孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

クウェート  野党側がボイコットするなかで議会選挙 今後に残る火種

2012-12-02 22:14:00 | 中東情勢

(10月31日の反政府抗議行動 “治安当局は、10月15日のデモでクウェートの政治体制を「独裁」と批判した野党指導者を29日、「首長侮辱」の容疑で逮捕した。AP通信によると、釈放を求める2000人以上の支持者が31日、クウェート市の拘置所前に押し寄せた”【11月1日 毎日】
写真は“flickr”より By AJstream http://www.flickr.com/photos/61221198@N05/8167722723/)

億万長者から低所得者まで一様に「オイルマネー」の恩恵に浸っている
中東クウェートと言えば、四国ほどの小さな国ですが、有り余るほどの石油収入に恵まれた国・・・というイメージがあります。
かつては一人あたりGDPで日本などを遥かに上回り世界トップレベルだったように記憶しています。
現在でも、IMFが発表している2011年の数字では世界第20位に位置し、17位の日本とほぼ同水準にあります。

“国民の約90%は公務員の職にありつき、税金はほとんどなく、公共料金も極めて安い。食料の配給もある。億万長者から低所得者まで一様に「オイルマネー」の恩恵に浸っている”【2月27日 毎日】ということですから、実際の暮らし向きは日本などの比ではないようです。
“およそ8世帯に1世帯が100万ドル以上の金融資産を保有しているとされる”【ウィキペディア】

地理的にはイラン、イラク、サウジアラビアという地域大国に囲まれる位置にあり、1990年にはイラクのクウェート侵攻で湾岸戦争が勃発しています。

一般的に民主化が遅れていると見られている中東地域にあっては、1963年に湾岸初の民選議員による国民議会を開催するなど、比較的民主化が進んでいる国とも見られています。
“元来クウェートは保守的なイスラム教国だが、女性も自由に車を運転し、服装の強制はない。05年には女性参政権が認められ、女性閣僚も誕生済み。首長家出身者が議会の追及に遭うのも珍しくなく、言論の自由を含め、他のアラブ独裁国家に比べて抑圧感は薄い”【同上】

2月議会選挙でイスラム主義者主導の野党連合躍進
ただ、政治システムで見るとクウェートは世襲制の首長国家です。サバハ首長が首相の任免権も持っており、その首相も首長家出身者です。また副首相・内閣閣僚の多くを首長家出身者が占めています。
首長批判も法律で禁止されています。

そうした世襲制の首長国家という枠組みや汚職の蔓延に対して、「アラブの春」以来高揚するイスラム主義勢力が主導する野党や若者グループの不満が高まり、首長家主導の政府と民選議会との対立という政治的混乱が続いています。

なお、混乱の背景に首長家の跡目争いといった要素もあるとの指摘もあります。
“現サバハ首長は83歳、ナワフ皇太子は75歳。「アラブの春」後、声を上げる勢力が増え、首相民選などを求める動きに、「元々あった首長家の跡目と利権の争いとが絡み合った」(外交関係者)のが混乱の背景だとも指摘される”【10月22日 朝日】

そうした政治的動きを反映して、イスラム主義及び部族主義の反政府勢力が大勝、政権寄りのリベラル派が惨敗したのが今年2月の議会選挙でした。

****イスラム系野党連合が躍進 クウェート議会****
首長家主導の政府と民選議会との対立が続くペルシャ湾岸クウェートで議会選挙(定数50)が(2月)2日に実施された。AFP通信などによると、イスラム主義者主導の野党連合は20議席から34議席に躍進し、多数派を占めた。首長家が指名する内閣との対立がさらに強まることが予想される。

同通信によると、野党連合のうち、穏健派のムスリム同胞団、厳格派のサラフィ主義者らイスラム主義者が選挙前の9議席から23議席に躍進した。「アラブの春」で民主化要求が地域全体に広がるなか、イスラム主義勢力の躍進は、チュニジア、エジプトなどに続く動き。その大半はスンニ派で、人口の約3割を占める少数派シーア派との宗派対立が深まる懸念もある。

昨年、与党系候補が政府側から多額のわいろを受け取っていた疑惑が浮上。ナセル前首相の辞任や汚職追及を求めるデモが活発化した。野党系議員らが議会に乱入するなど、混乱が続き、昨年12月にサバハ首長が議会を解散した。同国は1963年に湾岸諸国で最初に民選議会制度を導入した。同国の女性参政権は2005年に認められたが、女性候補は前職4人を含む全員が落選した。【2月4日 朝日】
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ただ、クウェートでは国民の多くが政府の手厚い福祉政策の恩恵を受けており、首長制そのものへの反対の声はほとんど上がっておらず、体制変革を求めた周辺国のいわゆる「アラブの春」とは趣を異にする面も指摘されています。
野党勢力の多くは、首長制を維持しつつ議会が首相を選ぶ制度改革などを求めています。

****クウェート:潤沢オイルマネーで不満抑圧****
中東情勢を激変させた昨年来の「アラブの春」が、ペルシャ湾岸の産油国クウェートでは影を潜めている。
国民が潤沢な「オイルマネー」でなだめられているためだ。
63年に湾岸初の民選議員による国民議会を開催するなど、早くから「民主化」を進めてきたことも背景にあるが、社会は過度に石油に依存しており、流動化の恐れをはらんでいる。

昼時、クウェート大学のキャンパスは学生の笑い声であふれていた。女子学生の多くはヘジャブ(スカーフ)で頭を覆うなどしているが、洋服姿も見かける。
雑談中の男子学生たちにアラブの春について聞いた。「クウェートは自由だよ。チュニジアやエジプトとは違う」。情報科学を専攻するジャディさん(22)が力説した。

クウェートでは2月2日の国民議会(定数50)選挙で、イスラム系中心の野党勢力が34議席を獲得して圧勝した。政権寄りのリベラル派は惨敗し、改選前に4人いた女性議員もゼロになった。
独裁崩壊後のチュニジアやエジプトの選挙でもイスラム系が台頭したことから、クウェートの結果をアラブの春と連動させる見方もあるが、地元紙クウェート・タイムズのアラヤン編集局長は「政治家の汚職に怒った有権者が腐敗撲滅に熱心なイスラム系に投票しただけ。『体制変革』を望んだわけではない」と言い切った。

クウェートは世襲制の首長国家。首長は首相の任免権も持つ。新内閣は15閣僚のうち4人が首長家出身で、副首相3ポストを独占。首相も首長家だ。
アラブの春に触発されて一時デモも起きたが、政府が労働者の賃上げなどに応じると多くが沈静化した。現地の外交筋は「不満を『札束』で抑えた」と解説してみせた。(後略)【2月27日 毎日】
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議会解散、選挙制度変更
2月の選挙で、イスラム主義の反政府派野党が多数派を占めたことで政治的混迷が深まりました。
これに対し、6月、サバハ首長は議会を閉会し、10月には、再選挙を行うことを決定しました。
“汚職や不正などの疑惑が取り上げられて財務相らが相次いで辞任。首長は6月、緊急避難的に1カ月の閉会を命じた。その後、憲法裁判所が選挙を無効だと判断。内閣は総辞職し、今月(10月)7日には首長が議会解散に踏み切った。 首長は10月19日、12月1日の国会議員選の制度変更を命じた。2月の選挙と同じ結果の再現を防ぐ狙いとみられ野党勢力は選挙のボイコットを決定。10月21日も大規模な集会が呼びかけられている”【10月22日 朝日】

野党側の反発を高めたのが、上記記事にもある選挙制度の改革でした。

****クウェート数万人デモ****
ペルシャ湾岸の産油国クウェートで21日、サバハ首長が発表した選挙法改正に抗議する野党支持者ら数万人のデモがあり、一部が治安部隊と衝突、ロイター通信などが人権団体の集計として伝えたところではデモ参加者100人以上が負傷した。同国では12月1日に国民議会(定数50)選挙が予定されているが、野党側はボイコットを呼びかけており、今後も不安定な政治状況が続くとみられる。(中略)

結局、サバハ首長は今月、議会を再解散し12月1日に議会選を実施すると発表した。ただ次期選挙では、各有権者が4人の候補者に投票できる従来の仕組みから、1人にしか投票できないよう法律が改正されたことから、野党側は「野党排除のための改正だ」と反発を強めている。

複数人に投票できる制度はもともと、クウェートに色濃く残る部族社会の影響を抑えるために導入されたものだとされており、それがなくなれば、有権者は野党勢力よりも出身部族の代表者への投票を優先する可能性が高いためだ。

21日のデモでは、選挙法改正反対や議会の権限強化を叫ぶデモ隊に対し、治安部隊側が催涙弾やゴム弾を発射、治安部隊側にも十数人の負傷者が出た。【10月23日 産経】
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最大4人に投票できるという従来選挙制度は日本的には奇異な感もありますが、上記記事にもあるようなクウェートの実情を反映したものだったようです。
1人のみに投票する新制度について、野党側は「(政府による)買収を容易にする」などと反発しているとも報じられています。

野党ボイコット 投票率は?】
こうした経緯を受けて、野党側がボイコットするなかで12月1日、議会選挙が行われました。

****クウェート議会選、政府派が勝利…投票率は最低****
1日に投開票が行われたクウェートの国民議会選(一院制、定数50)の結果が2日発表され、サバハ首長を支持する政府派がほぼ全議席を獲得した。

投票率は約38%(前回約60%)で、1963年の選挙開始以降、最低水準となった。選挙をボイコットした反政府勢力は同日、低投票率の下での選挙結果は「民意を反映していない」との声明を発表し、デモや抗議集会を続ける意向を表明した。

地元メディアによると、ボイコットに同調しなかったイスラム教シーア派勢力が17議席(前回7議席)を獲得した。同教スンニ派が多数の政府派と反政府勢力が対立を深める中、少数派のシーア派が躍進する形となった。シーア派は政府と良好な関係を保っているが、発言力の増大が新たな火種となる可能性もある。【12月2日 読売】
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野党側がボイコットしていますので政府側が勝利するのは当然の話で、問題は投票率です。
野党側は、投票率を30%程度まで下げることを目標にボイコットを呼びかけていました。
この点については、情報省が発表している約39%という数字なら“政府にはまずますという水準”ということのようですが、野党側は独自集計で約27%と主張しており、野党側も勝利を宣言しています。

****政府支持派圧勝、野党も「勝利宣言」 クウェート議会選****
中東クウェートで1日にあった国民議会選(定数50、一院制)で、少数派のイスラム教シーア派の当選者が前回から倍増するなど、政府支持派が圧勝した。
ボイコットした野党勢力は、投票率が従来の半分にとどまったとする独自集計を発表して「成功」を宣言。新議会の正統性を巡って、政府と野党勢力の対立が一段と深まる可能性がある。(中略)

一方、過去3回とも60%程度だった投票率について、情報省は約39%とする一方、野党勢力は独自集計で26.7%と主張している。
外交筋の間では「分岐点とみられていた4割に近く、政府にはまずますという水準」との見方が出ている。
一方、野党勢力は新議会は信認を受けていないなどとして、デモや法廷闘争で選挙制度変更の撤回、再選挙を目指すとみられる。【12月2日 朝日】
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シーア派問題 石油モノカルチャー
投票率を巡る政府・野党側の争いのほか、注目されるのはボイコットに参加しなかった少数派(イスラム教徒の3割)シーア系が躍進したことです。
ボイコットした多数派のスンニ派との関係が微妙です。

クウェートの抱える根本的問題は、クウェート経済が、石油が輸出収入の95%を占める石油依存のモノカルチャー構造であるということです。
中東カタールなどは石油後を見据えて積極的な国家プロジェクトを展開しています。

“将来の安定には、産業の多元化に加え、原油相場に左右されない財政の確保のため徴税制導入も必要になる。クウェート大学のシャイジ政治学部長は「政府はいわば国民の『ベビーシッター』だ。『親離れ』しなければならない」と述べ、抜本的な社会・経済改革の必要性を指摘した”【2月27日 毎日】
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