部長とは家が近いので、飲み会の行き帰りは一緒に乗ることが多かった。
私はそのたびに「部長は運転がうまいですねぇ~(^O^)」と言った。
ほんとうにそう思ったし、今ではやっとできるようになったUターンも、ちょっと前までとてもできるとは思えなかったのだ。
昨日も部長が「帰りますか」と言うので、「帰りましょう」と言った。
「今日は車を置いて、タクシーにしよう、すぐ拾えるから。」と言う。
「明日、部長はここまで電車で来るんですか?」
「そうだよ。」
「もし良かったら、私が朝、迎えに行きましょうか?」
「そうかぁ、それは助かるなぁ。」
私達は8時にダイソーの前で待ち合わせをすることにした。
次の日の朝、私は10分で着くだろう約束に、40分前に家を出た。
また窓ガラスの霜がなかなか取れないのではないか?と心配になったり、とにかく行ってみないと何が起きるかわからないのが、私の車練習なのである。
私は「CDもかけようかな?」と思って、この前父のために焼いたCDをかけることにした。部長は井上陽水の歌を時々カラオケで歌ったりしているのだ。
それから助手席も少しきれいにしよう。
もともと荷物は少ないけど、水滴とる用の汚いタオルをズタ袋に入れて、後部座席にポイッと投げた。
私はいつだったか部長の車で飲み会に向かった日、宇多田ヒカルの曲が次々に流れたいたのを思い出した。
この会社の人たちとはもう11年半の付き合いになるが、私が飲み会に参加するようになったのは、このブログが始まった頃で、5~6年前ぐらいになる。
それまではどうしても仕方ない送別会や新年会に1次会だけ付き合っていた。最初の年は、kekeがまだ小さかったので、業者の新年会もパスしてしまい、あとで社長が激怒していたと聞く。
うちの会社の人達は、まさか私がこんなにカラオケ好きだとは知らなかったので、「何か歌えるかい?」と言うノリだった。Aさんが「原由子って感じですかねぇ」と社長のお調子をとっていたのをよく覚えているよ。
何か歌えと言われたので、歌ったカラオケデビューは宇多田ヒカルである。
歌は下手くそだったけど、宇多田ヒカルと言うのに驚いたようだ。
そう、部長の車に初めて乗った時に掛っていた曲は、宇多田ヒカルだった。
今になって「こんな風に部長も気遣ってCDを選んでくれたのかなぁ」なんて思ったりする。
そう言えば、いつだったか、北澤の車で竣工写真を撮りに行った時に、北澤の車の中に、自分と私の分までお茶を買っておいてくれたんだったっけ。
あの子はあまりアピールしないけど、そう言う所がある子だなぁ。
お父さんも言ってた。
長男が一番優しい、って。
ここ、数日の私はおかしいぞ?
何だかこう、周りの優しさが胸をつく。
私は30分も早くにダイソーの前に着き、早かったので一周グルリンと回ってみた。
そして、どうして部長がこの場所を選んだのかが分かった。
左側に一車線あって、駐車しやすい場所だったのである。
7時55分になった時、私は部長の携帯に「おはようございます。着きましたよ。」とメールを送った。
部長はすぐに走ってきてくれた。
そして、車を走らせることにした。
「CD聴きますか?これは父(の病院に持っていくための)好きな曲のCDなんですけど、井上陽水や矢沢エイキチが入ってるんです。」
「エイちゃんいいねぇ。いきますか。」
そして、私は父の話をしながら運転した。
部長も「アリよ、さらば」を口ずさんでいた。
「次の曲はいつも父とデュエットした曲なんですよ。」
谷村新司の「忘れていいの」である。
「俺もよく歌ってたよ。」
「部長も御存じだったんですか!今度歌いましょう~!(^o^)丿」
「これ、谷村新司と誰だっけ?」
「小川知子ですよ。」
「sakeさんは、いろんな歌を知ってるよね。」
「父がよく歌ってたんです。それから妹もカラオケ好きなんです。この頃はバブルの頃ですよね。家族でスナックに行きました。」
「俺もあの頃は毎晩飲んでたなぁ。」
ここを左に曲がって路地に入れば、部長の車の置いてある駐車場である。
信号待ちをしている間に、部長は「ここで降りた方がいいな。それじゃ」と言った。
(細い路地に私の車が入るのが怖かったのだろうと思われる。)
それじゃ、また後ほど、と別れた。
私は車を走らせた。
その時左に曲がる予定だったので、チカチカ鳴らしながら直進していた。。。
後ろの車の人は寛大だったので、ブーーと怒られることはなかったが。
私はそのたびに「部長は運転がうまいですねぇ~(^O^)」と言った。
ほんとうにそう思ったし、今ではやっとできるようになったUターンも、ちょっと前までとてもできるとは思えなかったのだ。
昨日も部長が「帰りますか」と言うので、「帰りましょう」と言った。
「今日は車を置いて、タクシーにしよう、すぐ拾えるから。」と言う。
「明日、部長はここまで電車で来るんですか?」
「そうだよ。」
「もし良かったら、私が朝、迎えに行きましょうか?」
「そうかぁ、それは助かるなぁ。」
私達は8時にダイソーの前で待ち合わせをすることにした。
次の日の朝、私は10分で着くだろう約束に、40分前に家を出た。
また窓ガラスの霜がなかなか取れないのではないか?と心配になったり、とにかく行ってみないと何が起きるかわからないのが、私の車練習なのである。
私は「CDもかけようかな?」と思って、この前父のために焼いたCDをかけることにした。部長は井上陽水の歌を時々カラオケで歌ったりしているのだ。
それから助手席も少しきれいにしよう。
もともと荷物は少ないけど、水滴とる用の汚いタオルをズタ袋に入れて、後部座席にポイッと投げた。
私はいつだったか部長の車で飲み会に向かった日、宇多田ヒカルの曲が次々に流れたいたのを思い出した。
この会社の人たちとはもう11年半の付き合いになるが、私が飲み会に参加するようになったのは、このブログが始まった頃で、5~6年前ぐらいになる。
それまではどうしても仕方ない送別会や新年会に1次会だけ付き合っていた。最初の年は、kekeがまだ小さかったので、業者の新年会もパスしてしまい、あとで社長が激怒していたと聞く。
うちの会社の人達は、まさか私がこんなにカラオケ好きだとは知らなかったので、「何か歌えるかい?」と言うノリだった。Aさんが「原由子って感じですかねぇ」と社長のお調子をとっていたのをよく覚えているよ。
何か歌えと言われたので、歌ったカラオケデビューは宇多田ヒカルである。
歌は下手くそだったけど、宇多田ヒカルと言うのに驚いたようだ。
そう、部長の車に初めて乗った時に掛っていた曲は、宇多田ヒカルだった。
今になって「こんな風に部長も気遣ってCDを選んでくれたのかなぁ」なんて思ったりする。
そう言えば、いつだったか、北澤の車で竣工写真を撮りに行った時に、北澤の車の中に、自分と私の分までお茶を買っておいてくれたんだったっけ。
あの子はあまりアピールしないけど、そう言う所がある子だなぁ。
お父さんも言ってた。
長男が一番優しい、って。
ここ、数日の私はおかしいぞ?
何だかこう、周りの優しさが胸をつく。
私は30分も早くにダイソーの前に着き、早かったので一周グルリンと回ってみた。
そして、どうして部長がこの場所を選んだのかが分かった。
左側に一車線あって、駐車しやすい場所だったのである。
7時55分になった時、私は部長の携帯に「おはようございます。着きましたよ。」とメールを送った。
部長はすぐに走ってきてくれた。
そして、車を走らせることにした。
「CD聴きますか?これは父(の病院に持っていくための)好きな曲のCDなんですけど、井上陽水や矢沢エイキチが入ってるんです。」
「エイちゃんいいねぇ。いきますか。」
そして、私は父の話をしながら運転した。
部長も「アリよ、さらば」を口ずさんでいた。
「次の曲はいつも父とデュエットした曲なんですよ。」
谷村新司の「忘れていいの」である。
「俺もよく歌ってたよ。」
「部長も御存じだったんですか!今度歌いましょう~!(^o^)丿」
「これ、谷村新司と誰だっけ?」
「小川知子ですよ。」
「sakeさんは、いろんな歌を知ってるよね。」
「父がよく歌ってたんです。それから妹もカラオケ好きなんです。この頃はバブルの頃ですよね。家族でスナックに行きました。」
「俺もあの頃は毎晩飲んでたなぁ。」
ここを左に曲がって路地に入れば、部長の車の置いてある駐車場である。
信号待ちをしている間に、部長は「ここで降りた方がいいな。それじゃ」と言った。
(細い路地に私の車が入るのが怖かったのだろうと思われる。)
それじゃ、また後ほど、と別れた。
私は車を走らせた。
その時左に曲がる予定だったので、チカチカ鳴らしながら直進していた。。。
後ろの車の人は寛大だったので、ブーーと怒られることはなかったが。