(2月7日 カイロのタハリール広場 ムバラク政権を崩壊させた民衆蜂起において、ムスリム同胞団は当初、当局との長い対立の歴史から、政府から激しい弾圧を受けるリスクを懸念して、反政府デモへの肩入れには慎重でした。“flickr”より By DTN News http://www.flickr.com/photos/dtnnews/5428013162/ )
【革命は評価しながら「以前よりひどい」との失望感も】
民主化を求める住民の運動でムバラク政権が崩壊したエジプトでは、軍最高評議会が暫定統治する形で、今後の民主的政治体制確立に向けて模索を続けていますが、先の民主化運動を武力弾圧したムバラク前政権幹部の処分が進まないことに一部国民の間では不満が高っています。
これに対し、軍最高評議会もムバラク大統領の起訴などで、国民の不満をなだめようとはしています
****エジプト前大統領起訴 デモ隊へ発砲命令 息子も不正蓄財で****
エジプトの検察当局は24日、反政府デモで2月に退陣したムバラク前大統領(83)を、デモ隊への発砲を命じた罪などで起訴した。民主化プロセスが不透明な上、経済が一向に上向かないことなどへの不満が強まっている同国では27日、「第2の革命の日」と銘打たれた大規模デモが計画されており、全権を掌握する軍としては、その直前に起訴を発表することで国民の不満緩和を図る狙いがあるとみられる。
検察当局はまた、ムバラク被告の有力後継候補と目された次男ガマール氏と長男アラア氏らも不正蓄財の罪などで起訴した。裁判期日は決まっていない。
ムバラク被告は4月に拘束を受けた後も東部シナイ半島の保養地シャルムエルシェイクの病院に滞在。国民の間では、軍部が被告の名誉を守ろうとしているとの疑念が強まっていた。【5月25日 産経】
**************************
しかし、軍に逮捕され、軍法会議で収監された市民は5000人に達し、革命で死亡した犠牲者への補償も遅れていることから、軍最高評議会による暫定統治への不満・批判は強まっています。
****エジプト:軍政に不満高まる 収監市民5000人に*****
ムバラク前大統領を辞任に追い込んだ「革命」後、軍が暫定統治するエジプトで、軍に逮捕され、軍法会議で収監された市民が5000人に達し、革命で死亡した犠牲者への補償も遅れていることから、軍政への不満が高まりつつある。革命は評価しながら「以前よりひどい」との失望感が広がっている。
革命前後に警察や軍警察に逮捕された市民の家族と支持者らは数日おきにデモを行い、釈放を訴えている。今月中旬もカイロ市内で数百人が集結した。(中略)
軍法会議法は、市民の審理を軍施設での犯罪に限るが、暫定政府は治安維持のため市民にも適用している。活動家は「無差別に逮捕され、弁護士もなく短期間で判決が下されている」と批判。軍は今月初めの声明で「不明朗な逮捕は調査する」としたが、具体的な進展はない。
一方、革命で死傷した市民への補償も遅れている。(中略)
暫定政府が発足させた「事実調査委員会」によると、「革命」中の市民の死者は846人に上る。暫定政府は2月、死者に補償金5万エジプトポンド(約70万円)と年金を出すと発表したが、支払いは一部にしか行われていない。【5月29日 毎日】
*****************************
【前政権幹部の処分が進まないことに、一部国民の不満が爆発】
こうした軍政への不満を背景に、先月28日から首都カイロでは大規模デモが再発し、治安部隊との間で多くの負傷者を出す混乱が広がっています。
****エジプト:カイロでデモ、1000人負傷 治安部隊衝突、前政権幹部の訴追要求****
エジプトの首都カイロ中心部で28~29日にかけ、治安関係者の訴追を求める数千人のデモ隊と治安要員が衝突し、国営中東通信などによると1000人以上が負傷した。2月にムバラク独裁政権を崩壊させた民衆蜂起以降、首都での大規模騒乱はおおむね収束していたが、蜂起を武力弾圧した前政権幹部の処分が進まないことに、一部国民の不満が爆発した形だ。
内務省やデモに参加した複数の市民団体によると、衝突はタハリール広場で28日夜に始まった。2月の蜂起で死亡したデモ参加者の追悼集会を巡って混乱が発生したのがきっかけとみられる。
治安部隊は催涙ガス弾やゴム被覆弾を発射し鎮圧を図ったが、デモ隊側は石や火炎瓶を投げて反撃した。一度の衝突での負傷者数としては、先の蜂起以来、最悪となった。
エジプトではムバラク政権が崩壊し、軍最高評議会が暫定統治している。先の蜂起に対する弾圧で830人以上が死亡し、ムバラク前大統領らは参加者に対する殺人罪で起訴されたが、蜂起を主導した若者団体などからは「(前政権幹部に対する)訴追のペースが遅い」などと批判が出ていた。【6月30日 毎日】
***************************
千人を超える負傷者というのは、その数字が本当なら“騒乱状態”と言ってもいい規模ですが、やや誇張もあるのかも。それにしても激しい抗議の動きがあることは事実で、きのう8日にも再度、大規模デモが起きています。
今回デモには数万人が参加、2月の蜂起以降では最大規模のデモとなっています。
****カイロ中心部の広場で大規模デモ 改革遅れに不満****
エジプトの首都カイロ中心部のタハリール広場で8日、ムバラク前政権崩壊後の改革の遅れに不満を募らせる市民たちの大規模なデモがあった。2月の民衆革命を主導した若者グループや、最大の野党勢力で革命後に合法化された穏健イスラム勢力・ムスリム同胞団などが参加。前政権を支えた元高官らの訴追などを求めて気勢を上げた。
広場の周辺では6月末にもデモがあり、治安部隊と衝突して千人を超える負傷者が出た。【7月9日 朝日】
*****************************
【全国的組織力を持つ唯一の勢力】
注目されるのは、高い動員力を持つ穏健派イスラム原理主義組織ムスリム同胞団も参加していることです。
ムスリム同胞団はイスラム原理主義を掲げるものの、社会奉仕活動などに力を入れ、比較的穏健な路線といわれています。しかし、パレスチナのハマスの母体となったように、その中から過激な思想・行動を生みだす存在でもあります。
宗教政党を禁じたエジプトでは非合法組織でしたが、ムバラク政権時代は当局監視下に置かれる形で一定の活動を容認されてもいました。選挙には無所属の形で立候補し、実質的な野党第1党の立場にありました。
ムバラク政権後の2月には、9月に予定される議会選に向けた合法政党として「自由公正党」を設立、旧政権与党が解散された状況では全国的組織力を持つ唯一の勢力であり、今後のエジプト政局を左右する影響力を持つ存在として注目されています。
イスラム主義を警戒するアメリカ政府も同胞団との接触を開始したとことを、クリントン米国務長官があきらかにしています。
【内部の意見対立が表面化する動きも】
こうした情勢で、ムスリム同胞団によるイスラム主義の台頭を懸念する声が国内外に強いことを考慮して、同胞団は次期大統領選挙には候補者を立てないことを決定していますが、組織決定に反して大統領選に出馬する動きが出ています。
****ムスリム同胞団の幹部、エジプト大統領選に出馬の意向*****
エジプト最大の野党勢力で、民衆革命後に合法化された穏健イスラム勢力ムスリム同胞団の幹部らが今秋にも予定されている革命後初の大統領選に無所属で立候補する意向を示した。一定の支持を得ることも予想され、世俗勢力からは、社会のイスラム化が進むことへの懸念も広がっている。
同胞団は、急激なイスラム化を望まない世論に配慮して、次の大統領選には候補者を立てないと発表していた。出馬を表明したのは医療組合幹部などを歴任した医師アブデルメナム・フトゥーハ氏(59)ら。同氏は宗教、性別による差別に反対し、政教分離を説くなど、進歩的な立場を取る。同胞団は、組織の決定に違反したとして19日に同氏を除名した。
フトゥーハ氏は地元メディアに対し「私はすべてのエジプト人のための候補者だ。同胞団メンバーを含む多数の支持を得る自信がある」と語った。
同胞団に近い元大学教授で弁護士のムハンマド・アワ氏(68)も出馬を表明している。アワ氏はキリスト教徒との対話組織を創設した経歴を持つが、衛星テレビで「教会内には武器がある」などと発言。イスラム過激派サラフィー主義者らが革命後に起こしたキリスト教会への攻撃をそそのかしたとの批判もある。
全権を握る軍最高評議会が最近実施した世論調査によると、アワ氏は民主化運動指導者エルバラダイ氏(国際原子力機関前事務局長)の33%に次ぐ、22%の支持を集めた。フトゥーハ氏は現時点では7位(2%)にとどまっている。
同胞団は9月に予定されている革命後初の人民議会選挙を前に、イスラム的な価値を重んじる合法政党自由公正党を今月、正式に設立。同胞団政治部門の権限を同党に移管した。党として大統領選の候補者は擁立しないが、特定の候補を支援する見通しだ。宗教政党を禁じる憲法規定があるため、副党首やメンバーにキリスト教の一派コプト教徒を入れるなど市民政党の形態を取っている。究極の目標とされるイスラム法(シャリア)の導入は求めず、穏健色を前に出して支持基盤の拡大を目指している。【6月24日 朝日】
**************************
また、同胞団の若手団員を中心に、現指導部の組織運営への不満が表面化しています。
****ほころぶ鉄の統制 エジプト・ムスリム同胞団、若手が反旗 相次ぎ新党****
エジプトの次期総選挙でカギを握るとみられるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団で、複数の若手グループが公式政党とは別の新党を次々と結成し、指導部に公然と反旗を翻している。若手団員らは、現指導部による上意下達の組織運営を「旧態依然」と批判、究極的には同国の「イスラム国家化」を目指しているとされるイデオロギーをめぐる溝も表面化しつつある。
同胞団は今年2月、9月に予定される議会選に向け、「自由公正党」の設立を発表した。しかし、組織内では「若手の声が反映されていない」との反発が拡大。これまでに、同胞団を脱退した元幹部イブラヒム・ザーファラーニ氏の「ナフダ(復興)党」や、若手中心の「エジプト潮流」「リヤーダ(先駆け)党」などの新党が誕生し、他の既存野党やリベラル勢力との連携を模索し始めた。
同胞団ではこのほか、一部若手の支持を集める有力メンバー、アブドルムネイム・アブールフトゥーフ氏が6月、指導部の反対を押し切り大統領選出馬を表明した。同氏は、2007年にリークされた同胞団の政党綱領案に「女性やキリスト教徒は大統領になれない」とする文言が含まれていたことなどに強く反発、指導部の主流派と対立し、09年末に指導部でのポストを失った人物だ。
エジプトの独立系紙によると指導部は同氏支持の団員ら4千人を処分、ラシャード・バイユーミ副団長は産経新聞の取材に「組織決定に反する者は追放だ」と語気を強め、新党への合流者が増えることへの警戒をあらわにした。
これに対し若手グループと近い同胞団の中堅メンバー、ハイサム・アブーハリール氏は「従わなければ処分すると脅す手法はムバラク前政権と同じ。指導部はいまや、組織内だけでなく社会全体から浮いた存在だ」と批判し、インターネットなどを駆使しネットワークを広げる現在の若手団員のメンタリティーとは相いれないと語る。
理念の面でも溝がある。総選挙で躍進を目指す同胞団は最近、米国との接触も否定しないなど現実路線を強調してはいる。だがその一方で、指導部からはしばしば、「盗みを働いた者は、シャリーア(イスラム法)に従い手を切り落とすべきだ」(マフムード・エッザト副団長)といった、急進的な「イスラム国家化」を志向する発言が飛び出し物議を醸している。
ただ、若手らも程度の差こそあれ、「イスラムの価値観を広める」との目的は共有しており、指導部との違いは必ずしも明確ではない。組織内で支持が広がるかどうかもなお不透明だ。
にもかかわらず“造反”が相次ぐのは、非合法化されていた同胞団を厳しい監視下に置いた前政権の崩壊後、団員がおおっぴらに活動できるようになったことで内部の意見対立が表面化しやすくなったためだ。
同胞団の「鉄の統制」に生じたほころび。元同胞団員で組織の歴史に詳しいアブドルラフマン・アヤーシュ氏は「同胞団の改革を目指していた勢力が組織を去ったことで、指導部が一層、硬直化する可能性もある」と話している。【7月8日 産経】
****************************
05年の選挙での大躍進当時に比べ、近年その力が低下しているとも言われているムスリム同胞団ですが、次期大統領選挙への独自候補擁立を見送ったのは、こうした組織内部の求心力低下を反映した選択だったのかも。
いずれにしても、ムスリム同胞団の動き如何で、民主化運動の帰結としての今後のエジプト政治におけるイスラム主義の影響の濃淡が変わってきますので、同胞団の今後の動きが注目されます。