Sightsong

自縄自縛日記

1987年のチャールズ・ブラッキーン

2017-08-21 22:15:57 | アヴァンギャルド・ジャズ

チャールズ・ブラッキーンのリーダー作といえば『Rhythm X』(Strata East、1968年)が名高い。ドン・チェリー、チャーリー・ヘイデン、エド・ブラックウェルというオーネット人脈の面々と演奏したこともあり、ハードコアな音にやられた人は少なくないに違いない。

しかし、Silkheartレーベルに1987年に吹き込んだ4枚のアルバムもまた良いのだ。

(1) チャールズ・ブラッキーン『Bannar』 1987/2/13
(2) デニス・ゴンザレス『Namesake』 1987/2/14
(3) チャールズ・ブラッキーン『Worshippers Come Nigh』 1987/11/28
(4) チャールズ・ブラッキーン『Attainment』 1987/11/29

こういう(?)人だからサウンドは似たようなもので、と口を滑らせそうになるが、実のところ多彩でまた愉しい。2月の録音では、自身のリーダー作ではデニス・ゴンザレス、マラカイ・フェイヴァース、アルヴィン・フィルダー。フェイヴァースのベースから味が滲み出る。翌日録音のゴンザレスのリーダー作ではさらにアーメッド・アブドゥラーとダグラス・エワート。濃い面々のセクステットだけあって賑々しく、血がぼこぼことたぎる。

11月の録音ではゴンザレスに替わりオル・ダラのコルネット。やっぱりこの人の音は土臭くて物語をじゅんじゅんと語るようで好きである。また、より推進力あるベースを弾くフレッド・ホプキンス、シンバルがクリスタルのように美しいアンドリュー・シリル。2月のメンバーと甲乙つけがたい。

そしてブラッキーンのサックスである。丸いエッジの部分に味が付いていて、デューイ・レッドマンを思わせもする。アリアのように吹きまくるところなんて悶絶。リーダー作が少ないのが勿体ない。

Charles Brackeen (ts, ss)
Deniz Gonzalez (tp, flh)
Malachi Favors (b)
Alvin Fielder (ds)

Deniz Gonzalez (tp, flh)
Malachi Favors (b)
Charles Brackeen (ts, ss)
Alvin Fielder (ds)
Ahmed Abdullah (tp, flh)
Douglas Ewart (bcl, as, Ewart-fl)

Charles Brackeen (ts, ss)
Olu Dara (cor)
Fred Hopkins (b)
Andrew Cyrille (ds, congas)
Deniz Gonzalez (pao de chuva)

Charles Brackeen (ts, voice)
Olu Dara (cor, voice, berimbau)
Fred Hopkins (b, toy drum, voice)
Andrew Cyrille (ds, congas, voice)
Deniz Gonzalez (pao de chuva, voice)

●チャールズ・ブラッキーン
ポール・モチアンのトリオ

マイケル・ヘラー『Loft Jazz: Improvising New York in the 1970s』

2017-08-21 20:26:18 | アヴァンギャルド・ジャズ

マイケル・ヘラー『Loft Jazz: Improvising New York in the 1970s』(University of California Press、2017年)を読む。

本書は1970年代にニューヨークで興隆したロフト・ジャズの動きを追った本である。著者が最初に書いているように、網羅的な歴史書ではない。また、演奏された音楽そのものについての記述は少ない。残された一次資料(誰もがセルフ・アーカイヴィストだった!)や、ムーヴメントの渦中にあった人物へのインタヴューなどによってまとめられたものだ。

読者からすれば、このことは本書の面白味を増していると言えるかもしれない(たまに退屈なのだが)。網羅的な分厚い本であれば、ジョージ・ルイスが書いたAACMの本のように通読することが難しくなる。歴史的なストーリーを意識した通史であれば、たとえばウィリアム・パーカーが「フランク・ロウや、カッポ・ウメズや、アーメッド・アブドゥラーはみんな近所に住んで・・・」などと語り日本の読者を喜ばせるディテールは消えたかもしれないし(言うまでもなく『生活向上委員会ニューヨーク支部』時代の梅津和時のことである)、NYのレコード店Downtown Music Galleryの店主ブルース・ギャランターが「いつも行く人はお互いに知り合いになった。コミューンのような、家族のようなものだった」と語るようなリスナー目線も省かれていただろう(ああ、ブルースさん!)。

ロフト・ジャズは、たとえば、シカゴのAACM (Association for the Advancement of Creative Musicians)や、セントルイスのBAG (Black Artists' Group)とは性質が異なっていた。「Great Black Music - Ancient to the Future」を標榜したAACM、さらに黒人という属性を排他性という形で強く打ち出したBAG、それらには切実なアイデンティティ獲得への想いがあった。一方、ロフト・ジャズとは、社会経済的な事情で一時的に不動産を使えるようになったという、現象のネーミングだった。(もちろん、ロフトに集まった面々が自身のルーツに無頓着だったというわけではない。)

当時のことを理想的なように語る者に対し、クーパー=ムーアは辛辣なコメントを寄せている。何言ってんだ、カネも稼げなくて、だんだん家賃が高踏してきて払えなくなって、あんた達はそれがわかっているのか?といった具合である。

とは言え、ブルースさんが語るような、音楽家やリスナーがコミューンのように密な関係を築き、その中からあの素晴らしい音楽群が生まれたのだと思うと、後の者が熱い目で見てしまうのは仕方がないことである。コミューンの中には批評家もいた。スタンリー・クロウチがデイヴィッド・マレイのことを世界一のサックス吹きだと絶賛して吹聴しなければ、その後のマレイはなかったかもしれないというのだ。デイヴィッド・マレイ『Saxophone Man』という映像作品で、クロウチが当時のことを振り返って語る場面があるが、その後保守化したクロウチにしてもそのような熱い出自があったということである。

本書には、当時のロフト地図が収録されている。これをもってマンハッタンを歩き回ろうかと夢想したりしている。


Sloth、ju sei+mmm@Ftarri

2017-08-21 07:48:40 | アヴァンギャルド・ジャズ

水道橋のFtarri(2017/8/20)。

■ Sloth

大蔵雅彦 (contrabass cl)
山田光 (beat)
池田若菜 (fl)
神田聡 (computer)

Slothは大蔵雅彦さんの新グループである。会場には4人それぞれのプレイヤーに向けてラップトップPCが置かれている。

池田若菜さんのフルートと大蔵さんのコントラバス・クラリネットは、旋律ではなく抑制した単音を発する。このことで、常に、楽器が鳴っているということ自体を意識し続けざるを得ない。山田光さんがビートを繰り出すのだが、絶対にノラないという意志なのか、自らを律しているようにみえる。神田聡さんが、「BASS」、「DRUM」、「100Hz」、「WHITE NOISE」、「CLICK」、「RECORD」、「TIME LAPSE」といった信号を入力し、そのたびにPCにはそれが表示され、対応するサウンドが鳴る。PCはときに目の前のプレイヤー自身を写すカメラにもなっており、その間は信号がないということのようだ(終わった後に山田さんに訊いた)。

ついタガが外れたらみんな狂ってしまいそうな、奇妙な緊張感を孕んだサウンドだった。朦朧としながら聴いた。

■ ju sei+mmm

ju sei:
田中淳一郎 (g, vo)
sei (vo)

mmm(ミーマイモー) (fl, g, vo)

mmmのフルートやギター、横で田中淳一郎がギター音を増幅しまた戻ってくると静寂の中でmmm。哄笑するかのようにseiの甲高い声。そして爽やかすぎる歌声とハーモニー。まるで異なる文脈のピースを組み合わせるという意味では奇妙だが、それが確信犯すぎるために、聴いていて武装解除されてしまった。

●大蔵雅彦
リアル・タイム・オーケストレイション@Ftarri(2016年)

●山田光
山田光&ライブラリアンズ『the have-not's 2nd savannah band』(2016年)
『《《》》』(metsu)(2014年)