「王国」中村文則
先日読んだ「掏摸」の兄妹篇。
ユリカの仕事・・・それは組織によって選ばれた「社会的要人」の弱みを人工的に作ること。
その「仕事」の絡みで、出会ってしまうの最悪の男「木崎」。
そう、「掏摸」で登場する、とんでもない人物である。
彼女は木崎から逃げ切れるのか?
ユリカと木崎の会話
P72
「マルキ・ド・サドの作品に出てくる女達が、なぜどれも不幸になるかわかるか?」
(中略)
「・・・・・・美しいからだ。美しい女は、幸福を手に入れる機会に恵まれると同時に、不幸に墜ちる機会にも恵まれる。・・・・・・あらゆる欲望が近づくことによって。・・・・・・覚えておくといい」
「・・・・・・それは、誉めているのでしょうか?」
(中略)
「誉めていない。幸福よりも不幸の方が引力が強い。この世界はそうなっている」
(中略)
「さっき、この男と話をしていたんだ。グノーシス主義、というのを知っているか」
「・・・・・・え?」
「原始キリスト教の時代に発生した、最大の異端宗教だ。彼らは、この世界は低位の神によって創られたと考えていた」
彼は何の話をしているのだろう。先が読めなかった。
「見渡せば、天災や疫病、貧困や飢えに苦しむ人間達が荒野に溢れていた。このような不完全な世界を創った神が、善良で万能なわけがないと彼らは考えた。この世界を創った神は神々の中でレベルが低く、悪意に満ちた存在だと断定したのだ。(後略)」
・・・・興味深い宗教談義が挿入され、物語が展開する。
著者自身の解説によると、「掏摸」は旧約聖書がテーマ。
本作は「新約聖書」がテーマになるはずだったが、「掏摸」において発生した「誤差」により、グノーシス主義の構図に変化した、と。
さらにそこから、キリスト教より古いギリシャ・ローマ神話へ接続していく。
・・・実に奥が深い作品である。
(まぁ、そんなことより、今回も面白くてストーリーに引き込まれた)
「掏摸」中村文則
組織によって選ばれた「社会的要人」の弱みを人工的に作ること、それがユリカの仕事だった。ある日、彼女は見知らぬ男から忠告を受ける。「あの男に関わらない方がいい…何というか、化物なんだ」男の名は木崎。不意に鳴り響く部屋の電話、受話器の中から語りかける男の声―圧倒的に美しく輝く「黒」がユリカを照らした時、彼女の逃亡劇は始まった。世界中で翻訳&絶賛されたベストセラー『掏摸』の兄妹篇が待望の文庫化!