多摩川の支流に「野川」という小さな川があります。
水源は国分寺市にあり小金井市を西から東へ流れ下り調布市で多摩川に合流しています。
小さな川ですが立川崖線の延長の国分寺の高台の下からの豊富な湧き水が流れています。
生活に必要な水が四季を通うして涸れることなく流れています。ですから旧石器時代の大昔から野川の畔には人が住んでいました。この一帯は都立武蔵野公園として保存してあります。
今日の午後にこの野川の畔の風景の写真を撮ってきました。
5枚の写真を示しますが2番目の写真の小川が「野川」です。





この野川の流域に旧石器時代から人が住んでいたことは昭和61年から63年の詳細な発掘調査で判明したのです。
日本の旧石器時代とは約3万年前から1万年前までです。
野川の畔から発掘された旧石器時代の遺物は次の通うりです。
旧石器時代の主な遺構
石器集中40
礫群66
主な遺物
石器1136(ナイフ形石器、槍先形尖頭器、角錐状石器、剥片、石核、石器原石など)
特記事項
旧石器・立川ローム層中心に7枚の文化層を確認。IV層中部及びIV層下部文化層が中心。
上記の出典は、https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002087175-00 です。
また低湿地に堆積した泥炭層の中から氷河期の寒冷気候を示すカラマツ・トウヒ・チョウセンゴヨウ等の針葉樹や花粉の化石が多数発見されています。当時の小金井は寒冷地だったのです。
そして縄文時代(約二千三百~一万年前)では、草創期・早期・後期の遺構や遺物が出土しています。他にも古代(平安時代)・中世・近世の遺物も発見されており、野川のほとりには人が絶えることなく住んでいたことが証明されているのです
そんなことを考えさせる今日の午後でした。
水源は国分寺市にあり小金井市を西から東へ流れ下り調布市で多摩川に合流しています。
小さな川ですが立川崖線の延長の国分寺の高台の下からの豊富な湧き水が流れています。
生活に必要な水が四季を通うして涸れることなく流れています。ですから旧石器時代の大昔から野川の畔には人が住んでいました。この一帯は都立武蔵野公園として保存してあります。
今日の午後にこの野川の畔の風景の写真を撮ってきました。
5枚の写真を示しますが2番目の写真の小川が「野川」です。





この野川の流域に旧石器時代から人が住んでいたことは昭和61年から63年の詳細な発掘調査で判明したのです。
日本の旧石器時代とは約3万年前から1万年前までです。
野川の畔から発掘された旧石器時代の遺物は次の通うりです。
旧石器時代の主な遺構
石器集中40
礫群66
主な遺物
石器1136(ナイフ形石器、槍先形尖頭器、角錐状石器、剥片、石核、石器原石など)
特記事項
旧石器・立川ローム層中心に7枚の文化層を確認。IV層中部及びIV層下部文化層が中心。
上記の出典は、https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002087175-00 です。
また低湿地に堆積した泥炭層の中から氷河期の寒冷気候を示すカラマツ・トウヒ・チョウセンゴヨウ等の針葉樹や花粉の化石が多数発見されています。当時の小金井は寒冷地だったのです。
そして縄文時代(約二千三百~一万年前)では、草創期・早期・後期の遺構や遺物が出土しています。他にも古代(平安時代)・中世・近世の遺物も発見されており、野川のほとりには人が絶えることなく住んでいたことが証明されているのです
そんなことを考えさせる今日の午後でした。