我が蔵書に高梨健吉著の「幕末明治英語物語」が在る。1979年8月25日初版本を購入しているから、30年以前に購入したものだろう。
最近本棚から取り出し改めて読んでいるが、これがなかなか面白い。よくぞこのような本を購入していたと自分を褒めたくなってしまう。
目次をご紹介すると次の様にある。
・ 英国外交官の見た幕末 ミットフォード「回想録」
・ 明治少年の英学修行 新渡戸稲造「幼少の思い出」
・ 或る日本人留学生 杉浦重剛「航英日記」
・ 明治の翻訳物語
・ 米国婦人の日本日記 アリス・ベーコン「日本の内側」
・ 日本芸術論 チェンバレン「芭蕉と俳句」
それぞれの人達に共通するものは、「失われゆく日本」という想いであろうか。渡辺京二は「逝きし世の面影」の冒頭、「日本の近代が前代の文明の滅亡の上に打ちたてられたという事実を鋭く自覚していたのは、むしろ同時代の異邦人たちである」とし、チェンバレンを登場させ、「古い日本は死んでしまった」と慨嘆するさまを紹介している。熊本に赴任してきた小泉八雲も、古い城下町熊本の変わりゆく様を眺め「好きに成れない町」としてとらえていることなどでも窺える。著者高梨健吉は、「日本文化を批判するチェンバレン」が不当な扱いを受けてきたと解説するが、その批判とは「失われゆく日本」に対してであろう。「芭蕉と俳句」はその視点の鋭さに驚かされる。
外交官としていろんな事件に遭遇するミッドフォードや、鹿鳴館の華やかな様を紹介するアリス・ベーコンの記事も有意義である。
新渡戸稲造は「武士道」の著者として知られるが、この「幼少の思い出」も英文で発表されたのだそうだが、日本では「若い日の思い出」とされているようだ。興味深いのは杉浦重剛でイギリス留学を為しながらも、「国粋主義的教育者・思想家」だとされている。その発露は「航英日記」で伺えるようだ。
それぞれの文章は編者高梨健吉氏により編集されており全文を知りえないが、それぞれの全文を読んでみたいものだ。