孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アメリカ  相次ぐ最高裁の保守的判断 トランプ前大統領がもたらした「大きな2日間」

2023-07-01 23:41:30 | アメリカ

(【2022年1月18日 週間エコノミストOnline】 父ブッシュ時代のトーマス判事が就任したのは1991年です。
一番若いバレット判事は51歳ですから、あと三十数年は判事を務めるかも)

【相次ぐ最高裁の保守派の考えに沿った判断 トランプ氏「私が連邦の司法を変えた」】
保守化するアメリカ社会に関する昨日ブログ“アメリカ 保守化する社会 反ESG運動、中絶・LGBT・アファーマティブ・アクションへの規制強化”の続きみたいな話です。

保守化の流れを制度的に後押ししているのが司法、特にトランプ前政権時代に判事構成が大幅に保守化した最高裁の判断です。

日本の司法は行政に対する違憲判断に慎重で「現状追認」的なところが多々ありますが、アメリカ最高裁は絶大な力を有しており、現状を覆すことに躊躇しません。

アメリカでは、政治的に対立する問題が司法の場に持ち込まれ、最高裁判断で結着することが多々あります。その判断次第で、流れが大きく変わることも。1年前の人工中絶に関する最高裁判断もそうした事例のひとつでした。

6月29日、30日の二日間で、これまでの判断を覆して保守的主張に沿う最高裁判断が相次いでいます。

アメリカ大統領の最大の仕事は、自派に沿う考えの最高裁判事を送り込むことだとされています。
政策的決定は政権が変わると、あるいは議会構成が変わると覆されることにもなりますが、最高裁判事は終身制で本人が死去または自ら引退するまでその地位を保証され、弾劾裁判以外の理由では解任されることはありません。

いったん任用されれば、対立事案の最終決定に対する影響力は、10年、20年と持続します。
その点で3名の保守派判事を送り込み、最高裁判事のバランスを大きく変えたトランプ前大統領は、まさに大きな“業績”を残したと言えます。

****トランプ氏「私が司法を変えた」とアピール 相次ぐ保守的判断に****
トランプ前米大統領は6月30日、東部ペンシルベニア州フィラデルフィアで演説し、連邦最高裁で29、30日に保守派の考えに沿った判断が相次いだことを「大きな2日間だった」と歓迎した。

トランプ氏が在任中に保守派の判事3人を指名したことで最高裁の保守化が加速しており、2024年大統領選の共和党候補指名獲得に向けて「私が連邦の司法を変えた」と保守層にアピールした。

トランプ氏は保守系の教育団体「マムズ・フォー・リバティー」主催のイベントで演説し、大学の入学選考で黒人らを優遇する措置を制約する29日の判断を「能力に基づく教育制度に戻した」と評価した。
バイデン政権の学生ローン減免措置を無効とした30日の判断も「数千億ドルの借金を帳消しにさせなかった」と称賛。

宗教的信条を理由にした同性カップルへのサービス拒否を認めた判断も「信仰の自由を支持した」と述べ、聴衆の拍手を浴びた。

最高裁判事(9人)はトランプ政権以前も保守派が5人を占めていたが、保守派の中でもロバーツ最高裁長官やケネディ判事が中道的な立場を示してバランスをとることがあった。

トランプ氏は在任中、退任したケネディ氏や死去したリベラル派のギンズバーグ判事の後任にいずれも保守派を指名。6対3で保守派が圧倒的に優位になり、49年ぶりに憲法判断を覆して州による人工妊娠中絶の禁止を容認するなど保守化が進んだ。【7月1日 毎日】
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その評価は立場によって異なりますが、トランプ前大統領が「私が連邦の司法を変えた」こと、その結果、アメリカ政治・社会にとてつもなく大きな影響力を残したことは事実です。保守派からすればまさに「偉大な業績」です。

【大学入試での積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)を認めない】
“連邦最高裁で29、30日に保守派の考えに沿った判断が相次いだ「大きな2日間」”について、個別に見ていくと、29日には入学選考で黒人らの出願者を優遇する積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)を認めないと判断がありました。

****米最高裁、大学の人種優遇認めず 入学選考「差別」保守系団体訴え****
米最高裁は29日、ハーバード大などの入学選考で黒人らの出願者を優遇する積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)を認めないと判断した。米メディアが伝えた。アジア系に不利で「差別だ」と保守系の学生団体が訴えていた。措置は多様性確保のため1960年代から多くの大学で導入されており、他の大学にも影響が広がりそうだ。

訴訟の対象になったのはハーバード大とノースカロライナ大。提訴した学生団体は私立のハーバード大について、連邦政府の資金支援を受けながらアジア系の出願者を差別し、公民権法に反すると主張。公立のノースカロライナ大に関しては、合衆国憲法の「法の下の平等」に反すると訴えていた。【6月29日 共同】
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積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)は、公民権運動が高まった60年代に多様性を確保するため導入されたもので、最高裁は1978年に合憲としていました。

今回、最高裁は「入学選考で人種を考慮することは、非常に厳しい制約の中でのみ許容される」と述べ、積極的差別是正措置は限定的に運用するよう求めています。

同様の措置は政府や企業が職員を雇用する際に取り入れており、影響が広がることが予想されています。

バイデン大統領は「数十年続いてきた判例を覆した。強く反対する」と演説し、教育省に対応措置を取るよう命じています。

違憲判断は、最高裁の9人の判事のうちロバーツ長官ら保守派6人による多数派意見でした。

「大学が能力ではなく、肌の色が基準になるとの誤った結論を下してきた。憲法はそのような選択を容認しない」(ロバーツ長官)との考えはまっとうな考えのようにも思えますが、話は単純ではありません。

現に“肌の色”によって大きな格差が存在する社会にあって、社会の多様性を大学にも反映させていくことが重要ではないのか・・という考えもあります。

そうでないと、現在の格差を結果的に固定化していくことにもなりかねません。
日本でも、教育環境の格差が「富める者の子供は教育環境にも恵まれ、高い教育を受ける機会を得て、やがて高収入の仕事につく。その逆は・・・」という現象があります。

入試におけるアファーマティブ・アクションではなく、他の方法で“社会の多様性を大学にも反映させていく”試みもなされてもいますが、現実問題として効果をあげていません。

****米大学、人種優遇なしで多様性を確保できるか****
人種を考慮した入学選考を既に禁止している9州では、黒人とヒスパニック系の学生の割合が低い傾向

米連邦最高裁は、大学はもはや入学者の選抜において人種を考慮することはできないとの判断を下した。各大学はその代わり、それほど直接的でない手段を通じて人種的な多様性の確保を図ることができるのだという。経験則に基づけば、それは困難な道のりになるだろう。

カリフォルニア、オクラホマ、ミシガン、テキサス、フロリダ、ニューハンプシャーを含む9州は既に、人種に配慮した大学入学選考を禁止している。それは主に有権者主導の取り組みの結果だ。これらの地域の一部にある難関校は、所在地各州の人口構成を反映することに熱心に取り組んでいると説明する。多様な人口が学生の教育経験を豊かなものにするという考えがその理由の一つだ。

これらの大学はさまざまな新しい入学選考方法を導入するとともに、人種的マイノリティー(少数者)の地域で学生の募集活動を拡大したり、社会経済的地位など人種に代わる選考基準を検討したりするなど、黒人やヒスパニック、先住民の学生数を増やすために他のアプローチを強化した。しかし、各校とも目標を達成することは総じてできなかった。(中略)

こうした取り組みが期待通りの成果を上げていない理由の一つには、大学が人種に代わるものとして、まず社会経済的地位に注目しがちなことがある。人種的少数派と低所得層の学生には大きく重なる部分があるからだ。

しかし、それは欠陥のある指標だ。低所得の白人の世帯数は、低所得の黒人とヒスパニックの世帯数を足した数より多い。

全ての高校の成績上位者に入学を保証するというアプローチもある。この手法だと、黒人やヒスパニックの占める比率が高い学校でないと、そうした学生の入学数が増えない可能性がある。多様な学生がいる高校では、あまり効果がない。

資源の乏しさが取り組みを複雑にさせている。一部の学校は、多くの低所得層の学生に経済的支援を提供できるほどの予算がないと述べる。最も人気の高い大学は、学校の規模による制限を受ける。(後略)【6月30日 WSJ】
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【宗教的信条を理由に同性婚カップル向けのウェブサイト制作を拒否する主張を容認】
最高裁判断の二つ目。宗教的信条を理由に同性婚カップル向けのウェブサイト制作を拒否する主張を容認しました。
性的指向に基づく差別を禁じることと、言論や信仰の自由の兼ね合いの問題です。

****アメリカ最高裁、同性婚サイトの制作拒否を支持「言論の自由」****
米連邦最高裁は6月30日、宗教的信条を理由に同性婚カップル向けのウェブサイト制作を拒否するという西部コロラド州のウェブデザイナーの主張を支持する判決を出した。同州には性的指向に基づく差別を禁じる州法があるが、言論や信仰の自由を定めた憲法修正第1条によってデザイナーは望まないサイトの制作から保護されるとの判断を示した。

同州の反差別法は、一般に開かれた事業主に対し、「人種、信条、障害、性的指向」などに基づいて商品やサービスの「完全かつ平等」な提供を拒むことを禁じている。これに対し、結婚用サイトの制作などに事業拡大を考えているデザイナーが、州法によって同性愛者のためのサイト作りを強制されたくないとして訴訟を起こしていた。

判事9人のうち、ロバーツ長官ら保守派6人がデザイナーを支持し、リベラル派3人が反対した。ゴーサッチ判事による多数派意見は「コロラド州はその見解に沿うような発言をさせ、重大な問題に関して個人の良心に背くことを強制しようとしている」と指摘。「憲法修正第1条の保護は、全ての人が望むように自由に考え、発言できる米国を想定している」と記した。

バイデン大統領は声明を出し、「この判決が、性的少数者の米国人に対する差別を助長することを深く懸念する」などと失望を表明。性的少数者らの権利保護を強化する連邦法の可決を議会に呼びかけた。【7月1日 毎日】
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2015年にも、法律で認められている同性婚の結婚証明書の発行を「神の権限で拒否する」というケンタッキー州の郡担当者が話題になりました。

今回、反対意見を執筆したソニア・ソトマイヨール判事は「憲法には、気に入らないグループにサービスを拒否する権利は書かれていない」として、今回の判決があらゆる事業に適用され、LGBTなど性的少数者の平等実現に向けた運動に対する「反発」に利用される恐れがあると指摘しています。

「思想・信条に基づき、LGBTのような連中にかかわるのは嫌だ!」というのが認められるのなら、性的少数者の立場は非常に険しいものになるでしょう。

【大学学費ローンの返済一部免除策は無効】
「大きな2日間」、最高裁判断の三つ目は、バイデン政権が掲げていた大学学費ローンの返済一部免除策は無効との判断です。

アメリカでは大学の学費高騰が社会問題になっていて、バイデン大統領は去年8月、連邦政府が提供する学生ローンについておよそ4300万人を対象に1人あたり1万ドル=およそ144万円の返済を免除すると発表していました。

返済免除をめぐり、バイデン政権は新型コロナで経済的に打撃を受けた中間層への重要な救済策だと主張する一方、共和党はすでにローンの返済を終えた人や大学に進学しない人にとって不公平だと反対していました。

****米最高裁、学費ローン免除は無効と判断 バイデン政権に痛手****
米最高裁は30日、米バイデン政権が掲げていた大学学費ローンの返済一部免除策は無効との判断を示した。判決は6対3だった。来年の大統領選で再選を目指すバイデン氏にとって政治的後退となる。

バイデン政権は2022年8月にこの計画を発表した。対象となる学生ローンは4300億ドルに上り、2600万人が免除を申請している。

これに対し、保守色が強いアーカンソー州、アイオワ州、カンザス州、ミズーリ州、ネブラスカ州、サウスカロライナ州の6州が提訴していた。共和党内からは、大学教育を受ける一部の人のみを優遇するもので行政権の逸脱だなどの批判が噴出した。

これを受けてバイデン氏は「今日の判決で一つの道が閉ざされた。これから別の道を歩む」と最高裁の判断を非難。学費ローンの返済減免に向けた一連の新たな措置を発表するとともに、免除に反対する共和党を批判した。

バイデン政権は高等教育法に基づく権限を使って学費ローンの免除を行っていく方針。【7月1日 ロイター】
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エコノミストには、学生ローンの返済再開は個人消費に大きな影響を与えるとの予想もあり、年後半とみられていた景気減速が前倒しされる可能性が出てきたとも。【7月1日 ロイターより】

【バイデン大統領 判事の増員には否定的】
こうした一連の最高裁判断の保守化は予想されていたことです。今後も続くでしょう。
民主党の一部議員からは最高裁判事を増員(現在9名)して、その(保守・リベラルの)構成を変えるべきだとの声もありますが、バイデン大統領は否定しています。

****バイデン氏、最高裁判事増員に否定的 人種優遇の違憲判断には懸念****
バイデン米大統領は29日、連邦最高裁が大学の人種を考慮した入学選考を違憲と判断したことを受け、悪影響に懸念を示したが、民主党の一部議員が主張する判事の増員には否定的な立場を示した。(中略)

バイデン氏はMSNBCに対し、最高裁の「悪影響が大きすぎるかもしれないが、増員の取り組みに着手すればおそらく最高裁を恒久的に政治化することになり、それは健全ではない」と述べた。

また、最高裁の価値体系は異質で受容性があまりないと指摘した。

民主党のリベラル派議員は、保守派判事が多数を占める最高裁の現行体制を転換することも念頭に判事増員を求めているが、党内や政権内で支持は広がっていない。(後略)【6月30日 ロイター】
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判事増員に手をつけると、まさに司法の政治化になってしまいますので、国民理解も得にくいでしょう。

行政・立法に対する司法のチェックが重要なのは言うまでもありません。
ただ、民意を反映したはずの政府・議会で議論された政策判断の多くが、結局最高裁判事9名の考えで白にも黒にもなる、その最高裁判事はたまたま空きが出たときの政権の意向を反映したものとなりがちで、10年・20年、場合によっては30年以上固定化される・・・というアメリカの現状の評価は難しいものがあります。

最高裁判断を批判している人も、もし立場が逆なら・・・・保守的な政権の施策にリベラルな傾向の司法が歯止めをかけるといった状況なら・・・どうでしょうか?

終身制というのは問題があるかも。最長10年とかの任期を設けて流動性を高めた方がいいようにも。
アメリカ建国時とは人の寿命も社会情勢も大きく変わっています。

もちろん党利党略による判事任用を行わないというのが重要ですが、政治に良識を求めても無駄なところも・・・・。

民主主義や三権分立を含め、完全無欠な政治体制などあり得ないので、あとはどううまく運用していくかですが・・・。
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