■名鉄一日乗車券購入撮影紀行
軍事関係のみならず、機械関係やコンテンツ産業などに関して幅広い知識をもつC.ジョニー氏とともに、名古屋鉄道を一日中撮影しようという計画が20日、遂に実行に移された!
自衛隊ネタ日照りの昨今ですが、鉄ネタは多数あり、今回はその様子をお伝えしたい。
写真は国府宮駅~島氏永駅水田上を快走する1000形特急電車。名鉄岐阜行きと豊橋行きの通過の瞬間を写した。晴天に恵まれ、青々とした水田と蒼穹の青空にスカーレットの特急が良く映えている。1988年より導入された1000形はパノラマSuperの愛称で知られ、片側2扉の特別車と、片側3扉の一般車に分け運行されている。
東枇杷島駅構内より撮影(西枇杷島は駅構内よりの撮影は禁止、理由は行けば判る・・・、狭いので)。1000形と1200形の連結本線特急。東武鉄道や近鉄特急とは異なり、一般車は特急料金は不要である。名鉄特急の伝統は写真のような全面展望車で、展望車は子供達に羨望の眼差しで見られるものだ。全車特別車の編成は知多半島の海水浴場や蒲郡駅周辺の行楽地、犬山駅周辺の遊園地集合地域と名古屋を結ぶ観光特急として運行されている。
東枇杷島駅において、3500形(左)と3200形(右)の通過。VVVFインバータ制御方式、電気指令式ブレーキ、ワンスハンドル式マスコンを用いる近代的な通勤車輌で、それまでの6000形系列に代わる車輌である。3500形の量産効率を追求したものが3700形で、その二両編成のモデルが3200形である。この写真をみると、車体側面が3500形が丸みを持たせているのに対して3200形が垂直に切り立っているのがわかる。この他、パンタグラフがシングルアーム式に変更されている。
1925年に完成した犬山橋を渡る7000形パノラマカー。東京オリンピックと同じ1964年にデビューを飾った7000形は長らく名鉄の主力特急の地位を保持し、本線急行、高速(指定席車のない特急)の主力を担ったが、近年では旧式化が進み、支線急行として運用されている。首都圏のO社がそっくりのパチもんを二年後に開発したほど先進的なデザインである。
なお、写真の犬山橋は2000年頃まで自動車鉄道併用橋として知られていた。
旧名古屋鉄道岐阜市内線(昨年三月末日に全線廃線)に使用されていた600ボルト車輌を導入する事で一気に近代化を果たした事で知られる。なお、豊橋鉄道は名古屋鉄道の子会社という事で知られ、かつては1500ボルト区間に旧式化した7300形等を導入して運用していた。
セントレアの愛称で知られる中部国際空港駅へは、名鉄が常滑線を延長させる形で乗り入れており、名鉄岐阜駅、豊橋駅、鵜沼駅より空港特急を運行し、周辺地域からの旅客輸送需要に対応している。写真はμスカイとよばれる空港特急で、ホームを囲むガラス部分とは自動ドアでアクセス、乗客はターミナルから冷房の利いた区間を移動し、乗車する事が出来る。現在、特急専用ホームを増設工事中である。
中部国際空港を離陸するユナイテッド航空便。四発のボーイング747に代わり、737、767、777といった運行コストを低減した機体が多く翼を休めていた。
中部国際空港は商業施設としての側面を有しており、空港駅からそのまま送迎デッキへ行く事ができる為、一日中航空機を見て過ごすという人も多いという。また、欄干には尾翼の航空会社識別表も描かれており、一般の人も楽しめる観光スポットである。
■備考
今回の写真撮影に当たって、参考となるような写真を幾つか列挙したい。
1000形の隣を自動車が走っている。線路の間隔は上下線の入れ違いが不可能なほどであり、列車は常に徐行運転を行っていた。なお、当然ながら列車と自動車の間隔も狭く、ココを走行するには当然慣れに左右されるものの、ある程度の度胸も必要であっただろう。一方、鉄道の中でもこうした珍しいものは全国的にも少なく、名鉄を紹介した書籍にはここの写真は必ずと言って良いほど掲載されていた。
この日を以て名鉄の600ボルト区画が全て廃線となるだけあって多くの人が撮影に訪れていた。ここで運行されていた列車が福井鉄道や豊橋鉄道で運行されている。なお、意外に知られていないが、同日は岐阜市営バスの営業最終日であったりもした。
C.ジョニー様、同行や撮影ポイント情報など、本当にありがとうございました。よろしければまた行きましょう!
HARUNA
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