連日の猛暑で茹だっている。
25日、岐阜気象台は38度(多治見は全国でもっとも暑い39.3度)といっていたが、岐阜気象台は川べりの風通しのいいところ、私の家では40度超だ。
40度といえば風呂の温度が38度から42度というから、いってみれば風呂へ入りっぱなしということになる。
私は風呂は熱めが好きだ。しかしこれは、上がった時の爽快感とセットになったものであるから、入りっぱなしの風呂は好きになれない。
この時期暑いのも無理はなくて、暦の上での二四節気のうち、一番暑いとされる「大暑」はこの23日であった。
それでは、これを過ぎれば暑さが和らぐのかというとそうはいかのおツンツンで、岐阜の多治見市と埼玉県の熊谷市で当時の日本新、40.9度を叩きだしたのが実に8月16日(2007年)であった。
そして昨年、それを上回る41度を四万十市が記録したのが8月12日のことであった。
やはり、二四節気のひとつの「処暑」は、この頃から暑さが和らぐということで、今年は8月23日であるが、ようするに、この頃まで暑さは去ることはなく、続くと考えた方がいい。
ちなみに、2007年の8月16日、私はなぜだか多忙で、岐阜市内を自転車で駆けまわり、自宅へ辿り着く寸前で異様な感覚に襲われ、帰宅と同時にどっと倒れ伏す状態であった。「あ、これは熱中症だな」という自覚があったが、バタンキューの何時間かのダウンでなんとか回復した。
それ以来、臆病になって、25日は徒歩数分で通常はもちろん徒歩で出かけるスーパーへ車で出かけた。
暦に関していうならば、例年そう思うのだが、意外と早いのが立秋で、8月7、8日で、今年は7日だという。
注目すべきは、最高気温のレコードはいずれも立秋後だということだ。
しかし、ここには、季節のグラジエイトな変化へのそれなりの感性があるのだと思われる。
だから「秋きぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」(藤原敏行)とか「秋たつとひとにつげねど知られけり みやまのすそのかぜのけしきに」(西行法師)などの歌が可能になる。
立秋まで後10日間、そして処暑までは約一ヶ月、残された夏を私たちはどんな季節感のうちに過ごすのだろうか。
いずれにしても私の実感からいえば、熱中症というのはこのぐらいはなんのその思っていながらやられるようだ。私の孫のような連中が病院に担ぎ込まれている。彼らが死すことはないが、私と同年輩の人たちはそこで生涯を閉じる。
お互い気をつけたいものだ。
25日、岐阜気象台は38度(多治見は全国でもっとも暑い39.3度)といっていたが、岐阜気象台は川べりの風通しのいいところ、私の家では40度超だ。
40度といえば風呂の温度が38度から42度というから、いってみれば風呂へ入りっぱなしということになる。
私は風呂は熱めが好きだ。しかしこれは、上がった時の爽快感とセットになったものであるから、入りっぱなしの風呂は好きになれない。
この時期暑いのも無理はなくて、暦の上での二四節気のうち、一番暑いとされる「大暑」はこの23日であった。
それでは、これを過ぎれば暑さが和らぐのかというとそうはいかのおツンツンで、岐阜の多治見市と埼玉県の熊谷市で当時の日本新、40.9度を叩きだしたのが実に8月16日(2007年)であった。
そして昨年、それを上回る41度を四万十市が記録したのが8月12日のことであった。
やはり、二四節気のひとつの「処暑」は、この頃から暑さが和らぐということで、今年は8月23日であるが、ようするに、この頃まで暑さは去ることはなく、続くと考えた方がいい。
ちなみに、2007年の8月16日、私はなぜだか多忙で、岐阜市内を自転車で駆けまわり、自宅へ辿り着く寸前で異様な感覚に襲われ、帰宅と同時にどっと倒れ伏す状態であった。「あ、これは熱中症だな」という自覚があったが、バタンキューの何時間かのダウンでなんとか回復した。
それ以来、臆病になって、25日は徒歩数分で通常はもちろん徒歩で出かけるスーパーへ車で出かけた。
暦に関していうならば、例年そう思うのだが、意外と早いのが立秋で、8月7、8日で、今年は7日だという。
注目すべきは、最高気温のレコードはいずれも立秋後だということだ。
しかし、ここには、季節のグラジエイトな変化へのそれなりの感性があるのだと思われる。
だから「秋きぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」(藤原敏行)とか「秋たつとひとにつげねど知られけり みやまのすそのかぜのけしきに」(西行法師)などの歌が可能になる。
立秋まで後10日間、そして処暑までは約一ヶ月、残された夏を私たちはどんな季節感のうちに過ごすのだろうか。
いずれにしても私の実感からいえば、熱中症というのはこのぐらいはなんのその思っていながらやられるようだ。私の孫のような連中が病院に担ぎ込まれている。彼らが死すことはないが、私と同年輩の人たちはそこで生涯を閉じる。
お互い気をつけたいものだ。