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「母の遺産 新聞小説」水村美苗

2015年06月09日 21時25分14秒 | 読書(小説/日本)


「母の遺産 新聞小説」水村美苗

人生最後の通過儀礼、それが『介護/看取り』、である。
いまや、ほとんどの方に訪れる避けて通れない試練。
自分の老化と戦いながら、体力と精神力の衰えた状態での通過儀礼。
故に、疲労困憊してしまう。

以下、ネタバレありなので、ご注意。

P204-205
呆けた老人特有の食べ物への執着がすでに母にも現れ始めていた。
(中略)
お刺身、ケーキ、クッキーと両手に下げて母の部屋に入ると、車椅子に埋もれた小さく縮んだ猫背が目にとびこんでくる。もう自分の頭ではよく理解できない悲しみと焦燥感の塊に成り果てた母の姿であった。

P252-253
死なない。
母は死なない。
家の中は綿埃だらけで、洗濯物も溜まり、生え際に出てきた白髪をヘナで染める時間もなく、もう疲労で朦朧として生きているのに母は死なない。若い女と同棲している夫がいて、その夫とのことを考えねばならないのに、母は死なない。
ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?

P264
「閉経してからの老けかたは、また格別のもんがあるね。人のことは言えないけれど」

P283
こういう朝が何年も続くうちに、血色の悪い不幸な顔をした女になっていくにちがいない。

P289
実際、三十代の後半とは微妙な年齢である。
(中略)
だが、女もあと数年すれば、哀れ、「若い女」から「若づくりの女」になってしまう。

女性作家だけあって、リアルで的確、情け容赦ない描写が続く。
それも、524頁の長丁場の大作。
主人公の母は、途中で亡くなる。
しかし、作品はそこで終わららない・・・まだ半分ある。
いったいどうなるのか?
舞台は箱根のホテルに移動。
そこには、いわくありげな長期滞在者たちがいた。
ヒロインも、その中にまじり、自分自身を見つめ直していく。
母への感情にも折り合いをつけていく。
同時に、夫との関係も整理していく。
離婚を決意するかどうかは、自分で読んで確かめてみて。

P524
母は母なりに娘の許しを請うていたのかもしれない。美津紀自身、そんな母をいつのまにか許していた。
(中略)
母が二度と見ることはない桜の花は、いづれ実津紀も二度と見ることがなくなる桜の花であった。

【ネット上の紹介】
家の中は綿埃だらけで、洗濯物も溜まりに溜まり、生え際に出てきた白髪をヘナで染める時間もなく、もう疲労で朦朧として生きているのに母は死なない。若い女と同棲している夫がいて、その夫とのことを考えねばならないのに、母は死なない。ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?親の介護、姉妹の確執…離婚を迷う女は一人旅へ。『本格小説』『日本語が亡びるとき』の著者が、自身の体験を交えて描く待望の最新長篇。