透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「春の数えかた」

2012-04-08 | A 読書日記


『春の数えかた』日高敏隆/新潮文庫 平成17年2月発行

 今朝(8日の朝)7時頃、自宅の外壁に掛けてある温度計を見ると氷点下3度だった。庭には霜柱が立っていた。鄙里の朝はまだ寒い、東京の桜は見ごろだというのに・・・。

でも、山際の木々の中でウグイスが鳴いていた。畑地の上空でヒバリが鳴いていた。春の到来を祝福するかのように鳴いていた。

どうやって小鳥たちは春を知るのだろう・・・。

この疑問の答えがこのエッセイの中にある。**小鳥が日長つまり一日のうちの昼の長さで季節を知ることは、半世紀以上前に実験的に明らかにされた。(中略)冬至を過ぎ、一月、二月と暦が進んでいくにつれて、日は長くなっていく。これもだれでも知っていることだ。小鳥たちもそれがわかっている。日の長さは季節の移り変わりのまぎれもない徴(しる)しなのである。**(219、220頁)

日長は気温とは関係ない。鳥のように恒温動物ならよいが、虫のような変温動物たちは、困るはずだ。虫たちは温度の積算をしているということもこのエッセイが教えてくれる。それもただの積算ではないという。ある一定温度(発育限界温度)より低い、極端に寒い日には、その温度を数えないのだそうだ。

サクラも積算という数学的手法によって春の到来を知るということは以前ラジオ番組(だったかと思う)で知った。このエッセイには**サクラが花の芽を作るのは、昨年の夏である。このときにもう、来年の花が作られはじめているのである。サクラの花は暑い夏に作られて、寒いときにふくらみ、暖かくなって開くのだ。**(34頁)とある。 サクラの用意周到な開花作戦!

松本城公園のサクラはまだつぼみ。 でも ♪ 咲いて散るよりつぼみでいたい などと演歌なことを考えているわけではあるまい・・・。


 

 


「古事記誕生」

2012-04-08 | A 読書日記

 古事記に登場する道反之大神(ちがえしのおおかみ)とも黄泉戸大神(よみとのおおかみ)ともいわれる神が道祖神(塞の神)の原型であるという説がある。同じく古事記に登場する猿田彦*1神が道祖神だともいわれている。(過去ログ

このことを『安曇野道祖の神と石神様たち』 西川久寿男/穂高神社 等の資料で知ってから「古事記」に興味を覚え、『古事記』21世紀少年少女古典文学館 橋本治/講談社をまず読んだ。この本のことは既に書いたが大人のための古事記入門書としても良書だと思う。この本との出会いに感謝している。



その後『古事記(上)』 次田真幸/講談社学術文庫で古事記の書き下し文を読み、『古事記誕生 「日本像」の源流を探る』工藤隆/中公新書も読んだ。全く無縁だと思っていた世界に入り込んだという思いが強い。





古事記は何を伝えているのか・・・。

今からちょうど1300年前に古事記は誕生した。712(和銅5)年、太安万侶が元明天皇に宿題を提出したという「点としての誕生」だ。だが著者は古事記誕生を単に点として捉えるにとどまらず、線としても捉えている。

**『古事記』が誕生するまでには、少なく見積もっても縄文時代の開始期の紀元前一万一〇〇〇年くらいから「序」の言う紀元後七一二年までの約一万二千年間の、日本列島民族の歴史が刻まれている。しかも、このうちのほとんどの期間は、無文字文化の時代であった。また、国境という観念もなく、大陸や南の島々からの日本列島への人の移動、文化の流入が断続的に続いていたであろう。そのような約一万二千年間に及ぶ時間の集積のうえに、漢字文化の流入と〈国家〉の成立という大きな変化が押し寄せるなかで『古事記』が誕生した。**(はじめに)

例えれば出産の瞬間だけでなく妊娠期間も、あるいはそれ以前も重要だという著者の古事記観に基づく論考。

点としての古事記誕生についての論考は第1章のみで早々に切り上げ、第2章以下では線としての誕生に関する論考を重ねている。実証的な論考が難しいなかで、著者は祭式や考古学、少数民族神話に古事記誕生の背景、源流を探っている。

アジアや中国の少数民族に伝わる神話とアメノイワヤト神話のモチーフの共通性の指摘は、なかなか興味深かった。いくつかの神話を詳細に紹介した後、著者は**アメノイワヤト神話は、おそらく縄文時代にすでに日本列島に到達していた長江流域少数民族の太陽神話を最古層に持ち、その上に鹿占(しかうら)その他縄文・弥生期にすでに存在していたヤマト族の風習を吸収し、また邪馬台国の卑弥呼の歴史的事実などを神話的物語として組み込み、また銅鏡のような舶来品も素材として取り込み、さらに〈古代の近代〉の国家的祭祀体系の前段階の状況を反映するなどして完成したのであろう。**(232頁)と結んでいる。

**準備なしにこの領域に入るとリアリティー(現実感)を欠いた像を結ぶことになり、ときにはほとんど妄想に近い像をイメージすることになったりする。**(6頁) 

著者がこのように認識した上で論考した古事記の線としての誕生論。


*1 猿田彦は手塚治虫の「火の鳥」にも主要な登場人物として出てくる。

さて次は『道教の世界』 菊地章太/講談社選書メチエ。