孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イスラエル  司法改革案採択強行で拡大する抗議 国内に広まる動揺 進まないサウジとの関係正常化

2023-07-31 22:58:41 | 中東情勢

(法案に抗議する人たちはイスラエル国会前の通りを封鎖した(24日)【7月25日 BBC】)

【ネタニヤフ政権 司法改革案採択を強行】
イスラエルの極右勢力を含む「建国史上最も右寄り」とされるネタニヤフ政権が進めようとする「司法改革」が1月に明らかになって半年以上が経過しましたが、民主主義の根幹たる三権分立を脅かすものとして、イスラエル国内では大規模抗議デモが続いています。


「司法改革」は複数の法案から構成されており、政権の政策や人事が過度に政治的に決められた場合、最高裁が「合理性」を基準に審査できるとの権限を無効とする法案の他、最高裁判事の指名に政権が影響力を行使できる内容の法案などを含みます。

世論の激しい反発を招きながらもネタニヤフ首相、極右勢力がこの「改革」にこだわる背景には、収賄や背任の罪で起訴されている首相自身の公判を有利に進めたい思惑などがあるとも指摘されています。

****イスラエルでデモ拡大 司法改革が国論二分 軍務拒否や通貨下落も****
(中略)ネタニヤフ政権は1月前半に改革の草案を公表した。イスラエル有力紙ハーレツ(電子版)によると、司法が持つ違憲審査権の制限が盛り込まれており、国会で成立した法律について、最高裁がイスラエル基本法(憲法に相当)に違反すると判断しても、国会がそれを覆すことが可能になる。裁判官の任命をめぐっても、政権の影響力を強化する条項がある。

昨年12月末にネタニヤフ氏を首相として発足した連立政権は、同氏が党首を務める右派「リクード」や、ユダヤ教の戒律を厳格に守る超正統派、対パレスチナ強硬派の極右政党などで構成されている。ハーレツ紙によると、各党にはそれぞれ司法への影響力を強めたい事情がある。

ネタニヤフ氏は2019年に収賄や背任の罪で起訴され、公判が進行中だ。改革には自らに有利な判断を示す裁判官を任命する狙いがあると指摘される。

また、超正統派の政党は信徒の若者たちの徴兵免除を法制化して定着させる思惑がある。超正統派は宗教やユダヤ人の歴史を学ぶことを最優先しており、慣例として徴兵が免除されてきたが、世俗派のユダヤ人らが不平等だとして反発を強めている。

さらに、極右政党は、パレスチナ人が多く住むヨルダン川西岸でユダヤ人入植地を拡大する方針を公言してきた。司法の違憲判断を覆せるようになれば、入植推進に向けて大きな障害が消えることになる。イスラエル軍は年初以来、70人以上のパレスチナ人を殺害しており、双方の緊張は近年になく高まっている。(後略)【3月10日 産経】
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この「改革」には同盟国アメリカも民主主義を変化せるものとして警告・反対しています。ただ、強硬派ネタニヤフ政権とバイデン民主党政権は折り合いが悪いこともあって、ネタニヤフ政権は強行の構えです。

1月以来の激しい抗議デモを受けて、(あるいは、上記のアメリカの説得も影響したのか)6月末にはネタニヤフ首相はWSJインタビューで最高裁判所の判決を覆す権限を議会に与える条項を削除したと明らかにしましたが。
“イスラエル首相、司法改革の争点を一部取り下げ=WSJ紙”【6月29日 ロイター】

さしものネタニヤフ首相も・・・と思ったのですが・・・。
その後の経緯は良く知りませんが、首相の削除発言にもかかわらず、実際には上記の条項を含む法案は国会で可決されました。

****イスラエルで司法改革案可決、最高裁の権限制限へ 抗議デモは国会前から全国に拡大****
イスラエル国会は24日、ネタニヤフ首相が推進する司法制度改革の関連法案を可決した。最高裁が「不合理」と判断した場合に政府の決定を無効にする権限をなくすなど、最高裁の権限を弱める内容が含まれており、司法の独立性を脅かすとして懸念されている。

野党議員は採決を抗議のためボイコットし、法案は賛成64、反対0で可決された。採決直後、政治監視団体や野党の中道派は最高裁に上告する構えを鮮明にし、主要労組はゼネストを実施すると警告した。
 
ネタニヤフ首相は可決後、裁判所は独立性を維持すると表明。11月末までに司法改革を巡り野党と合意に達することを望んでいると述べた。

レビン法相は演説で「司法制度を修正し、政府と国会から奪われた権限を回復するという、歴史的で重要な過程の第一歩を踏み出した」と表明。米国は繰り返し妥協を求めていたが、意に介さないもようだった。

米国家安全保障会議(NSC)の報道官は、イスラエル国会での司法改革関連法案の可決を「残念」と表明。「われわれは民主主義における主要な変化にはコンセンサスを得る必要があると確信している」とし、イスラエル指導部に対し「政治的な対話を通じコンセンサスに基づくアプローチ」に取り組むよう呼びかけた。

採決は抗議デモが継続する中で実施された。この日も早朝から抗議デモが行われ、デモ参加者は国会の前の道路を封鎖。夕方には抗議活動は全国に拡大した。

エルサレムでは数千人のデモ参加者が国会近くの高速道路に集結し、警察ともみ合いになった。また警察によると、イスラエル中部でデモ参加者の中を車が走り抜け、3人が軽傷を負った。

イスラエル国会での採決を受け、同国の金融市場は総崩れとなった。イスラエルの通貨シェケルは対ドルで1.4%下落し、12日以来の安値を付けた。株価指数は3.2%、国債価格は最大1.8%それぞれ下落した。【7月25日 Newsweek】
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【法案成立後も収まらない抗議デモ 予備役の兵役拒否も 国民の約3割が国外への移住検討】
反対する抗議デモを騎馬警察が蹴散らしての採決強行となっています。

****騎馬隊が突入…デモを強制排除 極右政権が“改革”イスラエル混乱****
(中略)
■騎馬隊が突入…デモを強制排除
イスラエルの国旗を掲げ、高速道路を埋め尽くすデモ隊に騎馬警察が突入。強制的に群衆を排除しました。
テルアビブでデモ隊と警察隊が激しく衝突しました。エルサレムでも当局がデモ隊の排除を強行しています。

人々は座り込み背中を向け、警察による放水に耐えますが、何人ものけが人も出ています。デモは全国規模で広がり、実に7カ月の長さにわたって続いています。訴えるのは独裁化への反対です。(中略)

イスラエル ネタニヤフ首相:「選挙で選ばれた政府が多数派の国民の決定に基づいた政策を実行するための法案を可決しました」

イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は民主主義の後退につながるものだと指摘しています。

 歴史学者 ユヴァル・ノア・ハラリ氏:「民主主義はチェックとバランスに基づいています。ただ、イスラエルでは政府の権限をチェックするものが1つしかない。最高裁判所です。もし政府がアラブ人から選挙権を奪おうとした時、これを止められるのは最高裁判所しかありません。これは単なる司法改革ではなく、イスラエル政府が無限の権力を得ようとする試みです」

■兵役拒否も続出「民主主義の後退」
イスラエル空軍の予備役らも法案に抗議し、可決されれば任務を放棄すると宣言しています。

兵役拒否を宣言 予備役:「とても悲しい日です。23年間、予備役を務めてきました。イスラエルのために戦ってきた人生です。だけど、これは正しいことであり、イスラエルの民主主義のための戦いだと思っています」

兵役拒否を宣言 予備役:「独裁者にも独裁制にも仕えません。兵役拒否はすごい苦しみですが、民主主義を勝ち取り、軍の友人と再び会えると信じています」

ネタニヤフ首相は兵役拒否には屈しないとコメントしています。【7月25日 テレ朝news】
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広がる予備役の兵役拒否には軍も懸念を示しています。

****イスラエル、司法改革法案可決で医師がスト 予備役は任務拒否****
イスラエル国会が最高裁の権限を制限する内容を含む司法制度改革の関連法案を可決したことを受け、同国各地で市民らの大規模な抗議活動が続いている。医師の団体は25日に24時間のストライキを宣言。予備役兵士の間では任務の拒否を表明する動きが広がった。

ネタニヤフ政権がこれまでで最も深刻な内政危機に直面する中、イスラエル軍は初めて抗議活動を巡る処分を科した。予備役兵士の1人は1000シェケル(270ドル)の罰金を科され、別の兵士1人は15日間の収監を言い渡された。

イスラエル軍幹部は記者団に対し「予備役兵士が長期にわたり任務を放棄すれば、軍の態勢が損なわれる」と述べた。

同国の主要新聞には、「司法改革を憂慮するハイテク労働者」のグループが「イスラエルの民主主義にとって暗黒の日」とする広告を掲載した。

ネタニヤフ首相は、今後の法案を巡っては11月までに合意形成を図ると表明した。【7月26日 ロイター】
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法案成立後も反発はおさまらず、29日には市民ら20万人以上が参加する大規模な抗議集会が行われました。イスラエル人口は936万人とのことですから、日本人口に置きなおすと、250万人規模ということにもなります。

建国以来、パレスチナ・アラブとの対立で国内外に厳しい状況にあるだけに、今回の「改革」をめぐる対立の激しさ、緊張感は日本における政治対立とは様相が異なるようです。
国民の28%が国外への移住を検討しているとの調査結果も。また、56%が内戦を懸念しているとも。

****イスラエル、国民の約3割が国外への移住検討 司法改革法案の可決で****
イスラエル政府が「司法改革」の関連法案を成立させたことを受け、イスラエルメディアは、国民の約3割が国外への移住を検討しているとの世論調査結果を報じた。今後、国内の対立が悪化することや、安全保障への影響を懸念しているとみられる。

イスラエルメディア「チャンネル13」と世論調査会社「カミーユ・フックス」が25日に実施した調査によると、28%が国外への移住を検討していると回答。

イスラエル軍の予備役約1万人が改革に反対し、任務を拒否する意向を表明したことから、54%が国内の安全保障が今後損なわれる可能性があると答えた。また、56%が改革を巡って「内戦」が起きることへの懸念を示した。

ネタニヤフ首相が24日、野党と協議して妥協案をまとめる意向を示したことについて「信じる」と答えた人は33%にとどまった。

また、仮にイスラエル国会(定数120)で選挙が実施された場合、ネタニヤフ氏率いる右派与党「リクード」は現有の32議席から25議席に減少し、野党側が過半数を獲得するとの予測も示された。(後略)【7月27日 毎日】
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【サウジアラビアとの関係正常化 アメリカの後押しも、早期の改善は困難な情勢】
一方、イスラエル・中東の国際情勢を見ると、サウジアラビアと宿敵イランの関係正常化が進むなかで、イスラエルとサウジアラビアの関係改善はやや停滞している感があります。

そうした状況への“テコ入れ”でしょうか、27日にはアメリカのサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)がサウジアラビアを訪問しています。

****米高官、サウジ皇太子と会談 中東安定化の取り組み協議****
米ホワイトハウスのサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は27日、訪問先のサウジアラビアでムハンマド皇太子と会談した。ホワイトハウスが声明を発表した。

米国はサウジとイスラエルの関係正常化に向けた取り組みをここ数カ月行っているが、サウジは応じていない。

ホワイトハウスによると、「より平和かつ安全で、繁栄し、世界と結び付いている安定的な中東地域の共通ビジョンを推進するためのイニシアチブ」について話し合った。

イスラエルへの言及はなかったが、サウジとイスラエルの関係正常化は引き続き課題になっていると米高官は説明した。

イエメンの内戦収拾に向けた取り組みについても協議したという。【7月28日 ロイター】
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こうした動きも背景にあってか、ネタニヤフ首相は将来的にはサウジアラビアと鉄道で接続する可能性に言及しています。

****イスラエル、270億ドルの鉄道拡張計画 将来サウジと接続も****
イスラエルのネタニヤフ首相は30日、1000億シェケル(270億ドル)を投じて鉄道を拡張すると発表した。テルアビブと国内遠隔地を結ぶほか、将来的にはサウジアラビアと接続する可能性がある。

米政府高官は先週、サウジとイスラエルの国交正常化を促すため、サウジを訪問している。

ネタニヤフ首相は閣議で、国内のビジネス・政治の中心地を鉄道で2時間以内に結ぶ「ワン・イスラエル・プロジェクト」など、インフラ構想を推進すると表明。政府は2010年に同様の全国鉄道敷設計画を承認したが、計画は進んでいない。

首相は「将来的には(イスラエル南部)エイラートから地中海まで鉄道で貨物を輸送できるようになる。サウジアラビアやアラビア半島とイスラエルを鉄道で結ぶことも可能になる」と述べた。【7月31日 ロイター】
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ただ、与党「リクード」内にも、サウジアラビアとの早期の関係正常化には懐疑的な声があるようです。

****イスラエル与党幹部、サウジとの早期の関係正常化に懐疑的****
イスラエルの与党「リクード」の幹部は30日、サウジアラビアとの早期の関係正常化に懐疑的な見方を示した。

バイデン米大統領はサウジとイスラエルの関係正常化を優先課題としており、ホワイトハウスのサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は27日にサウジでムハンマド皇太子と会談。バイデン氏は28日、改善の動きがあるかもしれないと述べていた。

一方、ネタニヤフ首相が率いるリクードの幹部は国営ラジオ番組で、「こうした動きにおいて合意について話すのは時期尚早だ」と述べ、早期の関係正常化の可能性を否定した。

イスラエルのハネグビ国家安全保障顧問は、記者団からサウジとの協議に進展があるかと聞かれ、「それを望んでいる」と語った。

サウジは国内の原子力発電建設で米国の強力を求めている。米国とイスラエルのメディアは、サウジが米国からの防衛関連の輸入を拡大しようとしているとも報じている。

イスラエルのネタニヤフ首相は30日、1000億シェケル(270億ドル)を投じて鉄道を拡張すると発表。テルアビブと国内遠隔地を結ぶほか、将来的にはサウジと接続する可能性がある。【7月31日 ロイター】
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また、イランを含めた中東情勢のなかでは、イスラエルとサウジアラビアの関係正常化は難しいとの指摘もあります。

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現在、米国内ではサウジとイスラエルの関係正常化について色々と議論されているが、この論説も指摘している通り、イランがサウジとの関係を正常化した大きな理由の一つは、サウジ・イスラエル関係の正常化を妨害するためである。

具体的には、イスラエルがイランの核施設空爆のためにサウジ領空や飛行場を利用することを阻止することが重要な目的の一つである。  

また、サウジ側も万が一、米国やイスラエルとイランが武力衝突する場合に巻き添えを喰わないことを意図している。

それゆえ、近い将来、サウジがイスラエルと関係を正常化する可能性はほとんどないのではないかと思われる。【7月28日 WEDGE「米国抜きで「安定」に向かう中東 存在感増す中国」】
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