孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ネパール  なお続く非毛派連立政権と毛派の対立による混乱

2009-11-05 22:11:51 | 国際情勢

(カトマンズの路上市場の様子 私の印象では、カトマンズの朝市に並ぶ野菜など食糧は決して豊富とは言えず、タイ・ベトナムなどの溢れかえる商品の山に比べると、貧しささえ感じました。
もちろん、“たまたま”だったのかもしれませんので、自分の見た断片から全体を判断するのは誤解のもとでもありますが。
“flickr”より By ellievanhoutte
http://www.flickr.com/photos/ellievanhoutte/3995142858/

【カトマンズ国際空港占拠も計画】
今日は、普段取り上げられることが少ない、ネパールの政局の話題。

****ネパール:毛派が全国で反政府デモ*****
ネパール共産党毛沢東主義派(毛派)の支持者が2日、ヤダブ大統領に対する抗議デモをネパール全土で開始した。各地の役場前などに集結、連立政権の解体などを訴えた。10日にはカトマンズ国際空港占拠も計画しており、混乱が予想される。
ネパールは昨年5月、王制から共和制に移行し、新首相に毛派のプラチャンダ氏が選出された。だが、毛派民兵の国軍編入を巡り、これに反対する他の連立与党と対立し、プラチャンダ氏は今年5月に辞任していた。【11月3日 毎日】
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上記記事の最後にある、王政から共和制への移行、ネパール共産党毛沢東主義派(毛派)政権の成立、そしてその混乱のあたりまでは、ネパール情勢についてもしばしばニュースで見かけたのですが、ここ5ヶ月ほどメジャーなメディアで取り扱われることがなく、上記記事を見て、「ああ、そう言えば、ネパールはどうなっていたのだろうか・・・」と思った次第です。

【毛派政権成立とその崩壊】
ネパールでは、共産党毛派が96年、王制打倒を目指して武装闘争を開始。
06年4月、当時のギャネンドラ国王の強権政治に対する主要政党による抗議運動によって、国王は下院を復活せざるを得なくなりました。これを受け、新政権と毛派が制憲議会選挙の実施などで合意。
06年11月、両者が和平協定に署名して10年間に及んだ内戦が終結しました。

その後、毛派と各政党の協力で選挙の実施や王制廃止などが実現しました。
毛派は08年の制憲議会選挙で“思いがけず”勝利して第1党となり、連立政権を組織。
プラチャンダ議長が08年5月、新生ネパールの初代首相に選出されました。

しかし、それまで武装闘争を行ってきた毛派への各政党・国軍の不信感は強く、毛派政権は行き詰まりを見せます。
最大の問題は、約1万9千人の毛派軍兵士の扱い。
毛派が、毛派軍兵士全員を国軍に統合させる方針を示したのに対し、毛派に嫌悪感を抱く国軍はこれを拒否。
国軍としては、正規軍がかつての武装組織にのっとられるようなものですから。
国軍は、毛派以外からの新兵募集を強行し、毛派はこれに激怒。

毛派は、かねて毛派政府の意向を無視し続け、クーデターの企ても報じられた国軍トップのカタワル陸軍参謀長の解任を決めましたが、これに連立政権の他の与党がいっせいに反発。
ヤダブ大統領も陸軍参謀長解任を取り消す措置にでます。

毛派プラチャンダ首相は、こうした“反毛派”の動きに反発する形で、今年5月、辞任を表明。
毛派政権は8ヶ月で崩壊しました。
プラチャンダ首相の辞任については、“毛派側は参謀長の解任決定によって軍部から反発を買っており、首相の辞任で軍との全面衝突を避けた”との見方もありました。

その後の連立協議の結果、全24党のうち毛派などを除く22政党の合意で、第3党の「ネパール共産党マルクス・レーニン主義派」(UML)のマダブ・ネパール上級幹部が首相に選任されます。
この間、毛派は各地で抗議デモを展開し、毛派議員が大統領の謝罪を迫って開会中の暫定議会を妨害するなどの行為もあり、かつての内戦状態へ戻ってしまうのでは・・・との懸念も出ていました。
毛派は新政権成立後も、6月に入るとゼネストをかけて、政権を揺さぶります。
一部でデモの参加者らが暴徒化し、首都カトマンズの機能が完全に麻痺する事態になりました。

一方の新政権も内紛続きで、先行きが危ぶまれる状況に。
****ネパール政権、発足2週間で内紛 与党の一部が支持撤回*****
ネパールの新政権が発足から約2週間で、早くも内紛に陥っている。閣僚の選任をめぐる対立から連立与党の一部が5日、政権への支持撤回を表明。一方、政権を降りた共産党毛沢東主義派(毛派)は抗議デモを繰り返し、揺さぶりを強めている。

地元紙などによると、マダブ・ネパール首相は4日夜、与党第3党「マデシ人民の権利フォーラム」幹部のガッチャダル氏を副首相兼公共事業相に任命した。連立参加への論功行賞とみられ、同フォーラムのヤダブ議長の頭越しの人事だった。怒ったヤダブ議長は5日、連立離脱を表明。ガッチャダル氏をはじめ幹部7人を除名した。ただ、同フォーラムの一部はガッチャダル氏側につくとみられ、政権は過半数を維持できる見通し。
与党第1党のネパール会議派でも、連立合意のもう1人の立役者、コイララ元首相が政治経験の少ない長女の外相起用をごり押しし、幹部が公然と反発。与党第2党の統一共産党も内部対立で入閣メンバーが決まらない状態だ。5月23日の政権発足以来、10閣僚が任命されたが、うち6人は担当省庁が決まらない異例の事態になっている。
一方、毛派は街頭デモを活発化させている。5日に全国で一斉に幹線道路を封鎖するストを実施。首都カトマンズでは、首相府へ向かおうとした毛派のデモ隊と警官隊が衝突し、毛派幹部を含む数人が負傷した。【6月6日 朝日】
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【毛派軍兵士の処遇問題】
上記記事を最後に、ネパール情勢に関する記事を見なくなりました。
冒頭毎日記事を見ると、非毛派連立政権に毛派が街頭行動で揺さぶりをかけるという情勢はあまり変わっていないようです。
おそらく憲法制定のプロセスも停滞しているのではないでしょうか。
“10日にはカトマンズ国際空港占拠も計画しており”・・・タイの反タクシン派の騒動以来、空港占拠が流行るようです。

いずれにしても、内戦状態に戻ることだけは避けなければなりませんが、そのためには“毛派軍兵士の処遇問題”に道筋をつける必要があります。
内戦後の武装組織メンバーの社会復帰をどのように確保するかは、ネパールに限らず、社会安定のカギになります。

コメント
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