三斎の茶道に関する一番の参考書は、矢部誠一郎氏著の「細川三斎・茶の湯の世界」であることは間違いなかろう。
多方面からの資料を網羅しており納得させられる。
「上手の手から水が漏れる」という言葉があるが、まことに残念な間違いがあった。但しこれは引用された一文が間違っていて、矢部氏の責ではない。
校正に十分気をまわすべきであったろう。
引用されたのは、「茶道月報」に掲載されたという谷ただし氏の「三斎をめぐる二つの死ー森鴎外の作品より」である。
いささか長くなるがご紹介しよう。
三斎の家臣興津弥五右衛門が命により茶事に使う珍品を求めて長崎に行き、安南から渡来した銘木伽羅の大木を見出す。
ところがこれを、同じく命により長崎に来ていた伊達政宗の家臣横田清兵衛と、双方値段を奪い合うことになる。横田はここで
「武士は武具にこそ大金をか使うべきだ」といい、興津は「武具も大切だが茶道具もそれに引けを取るものではない」と否定する。
怒った横田は興津に切りかかり、反対に興津に切られる。興津は伽羅を三斎に献上し、責を負って切腹しようとするが、三斎は
これを止め、かえって賞与を与える。
大きな間違いは、清兵衛も細川家の家来であるということである。二人の価値観の違いが不幸をもたらした。
この事件は森鴎外の小説「興津弥五右衛門の遺書」で取り上げられているのでご覧いただきたい。
三斎の双方に対する処分は随分えこひいきがあるように感じられる。横田の遺族に対しては恨みに思わぬようにと諭したとされるが、横田家の遺族のその後はようとして知れない。一方興津については、三斎の死後殉死するのだが細川家記「綿考輯録」は異常なほどのページをさいて賛美している。
谷氏のいささかお粗末な論考を、矢部氏は間違いを指摘することなく取り上げている。
私は「細川三斎・茶の湯の世界」は名著だとおもっているのだが、この一点がなんともくやしい。