで使うその言葉は、単なる甘やかしを受容という聞こえの良い言葉に置き換えただけの事でしかなく、それで、親としての責務を免除されたような気になっているのが目に付いて仕方が無い。
もし私の娘が同じ事をしたなら、娘と共に命を絶つし、その覚悟はいつでもできている。
死ぬ事が解決になるのとか何とかいうどうでもいいような、他人の無責任な干渉は一切廃除し、受け取る気はないし、親として取らねばならない責任は取らなければならない。 少なくとも世の中に於いて、人様に最悪最低の害を与える人間にまでなった自分の子供を野放しにして、それを受容という言葉でごまかすほど、私は自分に甘くはない。
子供を育てる事は、命がけでかからねばならないのだから・・・
あらら・・・また壊れてしまった・・・・はは・・
横で真っ青な顔しているのは金髪娘。
今回は地面が揺れるほどの音でした。
軍用で信じられないほどパワーのある機械ですから、珍しくはありません。
もう少しで調整が終わるところなんですがねー。
オーバーホールをすると、パワーがいきなり出るようになります。
すると、それまで何とか動いていただけの部品が負けて、壊れ始めるわけです。
車のエンジンのように目視だけで確認できるほど甘くはありませんから。
実際に負荷をかけて、出力オーバーをさせながら、耐久性と最終確認をします。
この辺りの手加減は、それぞれの技術者に任されていますが、一番荒っぽいのが私でして・・・・・ははは・・・・・130%出力させます。
教えている手前、加熱して凄まじい温度になり、ブーンという放電音と共に悲鳴をあげ始める機械を調整だけで押さえ込んでいきます。
ですからそれに耐えられない部品があると一気にズドンとなります。
一発で10000ドルオーバーなんて部品が火を噴くこともありますが、私は一向にかまいません。
今回はこれで、大小あわせて4回くらい閃光をみているので、金髪娘はとにかく早く終わらせたくています。
へっぴり腰で作業しているのを笑いをこらえてみていると、もと教え子が、先ほどの音でおどろいて飛んできます。
「あと一つの調整で終わりなんだけどなー」と壊れた部品を見ながら、思う私でした。
今日は鉄骨をかついで、16時間30分のアルバイトをしました。
プロレスリングの、ステージ及び、スクリーン等をくみ上げる仕事でした。
私は時折このようにして、アルバイトをします。
仕事が残業を全く許可してくれない(某国国防予算を超えられないため)のもあります。 ところで全く畑違いの自衛隊って残業有るのでしょうか??? 誰かおしえて。
小遣い稼ぎと、健康のため、またダイエットのため、そしてさまざまな日本の若者と対等に話が出来るおもしろさもあります。
作業開始後、10時間くらい経過したときのことです、私のミスで、青年をケガさせてしまいました。
人が乗る鉄枠のついた大きな台を、二人がかりで移動しているときに、板の裏表を返す必要があり、私が少しいきよい良く回したときに、その子の手が滑って足の親指の上に落としてしまったのです。
すぐに謝り、責任者に連絡し、足を冷やして様子を見ていましたが。
かなり痛そうです。
「しまった」と思うと同時に後悔の念がわき上がって来ます。
その青年は20代の前半でしたが、長い時間の仕事のために、そうとう疲れていたのですね。
私は、普段から兵隊に負けないように体を鍛えていますから、全く平気だったのですが、彼はそうではありませんでした。
このあたりが、私の最悪な部分でもあり、いけないところです。
”常に相対している相手をしっかりと見つめ、配慮しながら自分をコントロールしなさい”と子供の頃から親に散々言われるづけてきた事が、まだ出来ていないのです。
その青年は、派遣先のバイト会社と、今回の仕事を発注した会社の労災適用が可能なために、後日病院に行き、手続きを取れば大丈夫だとのことですが。
私自信は、謝る以外にはありません。
彼は、「自分がボーとしていたから」と言ってくれましたが。
やはり、年上の私に問題があります。
久しぶりに大きな反省をする出来事でもありました。
大和には年齢にして17歳、18歳にしかならない男の子がたくさん乗艦していた事実は否定の無いところであるが、彼らの心の中を知る術はない。
以前”その時歴史は動いた”というテレビ番組を見たが、その中で、運良く生き残った方の話の中に、出撃し、海上にて、その本当の指名を知らされた若者達姿を語っていたのが、私には印象に強く残っています。
その指名が沖縄特攻であるとしらされた水兵達は、始め顔面蒼白に、そしてそのわずか後に真っ赤に染まってきたそうです。
その心は死への恐れ、そして、「ようしやってやる!」という気持ちへの変化だったと語っていました。
もしこの掲示板を見ているのが女性なら、そんな事とんでもないことです! 嘘です! と言いたくなるかも知れません。
しかし、水兵達と同じ”男”という生き物である私には、それもまがいの無い事実であったと私は思うのです。
生命を生み出す存在の女に対して、男はどちらかというと消耗品に近い存在です。
故に男は生きる価値、自分の価値を求めて行動するように出来ています。
非行行動の形の中に、なかまでレースをするかのように、どんどんと悪い事を、先を争うかように起していく傾向があるのも、性がもたらす、本能的な行動の一つであると私は解しています。
消耗品であるが故の、自己犠牲的行動もその一つであり、それが戦場に向かう者の心の一つであるとも、私には思えます。
人は死を真近に感じる事により、その種族保存本能が最大能力を発揮します。
対戦当時は、自分の意思とは何ら無関係のところで、それが身近に迫ってくる時代だったと考えると、なんら死というものに無関係に生きている若者達が、生きるための本能を起動させる事無く、燻り続けたままで成長を遂げ、そこに不要な権利意識や、おかしな平等論、教育法が入り込んでいるのが今の青少年問題の根底に有るのだと私は思います。
だからとて戦争を起せなどというくだらない事を考えはしませんが。
ヨットや、ウインドサーフィンは自分が楽しむすぐ横を、死が並走しながらついて回るスポーツですから。
乗りこなす事は、死を遠ざける事で有ると同時に、種族保存本能が正常な方向で完全に起動することでも有ります。
それまで自分を取り囲んでいた、親、友達、学校、勉強等から身をおいて過ごし、四季の香りを胸いっぱいに過ごすことは。
それまでの自分を1度リセットすることでもあり、同時にこれから自分の歩んでいくべき道を考える時間をもたらしてくれます。
種族保存本能が正常に機能するという事は、生きる力が正常になるという事です。