昨23日(08年5月)文部科学省は教育振興基本計画原案の概要を全省庁に示した。2008~12年度間に教職員の2万5千人程度の増員、教育への公的支出を今後10年間に国内総生産(GDP)の3.5%から5.0%を上回る水準を目指すことを柱とした内容らしい。
対して財務省は少子化に向かっている状況下での教員の増員と社会保障費削減を目指して財政再建に努めている中での教育費のみの増加は国民の理解を得られないと反撥を示していると今朝のNHKニュースが伝えていた。
「NHKインターネット記事」では次のような解説となっている。文部科学省の「計画案に対し、財務省側は、日本はOECDの平均に比べて子どもが少なく、1人当たりの投資額でみるとそん色がないうえ、投資額と成績に関連性はないなどと反発しており、計画の閣議決定に向けた調整は難航する見通しです。」
「投資額と成績に関連性はない」ことはない。親の財力が保証することとなる子供の教育への投資の格差と教育格差との相関関係が統計によっても証明されているのである。親が塾代を十分に支払う能力があって塾に通える子と親が塾代を支払う能力がなくて塾に通えない子とは親の支払い能力に応じた成績格差が一般的には生じるのと同様に国が教育にカネをかけるのとかけないのでは格差は生じるはずである。
生じないとしたら、東京都杉並区立和田中学校は大手進学塾SAPIXと提携し、塾講師を招いて夜間塾(「夜スペシャル」)を開催し、できない生徒の成績の底上げではなく、できる生徒の成績(成績上位の生徒の学力)の底上げをなお図るといった塾の効力を知っていて、それを最大限に活用すべく特別授業を越えた特別教育など行いはしなかったろう。
夜間塾開講は08年1月から開始され、5月下旬から成績上位の生徒に限定していた受講枠を希望者全員に提供することにするということだが、週3日で1万8千円、週4日で2万4千円という授業料(≪東京・杉並区立和田中学、進学塾と提携 -夜間塾問題を検証する-≫)は月に直すと、それぞれ5万4千円、9万6千円ともなり、親にそれ相応の収入がなければ手に入れ難い教育機会となるだろう。
カネの力(経済力)に裏打ちされた教育への投資が知識の獲得を左右する構図を地でいっている「夜間塾」なのである。
経済協力開発機構(OECD)が2000年から3年ごとに世界の57カ国・地域の15歳(日本では高校1年生)を対象に実施している学習到達度調査(PISA)でアジアの国々がトップグループを占める中、日本が調査のたびに成績順位を下げるという結果を受けて文科省は小学校6年生と中学3年生を対象に07年4月に全国学力テストを実施した。結果は平均で70%以上の一応の成績を収めた「基礎学力」と比較して読解力や知識活用といった「応用力」に関しては10%~20%劣るという学習到達度調査(PISA)と同じような傾向を示した。
その原因を文科省も学校も親もゆとり教育による授業減に求め、文科省は「総合学習」の時間を減らして「学力向上」の名のもと教科時間数の増加を図り、全国学力テストの成績の悪かった小中学校は同じく「学力向上」を大義名分に放課後や土曜休校日を利用した補習授業に走った。テストの成績を上げないことには学校の責任、つまりは教職員の責任が果たせない、教育能力に関係してくると切羽詰ったからだろう。
杉並区立和田中学校の「夜間塾」はその典型的な現象に過ぎない。違いは成績上位の生徒の成績の方が上げる可能性と上がる可能性が高いことから、いわば勉強のできない生徒に四苦八苦しても始まらないから、成績上位の生徒の層を厚くして、全体の成績を底上げしようとしているところにあるに違いない。そのための塾の活用、塾の学校内への取り込みなのだろう。
だが、「学力」のモノサシが数値で表現されるテストの成績となっている以上、教科授業の強化は従来以上にテストの成績向上を目的とすることとなり、元々の日本の基本的教育形式である教師が一定の知識を伝達し、それを生徒がなぞって暗記し、暗記した知識をテストの設問に当てはめてテストの成績とする暗記教育を強化することになる。
文科省は教科授業の強化は基礎学力をつけることが目的で、そこから出発して考える力や理解力を身につけさせ、日本の生徒に欠けているとされる「応用力」に発展させる計画らしいが、与えられた知識をそのままの形でなぞって受け止める形式の暗記教育にはいくらなぞり知識を積み重ねたとしても、「考える」というプロセスは存在しないし、「考える」プロセスを省くことによって可能となる教育形式だから、当然、その先にある「読解力」はおろか、「理解力」の獲得まで期待困難で、当然満足な「応用力」の満足な形での到達は期待不可能となる。
全国学力テストでは基礎学力を測るテスト問題とは別に「読解力」や「理解力」を測るテスト問題を用意して「応用力」がどれ程身についているか試行したが、設問とその解答を求めるテストの形式で測ることから、設問の傾向と傾向に対する対策を講じる、いわば参考書会社が参考書の目玉としている「傾向と対策」に従った、あるいはそれを真似た授業によってテストが求める知識は暗記化が可能となる。
当然考えられることは日本全国の学校に「応用力」を問うテストに備えた「傾向と対策」授業が蔓延することとはなっても、そのことが逆に「読解力」や「理解力」、ひいては「応用力」を育む障害となる結果を生みかねない。
「読解力」とは文章、あるいは情報を読み、その内容を理解する過程で頭に暗記した知識(=既成の知識)を記憶に呼び覚まして、それをただ当てはめて読み解くのではなく、自分なりの解釈を加えて自分独自の情報として読み取る能力、自分独自の「理解」を施すことを言い、それを如何に活用・応用して新たな事態(他の情報解読や自己活動)に役立てるかが「応用力」と言うものであろう。
このような知識・情報の受容と活用のプロセスには暗記のメカニズムは存在しないし、存在させてはならない。暗記教育とは言ってみれば知識授受の一律化を言い、固定観念を育てても、そこからは「応用力」=考える力は生まれない。一律化とは正反対の、解釈は生徒それぞれの考えに任す多様性の要求とその要求に応えた解釈の多様な活用によってのみ「応用力」は生まれる。
このことと日本の教育が基本的には暗記教育であることを5月20日の朝日新聞夕刊記事≪講義をしない数学講義≫が物の見事に教えている。
<早稲田大学教育学部(東京都新宿)に「講義をしない講義」がある。数学科の近藤庄一教授(60)の講義で、近藤さんは教壇に座ったまま説明などしない。学生たちは自分で問題を解き、質問があれば教壇に聞きに行く。本格的に始めてから4年目。自分で考える楽しさを知ってほしいという近藤さんの狙いは少しずつ芽を出しつつある。
早大・近藤教授、質問のみに答える。「考える楽しさ知って」
午後4時過ぎ、1年生の必修科目「代数序論」の講義が始まった。学生早く60人。この日の講義内容と問題が書いてあるプリントが配布され、学生たちは目を通してから問題を解き始めた。
しばらくすると、質問する学生が次々と教壇へ。一時は行列もできた。近藤さんは一人ずつ対応。解き終わった学生は答案用紙を提出し90分の講義は終わった。答案は採点して次回の講義の際に返却するが、それについても説明はせず、質問があれば個別に答えることにしている。
ある男子学生は「最初は戸惑ったが慣れた。数学は結局自分でやらないとわからないので」。一方、「通常の講義の方がいい」という女子学生も。
文部科学省も「あまり聞いたことがない」というやり方だ。近藤さんも以前は黒板に要点を書きながら内容を説明する通常の講義をしていた。だが、次第に「学生はノートを取っているが、私の説明より少し遅れる。ただ写しているだけで大事な話を理解していないのではないか」と気になるようになった。
きちんと理解してもらって、かつ学習意欲を引き出すためにはどうすればいいか。その結論が「講義はしない。理解しにくいところは個別に説明する」というやり方だった。
さらに新入生たちに、それまで勉強してきた「受験数学」から脱却してもらう目的もあった。「入学したばかりの学生は、数学は教えられた解き方を覚えるものという誤ったイメージを持っている。数学で大事なのは考えることで、解き方もいろいろあることを知ってほしい」
この講義をキッカケに、大きく成長した学生もいる。
4年生の渡邉友以さん(21)は前期は問題がぜんぜん解けず、後期から質問を積極的に質問するようにした。「先生は聞けば教えてくれるので理解がどんどん進んだ。一番下だった成績も一番上まで上がりました」。今は大学院に進んで中学・高校の数学教師になることを目指している。「数学は暗記じゃないことを教えたい」
4年生の山崎正嗣さん(21)は「先生に質問して、わかればわかるほどその先を知りたくなった」。卒業後は塾で中高生に数学を教える。「自分で考える楽しさを伝えられれば」と意気込んでいる。(杉本潔)>・・・・・・・
「ただ写しているだけで大事な話を理解していないのではないか」という状況、「入学したばかりの学生は、数学は教えられた解き方を覚えるものという誤ったイメージを持っている」という状況は日本の学校教育が暗記教育を構造としていることを証明している。
数学だけではなく「大事なのは考えることで、解き方もいろいろあることを知」ることが、知識・情報に自分なりの解釈を加えて自分独自の情報として読み取り理解する作業であり、そこから他の知識・情報の処理に向けた自分独自の「応用」が可能となる。
≪教育振興計画案 調整難航か≫ (NHKインターネット記事/5月23日 23時23分 )
文部科学省は、教育投資や、小中学校の教職員を増やす数値目標を盛り込んだ「教育振興基本計画」の案を財務省などに示しましたが、財務省側は、投資額と学力に関連性はないなどと反発しており、閣議決定に向けた調整は難航する見通しです。
文部科学省は、今後5年間の政府の教育方針を示す「教育振興基本計画」の案をまとめ、23日、財務省をはじめ、すべての府と省に提示しました。計画案は、子どもの学力を向上させるため、今後10年間で、GDP・国内総生産に占める教育投資の割合を今の3.5%からOECD・経済協力開発機構の加盟国の平均である5%を上回るよう目指すことを盛り込んでいます。また、授業時間を増やす新しい学習指導要領を3年後から実施するため、少人数教育や英語の指導などにあてる、小中学校の教職員を今後5年間でおよそ2万5000人増やす数値目標も明記しました。この計画案に対し、財務省側は、日本はOECDの平均に比べて子どもが少なく、1人当たりの投資額でみるとそん色がないうえ、投資額と成績に関連性はないなどと反発しており、計画の閣議決定に向けた調整は難航する見通しです。