(寛永三年五月)六日・七日
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| 六日
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吉住半四郎中津小 |一、先月廿七日ニ、長谷部文左衛門被罷越、吉住半四郎相対ニて、中津・小倉家ノ代銀さし引悉相済
倉家ノ代銀相対差 | 被申候ニ付、済申候との書状を、長谷部文左衛門方へ半四郎ゟ被出候、其上右之家付おくかきの
引済ム | (元高)
| 仕様悪敷ニ付、奥書文左衛門仕直、長舟十右衛門・志水次兵衛相済申との加判被仕、相済候由、
| 文左衛門被申候事、
| (松井興長) 井口
演能ニ毛氈 |一、昨日ノ御能ニ、もうせん十枚、式ア少殿ゟ被成御借候、〇三四郎と申仁うけ取ニ被参、則相渡候
| 事、
|一、国友半右衛門与帆足十左衛門儀、佐田吉左衛門・大塚忠兵衛手伝遣候事、
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| (景広)
上リ小者ノ奉公替 |一、高山次左衛門与上り小者、村上八郎左衛門殿奉公仕候を、たゝ今被差上、則土佐新太郎与渋川三
| 十郎ニ被遣ニ付、酒井少八うけ取被申候事、
|一、野口久兵衛・中山長三郎ゟ上り申男女也
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| (国東郡)
牛盗人誅伐 |一、富来源右衛門手永牛ぬすミ申候もの、誅伐被仰付候、彼ぬす人ノ女房幷むすめ一人上りものニ
妻子上り者 | 召寄せ、林角兵衛被見、右之母むすめ共ニはげニなり申候故、上りものニならす、則富来へ返し
禿 | 申候、むすこも一人参候へ共、是もはけニなり申候ゆへ、角兵衛被見候て、戻し被申候事、
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| 七日
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| (忠有)
彦山座主知行替 |一、彦山座主の知行かへの書物、杉本左介ニ相渡返ス、但、林與兵衛被渡候へと申渡候事、
深沢百介召直 |一、深沢百介今日 御前被 召直、則口子共たちなミニ被 召連、今度ノ舟も口ノ子共同舟ニ御乗せ
| 可被成由、林角兵衛を以被 仰出候事、
|一、中津ゟ飛脚参候事
| 小瀬采女身躰之儀ニ付奉書壱通、
小倉ノ衣屋ヲ中津 | 当町衣屋少五郎中津へ可被 召寄せとの奉書壱つ、
ニ呼ブ |
|一、右之御飛脚堺町ごせ所ニ書付仕候、
| (宗茂)
|一、立花飛騨様へ之御書、御鉄炮衆ニ持せ被遣候事
三斎へ早松茸ヲ進 |一、冨嶋弥兵衛、中津様へ御使ニ被遣候事、但、松たけ一籠被遣候事、
ム |
| (延俊)
|一、木下右衛門様へ之 御書、次飛脚ニて遣候事、
銀子盗人 |一、岡田一角者、森長介者銀子を盗走候由、
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