320
■ 『本所おけら長屋 七』を読んだ。第1巻からこの7巻までに収められている作品のタイトルは全て4文字(おそらく全巻すべて4文字だろう)。これは作者・畠山健二さんのこだわりというか、お遊び。
おけら長屋の住人は、あたたかい心の持ち主ばかり。いつも助け合って暮らしている。こんな長屋に住みたいという感想を何かで読んだ記憶がある。
第7巻には5篇の作品が収められているが、「ひだまり」には泣かされた。
**「お歳さん、わかりますか。玄志郎です。いま長崎から戻りました」
お歳は、小さく頷くと、布団から右手を出した。その動作は悲しいほどにゆっくりとしていた。玄志郎はお歳の痩せ細った右手を、両手で握り締めた。(中略)
「はい。私は頑張りましたよ。どうして頑張ったかわかりますか。立派な医者になって、お歳さんと一緒に暮らしたかったからです。お歳さんを身請けするお金も用意しました。だから、私と一緒に暮らしましょう」**(中略)
**「そう言ってもらえただけで、思い残すことはありません。よ、よかった。玄志郎さんに会うことができて・・・」(108,9頁)
お歳は労咳(肺結核)に侵されていた・・・。
玄志郎(後の聖庵)の父はある藩に仕える医者だった。藩主の跡取りが4歳になった時、病魔(危険な伝染病)に襲われ、死亡してしまう・・・。跡取りを救えなかったとして、父は藩主の刀によって命を絶たれてしまう。その後、母親と江戸に出た玄志郎は医者を志し、父親の知り合いだった医者が営む治療院で働くことになる。だが無給だったために、母親が身を粉にして働く。息子を長崎に留学させたいと考えていたのだ。留学には三十両もの大金が要る。ところが母親は過労がたたり・・・。
治療院には玄志郎と同じく、無休で働く住み込みの女中がいた。名前はお歳。
**「ちょっと待ってください。このお金はどうやってこしらえたんですか。お歳さんはどこに行ったんですか。お重さん、教えてください。**(中略)
**「玄志郎さん。あんただってもう子供じゃないだろう。身ひとつの女が三十両もの大金を作るとなりゃ、察しがつくはずだ」**(100頁)
涙もろい私がこんな切ない物語を読めば泣く。