「世界一やさしい精神科の本」斎藤環/山登敬之
思った以上におもしろかった。
中学生か高校生くらいを対象にした本だけど、大人が読んでもおもしろいし、勉強にもなる。
いくつか文章を紹介する。
ひきこもりについて。
日本のひきこもり人口は約70万人と言われている。(H22内閣府発表調査)
P57
日本と同じくらいひきこもりが多いのは、韓国だ。韓国の精神科医の話だと、だいたい30万人くらいいるといわれている。(中略)
若者の奉仕活動の義務化とか徴兵制をやればひきこもりがいなくなるとか、そういうことをいいたがる人がいかに現実をみていないかがわかるよね。
親と同居する子どもが増えているのは世界的な現象らしい。
それでも、日本と韓国がダントツに多いそうだ。
これは文化的な背景が理由ではないか、と。
「年功序列」「血縁主義」といった儒教文化が背景にあるからじゃないか、と。
P59
日本や韓国では、大人になることがなにを意味するかというと、「一人前になって親孝行すること」なんだ。親孝行するには一緒に住んでなきゃ無理。だから、子どもは家から出ない。
ある学会が中国と韓国と日本の3ヶ国で対人恐怖の比較研究を行ったそうだ。
P74-75
日本では対人恐怖が100だとすると、韓国は50で中国はゼロだった。(中略)
日本には世間体というものがある。これにかなり近いものが韓国にもあるんだ。「世上(せじょう)」というんだけど、これは日本の世間体とほぼ一緒の意味とのこと。韓国人は、そこで自分がどうみられるかをすごく気にするらしい。だから、そういう発想がある国ではどうも対人恐怖が出やすいんだろうね。
アメリカでは社会不安障害の人が多いらしい。
P76-77
生涯有病率が12%。ものすごく高い。これはうつ病とアルコール依存症に次ぐ、第3位ぐらいの高さなんだ。(中略)
いっぽう、ヨーロッパで同じような統計をとってみたら、だいたい2%から3%。今度はすごく少ないね。もっとびっくりしたのは日本と韓国、日本では1.4%しかない。韓国では0.2%。だから、対人恐怖とはまったく違うものなんだよね。
『スクール・カースト』について・・・これは興味深い。
P84
多くの学校には「教室内身分制」ってものがあるらしい。いわゆる「スクール・カースト」だ。上位から下位まで、だいたい3階層から4階層ぐらいまである。最下層はオタク。最上位はヤンキーだ。
何がこの較差を決定づけているかっていうと、すべて「コミュニケーション・スキル」なんだね。つまり、子どもたちの対人評価の軸は、いまやほとんどコミュニケーションの上手い/下手という1本になってしまっている。(中略)
こうやってコミュニカティブか否かで階層が分かれてしまうってことはたいへん大きな問題で、ほかの能力があっても、それはぜんぜん評価されないってことになる。さらにいうと、コミュニカティブであることの条件が厳しい。ただ会話が上手いだけじゃだめなんだ。笑いをとらなくちゃいけない。笑いをとることが最低条件。さらに人がいじれなくちゃいけない。マニピュレイティブ、つまり対人操作能力が高いことが、もっともコミュニケーション・スキルが高い人の特性なんだね。
最上部がヤンキーっていうのは比喩的ないい方だけど、要するにコミュニカティブで異性関係が活発な生徒っていう意味だ。いわゆる「リア充」ってやつだね。
抑圧と解離についての説明・・・わかりやすい。
P113
抑圧という方法が、漬け物石かなにかで上から押さえこんで深く沈めることだとすると、解離というのは、心の中に「壁」をつくって、いくつかの部屋に区切ってしまうことだ。そうやって、ひとつの部屋に悪いものを押しこめてしまうことで、ほかの部屋に影響がいかないようにする、そういう方法だと考えておいてほしい。
なぜ、日本に「多重人格」が少ないのか?、について。
P128
日本人っいうのはもともと多重人格的な作法で生きているので、わざわざそんな病気を輸入する必要はなかったのだ、と。相手によって敬語を使ったり、逆に偉そうにしたり・・・・・・これもキャラの使いわけだよね。そういうモードチェンジが日常化しているので、アメリカ人みたいに病気になってまで別人格を作らなくてもなんとかなってしまうとう、簡単にいえばそういう説なんだ。これを「超多重人格」といった人がいるけれども、もともと超多重人格なんだからいまさら多重人格なんかになれるか!みたいな話だよね。
P159
メラニー・クラインという、天才と呼ばれた精神分析医がいたんだけれども、彼女が提唱した決定的に重要な概念に、「妄想-分裂ポジション」というものがある。
文学やサブカルチャーにおける境界性人格障害、について。
世界でもっとも有名なボーダーライン文学はサリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」。
P163-165
あれはボーダーラインの標本みたいな小説だから、共感しすぎるのはほどほどにしたほうがいい。あれは深いようで浅いようで深いというヘンな小説でね。少なくとも共感だけで読むとアメリカ版「あるあるネタ」みたいにも読める。(中略)
この小説が発表された50年代のアメリカっていうのは、ホモが統合失調症の原因になるといわれたぐらい同性愛を拒絶していた時代だから、これは非常にリアリティのあるエピソードとして受けとられたと思う。いま考えるとひどい話で、ホモは敵だといってるわけだ。差別丸出しといってもいいくらい。でも、この差別をするのがホールデンっていう汚れを知らない存在だから許されるという、2重3重にいいわけが用意されているという点ではずるい小説でもあるんだな。
ところで、境界性人格障害小説の日本のトップランナーはといえば、こちらは文句なしに太宰治ということになている。(中略)
太宰を超えるボーダーライン・フィクションといえば、やっぱりアニメの『新世紀エヴァンゲリオン』になるかなあ。
【ネット上の紹介】
ひきこもり、発達障害、トラウマ、拒食症、うつ…、心のケアの第一歩に、悩み相談の手引きに、そしてなにより、自分自身を知るために―。一家に一冊、はじめての「使える精神医学」。
[目次]
第1章 みんなのように上手にできない―「発達障害」について;
第2章 人とつながってさえいれば―「ひきこもり」について;
第3章 人づきあいが苦手なんです―「対人恐怖/社会不安障害」について;
第4章 やめられない止まらない―「摂食障害」について;
第5章 自分がバラバラになっていく―「解離」について;
第6章 トラウマは心のどこにある?―「PTSD」について;
第7章 「困った人」とどうつきあう?―「人格障害」について;
第8章 なぜか体が動かない―「うつ病」について;
第9章 意外に身近な心の病―「統合失調症」について