
(4月8日 シリア中部のホムス ホムスでは7月10日から戦車を投入しての鎮圧が行われています。 “flickr”より By syriana2011 http://www.flickr.com/photos/syriana2011/5650788154/ )
【「ハマの虐殺」の街で】
アサド大統領による親子2代の強権支配が続く中東シリアでは、民主化を求める反政府活動と、これを徹底弾圧する治安当局の動きが依然続いています。
特にここ数日懸念が深まっていたのは、中部の都市ハマの情勢です。
当局側は4日未明にハマへの入り口を戦車で封鎖。若手活動家の拘束を始めたほか、デモ参加者に発砲するなどして市民十数名の死者が出ています。住民側は道路にバリケードを設置し国軍の移動を防ごうとしているとも報じられています。今週に入ってからの状況はよくわかりません。
ハマでは、アサド大統領の父、故ハフェズ・アサド前大統領の時代の82年にもムスリム同胞団主導の反乱が発生。政権側は空爆を含む徹底した鎮圧を実施、推定1万~3万人が死亡したとされています。
この事件は「ハマの虐殺」として知られており、戦車が突入した市街では、犠牲者のほとんどは戦闘に巻き込まれた女性や子供だったと言われています。またムスリム同胞団メンバーとその支持者と見られた市民多数が連行され拷問・処刑されたとも。
背景には、政権を支えるイスラム教シーア派の一派であるアラウィー派に対し、ハマはスンニ派住民が多いという宗派的な事情もあります。
そうしたハマの過去の経緯、土地柄からも、今後の状況が懸念されています。
****治安部隊がシリア中部ハマを包囲、市民11人を殺害 人権活動家****
反体制派の拠点であるシリア中部のハマで5日、治安部隊が都市を包囲、市民が進攻阻止に動くなか、少なくとも11人が殺害された。
ロンドンを拠点とする「シリア人権監視団」の活動家が医療関係者の話として伝えたもので、負傷者も35人を超えたという。また、4日にハマ郊外で治安部隊に射殺された市民3人のうち、1人は子供だという。
シリア人権監視団の代表、ラミ・アブドル・ラーマン氏はAFP通信に対し、「北側を除き、ハマに通じる道の入り口に複数の戦車が配置された。一方、市民らは結集し、ハマを守るため命をも惜しまない覚悟でいる」と語った。市民らは進攻阻止のため、路上に障害物を積み上げているという。【7月6日 AFP】
****************************
【「国民対話」会議に、反体制派は「見せかけ」と反発】
こうした事態に、国際社会の批判も強まっています。
****************************
・・・米国務省は5日、「平和的デモ隊への攻撃を継続している」と批判、ハマなどから治安部隊を撤収するよう要求した。国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は6日に公表した報告書で、治安当局が5月に大量拘束や拷問、拘束者の殺害など「人道に対する罪」を犯した疑いがあると指摘。国連安全保障理事会に対し、シリア問題を国際刑事裁判所に付託するよう求めた。
アサド政権は、今年3月中旬に始まった一連の蜂起を「外国の陰謀」「武装勢力の扇動」と主張して弾圧を継続。一方で、民主化改革と国民との対話を約束しているが、反体制派からは「国際的圧力をかわすことだけが目的」との批判が出ている。【7月6日 毎日】
******************************
上記記事にもある政権側からの「国民対話」については、反体制派は「対話は見せかけ」と反発、多くが参加を拒否しています。
****シリア:「国民対話」開始 反体制派の多くは拒否****
シリア各地で続く民衆蜂起の沈静化を図るアサド政権は10日から2日間の日程で国内各派の融和を目指した「国民対話」会議を始めた。しかし、中部ホムスなどで11日も住民の武力弾圧や大量拘束を続けており、反体制派は「対話は見せかけ」と反発、多くが参加を拒否している。
複数の反体制派団体によると、過去2週間で拘束者は1万5000人、死者は住民側と治安部隊を合わせ1900人を超えた。
シリア国営テレビによると、シャラ副大統領は会議の冒頭、複数政党制の民主的体制への移行に期待を表明した。シリアは与党バース党のみが指導政党として憲法で規定され、野党勢力の活動は厳しく制限されている。
在英反体制シリア人のラミー・アブドラフマン氏は取材に「対話には反対しないが、弾圧中止や政治犯釈放が必要」と語った。
反体制派団体「地域調整委員会」によると、中部ホムスでは10日から戦車も投入して反体制派の抑え込みを図り、民家を急襲して住民を拘束し、少なくとも住民2人が射殺された。【7月11日 毎日】
****************************
【アサド支持派 米仏大使のハマ訪問に内政干渉と反発】
一方、首都ダマスカスでは、アサド大統領を支持する群衆が、アメリカ、フランスの両大使館を襲撃する事件が発生。今月7~8日にかけ米仏両大使が中部ハマを訪問し、デモ隊支持を示した行動にアサド大統領の支持者らが反発した可能性があるとされています。
****シリア政権支持する群衆、米仏大使館を襲撃****
シリアの首都ダマスカスで11日、バッシャール・アサド大統領を支持する群衆が、米国、フランスの両大使館を襲撃する事件が起きた。
反体制派の抗議活動が続くハマが政府軍の戦車に包囲され、弾圧が懸念されるなか、米仏両大使が前週、ハマを訪問したが、これに対する抗議行動とみられる。
仏外務省によると、襲撃を受けて守衛が3回、威嚇発砲した。群衆との衝突で大使館員3人が負傷したという。一方、米政府当局は「けが人は出なかった」と述べている。
仏政府報道官によれば、群衆は破壊槌を使って大使館の敷地内に侵入し、建物の窓や車を破壊した。仏大使館に駆け付けたAFP通信のカメラマンによると、「大使館専用車が破壊され、アサド大統領のポスターが立てられた」という。【7月12日 AFP】
******************************
アメリカ国務省によると、“群衆約300人が米大使館と大使公邸に押し寄せ、一部が塀を乗り越えて敷地内に侵入し、窓ガラスを割った。シリア当局の警備要員は制止せず、米海兵隊員が追い払った。けが人はなかった”【7月12日 読売】とのことです。
【「アサド大統領は正統性を失い、(改革の)約束を果たすのに失敗した」】
民衆の反政府行動を徹底弾圧するシリア・アサド政権に対し、アメリカなど各国は一応の批判はするものの、踏み込んだ反応は控えてきました。これは、シリア・アサド政権が中東のイスラム過激派、ハマスやヒズボラとも関係が深く、その後ろ盾であると同時にブレーキ役も果たしており、アサド政権の崩壊は中東のパワーバランスに空白を生み、更なる混乱を招きかねない・・・との懸念がアメリカなどにはあるからと見られています。
アメリカの本音を言えば、“アサド政権には存続してほしい”というところです。
しかし、今回の大使館襲撃は“一線を越えた”ものとも取られ、アメリカ側の反応も厳しさ増しています。
****米国務長官:大使館襲撃で「シリア大統領退陣は不可避」*****
クリントン米国務長官は11日、シリアの首都ダマスカスの米国大使館と米大使公邸がアサド大統領支持派のデモ隊に襲撃されたことを受け、「アサド大統領は正統性を失い、(改革の)約束を果たすのに失敗した」と述べ、アサド大統領の退陣は不可避との認識を示した。欧州連合(EU)のアシュトン外務・安全保障政策上級代表と国務省で会談後の共同記者会見で語った。
米政府は、オバマ米大統領が5月19日の中東政策に関する演説でアサド大統領に「退陣」か「民主化」かの二者択一を迫った後、民主化要求運動に対するアサド政権の姿勢を注視してきた。クリントン氏の発言は、弾圧の手を緩めないアサド大統領の退陣要求に向け一歩踏み込んだ形で、米政府は今後、政権崩壊後を見据えてシリア国内の反政府勢力との連携を一層強化していくとみられる。
クリントン氏は会見で「アサド大統領は必要不可欠な人物ではない」と明言。「彼らは(襲撃によって)世界の目を弾圧からそらそうとしている」と述べ、アサド政権が米大使館襲撃を主導したとの見方を示した。そのうえで「襲撃がどのように発生し、背後に誰がいるのかを調べている」と、背後関係を調査する考えを強調した。
駐シリアのフォード米大使は襲撃発生前の7~8日、反政府デモが続く中部ハマをシリア政府の許可を得ずに訪問。シリア側が「内政干渉だ」と抗議し、両国間の緊張が高まっていた。
11日に記者会見した国務省のヌーランド報道官によると、フォード大使は襲撃発生前の10日にシリアのムアレム外相と会談し、シリア当局による米大使館の警備態勢が不十分だとの懸念を伝えていたという。
ヌーランド報道官は会見で、大使が事前に警備上の懸念を伝えていたにもかかわらず襲撃が発生したことに不快感を表明。シリアの国営テレビ局が襲撃を扇動した可能性を指摘したうえで、「米国はシリア政府に損害の責任を負わせる」と被害への補償を求める考えを明らかにした。
米国務省は11日、在米シリア外交団を呼んで抗議し、外交官や在外公館の保護を定めたウィーン条約に基づき大使館の安全を保障するよう求めた。【7月12日 毎日】
*******************************
もっとも、今後アメリカなどがシリアへの対応を厳しくするとしても、リビア・カダフィ政権すら持て余している欧米の事情からすると、シリアへの介入などは考えらません。
なお、都市部若者には、一連の反政府行動に関し、世俗主義的なアサド政権に対する地方の保守的スンニ派住民の反発として、アサド政権を支持する声もあるようです。