孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  反政府派「首都封鎖」 軍部・司法のクーデターの憶測も

2014-01-11 22:46:41 | 東南アジア

(1月13日の「首都封鎖」を呼びかける反政府派支持者 “flickr”より By stephanie... )

社会混乱で政権辞退へ
海外亡命生活中のタクシン元首相の帰国に道を開く恩赦法の成立をはかったインラック政権に対する反タクシン派の抗議行動から再燃したタイの騒乱は、政権が恩赦法を断念しても、また、総選挙で民意を問うことを決定した後も収まらず、反政府行動を主導する前政権のステープ元副首相は13日の「首都封鎖」を呼びかける事態となっています。

バンコク中間層や南部の支持を受けるステープ元副首相らの反政府派は、総選挙を行っても北部・東北部の農民層や都市部貧困層に支持基盤を持つタクシン派が勝利するとの見方から、選挙によらず、社会混乱を拡大させるなかでインラック政権の辞任、選挙によらない新たな政治的枠組みを求めていく姿勢です。

****首都封鎖」で混乱拡大も=13日から大規模デモ―タイ****
インラック政権の打倒を目指し反政府運動を展開するタイの反タクシン元首相派組織「人民民主改革委員会(PDRC)」は、13日から首都バンコクで大規模デモを開始する。首都を「封鎖」して政府機能をまひさせるとしており、混乱の拡大を懸念する声が強まっている。

PDRCは、バンコク中心部の主要交差点など7カ所にステージを設けて集会を開催。政府機関やインラック首相ら閣僚の自宅を封鎖し電気・水道を止めると主張している。

空港や鉄道など公共交通機関の封鎖は行わず、市民への影響をできる限り小さくするとPDRC側は説明しているが、主要交差点でのステージ設置で多数の道路が影響を受け大渋滞が予想されている。このためバンコクの小学校など400校以上の休校が決定。バンコク日本人学校も臨時休校とすることを決めた。

PDRCは「首都封鎖」でインラック首相を辞任に追い込み、2月2日投票の総選挙を阻止したい考えだ。
PDRCを率いるステープ元副首相は「公務員がわれわれに加わればインラックのいかさま政権はおしまいになる」と政府職員にPDRC側に付くよう呼び掛けている。【1月11日 時事】 
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軍「起こるか起こらないかは約束できない」】
タクシン元首相は、農民・貧困層のための医療制度改革や農業補助金など“バラマキ”政策を行ったことから、“バラマキ”政策の対象からはずれた都市中間層の不満をかっていますが、規制緩和などそれまでの政治・経済・権力システムを変革しようとする姿勢は、軍・司法・王室関係者という既成エリート層・既得権益層とも利害が対立していました。
タクシン元首相の金権政治・強権的な政治手法に対する批判もあります。更に、国王に対する不敬にあたる発言も問題とされています。

結果、2006年9月の軍のクーデターで国外逃亡生活を余儀なくされる形となっていますが、反政府派には混乱を収める手段として、タクシン元首相ともともと折り合いのよくない軍部のクーデターを期待する向きがあります。

軍部も現在はタクシン派の勢力が一定に浸透していますし、2006年のクーデター後も結局タクシン派政権を断ち切ることができなかったという失敗から、政治には距離を置く姿勢をこれまではとってきました。
ただ、ここにきて、ややキナ臭い動きも報じられています。

****タイ 「軍がクーデター」臆測 首都に部隊、司令官も含み****
来月に予定されるタイの総選挙を阻止するため、13日から首都バンコクを封鎖する大規模デモを計画している反政府デモ隊は9日、市民にデモへの参加を呼びかけた。政権側と反政府勢力の対立が深まる中、軍は部隊の首都移動に着手、クーデターの観測も強まっている。

(中略)政権側は(首都封鎖の混乱への)対抗措置として、約1万5千人の警察官を動員する警備計画を発表した。

一方、陸軍は今週に入ってから、地方から戦車などをバンコクに移動させている。18日の「国軍の日」のパレード向けとの説明だが、バンコク・ポスト紙は「軍が介入するとの臆測を巻き起こしている」と分析している。

プラユット陸軍司令官は7日、クーデターは「噂にすぎない」と否定したが、「起こるか起こらないかは約束できない」と含みも持たせた。インラック首相の兄で国外逃亡中のタクシン元首相は、2006年の軍事クーデターで失脚した。

プラユット氏は、タクシン派が10年に首都を占拠した際に武力鎮圧した指揮官で、今回のデモを先導するステープ氏は当時の治安担当副首相だった。

タクシン派幹部は軍による介入の可能性について、「われわれの活動メンバーは臨戦態勢に入っている」(同紙)と述べ、警戒を強めている。【1月10日 産経】
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また司法クーデターか?】
また、司法によるタクシン派への締め付けも厳しくなっています。

軍部クーデター後の2008年9月には、タクシン派の支持を受けて就任したサマック首相が、テレビの料理番組に出演し(サマック首相は料理を趣味にしていました)報酬を得たことは、憲法で定められた「首相の副業禁止条項」に抵触したと憲法裁判所の違憲判断によって辞任を余儀なくされています。

更に、2008年10月には、選挙違反を理由としたタクシン派与党への解党命令が憲法裁判所から出され、その後の反タクシン派民主党政権成立につながっています。
こうした一連の司法判断は“司法クーデター”とも考えられます。

****与党元議員308人、罷免へ調査開始 タイ汚職防止委****
タイの国家汚職防止委員会(NACC)は7日、連立与党の元下院議員ら308人の罷免(ひめん)に向けて調査を始めたと発表した。野党議員らの「(与党は)違法な憲法改正を行った」という主張を認定した。
ただ、インラック首相は改憲の中心的な役割は果たしていないとして対象外とした。

手続きが進み、疑いが固まれば、上院で罷免の採決が行われる。NACCは来月はじめまでに正式な決定をして上院に報告書を提出するとしている。

問題となったのは、上院議員の選出方法に関する憲法改正。公選と任命が半々の上院をすべて直接選挙とする改正に対し、昨年11月に憲法裁判所が違憲判決をくだした。これを受けて野党は、改正を提案して賛成票を投じた上下両院議員の弾劾(だんがい)請求をしていた。

野党は、与党が成立させたその他の憲法改正についても憲法裁に訴えており、8日にも判決が予定されている。【1月8日 朝日】
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上院改革が違憲であるとの司法判断はともかく、それに賛同した議員300名以上の罷免に関し調査する・・・というのは、また“司法クーデター”の臭いがします。

更に、憲法裁判所は8日、昨年与党が成立させた国際条約締結に関する憲法改正は違憲だとする判決を言い渡しています。

****タイ憲法改正、また違憲判決 与党解党命令は出ず****
タイの憲法裁判所は8日、昨年与党が成立させた国際条約締結に関する憲法改正は違憲だとする判決を言い渡した。しかし、注目されていた与党に対する解党命令に関しては、命令を出すことができる憲法条項の違反は認定したものの、命令は出さなかった。

インラック首相率いる連立与党による憲法改正に対する違憲判決はこれで2度目となり、反政府デモを続ける勢力にとっては、政権の新たな攻撃材料になる。

野党議員らが訴えていたのは、国際条約の締結に際して交渉過程から国会の承認を得ることとしている条項の改正。与党は条約交渉が遅れる弊害があるとして例外を認める改正をした。
一方の野党は、国会のチェックをかいくぐってタクシン元首相が国際利権を得やすくするのが狙いだとして批判していた。

判決は、この改正は立法府の権限を弱めるものだと指摘し、全体として「民主主義制度統治の転覆」を禁じた憲法68条に違反するとした。68条に違反した場合、憲法裁は政党の解党命令を出すことができるが、判決はこれには言及しなかった。

反政府派は、国家汚職防止委員会が7日に与党議員ら約300人の罷免(ひめん)に向けた調査を開始したことと合わせ、13日に予定する大規模デモ「バンコク閉鎖」への弾みにするとみられる。【1月9日 朝日】
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「民主主義制度統治の転覆」を禁じた憲法に反するという話であれば、立候補受け付けの妨害など、実力で総選挙を阻止しようとしている反政府派の行動はどうなるのでしょうか?

反政府派の妨害行動で実施が危ぶまれている総選挙を管理する選挙管理委員会の判断は、二転・三転しています。

選管は昨年12月26日、反政府デモ隊と警官隊との衝突で多数の死傷者が出たのを受け、「公正な選挙を組織できない」として政府に選挙の延期を勧告していましたが、総選挙を強行したい政権の意向もあってか、1月3日には予定通り2月2日の投票に向けて作業を進めることを確認していました。

しかし、10日、再度延期勧告を決定したことが報じられています。

****総選挙の延期勧告へ=選管が政府に―タイ****
タイ選挙管理委員会は10日、2月2日に投票が予定されている総選挙(下院、定数500)について政府に対して、新たな投票期日を設定し、立候補届け出など選挙手続きのやり直しを検討するよう勧告することを決めた。
地元メディアが伝えた。政情の混迷が続く中、総選挙の円滑な実施は困難とみて投票の延期が必要と判断した。【1月10日 時事】 
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【「もう中立なんてない。どちらかにつけ」】
肝心の一般市民における反応については、以下のようにも報じられています。

****タイ対立、市民も分断 反政府派、首都閉鎖デモ計画****
政治危機が続くタイで、反政府派が13日に予定する大規模デモ行動「バンコク閉鎖」への不安が高まっている。タクシン元首相派と反政府派の対立は家族や友人、職場の人間関係をもむしばむ。おおっぴらに政治的な意見をいえない重苦しい空気が社会を覆う。

 ■家族・同僚同士で批判
バンコクの土木技術者のエーさん(33)は最近、3歳年上の姉と口をきかなくなった。昨年11月からデモに参加する姉は、反政府派「人民民主改革評議会」(PDRC)の正しさを力説するが、エーさんは選挙を否定するPDRCを理解できない。

デモに向かう姉に「政治的に利用されないように気をつけてね」と言うと、姉の顔色が変わった。「あなたに何がわかっているの!」。そんな姉を見るのは初めてだった。

都市中間層には反政府デモを行う反タクシン派が多い。エーさんの同僚の多くは、12月9日の総決起デモに職場を離れて参加。疑問を呈すれば「腐敗したタクシン派の一味」と批判される。ソーシャルメディアでは、異論を唱えて「友達削除」されることも多い。

銀行員のファーさん(33)は、無料通話アプリ「LINE(ライン)」で同僚の書き込みを見るのがつらい。「選挙をすればタクシン氏が内閣を選ぶ。(反タクシン派の)ステープ氏が任命した方がましだ」――反タクシン派の同僚は盛り上がり、読むに堪えないコメントが躍る。

教師ヤーさん(41)はフェイスブックで親族の男性と衝突した。12月5日の国王誕生日を前に「この日ぐらいはデモをやめては」と書き込むと、男性は「悪いのは赤シャツ(タクシン派)だ。ものを言う相手が違う」。「私は中立」と言うヤーさんに男性は気色ばんだ。「もう中立なんてない。どちらかにつけ」

 ■都市中間層、募る怒り
2006年の軍事クーデターで当時のタクシン政権が崩壊して以来、タクシン派と反タクシン派の対立は繰り返され、社会の分断が深刻になっている。

今回は、国外逃亡中のタクシン氏の帰国に道を開く恩赦法案を政権与党が無理に成立させようとしたことが起点となった。政治色の薄かった都市のホワイトカラー層も怒りを覚えてデモに参加。法案は否決されたが、デモは政権打倒に目的を変えて続いた。

デモを主導するステープ元副首相の主張の根幹は「選挙をすれば、金で買った票で再び腐敗したタクシン体制が戻ってくる」というもの。都市中間層が共感するのはなぜか。「タクシン氏にないがしろにされた都市住民が受けた衝撃」。歴史家ニティ・イアオシーウォン氏はそう見る。

同氏によれば、タイ政治は、都市住民(財閥やエリートなどの支配層)の声に逆らわないように執り行うものだった。しかし、タクシン氏は貧しい地方に本格的な支持基盤を築き、安価な医療制度や農業補助金といった低所得層に手厚い政策を進めた。恩恵は中間層にあまり及ばなかった。

一方でタクシン氏は規制緩和を進めて既得権益に切り込み、中間層は強い警戒心を持った。ニティ氏は「都市と地方のインフラや教育の格差ははるかに平準化している。しかし、都市エリートは、多数派である地方の人びとの政治への新規参入に扉を開くことができない」と指摘する。【1月11日 朝日】
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それでも容認できない選挙否定
12月23日ブログ「タイ 反政府デモの「選挙の否定」に透ける“危うさ”」などでも再三とりあげているように、反政府派の総選挙を否定する考えの背後には、“教育水準の低い東北人”がカネで買収されている、あるいは彼らには正しい政治判断ができない・・・という発想があり、やはり非民主的な“蔑視”と言わざるを得ません。

もとより、選挙や民主主義は“正しい政治”を保障するものではありませんが、軍部クーデターや司法クーデターに依拠する政治、あるいは、国王の政治介入を前提とした政治などよりは、より危険の少ない政治システムであると考えます。

かつてブータンで選挙を初めて行った際、国王に深い敬愛を寄せる国民からは、民主主義の概念に不安を抱き「今のままの王制でいい」という意見が出されました。
そんな国民に国王自ら投票に行くよう呼びかけ、また、ワンチュク前国王は「今日の国王は良き君主でも、もし悪しき君主が現れたらどうするのだ?」と人々を諭したと言われています。

選挙を否定して、一体何に国家と国民を託そうとするのか・・・“危うい”としか言いようがありません。
12月23日ブログに対しては以下のようなコメントをいただいています。

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もはや選挙だけでは収拾がつかない事態か。 (YK)
2014-01-08 15:01:44
タイは歴史を見ても西欧の価値観で図れるような状況下の国ではないといえる。
残念だが今後も単純に選挙の多数決だけでは決まらない状況がくりかえされるだろう。
また現況で選挙を行っても結果がどうであれ混乱は収まらないと思える。
今、タイの選挙管理委員会が延期をすすめるのは当然かもしれない。私見だがひとつの混乱の原因は初期にタクシン派の王制廃止をちらつかせた姿勢が徹底した反タクシンをより大きくした根本原因があるような気がする。
(タクシン氏の亡命などの様子を見るに中国などの思惑も明らかに絡んだと考えられる。少なくともタイの反現政府の人たちにより一層の疑心を持たれた。)
ここまで来るとタクシン家そのものがタイの政治から離れない限り次の道は開かれないと思われるがいかがだろう。
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タクシン元首相の王制廃止云々については、詳しいところは把握していません。
当然、新興勢力としてのタクシン元首相と、既成エリート層としての王室関係者・枢密院の権力闘争的対立はありました。軍のクーデターの背後には枢密院勢力があったと言われています。
海外亡命中にも王室改革発言が不敬罪にあたるとして問題になったこともあります。

****タクシン元首相、王室改革の必要性を強調。政府、不敬罪適用を視野に(タイ****
9日付けの英紙タイムズ(インターネット版)のタクシン元首相へのインタビュー記事において、タクシン氏が述べたタイの王室に関する見解が大きな波紋を呼んでいる。

インタビューの中でタクシン氏は、自身の政権を追放した2006年の クーデターについて、これは国王の諮問機関である枢密院などの王室関係者によるものであると述べた。

その上でタイの王制についてタクシン氏は、タイ人にとって国王は神も同然であり、王制は必要なものだが、すべての組織は法の下にある立憲君主制の体制づくりが重要であるとした。

そのため、王室の側近が王制を乱用するような現状はよくないとして、枢密院や国王側近を批判し、王室の改革の必要性を述べたのである。

こうしたタクシン氏による、タイ王国ではいわばタブーとされている王室問題に関する発言を受けてアピシット首相は、発言は王室を冒とくするものであり、不敬罪の適用を検討するとしている。

それに対しタクシン氏は、英紙タイムズに実際に掲載されたインタビュー記事は、わい曲されていると釈明している。【2009年11月11日 TechinsightJapan】
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タクシン元首相は“わい曲されていると釈明している”とのことですが、上記内容に関するかぎりはしごくまっとうな意見とも思われます。
王室側近の政治介入を排して、日本の皇室のようなシステムに近づけるような方向かとも思われます。
タイでは不敬罪にあたるのでしょうが、タイでも、日本でも、王室・皇室に関する議論をタブー視する方向は“危険”です。それは王室に対する敬愛とは別物です。

各国には各国の歴史・価値観があるのは当然ですが、選挙に基づく民主主義を否定するようなものに逃げ込むのではなく、民主主義を土台にして各国の歴史・価値観を生かしていくべきものと考えます。
タイは西欧的価値観では図れないので・・・ということを安易に認めては、タイ民主主義の前進もないように思われます。軍や国王など、外部の権威に頼る状況が続きます。

タクシン家の存在が国民和解の妨げになっているという点では同感です。
涙目で訴えるインラック首相にはひかれるものもありますが、取り巻き連中を含め、政権がタクシン元首相の傀儡であることは間違いないでしょう。

与党には、タクシン一族を外して総選挙にいどむ姿勢が求められます。
タクシン派内部にもタクシン氏と一定の距離を保つ動きもあるようです。

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恩赦法は下院では今月1日に野党のボイコットを押して強行採決され可決した。このとき与党議員は全員賛成票を投じたものの、内心では反対の議員も多かった。
実際タクシン派の中心的な実動部隊「赤シャツ隊」はこの法案に反対し、下院での採決を前にタクシンの「適切な」な復帰を望むと声明を発表。恩赦で罪を水に流すことを暗に批判した。【11月19日号 Newsweek日本版】
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