京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

 山科疎水

2011年12月15日 | こんなところ訪ねて
    布団着て寝たる姿や東山
JR山科駅の背後北方にある毘沙門堂へ、振り返ればなかなかの眺望がきく坂道を上り詰めるように歩いた昨日。東山36峰、なだらかな峰々の連なりを家並みのむこうや畑越しに眺めながらのひと汗だった。

         橋を渡る前
             振り返って
疎水にかかる「安朱橋」のところで、賑やかな小学生の小集団が東から散策路をやってくるのと出会った。美しい周囲の様子に立ち止まっていた時だった。

琵琶湖から京都市内へ水を引き込むために二十代の青年技師田辺朔郎が指揮を執った「琵琶湖疏水」は、1885年着工、1890年に完成したという。目の前のこの疎水は、水運を目的とした「第一疎水」。「第二疎水」は飲料水が目的なので、汚染防止のために全線が地下トンネルに入っている。京都市のほとんどの飲料水は琵琶湖から供給されているのだ。


その第一疎水、琵琶湖の取水口から三井寺のある山側に流れていくが、やがて長いトンネルとなり、京都へ抜ける前に山科で顔を出してくる。山麓を蛇行して流れるこの部分は山科疎水と呼ばれ、やはり春には桜のトンネルなのだそうだ。蹴上げからは別れて、南禅寺の水路閣、哲学の道沿いから松ヶ崎へと北上していく。

さて、ここで問題~。京都盆地の地形にははっきりとした高低差があり、京都の川は北から南へと流れているのです。なのに、蹴上げからの分線が北に向かって流れるのはな~ぜか!?
とても気に入ってしまったこの風景。そのために、少しばかりおベンキョーをしてしまいました。おすそ分けです…。
要らん!? 大きなお世話って??
コメント (8)
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