細川家家臣に清水数馬なる人がいる。細川綱利の生母・清高院の父親が細川家に召し抱えられ、三代目勝貞は綱利女伊津をめとり以て一門に列した。
その孫(五代目)が数馬である。
宮村典太の書写記録の目次を眺めていたら、「長谷川丹右衛門か妻清水数馬と不義によつて数馬が妻に討るゝ事」とある。
こんな話も一興と思い内容も確認しないままコピーをする。(全11頁)
読み始めて数行・・・・・人違いと判って思わず笑ってしまった。こちらの数馬殿は藤堂和泉守(高久)家臣・長谷川丹右衛門の中間だった。
早合点もいいところだが、このような他藩の記事を載せる宮村典太殿にも一言申し上げたくなる。
御覧のように宮村典太の文字は非常に読みづらい。読み下しの勉強にと思い一応目を通したが、すっかり興味が失せてしまった。お笑いぐさである・・・・・・