(【2022年10月12日 東洋経済ONLINE】)
【安全保障問題も「政争の具」へ 共和党、「中絶」のために「安全保障」を人質に】
アメリカにおける「文化戦争」については、4月29日ブログ“アメリカ LGBTQをめぐる「文化戦争」”でも取り上げたように、LGBTQのほか、妊娠中絶、銃規制などをめぐって激しさを増し、攻撃的にもなっています。
****文化戦争****
文化戦争とは、伝統主義者・保守主義者と進歩主義者・自由主義者の間における、価値観の衝突である。アメリカ合衆国では1990年代以降、公立学校の歴史および科学のカリキュラムをめぐる議論など多くの問題に、文化戦争が影響している。
アメリカ合衆国の政治に「文化戦争」という表現が使われるようになったのは、1991年にジェームズ・デイビッド・ハンターの『文化戦争: アメリカを定義するための争い』(Culture Wars: The Struggle to Define America)が出版されたことがきっかけだった。
ハンターはこの本で、妊娠中絶、銃規制、地球温暖化、移民、政教分離、プライバシー、娯楽薬、同性愛、検閲などの問題をめぐり、アメリカ合衆国の政治と文化が分裂し、再編され、劇的に変容していると論じた。【ウィキペディア】
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民主・共和の二大政党が対立するアメリカでも従来は国防・安全保障については超党派の合意が成立しましたが、今は人工妊娠中絶をめぐって、共和党が軍の人事や国防予算を「人質」にとって政府を揺さぶるような状況ともなっています。
共和党議員は人工妊娠中絶を望む女性兵士らへの支援策の撤回を要求、これを拒否する国防総省との対立によって、米軍海兵隊トップ不在の異例の事態になっています。また、同じ理由で265人の人事の滞留し、更に今後増加するとも。
****米軍海兵隊トップが164年ぶり異例の不在に…中絶めぐり対立****
7月10日、米軍海兵隊約18万人を指揮するデービッド・バーガー司令官の退任式が首都・ワシントンで行われた。
司令官としての4年の任期を迎えたためだ。 バーガー氏の退任に伴い司令官代理としてエリック・スミス司令官補が職務を引き継ぐことになるが、司令官は不在に。
米軍海兵隊トップである司令官の不在は、当時の司令官が死去した1859年以来164年ぶりで、歴史上、異例の事態となる。
司令官不在の理由
バイデン大統領は6月、司令官代理のスミス氏を海兵隊の第39代司令官に指名し、それを承認するための連邦議会上院の公聴会が行われた。
しかし、アラバマ州選出の上院議員トミー・タバビル氏(共和党)は、中絶の合憲性を認めない連邦最高裁判決があるにも関わらず、国防総省が軍人の中絶を保証していると主張。海兵隊司令官の承認を保留した。
タバビル氏は、国防総省が中絶が認められた州に行く必要がある軍人に休暇と旅費を支給する政策を廃止しない限り、譲らないとしている。
今後は、どうなるのか。
仮にこのまま承認されなかった場合、スミス氏が司令官補を兼務しながら司令官代理として職務を続けることになる。しかし国防総省では、同様の理由で265人の人事の承認が滞っているほか、年末までにさらに650人が追加され、全体の約9割に影響が及ぶ可能性があるとしている。
国防総省は、退職を遅らせるなどの対応措置を講じているとしているが、ロシアや中国との緊張が高まる中、前例のない事態と向き合い続けることになる。【7月11日 FNNプライムオンライン】
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この事態に軍幹部からは、若手の人材が軍を離れることを懸念する声も出ています。
****米軍人事、中絶問題巡り滞留 次期制服組トップ「人材失う」懸念****
米軍制服組トップの統合参謀本部議長に指名されたブラウン空軍参謀総長は11日、上院軍事委員会の公聴会で、共和党のタバービル上院議員(南部アラバマ州選出)の妨害で米軍幹部の人事承認が滞っていることについて「有能な人材を失うことになる」と警鐘を鳴らした。
タバービル氏は人工妊娠中絶を望む女性兵士らへの支援策の撤回を要求しているが、国防総省は拒否。250人以上の人事が滞留し、異動対象の家族の引っ越しや退官希望者の離任の先延ばしなどの悪影響が広がっている。
ブラウン氏は、自身の人事承認を巡る11日の公聴会で、人事の停滞に関して「幹部だけでなく、若手の士官にも玉突きで影響が及び、家族の学校、仕事、住宅をどうするかという問題も出ている」と指摘。
「現状を見て『こんな試練に将来遭うくらいなら、家族と昇進のどちらをとるか考えないといけない』と思う若い士官が増えている。また、軍人の配偶者のネットワークは強固で、情報交換をしている。軍にいつまで残るかについて、家族の意見は大きい」と述べ、若手の人材が軍を離れることを危惧した。(中略)
米軍幹部の人事は、大統領の指名と上院の承認が必要になる。軍の人事は通常は党派性がないため、上院が投票を経ずに全会一致で迅速に承認する例が多いが、議員が一人でも反対すれば投票が必要になる。
人事を1件ずつ承認する手段もあるが、時間がかかりすぎて現実的ではない。ブラウン氏自身の人事も、現職のミリー統合参謀本部議長の任期(9月末)中に承認手続きが終わるかどうかは不透明だ。海兵隊では10日、バーガー前司令官が退任したが、後任のスミス氏が未承認のため、司令官代行として率いる事態になった。
国防総省によると、このまま人事が停滞すれば、年内に承認待ちの人事が650件を超える可能性がある。【7月12日 毎日】
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対立は国防予算にも。米下院で共和党は、中絶を希望する女性兵士への旅費援助を禁じる共和党修正案を加えた形で国防予算の大枠を決める国防権限法案を可決。今後、上院との調整が行われます。
****「中絶反対」軍にも影響=共和、予算・人事で揺さぶり―米****
米野党・共和党が、人工妊娠中絶の権利を擁護するバイデン政権の施策に反対し、軍の人事や予算面で揺さぶりをかけている。
上院では承認が滞り、軍の幹部人事が決まらない状況が続く。伝統的に超党派で合意してきた安全保障問題を「政争の具」へと変えた形で、与党・民主党は頭を抱えている。
事の発端は、中絶の憲法上の権利を否定した昨年の連邦最高裁判決だ。中絶の規制権限は各州に委ねられ、中絶を事実上禁止する州も出始めた。国防総省は女性兵士の権利を確保するため、他州で中絶手術を受ける場合に旅費を補助する制度を導入した。(中略)
下院では14日、中絶を希望する女性兵士への旅費援助を禁じる共和党修正案を加えた形で、国防予算の大枠を決める国防権限法案が可決された。
少数派の民主党は、修正案を「過激で無謀」(ジェフリーズ院内総務)と非難。ほぼ全ての民主党議員が反対票を投じた。民主党が多数派の上院も独自の法案を準備しており、下院案がそのまま成立することは考えにくい。
ただ、中国やロシアとの対抗がますます重みを増す中、軍の活動を停滞させれば民主党は政権与党としての責任を問われるジレンマも抱える。
安全保障を「人質」に取る共和党に対し、バイデン大統領は「全く無責任だ」と怒り心頭だ。2024年大統領選や同時に行われる議会選に向けて共和党側は対決姿勢を強める一方とみられ、事態の打開は容易ではない。【7月15日 時事】
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【「political correctness」を掲げるリベラル vs.「political correctness」に不満を持つ保守層の戦い】
4月29日ブログでも取り上げた、広告にトランスジェンダー女性を起用した人気ビール「バドライト」への保守派からの攻撃は今も続いているとのこと。
****全米の保守層が怒り爆発。人気ビール「バドライト」が売上激減のワケ****
分裂する米国社会と、Social Network時代のマーケティング
(中略)
ことの発端は、「全米で最も売れているビール」として知られていたBud Lightの広告に、1000万人のフォロワーを持つ、Dylan Mulvaneyを採用したことでした。
Dylan Mulvaneyは、2019年に大学を卒業してから俳優・コメディアンとしてのキャリアをスタートしましたが、新型コロナの影響で仕事を失い、それをきっかけにTikTokでトランスジェンダー(生まれは男性、心は女性)としての自分を正直に語ることにより、爆発的な人気を得ることに成功しました。
去年の10月にはバイデン大統領と面談し、そこでの保守層を批判する会話が、極右勢力を刺激し、彼らは執拗に彼女をソーシャルメディアで攻撃するようになっていました。
その後、彼女は12月には、顔を女性らしくする手術を受け、今年の2月にはグラミー賞に招待されるなど、メディアの注目も集めていました。
そんな彼女を、Anheuser-BuschがBud Lightの宣伝に起用したのが、今年の4月です。Anheuser-Buschとしては、彼女が持つ1000万人のフォロワーにリーチするためだったのでしょうが、それが全米の保守層の怒りを買うことになりました。
Bud Lightを殺傷能力が高いことで知られるAK-15という銃で打つ姿をTikTokで公開する人、Wallmartの棚に陳列されたBud Lightにイタズラをする様子をTwitterで呟く人など、爆発的な勢いで、Bud Lightに対するネガティブ・キャンペーンが繰り広げられることになってしまったのです。
通常、この手の「嵐」は1、2週間過ぎれば落ち着くものですが、それは7月の今でも続いており、Bud Lightの売り上げは30%落ち、「全米で最も売れているビール」のタイトルを失うことになってしまったのです。
結果として、Anheuser-Buschの株価も大幅に下がり、株価総額で$25billion(3兆円強)が失われたことになります。Bud Lightが被ったブランド・イメージの毀損は、いくら広告費をかけても取り戻せないぐらい深いものになってしまったと言えます。
日本に暮らしている人には理解しにくい現象だと思いますが、その背景には、米国社会にある大きな分断があります。
日本にも伝わっている、「性的マイノリティを差別してはいけない 人種差別をしてはいけない 難民を受け入れるのは先進国の役割 地球温暖化を止めるためには、EVシフトも含めて積極的にライフスタイルを変えるべき セクハラ・パワハラをする人を許してはならない」などの、いわゆる米国の「political correctness」は、実際には、西海岸・東海岸に暮らす、学歴が高くて恵まれた生活を送っているリベラル層の意見でしかありません。
しかし、それらは「正論」であるが故に、メディアにも多く取り上げられるし、あたかも「米国の大半の人がそう考えている」ようなイメージが作られ、反対意見を声高に語りにくい風潮が作られてしまっています。
結果として、保守層の人々は、彼らの意見が「封じ込まれている」と感じているし、「メディアはリベラル層によって操られている」と感じているのです。
今回は、そんな彼らの不満の捌け口として、Bud Lightへの攻撃が起こってしまったのです。してはいけないとされている、性的マイノリティに対する差別発言の代わりに、トランスジェンダーの俳優を広告に起用したBud Lightへの不買運動が起こったのです。(中略)
ちなみに、2016年の大統領選に勝って45人目の米国の大統領になった、ドナルド・トランプ氏は、まさにこの「リベラル層のpolitical correctnessに虐げられていると感じている保守層」の心を上手に掴むことにより選挙に勝つことに成功しました。
「メキシコとの国境に壁を作るべき」「移民は追い出すべき」「地球温暖化など起こっていない」など、リベラルなエリートから見れば「トンデモ発言」を繰り返す「泡沫候補」だったはずのトランプ氏が、大方の予想を裏切って共和党員による予備選に勝ち、実際の大統領選でも、Facebookを活用したフェイクニュースにより大きなダメージを受けたヒラリー・クリントン氏に勝ってしまったのです。
トランプ氏が過去に行ったセクハラ発言のビデオなどが公開されても、彼の支持率には全く影響を与えなかった理由は、ここにあります。
2024年の各党の候補が誰になるかはまだ決まっていませんが(「現職のバイデン氏 vs.返り咲きを目指すトランプ氏」になる可能性が高いと言われています)、結局は、「political correctness」を掲げるリベラル vs.「political correctness」に不満を持つ保守層の戦い、になることが目に見えています。【7月13日 中島聡氏 MAG2NEWS】
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【社会の多様化を受け入れられない白人の怒りが、南北戦争以来の二極化に拍車をかける】
「political correctness」に不満を持つ保守層の中核に、社会の多様化を受け入れられない白人の怒りがあります。
そうした「分断」の背景に、白人の減少という人口動態の変化、中道・画一的・穏健な番組から多様な視聴者のイデオロギーに合わせて政治色を明確にしたメディアの変化、穏健派が消えた二大政党といったものが指摘されています。
****南北戦争以来の分断...アメリカの二極化、背景にある「3つの原因」と「日本への影響」****
<社会の多様化を受け入れられない白人の怒りが、南北戦争以来の二極化に拍車をかけるリスク。本誌「『次のウクライナ』を読む 世界の火薬庫」特集より>
かつてアメリカを訪れた人は、多種多様な人が混在するにもかかわらず、崇高な理念の下にまとまりが保たれている社会に感嘆したものだ。
今は違う。アメリカの政治と社会は、南北戦争以来の激しい分断にさいなまれており、人々は客観的な事実についてさえ合意できない。2021年1月の連邦議会議事堂襲撃事件は、無数の人がその映像を見ているにもかかわらず、事件が本当にあったかが議論になっているのだ!
「覚えておいたほうがいい」と、ドナルド・トランプ前大統領は言った。「皆さんが見ていることは......実際に起きていることとは違うのだ」と。
こうした認識の分断と、社会的緊張の高まりは、皮肉にも、制度的人種差別を禁じる公民権法が成立した1964年以降、少しずつ悪化してきた。人種よりも狭い共同体意識が強くなり、それが社会の分断を悪化させた。主流派としての優位を失うに従い、白人は怒りを募らせ、変化に反発するようになった。
その集大成がトランプだ。なにしろトランプは、エリートや政治機構や民主主義を敵と呼び、民意を代表するのは自分だけだと主張した。
どうしてこんなことになったのか。原因は主に3つある。
■人口動態の変化
1950年代のアメリカは、人口の89.5%を白人が占めた。建国の父たちと同じWASP(アングロサクソン系でプロテスタントの白人)が、権力や影響力のあるポジションを牛耳っていた。WASP以外のアメリカ人は、こうした社会の「主流派」に溶け込むために懸命に努力した。WASP的な響きの名前に改名する人も多かった。
だが今、白人の割合は58.9%まで低下し、2040年には50%を割り込みそうだ。400年のアメリカ史で初めて、白人はアメリカを定義する存在ではなくなりつつある。
どんな集団にとっても、長年享受してきた権力を手放すのは容易ではない。白人至上主義者たちが、「おまえらに取って代わられるものか!」と唱えながら行進しているのは、その格好の例だ。
■メディアの変化
1964年にビートルズが初めてアメリカにやって来たとき、7300万人がテレビにかじりついて見たものだ。当時、アメリカのテレビ局は3大ネットワークしかなく、それぞれができるだけ幅広い視聴者にアピールするため、政治的には中道で、画一的で、穏健な番組が放送されていた。
だが、80年代に入ると、技術の進歩により消費者の選択肢は増えた。ケーブルテレビ局が次々誕生して、局によって政治的なカラーが明確になった。
1996年に開局したFOXニュースは保守色が強く、白人中心主義的で、場合によっては白人至上主義的な切り口でニュースを報じてきた。2015年以降は、トランプ支持を前面に押し出した。(中略)
視聴者のイデオロギーが細分化し、そんな視聴者を引き付けるためにネットワーク局のイデオロギー色が強くなると、政治的に中道を好む世論も衰えていった。
アメリカ社会は、白人が支配していた時代から多様な時代へと変貌を遂げたが、それに伴い過激な言論が増えて、人々は自分にとって心地よい政治的・文化的領域に閉じ籠もるようになった。
■政治的再編
多様性が増すにつれ、逆説的だが二大政党が社会の細分化を映し出す存在になった。64年の公民権法成立と時を同じくして、民主党はリベラル・都市部・高学歴・民族的多様性、共和党は保守的・農村部・低学歴・白人などの特徴を持つ政党に変化していった。
今ではいずれの党でも穏健派は姿を消し、両党のイデオロギー的な重複はなくなった。特に95年以降、共和党が民主党の政策にことごとく反対し、政府機能の縮小に躍起になった結果、政治はゼロサムゲームと化した。率直に言えば、共和党は白人ナショナリストの主張を受け入れたのだ。両極化によって政治は機能不全に陥った。
反民主的な白人層は先細り
アメリカは「国家の魂を懸けた戦い」の渦中にあるというジョー・バイデン大統領の言葉は正しい。
トランプには財務不正や大統領選の妨害、連邦議会議事堂襲撃の扇動など多くの容疑がかけられているが、国民の4割は今も彼を支持している。僅差ながら下院で多数を占める共和党は非白人への選挙権の制限、国際問題への関与の縮小、医療や教育分野への政府支出の削減を提唱。さらに「裏切り者」の民主党支持者への「復讐」を誓うトランプを熱烈に支持している。
今や米政治の短期的な未来や社会的結束、さらには民主主義さえも不確実な状態だ。選挙制度が構造的に共和党に有利な上、同党はゲリマンダー(特定政党に有利な選挙区割り)と法改正によりその優位を拡大させようとしている。進歩的で多様な層がその差を覆して多数派となるには、約54%の得票が必要となる。(中略)
長期的には、アメリカの民主主義はこうした試練を乗り越える可能性が高い。人口の多様化が進み、反民主的な白人層を圧倒するためだ。だが白人の地位低下への怒りと抵抗が強まってきた60年間を経て、アメリカの社会的結束と政治制度は消えない傷を負ってしまった。(後略)【7月14日 Newsweek】
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