アルフレート・クビーン『裏面 ある幻想的な物語』(白水社、原著1909年)を読む。
クビーンは1877年・チェコ生まれの画家であり、その後、ドイツでカンディンスキーらの<青騎士>に参加したり、多くの挿絵を描いたりしている。ロベルト・ヴィーネ『カリガリ博士』(1920年)のセットにも参加の話があったが、本人が断ったとか、あるいは、制作側が「クビーン」を「キュビズム」と間違えたからたち消えたのだとかいう話がある。本書は唯一の小説。
ドイツに住む男は、インドとエジプトに旅に出ようと計画していた。その矢先に、かつての同級生の使者を名乗る者がやってきて、中央アジアに作られ外部には知られていない「夢の国」に招待する。その国は、古いものばかりが集められ、奇怪な人々が暮らす地であった。同級生は、魔物のような権力者として、国に陰のように貼り付いていた。数年後、国は獣や虫に侵略され、人工物はその形をとどめることができなくなり、人々は欲に溺れ、国が加速的に崩壊していく。
昔からクビーンは気になる画家だった。偏執狂的に、迫りくる死やなにものかへの不安を描き続けた人である。そのクビーンが、このような奇妙な小説まで手掛けていたとは知らなかった。ヨーロッパにおいて世紀末の記憶がまだ生々しかった時期であることを汲み取ることができる作品であり、また、アメリカという巨大な異物への警戒心のようなものも感じられる。
かれの作品は、ミルチャ・エリアーデやローラン・トポールといった人々に影響を及ぼしている。さらには、この系譜はボルヘスら中南米文学や、スティーヴ・エリクソンらの現代アメリカ文学にも認められるものに違いない。作品としての完成度はクビーンの子たちによってむしろ高められるのだと思うが、しかし、そのオリジンに触れることができて嬉しい。
●参照
ローラン・トポール
ミルチャ・エリアーデ『ムントゥリャサ通りで』(表紙にクビーンの絵が使われている)
ミルチャ・エリアーデ『ホーニヒベルガー博士の秘密』