Sightsong

自縄自縛日記

チャド・マッカロー+ブラム・ウェイジターズ『Urban Nightingale』

2015-09-06 23:55:20 | アヴァンギャルド・ジャズ

チャド・マッカロー+ブラム・ウェイジターズ『Urban Nightingale』(Origin Records、2011年)を聴く。

Chad McCullough (tp, flh)
Bram Weijters (p, rhodes)
Piet Verbist (b)
John Bishop (ds)

マッカローのフリューゲルホーンは籠っていて良い音がするのだが、最初の2曲は特に尖ったところもない爽やか路線。ところが、3曲目にウェジターズがフェンダーローズを弾き始めると、空気が嬉しい匂いに一変する。マッカローは慎重にトランペットを吹き、抑制されていて良い感じ。

それならそうと最初から言ってほしい。そのあとも、曲によって皆の貌がつぎつぎに変わっていく。ドラムスのビショップは終始ノリノリ。


クレイグ・テイボーン『Chants』

2015-09-06 21:39:46 | アヴァンギャルド・ジャズ

クレイグ・テイボーン『Chants』(ECM、2013年)を聴く。

Craig Taborn (p)
Thomas Morgan (b)
Gerald Cleaver (ds)

ピアノトリオだからといって何かの典型におさまるわけではないということを実感する作品。テイボーンのピアノは絶えず静かにスパークするようで、また、次の曲がり道へ、次の曲がり道へと粘っていく。その粘りもブルースのそれではなく、抽象的・幾何学的な感覚。

トマス・モーガンの重い錨のようなベースも良いのだが(ゲイリー・ピーコックを思い出すのだがどうか)、なんといっても特筆すべきは、ガラスを突き破って外部へとスピルアウトするような、ジェラルド・クリーヴァーのドラムスだ。どんなプレイをしているのだろう。

●参照
Farmers by Nature『Love and Ghosts』(テイボーン、クリーヴァー)
クリス・ライトキャップ『Epicenter』(テイボーン、クリーヴァー)
クリス・ポッター『Imaginary Cities』(テイボーン)
『Rocket Science』(テイボーン)
デイヴ・ホランド『Prism』(テイボーン)
オッキュン・リーのTzadik盤2枚(テイボーン)
Book of Three 『Continuum (2012)』(クリーヴァー)
ジェレミー・ペルト『Men of Honor』(クリーヴァー)


エドガー・アラン・ポー短編集(2) SF&ファンタジー編

2015-09-06 20:36:41 | 北米

巽孝之の新訳によるエドガー・アラン・ポーの第3巻が、新潮文庫から出ている。なんと意表をつく「SF&ファンタジー編」。

とは言っても、ポーの作品にはもとより不思議感が満ちている。ここに収録された作品群も、そこまで異色なものとも思えない。

まわりくどく衒学的な語り口は得意ではないが、いずれも短く、宝石の原石のようなものだ。なかでも「大渦巻の落下」には魅せられた。漁師が、人の想像を遥かに超えた渦巻に巻き込まれるが、中は荒れ狂う外側とは打って変わって静謐な世界であり、しかも、物理学的な法則が支配しているような空間。たとえば、偉大な存在との邂逅を描いた映画『コンタクト』だって、ブラックホール内の時空間を描いた映画『インターステラー』だって、これを源流としていると言ってもいいのではないか。

「灯台」は、ポーの遺作であり、息を呑むような導入部のみが書かれている。解説によれば、ジョイス・キャロル・オーツも、この短編を発展させて「死後のポーまたは灯台」という作品を書いているという(読みたい!)。

前の2冊と同様に翻訳が味わい深く、「じわじわくる」作品群。

●参照
エドガー・アラン・ポー短編集 ゴシック編・ミステリ編


ジョイス・キャロル・オーツ『Solstice』

2015-09-06 15:16:49 | 北米

ジョイス・キャロル・オーツ『Solstice』(Dutton、1985年)を読む。4つの章からなる、離婚した女同士の物語である。NYのStrand Booksで、7.5ドルで買った。

「The Scar」。ペンシルベニア州の郊外に越してきたモニカは、ひとまわり上の画家シェイラと仲良くなる。ふたりともアンドリュー・ワイエスの絵を実体化したような原野の一軒家に住んでいた。シェイラは相当な変わり者で、無礼としか思えない態度でモニカの過去に踏み込んでくる。そして閾値を超えると、モニカの過去の悲しみが迸り出るのだった。感情の封印を、モニカの顔に付いた傷跡(scar)によってほのめかしてゆく表現が見事。

「The Mirror-Ghoul」。離婚した夫が私立探偵を雇って自分を探りまわっているらしいと知り怯えるモニカ。そんな時に、シェイラはモニカを誘う。お互いにわかっていながら偽名を名乗り、バーで知らない男たちと積極的に遊ぶヘンな遊びに興じる遊びだった。もはや、モニカが精神的に依存する存在はシェイラだった。しかし、シェイラは姿をくらまし、モニカの懇願に気付きながらも去っていく(実はモロッコに旅立っていたことがわかる)。モニカは復讐を誓う。

「"Holiday"」。シェイラがいない喪失感。唐突に帰ってくるシェイラ。もうモニカの感情は元通りではない。

「The Labyrinth」。シェイラはやはり唐突に、着飾ってのホームパーティーを開く。モニカの精神は高揚と落胆との連続によって痛めつけられ、体調を崩し、げっそりとやせ細ってゆく。

最近の作品にもみられるように、オーツは心の痛いところ、触ってほしくないところを、容赦なく、しかも執拗に突き続ける。文章の塊は次第に短く細切れになってゆき、地獄への加速感がすさまじい。モニカが救急車で運ばれる間、シェイラはこともあろうに、次のようにモニカに囁くのだ。「"--- we'll be friends for a long, long time," she says, "---unless one of us dies."」 相互の管理下という無間地獄に陥ったふたりの女の物語である。

●参照
ジョイス・キャロル・オーツ『Daddy Love』(2013年)
ジョイス・キャロル・オーツ『Evil Eye』(2013年)
林壮一『マイノリティーの拳』、ジョイス・キャロル・オーツ『オン・ボクシング』(1987年)


フィル・ミントン+ロル・コクスヒル+ノエル・アクショテ『My Chelsea』

2015-09-06 09:45:31 | アヴァンギャルド・ジャズ

フィル・ミントン+ロル・コクスヒル+ノエル・アクショテ『My Chelsea』(Rectangle、1997年)を聴く。

Phil Minton (voice)
Lol Coxhill (ss)
Noel Akchote (g)

レクタングルはフランスの奇怪なレーベルで、最近はもう活動を停止したのかと思っていたら突然のCDリリース。かつて出された『Minton - Coxhill - Akchote』というEP盤(といいながら45回転ではなく33回転)と同じメンバー、同じ収録年である。これは嬉しい。

あらためて聴いても発見があるともないとも言える三人衆。ミントンはおかしなスキャットとか、鶏の断末魔のように喉から口笛を絞り出すような音とか。コクスヒルはいつも変わらず脱力を極めたなで肩のソプラノサックス。アクショテも変態度で負けては変態の名がすたるとばかりにギターをかき鳴らす。

このような人たちを唯一無二という。いやもう、最高の一言である。


フィル・ミントン、2010年 Leica M3、Summicron 50mmF2.0、Tri-X(+3)、フジブロ4号


ロル・コクスヒル、2010年 Leica M3、Summicron 50mmF2.0、Tri-X(+3)、フジブロ4号

●参照
フィル・ミントン、2010年2月、ロンドン
ロル・コクスヒルが亡くなった(2012年)
ロル・コクスヒル+ミシェル・ドネダ『Sitting on Your Stairs』(2011年)
ロル・コクスヒル+アレックス・ワード『Old Sights, New Sounds』(2010年)
ロル・コクスヒル、2010年2月、ロンドン
コクスヒル/ミントン/アクショテのクリスマス集(1997年)
G.F.フィッツ-ジェラルド+ロル・コクスヒル『The Poppy-Seed Affair』(1981年)


シャイ・マエストロ@Body & Soul

2015-09-06 08:20:51 | アヴァンギャルド・ジャズ

実に久しぶりに青山のBody & Soulに足を運び、シャイ・マエストロのソロピアノを観る(2015/9/5)。

Shai Maestro (p)

はじめは音の響きを探るように、静かに和音を重ねていくマエストロ。それだけでなく、曲の前にはまずイメージを作りあげ、演奏に入っていく姿があった。ライヴは、妹に捧げた曲「Gal」(カウンターの隣に座ったテルアビブ出身の女性が、「波」という意味だと教えてくれた)や、自宅のピアノの上に飾ってある絵画からインスパイアされた曲「Paintings」から、やや静かにはじまった。

乗ってくると、面白いことに、左手で和音を弾きつつ、ベース奏者がいるかのように、身体をひねらせて右手で低音のパッセージを挿入する。かたや、ドラムスのように、ピアノの前面を叩いてみたりもした。まるでトリオだ。

特別な曲だという「When You Stop Seeing」は、出身国のイスラエルとパレスチナとの抗争をモチーフにしているという。曰く、ソーシャルメディアでは「イスラエル人は」「パレスチナ人は」などとして語る。自身が住むNYでも、セクシズムやレイシズムが少なくない。しかし、ひとりひとりは違う、ひと括りにされる存在ではないんだ、と。これはかれ自身の立脚点を確かめるプロセスかもしれないと思った。また、このクラブに捧げたであろう「Body & Soul」は、まず右手でメロディを反芻し、展開していく様が見事だった。

ライヴ前には、ナルシスティックな演奏を期待してもいたのだが、これは良い意味で裏切られた。マエストロは、観客の反応を確かめながら、ひとつのライヴでドラマを作りあげようとするピアノを展開した。演奏の中でサイレンスもイメージも明示し、また時にはトリオを想起させもする、知的でダイナミックなソロだった。

●参照
マーク・ジュリアナ『Family First』