日本男道記

ある日本男子の生き様

23・藤枝(人馬継立)

2010年03月28日 | 広重東海道五十三次
23・藤枝(人馬継立)
藤枝の宿は岡部から七.二粁ある。ここの海岸が焼津である。画題に「人馬継立」とあるように、この絵は宿場の問屋場風景が描かれている。問屋場とは、人馬の継ぎ立てや貨物の運送をさばいた所で、町役人がいて荷物の賃金をきめたり、馬の乗換えをしたり、人足の補充をしたり、駅伝の重要な機関であった。この昔の街道に、なくてはならない機関の有様を描いたのが、この絵で、問屋場の役人、汗をふいたり、煙草をふかして一休みする雲助たち、馬の鞋をとりかえる馬士など、あわただしい問屋場のひと時の情景が面白く描かれている。この絵は風景画というより風俗画といってよく、資料的に価値がある。

絵の出典:食るり愉るり知多半島

※歌川 広重(うたがわ ひろしげ、寛政9年(1797年) - 安政5年9月6日(1858年10月12日)
浮世絵師。江戸の町火消しの安藤家に生まれ家督を継ぎ、その後に浮世絵師となったが 現代広く呼ばれる安藤広重(あんどう ひろしげ)なる名前は使用しておらず、浮世絵師としては歌川広重が正しいと言える。
天保3年(1832年)秋、広重は幕府の行列(御馬進献の使)に加わって上洛(京都まで東海道往復の旅)する機会を得たとされる。天保4年(1833年)には傑作といわれる『東海道五十三次絵』が生まれた。この作品は遠近法が用いられ、風や雨を感じさせる立体的な描写など、絵そのものの良さに加えて、当時の人々があこがれた外の世界を垣間見る手段としても、大変好評を博した。
なお、つてを頼って幕府の行列に加えてもらったとの伝承が伝わるが、実際には旅行をしていないのではないかという説もある[2]。 また、司馬江漢の洋画を換骨奪胎して制作したという説もある。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

Daily Vocabulary(2010/03/28)

2010年03月28日 | Daily Vocabulary
9086.set aside(確保する、取っておく)
Could you set aside a few brochuers for the meeting?
9087.a carrot-and-stick approach(あめとむち)
People are't recycling enough office paper. This calls a carrot-and-stick approach.
9088.shoot oneself in the foot(墓穴を掘る)
That is shooting themselves in the foot.
9089.considerable(かなりの、相当の)
It is a considerable order.
9090.by anyone's standards(誰が見ても)
Our assembly process is complicated by anyone's standards.
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