後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

カトリック小金井教会の今日のミサ風景

2017年08月06日 | 写真
今日は「主の変容」の主日です。高い山の上でイエスさまの顔が太陽のように輝き、服は光のように白くなったのです。
そして「日本カトリック平和旬間」の始めの日です。この10日間に広島と長崎に原爆が落とされ終戦になったのです。
1981年の2月25日に聖ヨハネ・パウロ二世法王が広島を訪れ「平和のアピール」をなさいました。そこで日本カトリック教会は1982年から「平和旬間」を定め、平和を祈ることにしました。ことしは36回目の「平和旬間」です。
今日はミサで世界の平和のために祈りました。
ミサの風景写真をお送りします。司式は主任司祭のディン神父さまがなさり、ディン助祭さまが説教をなさいました。







洗礼を受けて良かったこと(4)韓国人や中国人に親しみを持てるようになった

2017年08月06日 | 日記・エッセイ・コラム
今日は日曜日で、これからミサに行きます。日曜日には宗教に関連した記事を書くことにしています。
今日は洗礼を受けて宗教というものが少し分かったので、日本の宗教的習俗とよく似ている韓国と中国に親しみを感じるようになったことを書いてみたいと思います。
日本と良く似ている宗教事情とは仏教にそれぞれの民族宗教が混淆して多神教的な信仰生活をしていることです。
中国は共産党独裁ですが、最近は仏教、道教、孟子廟、孔子廟への信仰、イスラム教(回教)、そして天主教などのキリスト教が復活し、多くの人々が宗教を信じるようになっています。共産党の独裁政治に逆らわない限り、どんな宗教でも自由に信仰して良いのです。
この中国も含めて韓国と日本の三国の共通点は仏教と、それぞれの民間宗教が混淆していることです。
中国での仏教と道教の混淆ぶりは良く知られているので、今日は韓国の仏教と古来の宗教との混淆の様子をご紹介します。日本にある神仏混交に似ていますが、韓国にには神道が無いので違いもあります。
まず中国や韓国に観光旅行に行くと大きなお寺に案内されることが多いものです。すると「大雄殿」という扁額のある本堂のような建物があります。

この写真は慶州の佛国寺(プルグッサ)の大雄殿です。
大雄殿の中にはお釈迦さまの教えを象徴する 仏像が祀ってあります。

写真が韓国のあるお寺の 大雄殿の中にある仏像です。
大雄殿とは日本のお寺の本堂のことです。
中國や韓国の禅宗系のお寺に観光に行くと必ず案内される一番重要な建物です。

さて韓国の多くのお寺の本堂の裏の高い場所に三聖閣という建物があります。

写真があるお寺の 三聖閣です。
そして「韓国の仏教」(http://www.bbweb-arena.com/users/hajimet/bukkyo_004.htm)によるとこの建物の中には3人の聖人がまつられています。
「山神」、「七星」、そして「独聖」です。
三聖閣には、七星如来、独聖、山神が祭られているのが一般的です。これらを別々の法堂に祭る場合には、七星閣、独聖閣、山神閣と呼びます。
「七星」とは、北斗七星を意味します。星に関する民俗信仰を仏教に取り入れたと考えられます。北極星を「熾盛光如来」、北斗七星を「七聖如来」とする信仰が七聖信仰です。これは中国の道教からきた信仰で、日本では妙見信仰と呼ばれています。韓国では子供たちが短命でないように七星様にお参りをするそうです。
独聖は、天台山で濁世の衆生を救うために一人で修行する聖者を意味します。法堂の絵の中で、白い髭と長い眉毛をした仙人のような老人が独聖です。一般的には、那般尊者といいます。
山神は韓国のほとんどが山であり、その山々を信仰するものです。特に、山神は農業、健康など、私たちの暮らしを見守ってくれていると考えていました。多くの場合、山神は虎と一緒に描かれています。山神信仰もまた、仏教固有の信仰ではなく韓国の民俗信仰です。
このような宗教の混淆は日本のお寺の本堂の裏山に神社をまつるのとよく似ています。例えば東京の高尾山には薬王院というお寺がありますが、その本堂の裏には飯綱権現をまつった神道の殿堂があります。
明治維新後、日本では欧米の影響で宗教の混淆は悪いことだと考えられるようになります。そして神仏混交が禁止されましたが、それ以前のお寺の本堂の裏や横には必ず神道の拝殿と本殿があったのです。
これは韓国のお寺の本堂の裏に三聖閣があるのとよく似ています。
韓国の「三聖閣」の詳細は末尾の参考資料にあります。
このような韓国の仏教との混淆の様子を知ると韓国人に非常に親しみを感じます。
中国でも人々は仏教と道教や妙見信仰や孟子廟や孔子廟への信仰が重複してなされています。中国も日本と同じ多神教的な宗教生活をしています。親しみを覚えます。
この心境はカトリックの洗礼を受け、宗教というのものが少し理解出来るようになったお陰だと思います。
日本人はよく韓国や中国の悪口を言いますが、もうすこし深い次元で彼等のことを考えるべきではないでしょうか?

最後に韓国の界文化遺産の海印寺の写真を3枚お送りいたします。出典はkamiyaさんのブログです。
URLは、、https://blogs.yahoo.co.jp/noa_kamiya/29920617.html です。
海印寺は1200年の歴史を有し、韓国三宝寺刹の一つです。美しい渓流が流れる伽揶山南側の深山の中にあります。
新羅第40代、哀荘王3年(802年)に、順応と利貞の二人の僧によって創建された寺院です。海印寺が「法宝寺刹」とも呼ばれる由縁は、お釈迦様の教えのすべてをまとめた経典を保管していることにあうそうです。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)

====参考資料===============
「三聖閣」とは:http://www.bbweb-arena.com/users/hajimet/bukkyo_004.htm
韓国の寺院は寺院後方、大雄殿より高いところに「三聖閣」という殿閣を置くことが多い。韓国の山岳信仰と融合したものである。何を主体に祀るかで山神閣、七星閣、独聖閣などと言う場合もある。いずれも仏教以外のとこ ろから韓国仏教に融合したものである。 三聖閣という場合は、「山神」、「七星神」、「独聖」を祀り、建物は正面4本の柱、側が2本の柱で囲まれた建物となる。

山神は韓国土俗の「山神霊」が変化したもので18世紀末から19世紀初めにかけて発生した信仰である。山神は護法転身の結果、人格神の山神、化身の虎とし て現れるという。山神に対しては無病長寿、子孫繁栄を祈願する。山神図は虎と子供を率いて手に長寿などの象徴を載せることが多い。

七星は北斗七星のことで、人間の幸福と寿命を象徴する。北斗七星に対する民間信仰が融合したもの。元々は国の兵乱、天災地変が起きたときや、それを予防す るために祭祀をしていたことに始まる。七星図の本尊は熾盛光如来で、北極星を意味する。手に金輪を持つことが多い。脇侍菩薩は日光菩薩と月光菩薩である。このような七星図は16世紀 末にすでに現れている。

独聖は那般尊者ともいわれ、釈迦が出征する前に天泰山で一人12縁起の真理を悟り、聖人の地位に上ったとされる。または16羅漢の一人、賓頭路頗羅堕を指すともされる。因縁の理致を悟った衆生に福を与えるということで信仰される。 絵は天泰山の中に座り、白く長いまつげで、錫杖、念仏を持っている姿で描かれることが多い。(韓国仏教文化事典、仏教文化研究院編より)
(「韓国にもある神仏混交のような宗教混淆」、2014年08月24日掲載記事もあります。)