今や北アルプス屈指の表銀座(死語)となった登山ルートが、元は猟師道だったとは。その開設は本書のほんの一部で、多くはその開削を企てモノにした男・小林喜作の伝記。
今の時代ならビジネスライクかつ当たり前の金銭感覚を身に付けた人、で通りそうな喜作氏だが、当時の人々の感覚からすれば強欲で我儘に映ったのだろう。その並外れた力量は認められながらも、疎んじられ嫌われすらしたのは当然に思える。出る杭は打たれる、人並み以上のことをしてはいけない。それでも(少なくとも表向きは)平然と、自分のやりたいように我を貫き通した意志の強さには驚かされる。或いは人嫌いだったのか。
山に生きてきた人が山で亡くなることはあまり珍しくなかった時代かもしれないが、喜作氏に限ってはその死に不自然なところあり謀殺だとずっと囁かれたと。身勝手の報いと思う人、懲らしめるにしてもやり過ぎだと思う人、あくまで事故死だと信じる人、火のないところに煙は立たぬか。
本書には北アルプス一帯の概略図が載っており、物語の理解の助けになった。山ヤのブログを探せば、このルートの山行記が見つかる。せめて途中まででも歩いて、ルートを歩く人の大半が目指す槍ヶ岳を拝むことは自分でもできるだろうか。これでようやく、著者の三部作を読破できた。
2023年9月19日 自宅にて読了