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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

整然とはしないこの世の捻れ草

2014-07-07 18:03:05 | 社会評論
 かつて私は、野中広務氏だとか加藤紘一氏などは自民党の実力者として、それを忌避する立場にあった。そしていま、そのスタンスに多少のゆらぎを感じている。もちろんこれは、私自身の立ち位置がここへ来て変わったということではない。
 
 変わったのは政治的な見取り図というか座標軸自体の方で、その変動によって相互の相関関係がかつての物指しでもってしては測りがたくなったということである。

     

 具体的にいえば、上の両氏は、安倍内閣の軍事、外交政策、そしてその根幹にある主に中韓を対象にした歴史認識に対しては真っ向から批判的である。
 両氏はそれを、さまざまな機会を捉えて公言して憚らない。

 したがって、いわうるネウヨといわれる人たちからの攻撃はすさまじい。
 敢えて彼らの使う語彙を再現するなら、両氏は「チョン」であり「ブラク」であり、したがって「北朝鮮へ帰れ ! 」ということらしい。これらの具体的検証や論理の飛躍は問題ではない。両氏がどのような出自であろうがそんなことは問題ではない。問題はその政治的見解の内容なのだ。

             

 思えば、加藤紘一氏邸の放火事件があったのはもう数年以上前だが、その折に、被害者である加藤氏にさも当然であるかのような冷笑的な発言をしたのが、安倍氏の「お友だち」の稲田朋美議員であった。

 ネウヨ的な言動やヘイトスピーチを繰り返す人たちと安倍氏の立ち位置は同一とはいわないが、明らかに親和性がある。
 私は、2012年末、安倍氏の返り咲きが可能になった衆議院議員選挙の最終段階での安倍氏の街頭演説に林立する日の丸と旭日旗に慄然とした思いを抱いたものだ。これは、彼のコアな支持層が奈辺にあるかを如実に物語るものであると思う。

          

 ところで、加藤氏邸の放火事件のきっかけとなったのは加藤氏が時の小泉首相の靖国参拝に反対したのに激昂した右翼の仕業であったが、その折の小泉氏が今や原発反対の論陣を張っている。したがって、ネウヨ諸氏にいわせれば彼も「チョン」なのであり北朝鮮へ帰らなければならないのだそうだ。

 ことほど左様に、この何年かの間にこの国の政治的相関関係は大きな変化を遂げている。そして、その一方ではレイシズムを含んだ愛国主義が強固な核を形成しつつあるように見えるが、一方では流動的な部分も出始めている。

 最後に一言付け加えれば、加藤氏や野中氏、それに小泉氏の言動に関し、「彼らはもっともらしいことを言っているが、その本質は・・・」といった批判がついて回ることについてである。
 この言い分にはいくぶん原理主義的な臭いがする。しかし、一般的にいって人間の本質なんてそんなに固定したものではない。ましてや政治の世界では「本質的に良い人や正しい人」が善政を行うわけでは決してない。
 かつて小平がいったという「黒い猫でも白い猫でも、鼠を捕るのが良い猫だ」というのはそれほど間違ってはいないと思う。

 いずれにしても「本質」云々による言説は、「自己の絶対的正しさ」(そんなものがあるとしてだが)を強調するのみで何ら生産的ではないと思う。


ネウヨやレイシスト諸氏の言動を具体的に再現するために、敢えて差別的な用語を用いました。お気に障る向きがありましたら、幾重にもお詫び致します。
コメント (5)
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