【原文】
このあひだに風のよければ、梶取いたく誇りて、船に帆上げなど、喜ぶ。その音(おと)を聞きて、童(わらは)も媼(おむな)も、いつしかとし思へばにやあらむ、いたく喜ぶ。この中に、淡路(あはぢ)の専女(たうめ)といふ人のよめる歌、
追風の吹きぬるときは行く船の帆手(ほて)うちてこそうれしかりけれ
とぞ。
天気(ていけ)のことにつけつつ祈る。
二十七日。風吹き、波荒ければ、船出ださず。
【現代語訳】
さて、手向けをしてからは風の具合もよいので、梶取はすっかり得意になって、船に帆を上げなどして喜んでいる。帆がはためく音を聞いて、子供もお婆さんも、早く早くとそればかり思っていたからでしょうか、大喜びです。一行の中で、淡路の婆さんと言う人が詠んだ歌は、 追風の吹きぬるときは… (追風が吹いてきたときは、進んでいく船の帆が、パチパチと拍手のような音を立てて喜んでいるよ。そのように、私たちも手を叩いて嬉しがっていることよ) ということだ。 こんなふうに、何かといえば天気のことについて祈る。 二十七日。風が吹いて、波が荒かったので、船を出さない。 |
◆『土佐日記』(とさにっき)は、平安時代に成立した日本最古の日記文学のひとつ。紀貫之が土佐国から京に帰る最中に起きた出来事を諧謔を交えて綴った内容を持つ。成立時期は未詳だが、承平5年(934年)後半といわれる。古くは『土左日記』と表記され、「とさの日記」と読んだ。
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