これは読みごたえがあった。
いろいろ考えさせられた。
夫が急死し、残された主婦・敏子(59歳)が、残された人生をどう生きるか?
夫に愛人がいた、と発覚するところから、物語が動き出す。
P396
最も長く付き合って、性格も好みもよく知っているはずだったのに、隆之は本当の姿を妻には見せなかった。だとすれば、妻とは夫にとって何なのだろう。家庭を守り、子供を育て、地域と仲よく付き合う、自分が気を配ってやってきた仕事が、夫の生活を支えていると自負していたが、隆之の生き甲斐は違うところにあったのだ。
59歳・・・今では老人呼ぶのは憚られる年齢。
かといって、若くもない。
中途半端な年齢だ。
夫が亡くなった後、第二の人生をどう生きるか?
(以下、年上の友人・佐和子との会話、P362)
「老人の間でも不倫やそれに伴う争いは常にあるのよ」
「そうでしょうね。歳を取っても、人間のやることは同じですものね」
「ばかりか、もっと激越になるみたいよ。老人ホームなんかじゃ、恋の鞘当てとか嫉妬とかの争いが激しいんですって」
佐和子は静かに言った。そうかもしれない、と敏子は思う。若い頃は、歳を取ったら穏やかになると思っていたが、六十歳を目の前にした自分の心は若い頃以上に繊細だし、時々、暴力的といってもいいような衝動が湧き起こる。感情の量が若い頃よりも大きくなった気がする。
息子(彰之)との確執もある。
P299
敏子は腕時計を見た。すでに午後五時を回っていた。そろそろ帰らなくては、と考えた後すぐ、誰も待っていないのだから時間なんて気にしなくてもいい、と思い直す。その時、自分でも意識していない微笑が浮かんだらしい。すかさず、彰之に尋ねられた。
「何が可笑しいの」
「あら、私、笑ってた?」
「うん、時計を見ながら笑ってたよ」
笑いの源は何だろう。自分を憐れんだり、悲しがったりする、負の感情から出ているのでは決してない。が、明るく輝くような気分でもなかった。穏やかで平らかな気持ち。これだ、と敏子は思った。独りでいるということは、穏やかで平らかな気持ちが長く続くことなのだ。人に期待せず、従って煩わされず、自分の気持ちだけに向き合って過ぎていく日常。そういう日々を暮らすのは、思いの外、快適かもしれない。
さて、物語は上下2巻でたっぷり続く。
夫の愛人問題、息子、娘との確執、遺産相続問題。
周りの友人たち・・・時に励ましてくれ、時に煩わしい問題を持ち込む。
些細な日常の日々に一喜一憂する現実。
たっぷり、楽しんでみて。
PS
桐野夏生さんの過去の作品とは異質の内容。
ほとんど、瀬戸内晴美さん、向田邦子さんの世界。
でも、「読ませる文章表現」は健在。
文中に古典的表現・「情を交わす」と出てくるが、この世界にしっくりくる。
さて、ネット上に【著者略歴】が載っていて、受賞作品が羅列されている。
下記に転載するが、何冊くらい読んでる?
今回の「魂萌え!」以外では、「OUT」「グロテスク」がオススメ。
「顔に降りかかる雨」も、ハードボイルドでいい。
「残虐記」は実際の事件を元にしている。
「柔らかな頬」は、斬新な構成でミステリの領域を超えた。
’93(平成5)年、『顔に降りかかる雨』
’97年に発表した『OUT』
’99年『柔らかな頬』で直木賞
’03年『グロテスク』で泉鏡花文学賞
’04年『残虐記』で柴田錬三郎賞
’05年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞
【著者略歴】
1951(昭和26)年、金沢市生れ。成蹊大学卒。’93(平成5)年、『顔に降りかかる雨』で、江戸川乱歩賞を受賞する。’97年に発表した『OUT』は社会現象を巻き起こし、同年、日本推理作家協会賞を受賞。’99年『柔らかな頬』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞、’04年『残虐記』で柴田錬三郎賞、’05年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞を受賞した。また、英訳版『OUT』は、’04年にアメリカで権威のあるエドガー賞に、日本人で初めてノミネートされた
PS2
今回の作品を読んでいて、何となく「ルームメイツ」(全4巻)(近藤ようこ)を思い出した。
【ネット上の紹介】
夫が突然、逝ってしまった。残された妻、敏子は59歳。まだ老いてはいないと思う。だが、この先、身体も精神も衰えていく不安を、いったいどうしたらいい。しかも、真面目だった亡夫に愛人だなんて。成人した息子と娘は遺産相続で勝手を言って相談もできない。「平凡な主婦」が直面せざるを得なくなったリアルな現実。もう「妻」でも「母」でもない彼女に、未知なる第二の人生の幕が開く。第5回婦人公論文芸賞受賞。