(「果物の王様」と呼ばれるドリアンの消費大国・中国が、ベトナムやフィリピンからの輸入を相次いで許可するなど調達を拡大している。ベトナム政府は中国政府が将来、輸入規制で揺さぶりをかけるシナリオを警戒し、コメから転作しようとする生産者に「待った」をかけている。(中略)
ベトナムではコメなどから転作する動きが広がっているが、ベトナムメディアは3月、ベトナム政府が「際限のないドリアン生産」を警告したと報じた。ベトナム政府は「過剰供給など予期せぬ結果につながりかねない」と懸念しているという。
ベトナム政府が懸念する背景には、中国がこれまで政治的思惑から農産物輸入を突然停止するケースがあったことへの危機感がある。2021年には「害虫の検出」を理由として、台湾産パイナップルの輸入を止めた。
中国とベトナムは南シナ海で領有権を争っている。「中国は輸入の可否をある種の『武器』のように使っている」(ベトナム外交筋)との見方もあり、過度な中国依存を避ける思惑もあるようだ。【5月30日 読売】)
【歴史的にみるとベトナムは中華文明の一翼を担う東アジアの国 対中国で腐心するのは他の周辺国と同じ】
中国に隣接する日本など周辺国は、経済的・文化的につながりが深いものの、中華思想的な自己主張が強く、ときに厄介な国でもあるこの「大国」との付き合い方に腐心しています。
最近、韓国の中国に対する好感度が対日本以上に悪いことはこれまでも折に触れ取り上げてきました。
北朝鮮にしても、朝鮮戦争以来の「血の同盟」「血の絆」とは言っていますが、その実体は・・・。何かにつけて上から目線の対応をしがちな中国に対する反感は金一族など政権指導部や一般市民でも相当なものがあるようです。ただ、中国の支援が国家存続に不可欠という現実もあって、その対応は微妙、かつ、状況に応じて変化します。(金日成氏は中国を毛嫌いしていたと言われていますし、金正恩政権も親中派の張成沢を粛清した頃は「中国は千年の敵」と言っていました)
中国国内の内モンゴル自治区に同胞を持つモンゴルと中国の関係も微妙。内モンゴルにおける同化政策強化に対する反感がモンゴルで拡大すると、王毅国務委員兼外相(当時)がモンゴル訪問時(2020年9月)に、口出し(干渉)しないよう経済制裁もちらつかせて警告するなども。
ベトナムも同様。
歴史的経緯もあって中国への強い反感は他国同様で、南シナ海の領有権争いでも反中国の先頭に立つベトナムですが、深い経済的関係、1979年の中越戦争のように砲火を交える事態となる危険性もあることなどから、その対応は慎重。国内の反中国感情が行き過ぎるとこれを抑制することも。
そもそも、日本ではあまり意識されませんが、ベトナムは日本と同じく漢字文化圏であり儒教文化圏でした。歴史的にみると中華文明の一翼を担う東アジアの国であり、ベトナム特有の対中国感情を有しているようです。
****中国と「対等かつ独立した存在」と考えるベトナム人の誇り「南国意識」とは何か****
<自分たちこそが中華文明の正しい継承者であるとする、ベトナム人の自負について。『アステイオン』98号の特集より「ベトナム──誇り高き南の中華」を一部抜粋する>
(中略)
ベトナムにとって最重要の大国とは
結論から述べる。ベトナムにとって最重要の〝大国〟とは北で隣接する中国である。今日のベトナムは多方面外交を基調としているが、政治外交分野において最重要の二国間関係はと問えば、それは対米関係でもなければ対日関係でもない。
歴史的にみてベトナム国家の存立基盤はひとえに対中関係の安定化にかかっている。
経済分野においても中国の存在感は今や圧倒的である。ジェトロ作成の2022年速報データによると、ベトナムの輸入相手国の1位は中国である(2位が韓国、3位が日本、4位が台湾、5位がアメリカ)。
輸出相手国こそ1位をアメリカが占めるが、2位は中国である(3位が韓国、4位が日本、5位が香港)。
中国は輸出入ともに数値を年々上げてきており、国内経済の動向が中国経済の動向に大きく左右され始めている点では東アジアの日本や韓国と似たような状況になりつつある。
文化面ではどうであろうか。ベトナムという国名がそもそも「越南(ヴィエッナーム)」と漢字表記が可能なように、ベトナムは伝統的に漢字文化圏かつ儒教文化圏に属した。これは紀元前2世紀から紀元10世紀までの間、1000年以上にわたる中国の歴代王朝による支配に多大な影響を受けたからである。
独立を達成した後においてもベトナムの各王朝は中華帝国の冊封体制下の朝貢国であり続けた。19世紀後半から20世紀の半ばまでフランスによる約100年の植民地支配を経験したが、国民各層において漢字と儒教の影はなお色濃く残った。
たとえば、高等文官採用のための国家試験である科挙については、フランス植民地体制下においても1919年まで実施されており、〝本場〟である中国(1905年廃止)よりも遅くまで続いた。
このように、ベトナムでは政治・経済・文化のあらゆる面で中国(および中華文明)のファクターが浸透しており、これを抜きにベトナムを対象とした人文社会の諸科学研究を進めることはまずもって不可能である。
ベトナムはASEANのメンバーであり東南アジアの一国として自他ともにカテゴライズしてしまいがちだが、歴史的にみると中華文明の一翼を担う東アジアの国であった。
国際社会における中国のプレゼンスが極限にまで高まりつつあるなかで、日本や韓国とも経済的つながりのあるベトナムが東アジアのなかに自身の立ち位置を再確認する場面は今後ますます増えてゆくことだろう。(中略)
誇り高き人々
中国はよくメンツ(面子)の国であると言われる。これは中国に留まらず、日本や朝鮮半島も含めて、儒教とりわけ朱子学の影響を強く受けた東アジアに顕著な特徴である。ベトナムもその例外ではない。
これは著者の個人的経験に基づく全くの主観ではあるが、メンツへのこだわりは中国人よりも韓国・朝鮮人やベトナム人のほうがむしろ強いのではとの印象さえある。(中略)
ベトナム人のかくも高きプライドは前近代の封建王朝の時代に各社会階層における儒教の浸透とともに醸成され、最後の独立王朝となった阮(グエン)朝の時代(1802年~1945年)に頂点を迎えた。
阮朝の歴代皇帝とその周囲においては、同時代の清朝を満州族による(漢民族ではない)〝夷狄〟の王朝であると侮蔑し、自分たちこそが中華文明を正しく継承しているのだと自認する傾向がみられた。
そもそも儒教で理想とされる古代中国の都市国家「周」は小さかったのであるから、領土の小さいベトナムこそが純粋に儒教の教えを守っているのだとの自負さえあった。これは同時代の朝鮮王朝にもみられたいわゆる「小中華思想」である。
このベトナム版中華意識のことをベトナム史研究では「南国意識」とよぶ。〝北国〟である中国に対して、〝南国〟であるベトナムは文明的に対等かつ独立した存在であるとする国家意識である。
これぞすなわち、ベトナム人の誇り高きメンツの淵源である。【6月14日 牧野元紀氏(東洋文庫文庫長特別補佐) Newsweek】
********************
【昨年10月にはチョン書記長訪中で関係強化】
経済的な中国とのつながりは上記のとおりですが、人的にも“ベトナムには、2019年時点で75万人の中国人が住んでいました。この数字は日本の2万人、韓国の20万人と比較しても圧倒的に多いことがわかります。”【7月7日“【巨大な隣国】ベトナムと中国の関係について” CRE倉庫検索】といった強い関係があります。
そうした中国との強い関係を背景に、2022年10月末にベトナムのチョン書記長が訪中し、コロナ禍にあって習近平国家主席との異例の会談を行っています。
****習国家主席がベトナム書記長と会談、サプライチェーン構築などで協力****
中国の習近平国家主席は10月31日、北京市でベトナム共産党のグエン・フー・チョン書記長と会談した。
中国外交部の発表によると、双方は「四好精神」(注1)と「16字の方針」(注2)を堅持し、伝統的な友好関係を固め、戦略的コミュニケーションを強化するとした。
また、政治的な相互信頼を深め、意見の不一致の適切な管理を進め、新時代の両国間の全面的な戦略的協力パートナーシップを新たな段階に引き上げることで一致したとしている。
習国家主席は、経済面では両国間で安定した産業チェーン・サプライチェーンシステムを構築し、中国の技術集約的企業がベトナムへ投資することを奨励するとした。また、医療・衛生、グリーン発展、デジタル経済、気候変動対応分野での協力を深めるとした。
会談を受けて、11月1日付で「中越の全面的な戦略的協力パートナーシップのさらなる強化と深化に関する共同声明」が発表された。上記の協力のほか、ベトナムとの貿易不均衡緩和のために、ベトナムから中国側へのサツマイモ、かんきつ類、ツバメの巣などの輸入、中国からベトナム側への乳製品の輸入について市場アクセスを進めるとした。
また、南シナ海の状況について、2011年の「中国・ベトナムの海上問題解決指導の基本原則に関する合意」を引き続き順守するとともに、各自の主張・立場に影響しない過渡的、臨時的な解決方法を協議するとした。その上で、双方が受け入れることができる基本的かつ長期的な解決方法を探り、国際法に適合する「南シナ海行動基準」の合意を目指すとした。ベトナム側が「一つの中国」原則を支持することも盛り込まれた。(中略)
(注1)「良い隣人、良い友人、良い同志、良いパートナー」の関係。中国語では全て「良い」という意味の「好」という文字がつく。
(注2)「長期安定、未来志向、善隣友好、全面協力」という方針。中国語で16文字で表現されている。【2022年11月04日 JETRO】
********************
【南シナ海等では中国を警戒 アメリカとの関係も強化】
ただ、繰り返すようにベトナムの中国への対応は、上記のような関係性重視と警戒感の両にらみです。
中国への警戒感は、特に南シナ海問題で先鋭化します。
****「バービー人形」実写化の新作映画 ベトナムで上映禁止に 映画に登場する「南シナ海の地図」が原因 中国主張の領有権含まれる****
「バービー人形」をモチーフにしたアメリカの新作映画について、ベトナムでの上映が禁止されました。映画に登場する「南シナ海の地図」が原因だということです。
映画「バービー」は、着せ替え人形の「バービー」を実写化したコメディ作品です。豪華俳優陣が出演することもあり、アメリカでこの夏、期待される映画のひとつとされ、今月21日にはベトナムでも公開予定でしたが、ベトナム国営メディアは3日、当局が国内での上映を禁止したと伝えました。
映画には「南シナ海の地図」が登場しますが、この中に中国側が領有権の範囲として主張する線の「九段線」が含まれていたとされ、南シナ海の領有権を争うベトナム側が反発した形です。
ロイター通信などによりますと、ベトナムでは過去にも同じような地図を作品に用いたとしてアメリカやオーストラリアの映画・ドラマが禁止されています。【7月4日 TBS NEWS DIG】
映画「バービー」は、着せ替え人形の「バービー」を実写化したコメディ作品です。豪華俳優陣が出演することもあり、アメリカでこの夏、期待される映画のひとつとされ、今月21日にはベトナムでも公開予定でしたが、ベトナム国営メディアは3日、当局が国内での上映を禁止したと伝えました。
映画には「南シナ海の地図」が登場しますが、この中に中国側が領有権の範囲として主張する線の「九段線」が含まれていたとされ、南シナ海の領有権を争うベトナム側が反発した形です。
ロイター通信などによりますと、ベトナムでは過去にも同じような地図を作品に用いたとしてアメリカやオーストラリアの映画・ドラマが禁止されています。【7月4日 TBS NEWS DIG】
****************
こうした南シナ海での中国進出を警戒する立場から、ベトナムはアメリカなどとの関係を強め、中国を牽制しています。
****ベトナムに相次ぎ日米艦 結束アピール、中国けん制****
米原子力空母ロナルド・レーガンが25日、南シナ海に面するベトナム中部ダナンに寄港した。事実上の空母化を目指す海上自衛隊の護衛艦「いずも」も23日まで同国に停泊している。相次ぐ寄港で日米の結束をアピールし、南シナ海の領有権をベトナムと争う中国をけん制する狙いがありそうだ。
日米の両艦はベトナム入り前の10〜14日、沖縄南方から南シナ海でフランス軍やカナダ軍との海上共同訓練に参加。南シナ海問題に関与する姿勢を強く打ち出した。
ロナルド・レーガンは30日まで寄港し、米海軍はダナン市内の児童養護施設慰問や楽団のコンサートといった交流プログラムを実施する。【6月25日 共同】
********************
アメリカ・ブリンケン米国務長官は4月15日にベトナムを訪れ、首都ハノイで共産党のグエン・フー・チョン党書記長らと会談、南シナ海や台湾海峡で軍事活動を活発化させる中国への警戒感を背景に、安全保障協力や二国間関係の強化を協議しました。
【共産党一党支配という現実も】
かつて、あれほど激しく戦ったベトナムとアメリカの関係強化・・・当初は違和感もありましたが、最近ではごく普通のことにもなりました。
日本についても、戦後のアメリカとの良好な関係は他国から見れば奇妙なものがあるのかも。ベトナムの場合も、それと似たようなものか?
ただ、ベトナムの場合、共産党一党支配体制のもとで政府の方針に反することは厳しく禁じられているという事情もあります。本音としてベトナム戦争時の恨みを感じている人も、政府がアメリカとの関係を強めると言えば、反対はできません。(ベトナム政府は、対中国・対アメリカなどの対外政策は極めて現実的です。利があるならどんな相手とでも手を結ぶ・・・厳しい戦争を生き抜いた現実主義でしょうか)
****報道の自由度ランキング、ベトナムはワースト3位に後退****
言論・報道の自由の擁護を目的としたジャーナリストによる非政府組織「国境なき記者団」(本部:フランス・パリ)は、「2023年度 世界報道自由度ランキング(World Press Freedom Index 2023)」を発表した。
ベトナムは前年から4ランク後退し、180か国・地域中178位だった。日本は前年から3ランク上昇の68位。
同ランキングは、世界各国・地域における報道の自由度をランキング化したもの。政治的背景、経済的背景、法的枠組み、社会的背景、安全性の5つの指標に基づいて指数を採点している。
今年度のランキングでは、前年と同じくノルウェーが1位に立った。続いて、2位:アイルランド、◇3位:デンマーク、◇4位:スウェーデン、◇5位:フィンランドの順。
ベトナムは前年から4ランク後退し、180か国・地域中178位だった。日本は前年から3ランク上昇の68位。
同ランキングは、世界各国・地域における報道の自由度をランキング化したもの。政治的背景、経済的背景、法的枠組み、社会的背景、安全性の5つの指標に基づいて指数を採点している。
今年度のランキングでは、前年と同じくノルウェーが1位に立った。続いて、2位:アイルランド、◇3位:デンマーク、◇4位:スウェーデン、◇5位:フィンランドの順。
ワースト1~5位は、最下位が北朝鮮で、これに中国、ベトナム、イラン、トルクメニスタンが続いた。(後略)【5月5日 VIET JOE】
*********************
日本に実習生としてやってくるベトナム人は最多で、また、日本からも多くの人がベトナムを観光・ビジネスで訪れますが、少なくとも観光客にあっては、上記のようなベトナムの厳しい政治事情はあまり認識されていません。(私も観光で何回か訪れていますが、観光している分には、共産党一党支配を感じることは先ずありません)