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京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

戦場報道とシリア内戦取材,邦人フリージャーナリスト密入国2015年拘束後40ヶ月ぶりに解放

2018-10-29 20:11:50 | 国際・政治
■テロ時代の戦場報道変容と保険
 内戦下のシリアへ取材目的で密入国し2015年に拘束された邦人フリージャーナリストが10月24日、40ヶ月ぶりに解放されました。

 安田純平さん解放、いきて帰ってきたことは喜ばしい事なのですが、必要な準備を怠り危険な地域へ入り当然の結果となった。安田純平さん自身は経験抜群の玄人を自称しているようですが、軽装で立ち入り禁止地区へ無謀登山へ臨む慮外者と似た印象を受けます。演習場位しか知らない当方ですが、安全確保の費用試算を行えば、全く無防備無謀としかいいようがない。

 太平洋戦争では日本陸海軍は軍事報道を重視し、勿論大きな制約と検閲と共に従軍記者を必要であれば第一線に動向を許可し、戦場取材を実施しました。報道とは世論へ直結するものであり、アメリカをはじめ各国が戦場取材へ従軍記者へ便宜供与を図ってきまして、日本もその例外ではなかった訳です。逆の表現では戦場取材とは、日本でも歴史が長い。

 戦場取材をすべて否定するわけではありません、寧ろ報道により現実を広く主権者が共有できなければ、健全な民主主義の土台というものが揺らいでしまうとさえ思います。ですから、戦場取材という、外務省が渡航禁止を勧告している地域において現状を取材し世界に知らせる、という行為そのものを否定する社会であっては、民主主義は脳梗塞に陥る。

 しかし、準備は必要です。戦場に行くのですから軍隊でも充分な訓練と準備に後方支援体制を以て臨む、戦闘が目的ではなくとも戦闘が発生する可能性のある地域へ向かう際には、例えば自衛隊のイラク復興人道支援任務派遣でも充分な装備と訓練要因に後方支援体制を以て派遣されました。戦場や戦闘の可能性ある地域に行くのであるならば、準備が必要だ。

 ジャーナリストの準備というのは、カメラと着換えに航空券、ホテル予約にガイドブック、という程戦場取材は甘くはありません。防弾チョッキとかではなく万一の際の保険が必要、そもそも、戦場に現地人でもない人が飛び込む正当性、つまり他の取材方法で代替出来ないのか、現地特派員雇用や電話取材、という検討を含めて準備と慎重さが必要ということ。

 戦場取材は必要である、という論点の上で、しかし準備を行わず戦場に飛び込むのは自殺行為でしかありません、そして自殺は民主主義と相いれるものではありません。具体的には、せめて保険に加入し、可能であれば護衛、万全の準備が必要でした。無保険状態で危険地域に飛び込み、自己責任という名の国の救済を念仏のように唱える、これはいけない。

 ロイズ戦場保険、最も有名なものは、戦場死亡保険やオプションに戦傷保険に人質特約等が含まれている保険に加入するべきだった、この一点に尽きるでしょう。戦場死亡保険は1991年の湾岸戦争において有名となったもので各国メディア等が多国籍軍従軍取材を行う際に、流れ弾や取材に同行した部隊が大打撃を受けた場合に備えて提示されたものでした。

 戦場人質保険特約は、保険会社がオプションとして提示するもので、取材中に武装勢力等に拉致された場合、戦場経験ある保険会社現地要員が人質解放交渉と身代金支払いの交渉を行い、保険により身代金支払い上限は異なりますが、邦貨換算40億円程度までの身代金支払いまで対応するものも存在します。今回事例、入っていれば解放は早かったでしょう。

 身代金支払いを政府に呼びかけたフリージャーナリスト仲間の共同声明が一昨年に出されていますが、この点について。今回解放が成ったフリージャーナリストの安田純平さんは拘束期間が三年以上に及びましたが、拘束されている最中にも幾度か武装勢力から、動画が配信されていまして、この際に欧州では身代金を支払う事で解放された事例をしめしたもの。

 日本政府はテロリストに対し身代金を支払う事は原則論として行いません、これは個人の誘拐事件が発生した場合でも身代金を警察などの公的機関が支払わない事と同義です。しかし、ダッカ事件、日本政府は過去に国際テロリストによるハイジャック事件にて身代金支払いと拘束中のテロリスト釈放を行い、結果テロが拡散、世界から批判されたことが。

 ダッカ日航機ハイジャック事件は1977年に日本赤軍がバングラディッシュの首都ダッカにおいて日本航空旅客機をハイジャックした事件です。日本政府は解放交渉を行うも話し合いによる解決の道を断念し、ハイジャック犯が要求した赤軍派等逮捕者9名の超法規的措置による釈放とパスポート交付、600万ドル当時レートで16億円の身代金を要求します。

 三菱重工爆破事件や皇太子火炎瓶襲撃事件、横浜銀行現金襲撃事件、ハーグフランス大使館占拠事件、クアラルンプール米瑞大使館武装占拠事件、殺人事件、ハイジャック犯が開放を要求した収監者は上記の通り凶悪事件を発生させた凶悪犯であり、ハイジャック事件の脅しに凶悪犯を釈放し多額身代金や旅券を持たせ出国させた事への世界の批判は大きい。

 今回のジャーナリスト拘束事件に際しても、日本政府は世界から孤立して多額の税金を支払う事は出来ない、という実情があるのでしょう。出来る事と云えば、憲法や自衛隊法を超法規措置として拡大運用し、外務省情報局の支援下での自衛隊特殊作戦群の派遣による救出作戦実施、若しくは人質が殺害された場合への報復示唆ですが、これも憲法上の制約から実質難しい。

 戦場保険の人質特約へ加入していれば、日本政府ではなく保険会社が保険金の上での交渉を行い、民間団体である保険会社とテロ組織との間での身代金支払い、となりますので、日本政府としては、遺憾の意を表明する事はあるでしょうが、保険会社へ、特に日本国内の保険会社は戦場保険が無い為に海外の保険会社、特段の制裁措置等は行わないでしょう。

 戦場保険は幾つかの会社が提供しているもので、基本的に掛け捨てで、一日だけでも住宅火災保険の十倍以上の費用を要します。戦場保険人質特約等は一日当たり40万円程度を要するものがあり、一か月間の保険料は邦貨換算一千万円を越えます。しかし、高くともAFP通信やロイター通信、世界の大手メディアは特派員には保険加入させて派遣しています。

 ニューヨークタイムズはイラクでのISIL武装勢力攻勢が激しかった当時、バクダッドでの取材コストを一日一万ドル、と見積もりを出しています。記者戦場保険費用、取材現地仲介者、ボディーガード、通訳者、運転手、これだけを揃えますと一日一万ドル、という費用を要するという。ボディーガードは大手の民間保安会社職員で危機回避助言も行います。

 AFP通信は2018年8月31日に“戦場取材-調査報道に立ちはだかる「コストの壁」”という記事を配信、ヴェトナム戦争時代やユーゴスラビア内戦当時にジャーナリストは武装勢力の標的となる事は無かったが、現在は全く変わってしまった、とジャーナリスト団体ビザ-プール-リマージュ代表の話で、現在はジャーナリストが標的となる実情を示しました。

 ヴェトナム戦争の時代は、北ヴェトナム政府と南ヴェトナム及びその支援に当るアメリカ軍は、ともに世界へその軍事行動の正当性と政治体制や軍事介入の正統性を示す必要があった為、双方ともに表現は悪いのですが世界世論を味方とする為に利用していた、協力関係があったのです。ソ連軍アフガニスタン介入の報道協力でも似た状況だといえましょう。

 湾岸戦争多国籍軍取材では、従軍取材に明確な行動協定を盛り込むことで、従軍記者が戦闘中に部隊から離れて敵部隊や周辺住民の取材を行わないような範囲内での取材を行う事で、特に多国籍軍が絶対航空優勢下での地上戦闘を展開した事もあり、大きな被害はありませんでしたし、イラク国内での取材も絨毯爆撃が行われなかった事で比較的安泰でした。

 しかし、現在は国同士の戦争や正統政府と民族自治権を求める武力紛争のような、ジャーナリストを通じて世界へ正統性を求める為の紛争当事者とジャーナリストとの共益関係がありません。ジャーナリストは現在、標的となる地域がある。すると、戦場保険や安全管理など、膨大な取材費用を準備できる記者以外足を踏み入れるべきではない、と考えます。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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