月探査衛星の「かぐや」が月面に投身、
お役目を終えたそうです。
このニュースを読んで、この句を思い出しました。
水の地球すこしはなれて春の月 正木ゆう子
科学は俳句にどんな影響を与えるのか?
そんなことを考えさせる句です。
この句の視点は地球でも月でもなく
まさに宇宙船のなかからのもの。
作者の想像力がつくらせた句であっても
読者の側に読み取る力がなければ句として成り立ちません。
つい、半世紀前までなら、この句は荒唐無稽として退けられたでしょう。
しかし、ソビエトの人工衛星が飛び、人間が宇宙空間に出る。
さらに「かぐや」からの映像が月に上る地球の姿を映し出す。
こうした科学技術の成果があって、
読者のなかに、この句に共感できる条件が整ったわけです。
俳句が自然を詠むものであるとしたら、
科学は、自然の境界を大きく広げてくれたわけで、
それだけ俳句の領域も広がったことになります。
「かぐや」さん、ご苦労様でした。