平野久美子『華人歌星伝説 テレサ・テンが見た夢』(ちくま文庫、2015年)を読む。
テレサ・テン=麗君は、台湾の外省人として生まれ、香港や日本で大スターとなり、さらには東南アジアでも、堕落するものとして禁じられた中国本土でも、非常に大きな影響力を持ち続けた。アイデンティティの違いはあるにせよ、彼女の人気は、それぞれの場所で生き延びる人たちが失った故郷や心の拠り所を求めんとする意思に支えられた。すなわち、華人ネットワークである。
その意味で、著者が言うように、テレサ・テンと麗君とは別のコードであったという見方が正しいのだろう。大傑作『淡淡幽情』において聴くことができる世界を包み込む力と、「つぐない」や「時の流れに身をまかせ」などにおける日本の男の妄想を支える力とは、明らかに違うものであるから。(もっとも、後者のテレサの声も素晴らしいものだ。)
ナイーヴに過ぎて、自滅したのだろうか。もしかすると、生き続けて新たなヴィジョンを切り開くパートナーに恵まれていれば、ワールド・ミュージックという新しい世界でまた活躍したかもしれない、という著者の想像には、少なからず驚かされる。
今日もまた、私たちにとっての天安門事件。生き延びようね。
●参照
テレサ・テン『淡淡幽情』
私の家は山の向こう
私の家は山の向こう(2)
宇崎真、渡辺也寸志『テレサ・テンの真実』
フェイ・ウォン『The Best of Faye Wong』、『マイ・フェイヴァリット』
楊逸『時が滲む朝』