Sightsong

自縄自縛日記

ハーポ・マルクスのレコード

2017-08-23 07:44:46 | アート・映画

マルクス兄弟の中でもっとも人気が高いのはハーポだろう。次にグラウチョ(小林信彦流の表記)、チコ。ゼッポは存在感希薄。

ハーポは年齢に関係なく妖精のようであり、なにしろハープを弾く。映画のなかでうっとりと顔を振りながら弾くハーポ(ソフトフォーカス)はきっと「待ってました」的な場面だっただろう。何かが突然ハープに姿を変え、おもむろにハーポが弾き始める爆笑の名場面はどの映画だったか。

ハーポはおそらく3枚のレコードを出している(『Harp by Harpo』1952年、『Harpo in Hi-Fi』1957年、『Harpo at Work』1958年)。そのうちわたしは後の2枚を持っている。1888年生まれだから、このとき70歳近く。既にコメディアン業からは引退していたわけであり、それほどに人気があったということだろう。

『Harpo in Hi-Fi』では、ハーポは、フレディ・カッツ・オーケストラをバックに弾いている。フレディ・カッツとはチェリストとしてチコ・ハミルトンとの共演歴もあった人らしい。またハーポの息子ビル・マルクスが何曲かでアレンジを手掛けている。「Yesterdays」、「My Funny Valentine」、「Tenderly」、「Autumn Leaves」、「Honeysuckle Rose」などのスタンダードを演奏しているのだが、いまとなっては、ヘンにモダンでダサく(チャーリー・パーカーのストリングス盤がそうであったように)、もっとハープを前面に出して欲しかったと思う。

一方、『Harpo at Work』はもっとシンプルで、素直にメロウなアレンジである。「My Blue Heaven」、「The Man I Love」、「All the Things You Are」、「Solitude」、「In a Sentimental Mood」、「I Got Rhythm」などを、軽やかに跳ねたりしっとりと弾いたりして、ハーポのハープがもっと楽しめる。

この2枚はカップリング版CDにもなっているようで、そうなるとサウンドの印象もまた異なるのかもしれない。


ティム・バーン『Incidentals』

2017-08-22 21:43:07 | アヴァンギャルド・ジャズ

ティム・バーン『Incidentals』(ECM、2014年)を聴く。

Tim Berne's Snakeoil:
Tim Berne (as)
Oscar Noriega (cl, bcl)
Ryan Ferreira (g)
Matt Mitchell (p, electronics)
Ches Smith (ds, vib, perc, tumpani)

聴く前から傑作に違いないと決めつけて聴いたが、やはりそうだった。

曲というか、旋律の繰り返しがある。その執拗極まりなさにより悪夢的な時空間が生まれている。各メンバーは旋律を基軸にしながらさまざまな変奏を繰り広げ、その何層もの重なりあいが悦楽に昇華している。ティム・バーンのアルトは粘りながら獰猛に、オスカー・ノリエガのクラとバスクラは平然さを装いながら、ライアン・フェレイラのギターは悪夢を食べては腹を膨らまし、マット・ミッチェルのピアノは冷徹に撒き菱を撒き散らしながら、太い奔流に追従する。

どの曲も素晴らしいのだが、20分を超える長尺の「Sideshow」では時間軸が力技で引き伸ばされ、その中でチェス・スミスの発するパルスが響き、とても新鮮で動悸動悸する。

●ティム・バーン
イングリッド・ラブロック UBATUBA@Cornelia Street Cafe(2015年)
イングリッド・ラブロック『ubatuba』(2014年)
ティム・バーン『You've Been Watching Me』(2014年)
ティム・バーン『Shadow Man』(2013年)
チェス・スミス『International Hoohah』(2012年)
ティム・バーン『Electric and Acoustic Hard Cell Live』(2004年)
ティム・バーン『The Sublime and. Science Fiction Live』(2003年)
ティム・バーン+マルク・デュクレ+トム・レイニー『Big Satan』(1996年)
ジョン・ゾーン『Spy vs. Spy』(1988年)


1987年のチャールズ・ブラッキーン

2017-08-21 22:15:57 | アヴァンギャルド・ジャズ

チャールズ・ブラッキーンのリーダー作といえば『Rhythm X』(Strata East、1968年)が名高い。ドン・チェリー、チャーリー・ヘイデン、エド・ブラックウェルというオーネット人脈の面々と演奏したこともあり、ハードコアな音にやられた人は少なくないに違いない。

しかし、Silkheartレーベルに1987年に吹き込んだ4枚のアルバムもまた良いのだ。

(1) チャールズ・ブラッキーン『Bannar』 1987/2/13
(2) デニス・ゴンザレス『Namesake』 1987/2/14
(3) チャールズ・ブラッキーン『Worshippers Come Nigh』 1987/11/28
(4) チャールズ・ブラッキーン『Attainment』 1987/11/29

こういう(?)人だからサウンドは似たようなもので、と口を滑らせそうになるが、実のところ多彩でまた愉しい。2月の録音では、自身のリーダー作ではデニス・ゴンザレス、マラカイ・フェイヴァース、アルヴィン・フィルダー。フェイヴァースのベースから味が滲み出る。翌日録音のゴンザレスのリーダー作ではさらにアーメッド・アブドゥラーとダグラス・エワート。濃い面々のセクステットだけあって賑々しく、血がぼこぼことたぎる。

11月の録音ではゴンザレスに替わりオル・ダラのコルネット。やっぱりこの人の音は土臭くて物語をじゅんじゅんと語るようで好きである。また、より推進力あるベースを弾くフレッド・ホプキンス、シンバルがクリスタルのように美しいアンドリュー・シリル。2月のメンバーと甲乙つけがたい。

そしてブラッキーンのサックスである。丸いエッジの部分に味が付いていて、デューイ・レッドマンを思わせもする。アリアのように吹きまくるところなんて悶絶。リーダー作が少ないのが勿体ない。

Charles Brackeen (ts, ss)
Deniz Gonzalez (tp, flh)
Malachi Favors (b)
Alvin Fielder (ds)

Deniz Gonzalez (tp, flh)
Malachi Favors (b)
Charles Brackeen (ts, ss)
Alvin Fielder (ds)
Ahmed Abdullah (tp, flh)
Douglas Ewart (bcl, as, Ewart-fl)

Charles Brackeen (ts, ss)
Olu Dara (cor)
Fred Hopkins (b)
Andrew Cyrille (ds, congas)
Deniz Gonzalez (pao de chuva)

Charles Brackeen (ts, voice)
Olu Dara (cor, voice, berimbau)
Fred Hopkins (b, toy drum, voice)
Andrew Cyrille (ds, congas, voice)
Deniz Gonzalez (pao de chuva, voice)

●チャールズ・ブラッキーン
ポール・モチアンのトリオ

マイケル・ヘラー『Loft Jazz: Improvising New York in the 1970s』

2017-08-21 20:26:18 | アヴァンギャルド・ジャズ

マイケル・ヘラー『Loft Jazz: Improvising New York in the 1970s』(University of California Press、2017年)を読む。

本書は1970年代にニューヨークで興隆したロフト・ジャズの動きを追った本である。著者が最初に書いているように、網羅的な歴史書ではない。また、演奏された音楽そのものについての記述は少ない。残された一次資料(誰もがセルフ・アーカイヴィストだった!)や、ムーヴメントの渦中にあった人物へのインタヴューなどによってまとめられたものだ。

読者からすれば、このことは本書の面白味を増していると言えるかもしれない(たまに退屈なのだが)。網羅的な分厚い本であれば、ジョージ・ルイスが書いたAACMの本のように通読することが難しくなる。歴史的なストーリーを意識した通史であれば、たとえばウィリアム・パーカーが「フランク・ロウや、カッポ・ウメズや、アーメッド・アブドゥラーはみんな近所に住んで・・・」などと語り日本の読者を喜ばせるディテールは消えたかもしれないし(言うまでもなく『生活向上委員会ニューヨーク支部』時代の梅津和時のことである)、NYのレコード店Downtown Music Galleryの店主ブルース・ギャランターが「いつも行く人はお互いに知り合いになった。コミューンのような、家族のようなものだった」と語るようなリスナー目線も省かれていただろう(ああ、ブルースさん!)。

ロフト・ジャズは、たとえば、シカゴのAACM (Association for the Advancement of Creative Musicians)や、セントルイスのBAG (Black Artists' Group)とは性質が異なっていた。「Great Black Music - Ancient to the Future」を標榜したAACM、さらに黒人という属性を排他性という形で強く打ち出したBAG、それらには切実なアイデンティティ獲得への想いがあった。一方、ロフト・ジャズとは、社会経済的な事情で一時的に不動産を使えるようになったという、現象のネーミングだった。(もちろん、ロフトに集まった面々が自身のルーツに無頓着だったというわけではない。)

当時のことを理想的なように語る者に対し、クーパー=ムーアは辛辣なコメントを寄せている。何言ってんだ、カネも稼げなくて、だんだん家賃が高踏してきて払えなくなって、あんた達はそれがわかっているのか?といった具合である。

とは言え、ブルースさんが語るような、音楽家やリスナーがコミューンのように密な関係を築き、その中からあの素晴らしい音楽群が生まれたのだと思うと、後の者が熱い目で見てしまうのは仕方がないことである。コミューンの中には批評家もいた。スタンリー・クロウチがデイヴィッド・マレイのことを世界一のサックス吹きだと絶賛して吹聴しなければ、その後のマレイはなかったかもしれないというのだ。デイヴィッド・マレイ『Saxophone Man』という映像作品で、クロウチが当時のことを振り返って語る場面があるが、その後保守化したクロウチにしてもそのような熱い出自があったということである。

本書には、当時のロフト地図が収録されている。これをもってマンハッタンを歩き回ろうかと夢想したりしている。


Sloth、ju sei+mmm@Ftarri

2017-08-21 07:48:40 | アヴァンギャルド・ジャズ

水道橋のFtarri(2017/8/20)。

■ Sloth

大蔵雅彦 (contrabass cl)
山田光 (beat)
池田若菜 (fl)
神田聡 (computer)

Slothは大蔵雅彦さんの新グループである。会場には4人それぞれのプレイヤーに向けてラップトップPCが置かれている。

池田若菜さんのフルートと大蔵さんのコントラバス・クラリネットは、旋律ではなく抑制した単音を発する。このことで、常に、楽器が鳴っているということ自体を意識し続けざるを得ない。山田光さんがビートを繰り出すのだが、絶対にノラないという意志なのか、自らを律しているようにみえる。神田聡さんが、「BASS」、「DRUM」、「100Hz」、「WHITE NOISE」、「CLICK」、「RECORD」、「TIME LAPSE」といった信号を入力し、そのたびにPCにはそれが表示され、対応するサウンドが鳴る。PCはときに目の前のプレイヤー自身を写すカメラにもなっており、その間は信号がないということのようだ(終わった後に山田さんに訊いた)。

ついタガが外れたらみんな狂ってしまいそうな、奇妙な緊張感を孕んだサウンドだった。朦朧としながら聴いた。

■ ju sei+mmm

ju sei:
田中淳一郎 (g, vo)
sei (vo)

mmm(ミーマイモー) (fl, g, vo)

mmmのフルートやギター、横で田中淳一郎がギター音を増幅しまた戻ってくると静寂の中でmmm。哄笑するかのようにseiの甲高い声。そして爽やかすぎる歌声とハーモニー。まるで異なる文脈のピースを組み合わせるという意味では奇妙だが、それが確信犯すぎるために、聴いていて武装解除されてしまった。

●大蔵雅彦
リアル・タイム・オーケストレイション@Ftarri(2016年)

●山田光
山田光&ライブラリアンズ『the have-not's 2nd savannah band』(2016年)
『《《》》』(metsu)(2014年)


U9(高橋悠治+内橋和久)@新宿ピットイン

2017-08-20 08:56:05 | アヴァンギャルド・ジャズ

新宿ピットインにて、U9(高橋悠治+内橋和久)(2017/8/19)。

Yuji Takahashi 高橋悠治 (p)
Kazuhisa Uchihashi 内橋和久 (g, daxophone)

高橋悠治のピアノタッチは驚くほど柔らかいものだった。まるで老練な猫のように無駄のない動きで、ほとんど鍵盤のいちばん奥を弾いている。たまに相方のダクソフォンの盛り上がりに応じて、あるいは挑発するときに、手前の方を強くパーカッシブに使うくらいである。この不思議な存在感に惹かれ、気が付いたら凝視していた。

内橋和久は、ギターという無機物に生命を吹き込むかのようにスピーディーな策動を続け、鳴るようになってくるとあっさりと放棄し、ダクソフォンに移行した。最初は指で大きな音を立ててはじき、次に弓で人間のヴォイスのようなさまざまな音を発した。セカンドセットに入ると、異なるピースによる異なる声、さらにダクソフォンをパーカッションとして叩きもした。そして起承転結のようにギターへと戻り、注入した生命をふたたび奪い取っていった。

セカンドセットの終盤に、ふたりとも軽やかにジャンプするような瞬間があったのだが、その気分がアンコール演奏に持ち込まれたように感じた。それは鳥のつつきあいのような遊びの交感だった。

ところで、隣に座った男女に見覚えがあった。話してみると、やはり、最近インスタグラムで相互フォローしたカナダ人で、ふたりとも即興演奏家だということだった。ト調を駆使しており、日本の即興演奏家の名前や、Yellow Vision、ヴィオロン、レディジェーン、アポロなどの場所についてもよく知っていた。いやー今日はFtarriに行こうか悩んでこっちに、と、わたしと同じことを考えていて笑ってしまった。縁というものは面白い。

●高橋悠治
エヴァン・パーカー+高橋悠治@ホール・エッグファーム(2016年)
ジョン・ブッチャー+高橋悠治@ホール・エッグファーム(2015年)
姜泰煥・高橋悠治・田中泯(2008年)
姜泰煥・高橋悠治・田中泯(2)(2008年)
『富樫雅彦 スティーヴ・レイシー 高橋悠治』(2000年)
富樫雅彦+三宅榛名+高橋悠治『Live 1989』(1989年)


喜多直毅+田中信正『Contigo en La Distancia』

2017-08-19 10:15:00 | 中南米

喜多直毅+田中信正『Contigo en La Distancia』(Ottava Records、2016年)を聴く。

Naoki Kita 喜多直毅 (vln)
Nobumasa Tanaka 田中信正 (p)

これはまた想像以上に鮮烈なアルバムだ。曲はすべて中南米のものが集められている。

何しろ喜多さんのヴァイオリンの表現が多彩で魅せられる。ジョビンらの「Olha Maria」における唸り震える音。喜多直毅クアルテットに通じるようなドラマチックな展開と、それに貢献する音を提示する、「Soledad(孤独)」。驚いたことに、エルメート・パスコアルの「Chorinho Pra Ele」では、エルメート曲の浮かれて踊るような雰囲気はそのままに、まるでフランスの夜であるかのように弾いている。

ピアソラの「Chiquilin de Bachin(バチンの少年)」ではヴァイオリンは底流となり、その分、田中信正のやはり抑制して異様な光を放つようなピアノに耳を奪われる。ジャズの文脈で自由にその都度の旋律を編み出す田中さんもいいが、ここでの演奏もいい。なんだかこのふたりは「美しい音」を執念で追及しているのだろうか、それを感じた「Eu te amo」。もうすべて棄て去って夜の世界に入っていきたくなるような演奏である。最後を締めくくる「Contigo en La Distancia(遠く離れていても)」においてその感覚が極大化する。

先日のレコ発ライヴは平日の夜で遠い永福町、断念してしまったが、無理しても行けばよかった。

●喜多直毅
喜多直毅+マクイーン時田深山@松本弦楽器(2017年)
黒田京子+喜多直毅@中野Sweet Rain(2017年)
齋藤徹+喜多直毅@巣鴨レソノサウンド(2017年)
ハインツ・ガイザー+ゲリーノ・マッツォーラ+喜多直毅@渋谷公園通りクラシックス(2017年)
喜多直毅クアルテット@幡ヶ谷アスピアホール(JazzTokyo)(2017年)
喜多直毅・西嶋徹デュオ@代々木・松本弦楽器(2017年)
喜多直毅 Violin Monologue @代々木・松本弦楽器(2016年)
喜多直毅+黒田京子@雑司が谷エル・チョクロ(2016年)
齋藤徹+かみむら泰一、+喜多直毅、+矢萩竜太郎(JazzTokyo)(2015-16年)
うたをさがして@ギャラリー悠玄(2015年)
http://www.jazztokyo.com/best_cd_2015a/best_live_2015_local_06.html(「JazzTokyo」での2015年ベスト)
齋藤徹+喜多直毅+黒田京子@横濱エアジン(2015年)
喜多直毅+黒田京子『愛の讃歌』(2014年)
映像『ユーラシアンエコーズII』(2013年)
ユーラシアンエコーズ第2章(2013年)
寺田町の映像『風が吹いてて光があって』(2011-12年)
『うたをさがして live at Pole Pole za』(2011年)

●田中信正
纐纈雅代トリオ@新宿ピットイン(2017年)
森山威男3Days@新宿ピットイン(2017年)
松風鉱一トリオ@Lindenbaum(2008年)


鈴木勲ソロ、椎名豊クインテット@すみだトリフォニーホール

2017-08-19 08:30:36 | アヴァンギャルド・ジャズ

すみだストリートジャズフェスティバルの初日、金曜日の夜(2017/8/18)。ちょうど外出先から直帰のタイミングで間に合った。今回は小ホールのプログラムを観たのだが、大ホールではスガダイローと勝井祐二のデュオをやっており悩んでしまった。

■ 鈴木勲ソロ

Isao Suzuki 鈴木勲 (b)

柄物のワンピース、大きなペンダント、小さく黒いサテンのようなジャケット、片足は黄色・片足は青緑色のタイツ、黒いハイヒール。相変わらずというか、オマさんの凄い衣装に会場が騒然としている。

ソロはオマさんらしいものだった。「All The Things You Are」を思わせる曲を、柔軟に伸び縮みする音色で、ハッタリも交えて20分程も演奏した。

※その後、スガダイローさんのツイートで、「All The Things You Are」から「Alone Toghether」に移行したのだとわかった。

なおこのプログラム(「ジャズくら」)は、ジャズとクラシックとを混ぜる意味があったようだが、それは残念な企画倒れに終わっていた。

■ 椎名豊クインテット

Yutaka Shiina 椎名豊 (p)
Hideo Oyama 大山日出男 (as)
Yuzo Kataoka 片岡雄三 (tb)
Yuhei Honkawa 本川悠平 (b)
Junji Hirose 広瀬潤次 (ds)

誰もが言うように椎名豊のピアノは繊細にしてダイナミックであり、ソロのときもバッキングのときも目が醒めるような音を奏で続けていた。わたしも、氏がライジングサンとして登場してきた90年代にはよく聴いていたのだが、明らかに、音楽はそのころよりも遥かにスケールアップしている。大山日出男のアルトも見事。

●鈴木勲
鈴木勲セッション@新宿ピットイン(2014年)
「KAIBUTSU LIVEs!」をエルマリート90mmで撮る(2)(2010年)
鈴木勲 フィーチャリング 纐纈雅代『Solitude』(2008年)


1970年のザ・トリオ

2017-08-17 23:36:51 | アヴァンギャルド・ジャズ

ザ・トリオ(The Trio)によるアルバム『The Trio』(Dawn、1970年)は傑作で、わたしが持っているものは1994年に英BGOから出た再発盤である。随分気に入って、メンバーのバール・フィリップスにも、1997年と2012年の2回サインをいただいた。

最近相次いで同じ年の録音を入手した。同メンバーだが「ジョン・サーマン・トリオ」名義による『Live in Altena』(JG Records、1970/1/10)(①)、「ザ・トリオ」名義による『Jazzhaus 1970』(JazzTime、1970/1/30)(②)。そして『The Trio』が同年3月(③)。

John Surman (bs, ss, bcl)
Barre Phillips (b)
Stu Martin (ds)

演奏している曲はかなり重なっていて、雰囲気もかなり似ている(当たり前か)。甲乙つけがたいと思いながら聴き比べてもいたのだが、やはり違う。

「Dee Tune」ではサーマンはソプラノを吹く。②ではなめらかで軽く飛ばしすぎる感があるのだが、③では熟れてきている。サーマンはほとんどソプラノでなくバリトンサックスやバスクラを吹くのだが、それがいちいち闊達で素晴らしい。「In Between」は①ではバール・フィリップスのベースが目立ち、②ではうきうき感が出てきて、③ではそれがいい感じに落ち着く。③にはない「Tallness」は、①ではベースがバールさんらしく香り立つが妙に柔らかく、バンド全体として粗削りな感がある。②では間延びしている。①にはない「Joachim」や「Silvercloud」でも、②は間延び間があり、③は完璧とも言える間の取り方を実現している。やはり①にはない「Caractacus」は激しい曲であり、ドラムスとベースが高速で煽るなかでサーマンが暴れてみせるのだが、②ではフリーキーなトーンに逃げていたりもして、やはり③の凄みのほうが上。②にない「Billy the Kid」は、①が粗削り、③では妙なヴォイスやノイズも入れて怪しさを付け加えている。

そんなわけで、1月時点の演奏が成熟して、3月に完成度を高めたように聴こえてならない。それに、③の冒頭曲「Oh, Dear」がカッコよさ抜群で、サーマンの重たく早いバリトンで頭をガツンとやられた人は少なくないに違いない。あらためて『The Trio』を名盤認定。最近リマスター盤が出ていて、また気になってしまった。

ところで、ザ・トリオによる『Configuration』も同年終わりころの演奏なのだが、ゲストが多く、いまひとつ食指が動かずいまだ聴いたことがない。たぶん聴くと放っておいたことを後悔するのだろう。

>> ジョン・サーマンの1970年代のセッション

●ジョン・サーマン
ジョン・サーマン『Flashpoint: NDR Jazz Workshop - April '69』(1969年)

●バール・フィリップス
バール・フィリップス+Bass Ensemble GEN311『Live at Space Who』(2012年)
バール・フィリップス@歌舞伎町ナルシス(2012年)
バール・フィリップスの映像『Live in Vienna』(2006年)
バール・フィリップス+今井和雄『Play'em as They Fall』(1999年)
バール・フィリップス(Barre's Trio)『no pieces』(1992年)


フェローン・アクラフのドラムソロ盤2枚

2017-08-17 09:24:20 | アヴァンギャルド・ジャズ

フェローン・アクラフの最初のリーダー作は『House of Spirit: Mirth』(Passin' Thru Records、1978-79年)であり、その後、数は少ないが着実にリーダー作を出し続けている。サックス2本にソニー・シャーロックまで参加した『Sonogram』(MU Records、1989年)も、オリヴァー・レイクをゲストに呼んだ『Global Mantras』(Modern Masters、1997年)もとても良い作品である。

アクラフといえば山下洋輔NYトリオ、New Airなどヘンリー・スレッギル、オリヴァー・レイク、アンソニー・ブラクストンなどアヴァンギャルドの巨人たちとの共演が目立っているが、ここまで個性の強いドラマーであるから、当然、リーダー作も悪くない。

Pheeroan akLaff (ds, vo)

この『House of Spirit: Mirth』は長いことレアだったのだが、2011年に再発され、めでたく初めて聴くことができた。ときどきドラムにかぶさる唄はアクラフ本人によるものだと思うが、ひょっとしたら他の人も入っているのかもしれない。ただ、アフロ・アメリカンを含め、多くの文化を独自の祭りのようにして熱く打ち出す音楽は、どうみてもアクラフの個性である。

1978-79年といえば、もう上記の巨人たちと共演する直前であるし、79年にはアンソニー・デイヴィス~ジェームス・ニュートンの傑作盤『Hidden Voices』に参加してもいる。すでに本盤でらしさ爆発は当然なのだった。アクラフに注目してきた人なら共感できるはずだが、かれのフレーズにある手癖が聴こえてくる。

Pheeroan akLaff (ds)

今月アクラフのドラムソロを観る機会があって(フェローン・アクラフ@Dolphy、2017年8月)、エネルギーも熱さも人間味も同じで嬉しくなってしまった。そのときに演奏した曲(ドラムソロにも曲がある)が収録された盤『Drumβ et Variations』(Modern Masters、1996年)を、会場で入手した。

1996年の山下洋輔NYトリオのツアー時に、京都、花巻、東京で録音されたものらしい(わたしがはじめて観た年だったかどうか記憶が曖昧)。20年弱前の『House of Spirit: Mirth』と聴き比べるとかなり洗練されてはいるものの、アクラフはアクラフ、唯一無二のドラマーなのだった。ちょくちょく来日するかれのプレイをしばらく観なかったことを後悔している。

●フェローン・アクラフ
フェローン・アクラフ@Dolphy(2017年)
ワダダ・レオ・スミス『Spiritual Dimensions』(2009年)
フェローン・アクラフ、Pentax 43mmF1.9(2004年)
スティーヴ・リーマン『Interface』(2003年)
トム・ピアソン『Left/』(2000年)
"カラパルーシャ"・モーリス・マッキンタイアー『Dream of ----』(1998年)
アンソニー・ブラクストンはピアノを弾いていた(1995年)
レジー・ワークマン『Summit Conference』、『Cerebral Caverns』(1993, 95年)
ヘンリー・スレッギル(2)
ヘンリー・スレッギル(1)


ネッド・マックガウエン即興セッション@神保町試聴室

2017-08-16 07:08:28 | アヴァンギャルド・ジャズ

神保町試聴室において、照内央晴さんの企画により、現代音楽作曲家・フルート奏者のネッド・マックガウエンさんを迎えたセッション(2017/8/15)。

Ned McGowan (fl, contrabass fl, piccolo fl)
Hisaharu Teruuchi 照内央晴 (p)
Tomoko Katabami 方波見智子 (marimba, perc)
Nami Tanaka 田中奈美 (dance)

ネッドさんによるフルートのロングトーン、すぐにピアノとマリンバが入ってくる。最初は小さく、やがて音を大きくしていくと、フルートは音を細切れにして発展させてゆく。同音によりリズムを取るネッドさん、対して方波見さんは高音で彩りを加える。ピアノとマリンバに挟まれて、ネッドさんが風にのせて音を運んでくるのだが、やがて独りとなってしまう。方波見さんによる、まるで童歌。対してフルートのタッピング、照内さんは早いパッセージでなにかを構築する。3人のサウンドは強度を増し、ネッドさんはピッコロフルートを吹き始める。慎重に和音を重ねるピアノ。ネッドさんは構造を創り、方波見さんはスティックをマリンバに落とすことによる偶然を創る、この対比の面白さ。ネッドさんがコントラバス・フルートに持ち替えると、音が下からせり上がってきた。照内さんが次の展開に向けてスタンバイしながらも、全員の演奏がひとまず終わる。

次に、田中さんのダンスと照内さんのピアノによる即興。照明を落とした中で、田中さんの踊りはじわじわと変化してゆく。天からなにかをたぐりよせ、円環し、花を大事に扱い、メビウスの環の記号のようにうねり、一転して人間に戻り扉から先を覗く。それは崩れ落ち、生命も失い、朽ちてゆくうちにさまざまなフォルムを見せた。

セカンドセット。ネッドさんはコントラバス・フルートのキーを叩くことによりサウンドを創りはじめ、やがて息を吹き込むことにより、そのサウンドが上下に増幅された。田中さんの草履の擦れる音が、息遣いと交錯する。硬質なピアノ、濃淡あるフルート、遊ぶようなプリペアド・マリンバ。ダンスも含め、しばし自由な四体問題と化した。そして、ネッドさんのピッコロ・フルートと方波見さんのギロによる子供のオルゴールのような響き、その遊びはネッドさんと照内さんの間へとシフトする。背後から介入しようとするマリンバ。跳躍するピアノ。コントラバス・フルート。うなりを生成するような唄。

パフォーマー間のはりつめた関係と遊びとがかわりがわりに去来するセッションだった。

Nikon P7800

●照内央晴
照内央晴・松本ちはや《哀しみさえも星となりて》 CD発売記念コンサートツアー Final(JazzTokyo)(2017年)
照内央晴+松本ちはや、VOBトリオ@なってるハウス(2017年)
照内央晴・松本ちはや『哀しみさえも星となりて』@船橋きららホール(2017年)
照内央晴・松本ちはや『哀しみさえも星となりて』(JazzTokyo)(2016年)
照内央晴「九月に~即興演奏とダンスの夜 茶会記篇」@喫茶茶会記(JazzTokyo)(2016年)
田村夏樹+3人のピアニスト@なってるハウス(2016年)


ハービー・ハンコック『Velden 1981』

2017-08-15 07:28:03 | アヴァンギャルド・ジャズ

ハービー・ハンコック『Velden 1981』(Disk Lounge、1981年)を聴く。

Wynton Marsalis (tp)
Herbie Hancock (p)
Ron Carter (b)
Tony Williams (ds)

『Herbie Hancock Quartet』(1981年)が録音されたのが7月28日、本盤はそれより25日さかのぼる7月3日。メンバーはまったく同じである。

もちろん全員スーパー。ロン・カーターだってこの頃は弦ゆるゆるのダメだこりゃでも何でもなく、グループに一貫して推進力を与えている。そして言うまでもなく、まだ19歳のウィントン・マルサリス、完璧な技術と貫禄。

「A Quick Sketch」、「The Eye of the Hurricane」、「I Fall in Love too Easily」、「Well, You Needn't」は『Herbie Hancock Quartet』と共通している。「Nefertiti」は退屈かなと思って聴くととんでもなくて、ああウィントンだという色気ある音色に惹きつけられる(この魅力は誰か言っているのかな)。「Well, You Needn't」は『Quartet』より粗削りでむしろこっちのほうが良いのではないか。

ところで悲しいプライヴェート盤、4曲目が「I Fall in Love too Easily」~「Well, You Needn't」で、5曲目がその前半、6曲目が後半。クレジットには6曲目は「Salt Peanuts」とあるがそれは収録されていない。

●ハービー・ハンコック
小沼ようすけ+グレゴリー・プリヴァ、挟間美帆 plus 十@Jazz Auditoria(2017年)
ドン・チードル『MILES AHEAD マイルス・デイヴィス空白の5年間』(2015年)
ハービー・ハンコックの2014年来日ライヴ(2014年)
『A Tribute to Miles Davis』(1992年)
ベルトラン・タヴェルニエ『ラウンド・ミッドナイト』(1986年)
ハービー・ハンコック『VSOP II TOKYO 1983』(1983年)
ジャッキー・マクリーン『The Complete Blue Note 1964-66 Jackie McLean Sessions』(1964-66年)
マイルス・デイヴィスの1964年日本ライヴと魔人(1964年) 

●ウィントン・マルサリス
ネイト・ウーリー『(Dance to) The Early Music』(2015年)
アリ・ジャクソン『Big Brown Getdown』(2003年)
ウィントン・マルサリス『スピリチュアル組曲』(1994年)
ジョー・ヘンダーソン『Lush Life』(1991年)


ジェフ・パーカー@Cotton Club

2017-08-14 23:54:43 | アヴァンギャルド・ジャズ

丸の内のCotton Clubでジェフ・パーカーを観る(2017/8/14)。

Jeff Parker (g, sampler)
Josh Johnson (as, key)
Paul Bryan (b, key)
Jamire Williams (ds, sampler)

実に奇妙で新鮮なサウンドだ。観客は安易にノッたり熱狂したりすることを許されず、大きな渦に巻き込まれて呆然としている印象があった。

たとえばジェフ・パーカーのギターとジョシュ・ジョンソンのアルトとは旋律をユニゾンで、と思いきや、微妙にずれ、対位する。それはこのふたりだけではなく、ベースもドラムスも、それぞれがパラレルに独自の進行をしながら全体としてグルーヴを創り出しているようなのだった。それを主導する役割は、ギターやサックスであることが多かった。

この複雑な構造の中で、パーカーのギターは多彩な音色を提示した。ときにカントリー・ブルースを思わせる太い音による即興。ときにピアニカのような、そして次第に揺らいでいく音。ときに透明な美しい音。それがアルトやベースと絡んだり、背景に退いたり前面に出てきたりと幻惑する。

ポール・ブライアンのぶっといベースも良いのだが、ジャマイア・ウィリアムスのドラムスがレイジーにシンバルを叩き、サウンド全体のレイジーさを創出していくなどのテクニシャンぶりも良かった。ジョシュ・ジョンソンのアルトはさまざまに工夫してサウンドへの融合を図っていたが、音色そのものはケニー・ギャレットのようでもあった。

●ジェフ・パーカー
スコット・アメンドラ@Cotton Club
(2017年)
イルテット『Gain』(2014年)
ジョシュア・エイブラムス『Represencing』、『Natural Information』(2008-13年)

●ジャマイア・ウィリアムス
Worldwide Session 2016@新木場Studio Coast(2016年)


纐纈雅代トリオ@新宿ピットイン

2017-08-13 23:09:03 | アヴァンギャルド・ジャズ

久しぶりに新宿ピットイン昼の部、纐纈雅代トリオ(2017/8/13)。

Masayo Koketsu 纐纈雅代 (as)
Nobumasa Tanaka 田中信正 (p)
Ittetsu Takemura 竹村一哲 (ds)

見るからに期待できるメンバーである。しかも開けてびっくり、セロニアス・モンクの曲ばかり。

「Reflections」では、ピアノが何かを探るように音を繰り出してゆき、主旋律に辿りつく過程に、ちょっと驚かされた。やはり田中信正というピアニストは特別である。纐纈さんのアルトには、吹く前に「うぐぐっ」と詰まる表現がある。「Skippy」ではまるで3人のバトルであり、その中でもエッジを効かせたピアノが面白かった。「Off Minor」ではアルトから入り、田中さんのピアノは手でそのあたりを叩きながらモンク的に調子はずれな音を叩きつつも、やがて和音を放つとこちらのツボを直撃する。纐纈さんのアルトは闊達に、濁った音の長い旋律を含め、休まず攻める。「Jackie-ing」は竹村さんの放つ強いリズムではじまり、一風変わったブルースとして、盛り上げてゆく。3人がぴたりとハマるときの快感といったらない。纐纈さんは渾身の力で吹き、竹村さんはストップ&ゴー、遊びもあった。

セカンドセットは「Hackensack」から。アルトは朗々として音切れも明確であり、力が満ちている。「Ask Me Now」は、やはり解体的なフラグメンツから旋律に収束してくるピアノ。纐纈さんのアルトはピアノとのデュオで抑制気味だが、ドラムスが入るとギアを上げてゆく。「Epistrophy」は独特のリズムで先導され、アルトがとにかく音を詰めてゆく。「Ugly Beauty」などを経て、アンコールは「'Round Midnight」。纐纈さんは管全体を共鳴させ、静かさと爆発的なものとを共存させもした。

独特極まりないモンクの曲に対してこの多彩な表現。『纐纈雅代 Plays Monk』にでも結実すれば面白いな。

●纐纈雅代
渋谷毅オーケストラ@新宿ピットイン(2016年)
纐纈雅代@Bar Isshee(2016年)
板橋文夫+纐纈雅代+レオナ@Lady Jane(2016年)
纐纈雅代『Band of Eden』(2015年)
鈴木勲セッション@新宿ピットイン(2014年)

渋谷毅オーケストラ@新宿ピットイン(2014年)
纐纈雅代 Band of Eden @新宿ピットイン(2013年)
秘宝感とblacksheep@新宿ピットイン(2012年)
『秘宝感』(2010年)
鈴木勲 フィーチャリング 纐纈雅代『Solitude』(2008年)

●田中信正
森山威男3Days@新宿ピットイン(2017年)
松風鉱一トリオ@Lindenbaum(2008年)

●竹村一哲
纐纈雅代『Band of Eden』(2015年)


クリストフ・イルニガー(ピルグリム)『Big Wheel Live』

2017-08-13 10:42:23 | アヴァンギャルド・ジャズ

クリストフ・イルニガー(ピルグリム)『Big Wheel Live』(Intakt、2015年)を聴く。

Christoph Irniger (ts)
Dave Gisler (g)
Stefan Aeby (p)
Raffaele Bossard (b)
Michi Stulz (ds)

クリストフ・イルニガーはスイスのサックス奏者。今回はじめて聴いたのだが、音色がふわりと膨らんでおり、間も活かしていて、ちょっとイングリッド・ラブロックを思わせる。

バンド全体のサウンドもいい意味で隙間が多く、その自由空間のなかで、それぞれのメンバーが柔軟にソロを取る。イルニガー以外に印象的なのはデイヴ・ギスラーのギターであり、濃淡を付けてトルコアイスのように伸びている。