日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

AKBビジネス考

2012-06-07 20:39:33 | アラカルト
昨夜、AKB48の総選挙があった。
テレビで中継されただけではなく、Yahooのトピックスを始めスポーツ紙のWEBサイトなども「速報」を流していた。
元々AKBを始めとする秋元康さんがプロデュースしている、アイドルグループに興味が無い為、この大騒ぎに違和感を感じた。
なぜなら、アイドルグループの真ん中=主役(?)をファン投票で決めるのは、別に構わないが、それならそのファンクラブの中でやって欲しい、と思ったからだ。
何も公共の電波を使って、大々的にやる必要が有るのだろうか?

以前朝日新聞と日刊スポーツが共同で、AKBの総選挙特集を組んでいたコトがあった。
そのときも、「たかだがアイドルグループの真ん中を決めるファン投票に、全国紙が乗らなくても・・・」と、思ったことがあった。
確かに、時代時代を代表する様な「アイドル」は、登場し続けてきた。
と言うよりも「アイドル」の姿は、良くも悪くもその時代を映す鏡の様な役だった。
そのアイドルたちは、多くの場合映画や歌番組などを通して、多くの人に知られその愛らしさや容姿、演技や歌のうまさなどがあって、「アイドル」となってきた様に思う。
そう考えると、今は「アイドル」そのものが生まれにくい時代なのかも知れない。
なぜなら、映画で活躍されるのは「女優」さんであり、歌が上手い人は「シンガー」と、棲み分けがハッキリしているからだ。
そんな時代だからこそ、この様な「アイドルの作り方」が話題にもなるのかも知れないし、「アイドルを育てる」という感覚が、ある種の親近感を呼び、投票権付CDを大量購入する、ファンがいるのだろう。

その様なトコロに目をつけた秋元氏の、戦略は当たっているかも知れない。
あれだけの大人数のグループなのだから、それこそ自分の名前を知って貰い、投票して貰うコトも必死だろう。
これまでの「アイドル」のように、芸能プロダクションがガードをし、ファンとはある一定の距離を置く様な分けにはいかない。
むしろ積極的にファンと接するコトで、自分の名前と顔を覚えて貰う必要が有る。
と同時に、ファンからすれば今までの様な「手に届かないアイドル」では無い、「普通っぽさ」があるからこそ、「普通の女の子⇒アイドルに育てたい」という気持ちが湧くのかも知れない。
その様な「ファン心理」を突き、締めくくりとしての「総選挙」なのだろう。

そして、AKBのメディアに登場するスタイルも、これまでとは違う。
男性向けの週刊誌を中心に、メンバー同士で写真を撮りあった写真などを掲載し「普通の女の子度」を盛んにPRしている様に感じる。
それが悪い訳ではないし、その様な「親近感」があるからこそ、「総選挙」という人気投票ができるのだと思う。

ただ違和感を感じるのは、ネットを含めたメディアが必要以上に彼女たちを取り上げ方だ
「総選挙」の報道を見ていると、「日本中が大注目をし、国民の関心事」風な取り上げ方をしている。
それが秋元さんの戦略だとしたら、チョットやり過ぎという気がする。
そのメディアのはしゃぎっぷりに、「大本営発表」の様な錯覚すら感じてしまうのは、私だけだろうか?

確かに「投票権付CD」は、売れに売れた。
でもそれは、本当のCD売り上げと考えて良いのだろうか?
本当は「CD付投票権」だったのでは?
アイドルを売り出す新しく有効な方法かも知れないが、デビュー当時の彼女たちのほうが親近感があり、今の彼女たちには「作られた感」がある。
メディアが大々的に騒ぐ程、「AKB総選挙」には違和感を持つのだ。


もうチョット大胆な発想が欲しい

2012-06-06 18:41:18 | ビジネス
先日拙ブログで、パナソニックが新しく発売をする「ナノイー機能空気清浄機付テレビ」についてエントリをした。
「進むべき方向が違っている気が・・・空気清浄機付テレビ」

実は、このエントリを書きながら「もっと大胆な発想はできないモノか?」と、考えていた。
例えば、ソニーが「人感センサー機能」のあるテレビを発売している。
テレビの前に人がいなくなると、自然に電源が切れると言う機能が付いているモノだ。
いわゆる「省エネ」目的の様なカタチで、テレビCMなどでは謳われてた機能だ。
実は、同様の機能はエアコンにも搭載されている。
「人の動きを感知して、エアコンの冷風や暖気を自動で操作する」というモノ。
これもどちらかと言えば「省エネ」を目的として開発されたように思う。
少なくとも、テレビCMを見る限りではそんな印象が有る。

それが「人感センサー」という視点で、考えると違うアイディアが生まれていくると思う。
例えば、最近問題になりつつある「孤独死」という問題。
少なくとも「人が生活をする=活動をする」という動きを、感知するのが「人感センサー」だとすれば、エアコンもテレビも立派な「セキュリティーシステム」の一つとなる。
それらをインターネットに接続したテレビを「セキュリティーターミナル」として、遠く離れた家族やセキュリティー会社などへ情報を送る、と言うコトは考えられないだろうか?
携帯電話やスマートフォンと連動させる、と言うアイディアも有るかも知れない。

おそらくこの様な発想は、「日本限定」になる可能性が高いと思う。
なぜなら、新興国では日本の様な孤家族化社会では無い為、この様なサービスが必要無いと思われるからだ。
最初から「ガラパゴス化した商品」かもしれないが、もっと視点を変えるとワーキングマザーなどにとっては「子ども」が対象になるかも知れないし、場合によっては「ペット」というコトも有るだろう。
「人がいない」コトを前提として考えるなら、「防犯」という発想も生まれるかも知れない。

「テレビは見るモノ」という発想から付属的に取り入れられた、機能であってもその機能の視点を変えることで、「テレビ」そのものの位置づけが変わってくる可能性もあるはずだ。
そんな大胆な発想が、日本の企業から生まれてくるとおもしろくなるのでは?と、期待したいのだ。



何故産業界全体で、新しいエネルギー創成の後押しをしないのだろうか?

2012-06-04 07:15:22 | ビジネス
「フクシマ事故」以来、経団連会長である米倉さんの発言は、「原発稼働は、産業界に取っての生命線」という印象を受ける内容が多い様な気がしている。
確かに、日本の産業を成り立たせるためには、電力は絶対的に必要なモノだと思う。
それは生産の現場から営業、それらを管理する部門総ての部署において、圧倒的に必要なモノの一つだと思う。
それは一般生活に於いても同じだろう。

だが「フクシマ事故」によって、生活者の意識は大きく変化してしまった。
「原子力発電に代わる新しいエネルギーの創成」という意識だ。
その中には、ソフトバンクの孫さんが進めている「メガソーラー」もあるし、トヨタ自動車と浜松ホトニクスが共同で光産業創成大学院大学で研究を進めてきた「レーザー核融合」によるエネルギー開発(注意:PDFファイル)と言うモノもある。
そして今日、一部新聞のWEBサイトには「海のダムで水力発電」と言う記事が掲載されている(紹介記事は、中日新聞)。

考えてみれば、1970年代オイルショックによって日本の産業界は「省エネ製品」作りに邁進をした。
それだけでは無く、当時問題になっていた公害についての対策も同時に行った。
結果として日本は、「省エネ+環境に配慮したモノづくり」ができる国になった。
ピンチであったオイルショックや公害という問題に対して、産業界全体が取り組んだ結果として、この様な「モノづくり」の基盤ができた、と言っても過言では無いと思う。

とすれば今回の「フクシマ事故」は、大きな産業を興す転機となっているはずだ。
一つは「放射能・放射線研究」と言う点。
がんなどの治療には「放射線治療」が、一般的になってきてる。
「放射線治療」と言っても、従来の「放射線治療」もあれば「ガンマーナイフ」も「放射線治療」の一つ、某生命保険会社のテレビCMでおなじみの「高度先進医療」と呼ばれる治療の殆どは、「放射線治療」の一つ。
決して「放射能=悪」では無いし、飛散してしまった放射能をどのように除染し、封じ込めるのか?と言う研究は、世界でも殆どされていない研究だろう。
世界中に有る「原発」で起きる可能性のある「原発事故研究」ができるのは、「フクシマ事故」を教訓にできる日本だけだろう。

もう一つが、「新エネルギーの創成」と言う点だ。
「フクシマ事故」以来、世界のエネルギーに対する考えは「自然エネルギー」をはじめとする、環境に配慮し事故が起きても健康被害を引き起こさないエネルギーへと移り始めている。
とすれば、全産業界を上げて「新エネルギー創成」の後押しをするコトが、日本の産業全体の活性化となるはずだと思うのだ。
この際、様々な業界の既得権にこだわるよりも、日本の産業界全体の未来を考えるコトが大切だと思うのだが・・・。

中途半端な稼働は、より一層の不安を煽るだけ

2012-06-03 09:21:36 | 徒然
関西電力の「大飯原子力発電所」の稼働が決まった。
一部報道によると「夏季限定」らしい。
どうやら真夏の電力不足解消のための稼働、と言うコトのようだ。

ご存じの通り「大飯原子力発電所」稼働までは、いろいろな問題があった。
問題と言っても原子力発電所そのものでは無く、関西電力が提出したデータ内容やそのことに対する関係自治体の首長さんたちの反対。
その先鋒的役割だったはずの大阪市長の橋下さんが、何となく(と言う印象を受けた)OKしてしまったコトで、一気に稼働するコトが決まったような感じだ。

橋下さんの判断云々については、しっかり理解できていないトコロがあるので、書くことはできないが、本当に「夏の電力不足を補う為の夏季限定稼働」だとしたら、余り得策では無かったのでは?と言う気がしている。

と言うのも「夏季限定」となると、「夏が終われば、停止するのか?」という指摘がされるだろう。
それだけではなく「一端、稼働した原発を再度停止させる為の時間と労力と費用」という問題もあるはずだ。
なにより、稼働反対であった地域の人たちからすると「稼働させたら『電力不足』を理由に、稼働させ続けるのでは?」という疑問と、不安が残るのではないだろうか。

これまでの関西電力と稼働反対を訴える首長さんや地域の人たちとの話し合いが、うまくいっておらず、話し合いそのものが全くかみ合うこと無く平行線のまま、今回の再稼働が決まってしまった、と言うコトが一番の問題なのだと思う。
もちろん、この稼働を決めたのは総理である野田さんであり、現在の与党である民主党というコトになるのだが、政治的手法としてこの様な解決で良かったのだろうか?

もちろん一番の問題は、将来的な日本の電力政策のビジョンが無い、と言うコトなのだが、この問題に対して、与野党が「フクシマ事故」以来真剣に討論をした、と言う記憶が無い、と言うコトのほうがより問題なのだと思う。
経済界も「原発ナシでは、日本の経済は成り立たない」という様な発言が繰り替えされたが、「原発に代わる新しいエネルギー創成に力を入れたい」というコトバは、聞くコトが無かった。
経済界側とすれば、むしろこの様な新しいエネルギーの創成に力を入れるコトのほうが重要だと考える。
なぜなら、日本発の新しいエネルギー創成が、世界の新しいエネルギー創成となる可能性もある。
そこに生まれるビジネスチャンスの大きさを考えれば、今の電力不足解消のための発言+αが必要だったと思う。

いずれにしても、中途半端な再稼働は問題と不安点が多すぎる気がする。

進むべき方向が違っている気が・・・空気清浄機付きテレビ

2012-06-02 12:54:29 | ビジネス
パナソニックが「空気清浄機能付きテレビ」を発売する様だ。

「ナノイー搭載テレビ」

確かに、空気清浄機は今や家庭の必需品となっていると思う。
使用期間も花粉が飛び始める2月下旬からカビ対策が必要な梅雨明けくらいまで、必要としているご家庭も多いと思う。
それだけでは無く「ナノイー搭載」となれば、「キレイなお姉さん」にはオールシーズン必要なモノだろう。

数日前、マーケティングのブログとしては多くの読者を持っていて、私も毎日の様に拝読させて頂いている大西宏さんの「マーケティング・エッセンス」では、「インターネットテレビ」についてエントリされていた。
「中国にも追い越されそうなスマートTV」
一昨年あたり、メーカーが力を入れて発売をした3Dテレビは思った程の売り上げとはならず、昨年暮れあたりから言われる様になってきたのが、インターネットなどが見られる様なテレビ。
ソニーが、いち早く「youtubeが見られるテレビ」として、市場に出したがどれだけ人気となったのかは分からない。

大西さんが指摘をされている通りの状況であれば、当然家電各社は「インターネットテレビ」の次となるテレビを開発する必要がある。
その結果が「空気清浄機能付きテレビ」なのだろうか?

しかし生活者視点が考えて、テレビに空気清浄機能は本当に必要だろうか?
そのプラス機能で、どれだけの新しい価値が生み出されるのだろう?
確かに、一般家庭用空気清浄機はそれなりの大きさがあり、置き場所という問題もあるだろう。
テレビに付いていれば、その置き場所の心配はいらないと思う。
思うが、所詮テレビにおまけ程度に付いている空気清浄機能。
一般的な家庭用のモノに比べると、期待できる程では無いのでは?
結局、今までの空気清浄機とこのテレビを併用して使うと言うコトになる可能性のほうが大きい、と感じるのだ。

パナソニックの「ナノイー」機能は魅力的で、事実ベッドのサイドテーブルに置くタイプは、大ヒット商品となった。
「寝ている間にキレイになる」というコンセプトが、多くの女性に受け容れられたからだ。
「テレビを見ながら、キレイになる」と言うのであれば、テレビを見ながら現在発売されている製品を使えば良いだけの話。
なぜなら、「キレイになりたい」女性は、「自分がキレイになりたい」のであって、部屋中に「ナノイー空気」にするなら、今売られている「ナノイー機能付き空気清浄機」で十分間に合うからだ。

この商品が大ヒットするか否かはまだ分からないが、何となくテレビの多機能化という方向性が違う様な気がするのだ。
もし、テレビの多機能化というのであれば、エアコンの温度調節や節電のプログラムを組み込み、リモコンと連動させながら、テレビの画面で確認をする、と言うコトのほうが現実的だと思うのだが・・・。

クールビズのポイントは、「人間力」?

2012-06-01 19:09:59 | ライフスタイル
朝、支度をしながらFMを聞いていたら「なるほど~」と、納得するお話を聞いた。
それは、先月から始まり今日からバージョンアップ(?)する「クールビズ」について。

クールビスそのものは、始まって随分経つので半袖・ノーネクタイなどは、定着した感がある。
今では、営業職がその様なスタイルで取引先に出かけても、クレームにはならないだろう。
と言っても、街中を歩くと長袖のスーツにネクタイという男性の姿は、まだまだ見かけるが、営業職というコトを考えれば、ある意味仕方の無いコトかも知れない。
それよりも、「長袖=男性のUVケア」と言う、そんな発想のスーツがあっても良いだろう。

ただ昨年から始まった、「クールビズ」のバージョンアップ版(?)「スーパークールビズ」となると、チョット話が違うようだ。
昨年、一部の企業で提案されたポロシャツにハーフパンツと言うスタイルは、なかなか受け容れられないだろう。
その理由は「社会人としての『キチンと感』」。
わかりやすく言えば「職場にあった服装」と言うコトにあるのだが、この「職場にあった服装」というのが、実はなかなか難しい。
動きやすさ重視の職場であれば、Tシャツなどでも問題無いと思うが、多くの職場では動きやすさ+清潔感+キチンと感が重要。
例えポロシャツであっても、それらのポイントは外すわけにはいかない。

だからと言って、そのポイントを十分押さえているにも関わらず、「・・・・」という方は残念ながらいらっしゃる。
何故そうなるのか?と言う回答が、朝のFM番組であったのだ。
それが「人間力」というコト。
何か難しいコトでは無い「キチンとあいさつをする」などの、最低限の社会人マナー+αの清潔感のある態度と言うコト。
「さわやかな印象がある態度」というコトだとも言える。

と言うコトは、「スーパークールビズ」で周囲から高評価を得る、というのは日頃のあいさつや接し方などに左右される、と言うコトだとも言えそうだ。
外見的な部分だけでは無く、むしろ内面が重要なのが「スーパークールビズ」なのかも知れない。

もちろん、汗対策などを怠らないコトもポイントの一つだと思う。

電力会社は、保護される産業なのだろうか?

2012-06-01 07:12:53 | 徒然
昨日、東京電力が従業員の給与を年俸制に移行するコトに従い、平均給与が上がる、と言う趣旨のニュースがあった。
そして今日の朝日新聞には、電気料金値上げのシナリオを経産省が作っていた、と言う内容の記事が一面トップに掲載されている。

これらの記事を見ると、電力会社は相当恵まれた企業だな~と言う気がしてくる。
それは経営努力の上で従業員給与を上げるとか、製品の値上げをする為に様々な付加価値を創造するなどの、一般企業なら当然として行っているコトを必要としていない、と言う点で恵まれている、と言うコトだ。
言い換えれば、その様な努力を日頃していないからこそ、この様な世間が驚き反発をする発想ができるのだろう。
経産省も、「火力電力を稼働させるためには、しかたないね~」という程度の軽い気持ちなのだろうな~と、感じているのは私だけでは無いと思う。

確かに、電力会社は社会のインフラ企業として社会的大きな役割を担っている。
電力会社の収益の9割が、一般家庭からの電気料金だとすれば、その役割は生活をする為に最低限必要な重要なインフラで、保護される必要がある、と考えるコトもできるだろう。

ただ、今の日本の多くの生活者は「だからこそ、生活の根本に影響を与える電気料金の安易な値上げは問題だ」と感じ、「まして、値上げの中に従業員の給与を上げる、と言うのは違うのでは?その賃上げ分をフクシマ事故で被災した人たちに提供すべき」と、考えるのでは。

そんな社会の雰囲気を全く感じない、と言うコトが問題だと思うのだが、それも長い間「保護される」コトに狎れきった企業体質と企業文化の中では、無理なのだろう。
今更、一般企業の様な「企業努力」は無理なのだろう。
一度完全解体というか、分解して組み立て直す位の、ドラスティックな荒療治が必要だというコトだと思う。
逆に、それが指導しない関係省庁には、その様なドラスティックな荒療治によって失われる省益が多くあるのだろう。
だからこそ、値上げのシナリオを経産省が用意するのだとおもうし、この記事を読んだ多くの人は、そう感じるのではないだろうか。

生活になくてはならない企業だからこそ、保護される企業という考えはあると思う。
だからこそ、利益を最優先させる一般企業とは違う、自己抑制がある経営感覚が必要だろうし、それを関係省庁も求める必要があると思う。
とすれば、今回の一連の値上げとシナリオ作成や給与を上げる、と言うはありえないコトだと思うのだ。