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【原文】
或人、任大臣の節会の内辨を勤められけるに、内記の持ちたる宣命を取とらずして、堂上せられにけり。極なき失礼なれでも、立ち帰り取るべきにもあらず、思ひわづらはれけるに、六位の外記康綱、衣被かづきの女房をかたらひて、かの宣命を持もたせて、忍びやかに奉まつらせけり。いみじかりけり。
【現代語訳】
ある人が、大臣の任命式を取り仕切った際に、天皇の直々の任命書を持たないまま壇上に上がってしまった。失礼極まりないと分かりつつも、取りに戻るわけにもいかず放心していると、康綱係長が目立たない女子職員にお願いし、この任命書を持たせて内緒で手渡した。とても気が利く男であった。
◆鎌倉末期の随筆。吉田兼好著。上下2巻,244段からなる。1317年(文保1)から1331年(元弘1)の間に成立したか。その間,幾つかのまとまった段が少しずつ執筆され,それが編集されて現在見るような形態になったと考えられる。それらを通じて一貫した筋はなく,連歌的ともいうべき配列方法がとられている。形式は《枕草子》を模倣しているが,内容は,作者の見聞談,感想,実用知識,有職の心得など多彩であり,仏教の厭世思想を根底にもち,人生論的色彩を濃くしている。