新宿ピカデリーにて、侯孝賢『黒衣の刺客』(2015年)を観る。
待望の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の新作だが、一抹の不安もあった。なぜ今になって、陳凱歌や張芸謀のような中国の巨匠がそうしたように、侯孝賢までもが武侠物を撮るのだろうか、と。結果的にはその疑念は晴れないまでも、侯孝賢ならではの素晴らしい映画をつくってくれたことがわかった。
8世紀の唐代。道士に預けられ、殺人者として育てられた女(スー・チー)は、両親のもとに戻ってくる。その使命は、かつての許婚の男(チェン・チェン)を暗殺することだった。しかし、情が女にそれを許さない。
敢えて説明を極小化したシナリオであり、観る者は人間関係すら明確に把握できない。しかし、長廻しとほのめかしによって情の髄だけを抽出したような演出が、映画を実に洗練されたものにしている。そして、カメラがまた素晴らしい。ボケを多用するわりにあざとくなく、発色は、かつて富士フイルムが出していたリバーサル・フィルムのフォルティアを思い出すほど鮮やかだ。
過剰さを棄て去ったスー・チーの演技もみごとである。
●参照
侯孝賢『レッド・バルーン』(2007年)
侯孝賢『珈琲時光』(2003年)
侯孝賢『ミレニアム・マンボ』(2001年)(スー・チー主演)
侯孝賢『憂鬱な楽園』(1996年)
侯孝賢『戯夢人生』(1993年)
侯孝賢『非情城市』(1989年)
侯孝賢『冬冬の夏休み』(1984年)
侯孝賢『風櫃の少年』(1983年)
チャウ・シンチー+デレク・クォック『西遊降魔篇』(2013年)(スー・チー主演)
キャロル・ライ『情謎/The Second Woman』(2012年)(スー・チー主演)
アンドリュー・ラウ『Look for a Star』(2009年)(スー・チー主演)
ジョニー・トー製作『スー・チー in ミスター・パーフェクト』(2003年)(スー・チー主演)