孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

スウェーデン  コーラン焼却事件でイスラム諸国に広がる反発 表現の自由と宗教的価値観の衝突

2023-07-23 23:27:17 | 国際情勢

(20日、ストックホルムのイラク大使館前で、イスラム教の聖典コーランを手にするイラク難民サルワン・モミカ氏(EPA時事)【7月22日 時事】)

【ストックホルム警察 “集会を開くことに許可を与えるのであって、集会の中で行われる活動に許可を与えるのではない】
スウェーデンでのイスラム教の聖典コーランを焼却するという抗議行動が、イラク・イランなどのイスラム世界の反発を惹起しています。

イスラム諸国は、単に“燃やす”だけでなく、そうした行為が当局によって許可されたことに対して、スウェーデン政府への批判を強めています。

コーラン焼却はこれまでもあったことですが、6月末というスウェーデンのNATO加盟をめぐってトルコの賛同を必要としていた時期だけにその影響が懸念されました。

****モスク前でのコーラン焼却デモを許可 スウェーデン警察****
スウェーデン警察はイスラム教の犠牲祭(イード・アル・アドハ)の3連休初日に当たる28日、首都ストックホルムの主要モスク(礼拝所)の前でイスラム教の聖典コーランを燃やすデモを許可したと発表した。

焼却に伴う治安上のリスクが懸念されるものの「現行法下で(デモ)申請の却下を正当化できる性質のものではない」としている。

スウェーデンでは今年1月にトルコ大使館の前でコーランが焼かれたことをきっかけに、数週間にわたる抗議デモが発生。スウェーデン製品のボイコットが呼び掛けられたり、トルコ政府の態度硬化で北大西洋条約機構加盟プロセスのさらなる停滞が生じたりした。

警察はその後の2月、治安上のリスクを理由に、トルコ大使館とイラク大使館の前で計画されていた個人と団体による二つのコーラン焼却デモを禁止した。しかし控訴裁判所は2週間前、この決定を退けた。

28日のデモを申請したのは、2月に個人によるデモを却下されたサルワン・モミカ氏で、申請書には「ストックホルムの大モスクの前で抗議し、コーランに関する自分の意見を表明したい。コーランを破って燃やす」と記している。【6月28日 AFP】
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火を付けたのはイラクから数年前に逃れてきた難民の男性でサルワン・モミカ氏(37)、コーランの内容を批判していたとされています。

スウェーデン警察は7月に入ると、ユダヤ教の聖典トーラーなどを燃やす行為含む抗議デモも許可しています。
“集会を開くことに許可を与えるのであって、集会の中で行われる活動に許可を与えるのではない”とのこと。

****スウェーデン警察、ユダヤ教の聖典燃やすデモを許可****
スウェーデン警察は14日、首都ストックホルムにあるイスラエル大使館前でユダヤ教の聖典トーラーなどを燃やす行為を含む抗議デモを許可したと明らかにした。イスラエルやユダヤ系団体は猛反発している。(中略)

今回のデモは15日に予定され、ユダヤ教のトーラーと聖書を燃やすとされている。警察への許可申請書によると、コーランを燃やすデモへの対抗措置で、言論の自由への支持を表明するものになるという。

ストックホルム警察はAFPの取材に対し、同国の法律に従って公共の場で集会を開くことに許可を与えるのであって、集会の中で行われる活動に許可を与えるのではないと強調。担当者は「警察は、さまざまな宗教文書を燃やす許可を与えているわけではない。公共の場で集会を開き、意見表明することを許可しているにすぎない」「重要な違いだ」と述べた。 【7月15日 AFP】
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【イスラム諸国に広がる反発】
そして、6月28日にモスク前でコーランを焼却した男性が、再びコーラン焼却デモを20日に計画、当局はこれを許可。
反発するイラクではスウェーデン大使館が放火される混乱になりました。

****スウェーデン大使館に放火、コーラン焼却デモ計画に抗議 イラク****
イラクの首都バグダッドにあるスウェーデン大使館が20日未明、同国がイラク大使館前でイスラム教の聖典コーランを燃やすデモを許可したことに抗議するデモ隊により放火された。AFP特派員が伝えた。

スウェーデンの首都ストックホルムでは、コーランやイラク国旗を燃やす予定のデモが20日に計画されている。
これに対し、イラクでは反発が拡大。イスラム教シーア派指導者ムクタダ・サドル師の支持者が、バグダッドでの抗議デモを組織した。デモに参加した若者は「朝まで待たず、夜明けにスウェーデン大使館に火を放った」と語った。

一方、スウェーデン外務省はAFPに対し、大使館員は「無事」だが、大使館や外交官に対する攻撃は「ウィーン条約の重大違反に当たる」と非難した。イラク外務省も放火を非難し、治安当局に実行者の特定を要請した。(後略)【7月20日 AFP】
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イラク首相府は20日、スウェーデン国内でイスラム教の聖典コーランが燃やされた場合、「国交を断絶する必要がある」とスウェーデンに通告したと明らかにしましたが、20日行われたデモでは、参加者がコーランを踏み付けたものの、火を付けずに終了しました。

サルワン・モミカ氏は“今月20日のデモの後も、フェイスブックに「私はイスラム教のイデオロギーと対峙し続ける」と書き込んだ。地元紙の取材には、スウェーデンで政治家になる夢も口にした。「移民排斥」を掲げ、現政権に閣外協力している極右スウェーデン民主党から出馬したいと希望している。”【7月22日 時事】とのこと。

スウェーデン政府は、大使館の職員と業務を一時的にストックホルムに移すことを発表。

****スウェーデン、イラク大使館員を一時的にストックホルムへ移動****
イラクの首都バグダッドでスウェーデン大使館がデモ隊に襲撃されたことを受けて、スウェーデン外務省の報道官は21日、安全上の理由により大使館の職員と業務を一時的にストックホルムに移したと発表した。(後略)【7月21日 ロイター】
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イスラム世界の反発はトルコやイラン、更にエジプト、サウジアラビアにも拡大しています。

****「聖典への卑劣な攻撃」=トルコ、スウェーデンのデモ非難****
トルコ外務省は20日、声明を出し、スウェーデンの首都ストックホルムで同日行われたイスラム教の聖典コーランを蹴るなどしたデモについて「聖典への卑劣な攻撃だ」と強く非難し、スウェーデン政府に「ヘイトクライム(憎悪犯罪)を防ぐための断固たる方策」を取るよう呼び掛けた。【7月21日 時事】 
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****イランのハメネイ師、コーラン冒涜問題でスウェーデン非難****
イランの最高指導者ハメネイ師は22日、イスラム教の聖典コーランを冒涜した者は「最も厳しい罰」を受けるべきであり、スウェーデンはそうした者を支援することで「イスラム世界との戦争に向けた戦闘態勢に入った」と述べた。(中略)

スウェーデン当局はこうした行為を非難しているが、言論の自由の原則の下で阻止することはできないと表明している。

イラン国営メディアによると、ハメネイ師はスウェーデンに対し、責任者の引き渡しを要求。その後ツイッターに「彼らは全てのイスラム諸国とその政府の多くに憎悪と敵意の感情を植え付けた」と投稿した。(後略)【7月23日 ロイター】
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詳細は不明ながら、スウェーデン同様の事態がデンマークでも起きたとして、イラクでは抗議デモが。

****デンマークで聖典コーラン侮辱か イラク非難声明、デモも****
イラク外務省は22日、北欧デンマークの首都コペンハーゲンにあるイラク大使館前で、イスラム教の聖典コーランとイラク国旗が侮辱される事案があったとして非難声明を出した。

中東メディアによるとイラクの首都バグダッド中心部では22日未明、抗議のデモ隊がデンマーク大使館に押しかけようとする騒動があった。

デンマーク公共放送によると、地元警察は21日午後にイラク大使館前で「本」が燃やされたことを確認したが、コーランかどうかは不明とした。イラクなどでは、デンマークの極右団体がイラク大使館前でコーランを燃やしたと報じられた。【7月22日 共同】
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【表現の自由と宗教的価値観の対立】
スウェーデン政府を始めとして欧米諸国は、コーランを焼却するような行為そのものを是認するものではないものの、表現の自由を制約することはできないという立場ですが、イスラム諸国においては宗教的価値観が優先します。

その立場の違いは、大きな外交問題に発展しています。

****イスラム諸国と欧米で深まる溝 聖典めぐる抗議デモ、外交問題に発展****
スウェーデンでイスラム教の聖典コーランを巡る抗議デモが相次ぎ、イスラム諸国との関係が悪化している。7月中旬にはイラク政府が国内に駐在するスウェーデン大使の国外退去処分を発表し、外交問題に発展した。

欧米はデモの行為に懸念を示しつつも、表現の自由は守られるべきだという立場で、イスラム圏との溝が深まっている。(中略)

ストックホルムでは20日、イラク出身の難民男性らによるデモが予定通りに実施され、ロイター通信によると、男性らはコーランとみられる書物を蹴ったり破いたりした。男性らは燃やす行為には及ばなかったが、翌21日にもバグダッドで抗議集会が開かれたほか、イランの首都テヘランでも同日、スウェーデン大使館前に市民らが集結。「コーランは譲れない一線だ」と書かれたプラカードなどを掲げた。

スウェーデン政府は対応に苦慮している。警察は、治安を不安定化させるとしてコーランを燃やすデモの申請をたびたび却下したものの、司法当局が表現の自由は憲法に関わる問題として警察の判断を覆した。政府は事態の沈静化に向け法律の修正も検討している。

ストックホルムのデモを主導した難民男性は6月下旬、コーランに火を放ち、イラクのほかエジプト、サウジアラビアなどのイスラム諸国が反発していた。

トルコのエルドアン大統領は当時、「イスラム教徒の価値を侮辱することは表現の自由とは別問題だ」とし、デモを容認し続ければ、スウェーデンが目指す北大西洋条約機構(NATO)加盟で「トルコの支持は得られない」と警告した。エルドアン氏は7月中旬のNATO首脳会議の直前、スウェーデンの加盟を承認する意向を示したが、国会での批准手続きは今秋に始まる見通しだ。

表現の自由と宗教を巡っては2020年、フランスの週刊紙に掲載されたイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を巡り、表現の自由の立場から同紙を擁護したマクロン政権への抗議集会が中東などのイスラム圏で広がったことがある。

難民男性がコーランに火を放った6月下旬のデモを受け、国連人権理事会(47理事国)は7月中旬、宗教に起因する憎悪行為を非難する決議を賛成多数で採択した。ただ、イスラム諸国を含む28カ国が賛成したものの、表現の自由を重視する英米独仏など12カ国が反対し、立場の違いが浮き彫りになっている。【7月22日 産経】
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【繰り返す衝突】
この種の表現の自由を重視する欧米的価値観とイスラムの宗教的価値観を重視するイスラム諸国の対立・衝突は、今回だけでなく、これまでも繰り返されてきました。

2005年には、今回同様にデンマーク・スウェーデンの北欧におけるムハンマド風刺漫画が大きな問題になり、イスラム世界全体に反発が拡大しました。

****ムハンマド風刺漫画掲載問題****
2005年9月にデンマークの日刊紙に掲載されたムハンマドの風刺漫画を巡り、イスラム諸国の政府および国民の間で非難の声が上がり外交問題に発展した事件をさす。イスラム教を風刺する内容であった。同様な問題が、2007年8月18日にスウェーデンでも発生した。(中略)

デンマークで最多の発行部数を誇る高級紙であり一般的に保守的な論調を有しているとされるユランズ・ポステンは、2005年9月30日の紙面にムハンマドの風刺画を掲載した。この風刺画はムハンマドの12のカリカチュアからなり、それらの中にはターバンが爆弾に模されているなど、イスラーム過激派を連想させるものがあった。(中略)

欧州とイスラムの対立
デンマークのアナス・フォー・ラスムセン首相は「いかなる宗教であれ冒涜するのは許されない」と述べ、問題の解決の為、最大限の努力を払うと述べている。

しかし、右派政権を率いるラスムセン首相は、これまでも移民やイスラム圏に強圧的な態度を示して国民に人気を博しており、2005年の風刺画問題発生時に、断固デンマークと西洋の価値観を通すことで外圧に強いという政治的イメージを国民に与える意図から、イスラム教徒やアラブ諸国からの議論に応じなかった。(中略)

リビア、サウジアラビア、シリアの在デンマーク大使は本国に召還された。イランはこれを受け、デンマークとの一切の通商を断絶すると発表した。

2006年2月6日にはイランの首都テヘランのオーストリア、デンマーク両大使館にデモ隊が殺到し、火炎瓶などを投げつけた。アフガニスタンやパキスタン、リビア、ナイジェリアなどのデモでは、鎮圧する警察などとの間に激しい争いがおき、死者が出る騒ぎになったほか、キリスト教教会も襲撃された。(後略)【ウィキペディア】
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この事件は、その後も遺恨を残しています。
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2010年1月3日、風刺漫画を描いた漫画家クルト・ベスタゴーの自宅に、斧で武装した男が押しいったが、駆けつけた警察官に取り押さえられた。

2010年12月11日、スウェーデン・ストックホルムでストックホルム爆破事件が発生、二人負傷。スウェーデン外相は自爆テロと声明を発表。犯人はイラク系スウェーデン人。警察に送った電子メールで犬に模したムハンマドを制作した風刺画制作者を非難していた。【ウィキペディア】
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2015年にはフランス・パリでシャルリー・エブド襲撃事件が起きました。

****シャルリー・エブド襲撃事件*****
2015年1月7日11時30分にフランス・パリ11区の週刊風刺新聞『シャルリー・エブド』の本社にイスラム過激派テロリストが乱入し、編集長、風刺漫画家、コラムニスト、警察官ら合わせて12人を殺害した事件、およびそれに続いた一連の事件。

テロリズムに抗議し、表現の自由を訴えるデモがフランスおよび世界各地で起こり、さらに報道・表現の自由をめぐる白熱した議論へと発展した。【ウィキペディア】
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アメリカでも2010年ごろ、コーラン焼却が大きな問題にもなりました。
アメリカの場合はイラクやアフガニスタンに軍を駐留させていましたので、イスラム教徒を刺激する事件は駐留米兵の安全を脅かすものともなりますので、当局は対応に苦慮しましたが、なすすべがない・・・というのが実態。

****米国、コーラン焼却に打つ手無し 「言論の自由」が壁****
米フロリダ州ゲーンズビルにあるキリスト教福音派の教会が、米同時多発テロから9年目を迎える11日にイスラム教の聖典コーランを焼却するイベントの計画を宣言した問題に揺れる米社会。

しかし、米社会にはイベントを事前に中止させる手段がないのが現状だ。米憲法が言論の自由を保障しているからだ。

■米国旗や十字架の焼却をも認める
米憲法修正第1条は、米市民が自由に意見を表明し平穏に集会する権利を制限する法律の制定を禁じている。

これに基づき米最高裁は、たとえ一般社会に不快感を呼び覚ます行為や言論であっても、脅迫を意図したり暴力的なものでないかぎり政府は介入できないとの判断を何度か下している。

たとえば、米国民にとって米国旗を焼くという行為は非常に神経を逆なでされる行為だが、米最高裁は1989年、5対4の評決で、48州に米国旗を焼く行為を禁じる法律の廃止を命じた。

ウィリアム・ブレナン最高裁判事(当時)は、「修正第1条の根底にある原則によれば、政府は社会的に不快だとか、同意できないというだけの理由によって、ある考えの表明を禁じるべきではない」と書いている。

最高裁は、米国旗を燃やした人を守る判断を下したことさえある。白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(KKK)が十字架を燃やす権利さえ保障されている。最高裁は2003年、KKKが公共の場で十字架に火を付ける行為に脅迫の意図はないとして、バージニア州がこの行為を禁じた州法を違憲と判断した。

■コーラン焼却も「言論の自由」
こうした事情から、ダブ・ワールド・アウトリーチ・チャーチのテリー・ジョーンズ牧師らによるコーラン200冊を公開焼却する計画に対して怒りや懸念の声が高まっていても、米当局には強制的に計画を中止させる手段がない。

当局にできるのは、火が手に負えなくなった時など、コーランに火をつけた事後に介入することだけだ。

消防署は屋外で火を燃やしたいという教会側の許可申請をすでに却下しており、教会側は自治体の条例に違反にすることになるが、あくまで軽罪。警察はだれも逮捕できず、せいぜい警告するか、出頭命令を出す程度で、科される罰金も250ドル(約2万1000円)ほどと見られている。【2010年9月9日 AFP】
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上記のように、これまで多くの軋轢・衝突を繰り返し、ときに多くの犠牲者を出してきた問題ですから、明快な答えなどはなく、立場によって考えが異なるとしか言い様のないところです。

もし、中国・韓国で日の丸や天皇の写真が焼かれたら、多くの日本人は憤りを感じるでしょう。外交的に強硬な対応を求める声も広がるでしょう。
ただ、そうした行為を「禁じる」となると、話は別の問題を引き起こします。
なんとも悩ましいところです。
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