先日、「欧米と日本の人種差別意識の大きな相違」と題する記事を掲載いたしました。
差別にまつわる色々な問題を取り上げましたが、同性婚の問題もかなり詳しく論じました。
欧米、すなわちアメリカ、イギリス、フランス、ドイツなどでは同性婚は普通の男女の結婚とまったく平等な法的な優遇処置がとられています。
しかし日本では差別され同性婚に関する法律が整備されていません。単に同性婚証明書を発行するだけでの自治体が少しだけはありますが。
日本人も個人的には同性婚に賛同する人も多いのですが、それは隠れて行うべきであり、法的には普通の男女婚と平等に優遇すべきではないという意見が圧倒的に多いようです。
私はこの欧米と日本の違いに非常に興味が湧いてきました。この違を比較文化人類学的に考えると日本文化の特徴が見えて来るのではないかと考えたのです。
そこで今日は何故、日本人が同性婚を差別しているかという問題を考えてみたいと思います。そして日本文化の特徴が少しでも明らかにしたいと思います。
さて欧米では生まれつきの身体障碍者を「遺伝的マイノリティ」として保護すべしという思想が定着しています。ですから遺伝子的原因によって生まれつきの精神障碍者も大切にしているのです。
この考え方と同じように同性婚の問題も取り扱われています。
同性婚をする人を欧米では性的マイノリティとして保護し、差別をしない文化が定着しているのです。同性婚の場合の税金の控除や遺産相続の権利は正常な男女の結婚と全く同じ法律が適用されているのです。そこが日本と非常に違うことです。
私の友人に体は男性だが精神構造は完全に女性だという人がいます。分かり易く言えば「おとこおんな」ですね。京都大学出の知的な人です。知的なばかりでなく人間性が良いのです。尊敬に値する人物です。外国で同性婚をして、その国の法律の保護を受けています。
それでは何故、「おとこおんな」が生まれるのでしょう?
ある方に教えて頂いたことです。「性分化の臨界期である幼児の胎生期に、分化した脳に男性ホルモンが作用しなかったことによって、脳の思索機能を持っ部位に異常が起き女性型になった」というご説明を頂きました。
一般に男女の違いは、精神病の問題ではなく医学生理学上の差異であって、生命の緻密で微妙な作用の結果なのです。
欧米では性的マイノリティは、精神病の問題ではなく胎児の、遺伝子と性ホルモンの差異であって、生まれつきの結果だと広く信じられているのです。
「おとこおんな」や「おんなおとこ」が生まれつきの少数マイノリティである以上、差別すべきではないと言うのが欧米の社会に定着している考え方なのです。
それに反して日本の法律では差別されているのです。
人間、各個人には、持って生まれた「資質」または「属性」というものがあります。
しかし、身体の特性、頭脳の特性、などは、努力によって、自分の望む方向に、ある程度は変えるることが出来ます。
しかし絶対に変えることの出来ないものもあります。
例えば、人種、持って生まれた身体的、精神的不具などです。そして、同性婚をする人々の性差も変えられません。
このように個人の力ではどうしようもないものを、一般大多数とは違うからという理由で、「差別」視することは欧米では「人権の侵害」と考えられているのです。
以上は一般論ですが、趣味人倶楽部というSNSである方から以下のようなコメントを頂きました。イギリスの日常生活で性的マイノリティがどのように取り扱われているかを活写しています。
======あるコメントより================
「おとこおんな」に関してですが、イギリスでもそれが生まれつきのものであるという論は広く知られていますが、それでも首をかしげる人がいるのも事実です。しかし、首をかしげながらも差別はしない、そこが彼らの礼節であり、私は心から尊敬しています。
20数年前にロンドンに住み始めた頃に、同姓カップルでも全くハンデなく養子縁組をすることができる、そして実際に子供がもらわれていくケースを見まして、心から感心しました。人間性の本質を見ているな、と思いました。
娘は美大生なので、男友達にはとにかくゲイが多いのですが、「ゲイを差別しない、普通に付き合う」から一歩進んで、「別に誰がゲイかストレートかなんて、そもそも知る必要もないじゃん」というふうに若い人の意識は変化しています。すばらしいことではないでしょうか。
ゲイであれ、身障者であれ、困窮者であれ、病弱者であれ、正常者(というのも変な言葉ですが)よりも「もっとほしい、もっと助けてくれ、これしてくれ、あれも改善してくれ」と声高に叫ぶのは社会にとっていいことです。叶おうと叶うまいと、とにかく叫ぶことです。そういうことのできる国が本当の大人の国ではないのでしょうか。(終り)
============================
上の文章を見て、私は日本人の文化の特徴を以下のように考えました。
(1)日本人は最近の医学生理学の同性婚に関する研究成果を重視しない傾向がある。すなはち自然科学の進歩を無視する文化的特徴があるようです。しかし新しい工業製品の開発に繋がる自然科学の研究成果には敏感に反応します。そうでない限り、新しい自然科学の研究成果は無視する傾向があります。
(2)少数者を差別しなで尊重するのは欧米の思想であり、日本古来の文化では生まれつきの障害者は隠れて生きて行くべきという文化的特徴があるようです。
(3)日本文化は、変化が緩慢であり、特に社会倫理の分野は非常に保守的なのが特徴のようです。
これらは私の雑な考察です。皆様からのコメントで考えを深めて行きたいと思います。どうぞ多数のコメントが頂けますようにお願い申しあげます。
さて先日の「欧米と日本の人種差別意識の大きな相違」と題する記事に対してある方から考えさせるコメントを頂きましたの、最後にご紹介したいと思います。
===障害者の子供を持ったある父親からのコメント======
一般に人は自分が経験していないことは理解できません。
私は吃音歴が40年で、吃音の苦しみはよく分かります。
障害者といっても、目に見える分かりやすい障害(例えば視覚障害など)は周囲が配慮してくれますが、性的マイノリティや吃音などの、目に見えない障害は、法律などで特別に保護しないと、あまりにも本人に負担がかかりすぎます。
ひどい場合は精神障害や自殺する例も多いのです。
教育などで障害者理解を進めるのが一番の方法です。
しかし、人は一般的に経験していないことは分からないものです。
こころの病などへの偏見があるのはそのためです。
私は重度障害者の娘の世話もしています。
自分では何ひとつできない重度ですが、不思議なことに、そんな弱い人がいるということが、とても家庭を明るくします。
多分、社会も同じです。役に立たない人がいることが、社会そのものを豊かにしているのです。
=============================
今日の挿し絵代わりの写真は府中郷土の森博物館のロウバイの林で撮った写真です。
2年前の1月に撮りました。今年もそろそろ満開になる季節になりました。季節のめぐりは早いものですね。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)