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防災

2016-11-12 13:24:21 | 日記
「あおき いわお」さんの議会活動報告を読んだ。報告は「防災」について町民の質問に答える形で、町担当からの回答を載せている。こと細かく町民に知らせようという意図はわかるが、内容は、はっきり言って行政の「絵に描いたもち」。それは、おそらく「いわお」さん自身も承知していることだろうと思う。提案もしていることももっともだが、それ以前に考えなければならないことはいろいろあるのではないか。

私も、もう自分では被災地へ出かけて支援することは出来ないが、端っこの、ごくごく些細な部分で、あちこちの被災地とつながっている。

先ず地震の規模、被害状況にもよる。熊本の益城町の例を見るまでもなく、全半壊、続く余震、そういうときは各自、生命の安全を確保するのが精いっぱい。生命の確保ができれば幸いだ。負傷者、家屋の下敷きになっている人たちの救出。ほとんどはこういうことで手いっぱいになる。ましてこんな小さな町の、少ない職員や消防団員では、手が回らないのではないか。それを期待するのは酷というもの。

ある程度地震も治まった、避難はここからだろう。避難所へ行ける人たちはいい、道路状況にもよるが、いけない人たちもかなりいる筈。
水や備蓄食品が載っているが、これらをどう活用するか、その準備はあるのだろうか。職員でも火をおこせない人たちがいると聞いている。町民で火をおこせる人たちは何%ぐらいいるのだろうか。固形燃料はあるだろうが、マッチで火をつけられない世代も多くなってきている。防災の日のイベントとして、火おこしをやってもいいくらいだ。

人数の少ない職員たちをあてにするのではなく、町民自らがもっと積極的に活動できるような訓練があってもいいのではないか。災害地を見ると、支給してもらうのが当然の被災者が多い。確かに被災者は精神的にも肉体的にも参っているから、当然、支援はしなければならないのだが、できる範囲で協力してもらった方が、生きる意欲を持つこともある。
真鶴は高齢者が多い。ひと昔ふた昔、いやもっと前の、手仕事ができる人たちがいるってことだ。その人たちの知恵も大事だ。


「いわおさん」の報告を読んでやりながら、Papasanに「地震があっても、私はpapasanと一緒にいるからね、逃げないからね」と言った。幸いに命を取り留めたら、飲料水、食料の備蓄はある。さりとておんぼろ家屋、つぶれてしまえば、取り出すことは出来ないけど、とりだせたら、昔取った杵柄、炊き出しぐらいできるよ、その前につぶされていることの方が可能性大だけどね。家がつぶれても200トンまで耐えられるベッドアーチが発売されてはいるけど、ちょっと高いんだ。買ってやれないなぁ。まっ、そう長くない将来、地震が来ないことを祈るのみ、だね。あはは、神頼みでは防災にならないね、と言って笑った。笑っていられるうちはいい。
コメント
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