Sightsong

自縄自縛日記

吉村昭『破獄』

2015-05-14 23:16:25 | 思想・文学

吉村昭『破獄』(新潮文庫、原著1983年)を読む。

戦前から戦後まで4回も脱獄した男。しかもおそるべき執念と頭脳とをもって。

この小説は、実在のモデルをもとにしたフィクションである。しかし、刑務所という特異な空間から時代を描いたすぐれた作品にもなっている。たとえば、戦争が、社会を持続させることさえ困難な飢餓を引き起こしていたこと。アッツ島の玉砕などにより北海道へのソ連軍・米軍侵攻が警戒されたこと。網走刑務所の過酷極まる環境(宮本憲治のことには言及されているが、徳田球一についての記述がないことは残念)。GHQにより、戦時中の捕虜虐待への疑念があったこと。

そして、男の脱獄への執念が、権力関係というものに対する本能的ともいえる憎悪により支えられていたことが、描き出されている。

●参照
『徳田球一とその時代』
牧港篤三『沖縄自身との対話/徳田球一伝』
ミシェル・フーコー『監獄の誕生』
ミシェル・フーコー『コレクション4 権力・監禁』


リーガルパッド

2015-05-14 07:48:17 | もろもろ

普段の仕事用に、B5サイズ(182×257mm)のものを使うことが多い。ただ、コクヨの一般的な「キャンパスノート」は薄すぎてカバーに2冊入れなければ不安だし、万年筆で書くと滲んでしまう。何よりあの横罫が好きではない(勝手に字の向きや間隔を決めないでほしい)。最近では上質な紙のノートが多くなってきているのが嬉しいことで、わたしはライフの「ノーブルノート」や満寿屋の「MONOKAKIノート」をよく使っている。

一方、B5でも大きいと思うことが少なくない。鞄に入れて持ち歩くにも、狭い場所で開くにも、もう一回り小さいほうが便利である。A5サイズでも悪くないが、縦に開いて折り返すノートパッドならばどこでも書くことができる。

そんなわけで、米国ミードの「ケンブリッジ・リーガルパッド」がちょうど良いサイズだということに落ち着いた。海外でもA4サイズのものを使っている人をよく見る。わたしが使うのは5×8インチ(127×203mm)である。これを丸善の革製のノートパッドカバーに入れれば非常に便利。革製でなく合皮やビニール製だと、他の印刷物がべりべりとへばりついてしまうことがあって嫌なのだ。

しかし、これにも問題がある。独特の黄色はまあいいとして、やはり横罫が入っているし、万年筆ではどうしても滲む。他に良いものがないものかと探していて、ツバメノートの「ツバメ・リーガルパッド」を見つけた(ミードのものより若干薄い)。「OKフールス紙」が使われており、淡いクリーム色で方眼または無地、インクは滲まない。

なお問題がないわけではない。書き終わった紙を切り離すミシン目が不十分で、結局、すべてちぎらずに使うことになる。そうすると、最終頁あたりでは書き終えた分が厚すぎて、折り返す具合がよくない。

なかなか完璧ということはないものである。


ケンブリッジ・リーガルパッド、ツバメ・リーガルパッド、丸善のノートパッドカバー


ケンブリッジ・リーガルパッド。細字なのに結構滲む。


ツバメ・リーガルパッド。ほとんど滲まない。

●参照
ほぼ日手帳とカキモリのトモエリバー