孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

不安定な欧州経済にチャイナマネーが救いの手?

2010-11-09 20:40:55 | 国際情勢

(金融危機後遺症に悩むポルトガルを訪問した中国・胡錦濤国家主席 中央は主席夫人 右はソクラテス・ポルトガル首相 “flickr”より By novais822 http://www.flickr.com/photos/13192468@N07/5152706258/

【欧州版IMF創設で「第二のギリシャ」防止】
欧州経済は今年前半、ギリシャの財政破たんを巡る騒動で大きく揺らぎました。
「危機対応制度がなかったためにユーロ圏全体が崩壊しかかった」(ファンロンパウ欧州理事会常任議長(EU大統領))との認識から、欧州版IMF創設によって「第二のギリシャ」出現を防ごうとの取り組みも行われています。ただ、この取り組みにも問題は多いようです。

****EU:欧州版IMF創設合意 制度整備までには難題山積*****
欧州連合(EU、加盟27カ国)は28日の首脳会議で、財政危機に陥ったユーロ導入国を支援する欧州版の国際通貨基金(IMF)創設で合意し、通貨統合の枠組み強化に踏み出した。ユーロ圏の財政規律厳格化と合わせ、1999年に欧州単一通貨が誕生して以来、指摘されていた構造的な欠陥の手直しに取りかかる。だが、取り組みには各国の思惑が絡み、制度整備までには難題が山積している。

今回、合意されたのはギリシャ財政危機で露呈したユーロの二つの弱点を補う是正措置だ。一つは金利調整などの金融政策を欧州中央銀行(ECB)が担当する一方、財政政策は各国に委ねられている「また裂き状況」の改善。第二はユーロ発足時には「想定外」だったユーロ導入国への融資制度の整備だ。

ユーロ圏では、許容される財政赤字幅(国内総生産比3%)などを定めた財政ルール「安定成長協定」が、存在しない「EU財務省」に代わり、各国財政のお目付け役を果たすはずだった。だが、違反が常態化しても対策が取られず、有名無実化していたため、違反国への制裁発動を迅速化する体制を整えた。
欧州版IMFはユーロ圏各国が資金を出し合い、「第二のギリシャ」の出現を防ぐための恒久的なセーフティーネットだ。本家のIMFや民間部門の参加などの細部は今後、詰められるが、EU最大の経済国ドイツは融資提供には厳格な条件を付けるよう求めており、他国との調整が難航しそうだ。

また、欧州版IMF創設に向け、ドイツが提唱してきた基本条約「リスボン条約」の修正をのむ見返りに各国は自国にとっての「土産」を取り付けた。財政規律違反国への制裁発動で「遊び」を持たせたいフランスは各国による事前協議制の維持に成功し、大規模な歳出削減策を発表した英国は来年度EU予算の大幅増額反対で仏独など10カ国の支持を得た。
さらに、加盟国政府の承認だけで条約を一部修正する場合、欧州市民の代表である欧州議会や、各国議会の意見が反映されにくい難点がある。欧州議会のブゼック議長は「条約修正は極めて困難だろう」と警鐘を鳴らしており、EU本部と各国政府の主導による修正は市民の「EU離れ」に拍車をかける事態を招きかねない。【10月29日 毎日】
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【消えない火種】
しかし、PIGSとも呼ばれたポルトガル、アイルランド、ギリシャ、スペインなどを中心に、今も欧州経済は不安定状態を脱していないようです。
例えば、アイルランド。
****アイルランド、欧州の新たな火種に 赤字膨らむ****
アイルランドが欧州財政問題の新たな火種になっている。銀行救済費用がかさみ、政府はさらなる緊縮予算に踏みだそうとしているが、政権基盤は不安定になる一方。市場で国債が売られて金利が上がり、5日の10年物国債は一時年7.9%に達し、過去最悪になった。
アイルランドの今年の財政赤字は国内総生産(GDP)比で32%まで膨らんだ。政府は4日、来年の歳出削減・増税を当初の想定から大幅に拡大し、60億ユーロ(7千億円)にすると発表した。同国は金融危機の傷がひどかったが、景気刺激策にほとんど手を出さなかった。2年の緊縮予算を経験し、今年もマイナス成長が見込まれている。
アイルランド労組会議のデビッド・ベッグ書記長は3日、ダブリンで記者会見を開き、「経済成長への手だてがなければ、デフレスパイラルになる危険がある」と財政再建を急ぐべきでないとした。学費値上げに抗議し、「我々を標的にするな」と訴える約2万人の学生のデモもあった。与党議員の離脱や辞任も相次いでおり、与党の優勢は今やわずか3人だ。

もう一つの不安要因が欧州連合(EU)首脳が10月末に合意した常設の緊急融資枠だ。加盟国が支援に駆け込んだ場合に支払いの繰り延べなど国債投資家にも負担を求める方向で検討が進んでいる。ドイツが強く主張し、各国も受け入れつつある。だが、それは国債の安全神話を公然と崩すことも意味する。英エボリューション証券のアナリスト、ブライアン・バリー氏は「すでに不安定な市場に、さらに大きな不確実性が加わった」と話す。【11月6日 朝日】
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アイルランドのレニハン財務相は8日、欧州連合(EU)内で最悪の水準となっている財政赤字の削減に向けた4カ年計画の詳細を、月内に発表すると述べています。
レニハン財務相との共同記者会見に出席したレーン欧州委員(経済・通貨問題担当)は「4カ年計画が発表されれば市場の信頼は回復するだろう」との見解で、市場不安を打ち消そうとしています。

また、ユーログループのユンケル議長(ルクセンブルク首相)は8日、アイルランドが欧州金融安定ファシリティー(EFSF)からの融資を余儀なくされるかとの質問に対し、「アイルランド当局が今月初め発表した60億ユーロの財政赤字削減(2011年)目標を達成することができれば、大きな問題はないだろう」と答えています。

ギリシャについても、問題は解決していません。
****ギリシャの債務返済、ますます困難に=ルービニ氏*****
米ニューヨーク大学教授でエコノミストのルービニ氏は、6日付のギリシャ紙Ta Neaに寄稿した論文で、ギリシャは債務返済のために秩序だった債務の再編を行う必要があるとの考えを示した。
同氏は「単純な計算でみると、現在の状況および債務返済計画では、ギリシャの債務返済はますます不可能になっている」と指摘し「ユーロ圏の各国財務相、国際通貨基金(IMF)、および欧州中央銀行(ECB)は、債務返済を可能にするためギリシャ政府と協力する必要がある」との認識を示した。
債務の償還時期を5─15年延長するという「時宜にかなった秩序だった債務の再編」は、投資家の損失を最小限にとどめる一方、ギリシャは金融市場へのアクセスを維持できると指摘。「RGE(ルービニ・グローバル・エコノミクス)は、そうした再編ができるだけ早期に実施されることが好ましいと考えている」と主張した。

ギリシャの債務は、もっとも楽観的なシナリオで、2013年には国内総生産(GDP)比144%にまで達する。
ギリシャ、欧州連合(EU)、およびIMFはこれまで、債務返済協議の可能性を排除してきたが、ギリシャとIMFはこのところ、債務返済時期の延期について議論の余地があるとの見方を示している。
現在のスケジュールでは、ギリシャの借入ニーズ総額は、2011─2013年の年間550億ユーロから、2014/15年には700億ユーロを突破する見通し。【11月8日 ロイター】
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こうした見方について、ギリシャのパパコンスタンティヌ財務相は8日、同国は債務の再編を検討していないと否定しています。【11月9日 ロイターより】

アイルランドにしても、ギリシャにしても、当事国・EUは信用不安打ち消しに努めていますが、火種が存在しているのは事実のようです。

【救世主?チャイナマネー】
そうした揺れる欧州経済に救いの手を差し伸べているかのように見えるのが中国、チャイナマネーです。
****ギリシャ国債、再開ならば中国買い入れ 温首相が表明****
中国の温家宝(ウェン・チアパオ)首相が2日、訪問先のギリシャで記者会見し、財政再建中のギリシャが長期国債の発行を再開した場合、中国が買い入れる考えを示した。実現すれば、市場での資金調達の早期再開を目指すギリシャにとっては後押しになる。(後略)【10月3日 朝日】
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これについては、“ギリシャはEUやIMFに資金支援をしてもらっているために、2012年までは国債を発行する必要性はないということなのです。では、何故そのようなことを中国は発言したのか?それは、ギリシャ政府が来年以降に国債の発行を再開したいとの意向があるようであり、もし、ギリシャ政府が国債の発行を再開するようなことがあれば、その時には‥、という飽くまでも仮定の話に過ぎないということなのです。つまり、今回のニュースは余り真剣に受け止めることは適当ではないのだ、と。多分にリップサービスの要素を含んでいると考えた方が良いでしょう。”【小笠原誠治氏 経済ニュースゼミ http://blog.livedoor.jp/columnistseiji/archives/51177964.html】という指摘もありますが、「ここでもまた、中国頼みか・・・」という感もします。
中国側にも相応の思惑があるようです。

****ギリシャが頼るチャイナマネー*****
EU(欧州連合)とIMF(国際通貨基金)から1400億ドルの支援を受けたギリシャに、新たなスポンサーが付いた。中国だ。
中国は対ギリシャ投資を大幅に増やしている。最近では、ギリシャの港湾の経営権を35年の期限付きで取得するなど、海運事業に50億ドルを投資。建設や通信、観光、鉄道にも投資を行う上、290トンのオリーブオイルも買い付ける。ギリシャを訪問した温家宝(ウエン・チアパオ)首相は、政府債の購入を約束。おかげで先週、ユーロの対ドル相場は8カ月ぶりの高値を付けた。
ギリシャに限らず、中国は活発にグローバル戦略を進めている。04年に100億ドル足らずだった対外投資は今年500億ドルに達し、世界第5位の投資大国となる見込みだ。特にEUへの進出が目覚ましく、中国企業の対EU投資は対北米投資の約2倍に上る。
EUはチャイナマネーの恩恵を受けている。中国企業の進出で雇用や技術が奪われるという懸念はほぼ杞憂に終わり、むしろ産業基盤が強化される効果が大きい。
中国は政治的にも抜け目ない。EU各国と2国間で契約を交わすことによって、各国が異なる利害を持つことになり、EU全体の対中国政策はまとまりにくくなる。EUが結束して中国に圧力をかける事態を避けられるというわけだ。【10月20日号 Newsweek】
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中国の胡錦濤国家主席が訪問したポルトガルも、ギリシャ同様の中国からの国債購入方針を期待したようですが、その具体的言及はありませんでした。ただ、中国の協力を得たことで信用不安克服には役立つかも・・・とのことです。
****ポルトガルの危機克服に協力へ=経済分野で合意文書調印―中国主席*****
ポルトガル訪問中の中国の胡錦濤国家主席は7日、ソクラテス首相と会談した。現地からの報道によると、胡主席は会談後の記者会見で「国際的な危機の影響軽減に向けたポルトガルの取り組みに対し、具体的施策を通じ支えていく用意がある」と述べ、市場での信用不安克服を目指すポルトガルへの協力を表明した。
胡主席はまた、中国企業による対ポルトガル投資やポルトガル企業の対中輸出を活発化させ、2015年までに2国間の貿易額を倍増させる意向を示した。両国は観光や通信、金融、再生可能エネルギーなどでの協力に関する合意文書にも調印した。
ポルトガル側が期待した中国によるポルトガル国債買い支えについて胡主席から具体的言及はなかったが、今回の協力表明でポルトガル国債の利回り上昇傾向に影響が出る可能性もある。【11月8日 時事】 
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フランス・サルコジ大統領主導の大型商談、イギリス・キャメロン首相の訪中団など、世の中すべてチャイナマネー頼みの様相です。


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アメリカ・オバマ大統領  経済・対中国から、訪印でインドとの関係強化をはかる 

2010-11-08 20:14:39 | 国際情勢

(08年11月26日夜のムンバイ同時多発テロの標的となったタージマハル・ホテルも近いインド門をバックにスピーチするオバマ大統領夫妻 “flickr”より By wtluae
http://www.flickr.com/photos/55118228@N03/5151167338/ )

【任期1期目の訪印 対印重視の表れ】
アメリカ・オバマ大統領は5日から14日まで、日本を含めたアジア諸国を歴訪しますが、そのうち6日から9日まではインドに滞在するスケジュールが示すように、今回外遊の主たる目標は、経済関係拡大及び台頭する中国牽制のためのインドとの関係強化にあります。

****米大統領:インドと経済関係強化へ アジア歴訪*****
オバマ米大統領は5日、アジア歴訪に出発し、14日までインド、インドネシア、韓国、日本を訪問する。与党・民主党が敗北した中間選挙後の初の外遊となる。大統領は3日の記者会見で「(訪問の狙いは)米国の雇用創出に向けた市場開拓だ」と述べ、国内外に米国の経済政策をアピールする考えを表明した。特に重視するのは巨大市場としての可能性を秘め、中国の対抗勢力に位置付けるインドとの関係強化だ。

大統領は6~9日の日程で首都ニューデリーと経済の中心地ムンバイを訪れ、「世界最大の民主国家」インドとの強いきずなを演出する。00年にクリントン大統領、06年にブッシュ大統領がインドを訪問しているが、いずれも2期目の訪問で、任期1期目に訪問するのは過去10年でオバマ大統領が初めて。インド側は米側の対印重視の表れと歓迎している。
インドは米国にとって14番目の貿易相手国だが、オバマ政権は、人口約12億人、年8~9%の高成長を続ける巨大なインド市場への参入加速化により、米経済に活気をもたらす狙いだ。また、中国の輸出制限でにわかに重要性を増してきたレアアース(希土類)などの資源開発で協力を打ち出す可能性もあり、中国にらみの関係強化を印象付けることになりそうだ。

米国はインドの核実験(74年と98年)で課した経済制裁を徐々に緩和してきたが、今回ほぼ完全撤廃で合意する見通し。宇宙開発などに使われる高度な技術のインドへの移転も可能となりそうだ。(中略)対印制裁撤廃は、米印の宇宙共同開発を促すことになり、中国が警戒しそうだ。(後略)【11月4日 毎日】
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【100億ドル(約8100億円)の商談】
昔、日本の池田隼人首相はフランスのド・ゴール大統領に「トランジスタラジオのセールスマン」と揶揄されましたが、最近は各国トップがセールスの先頭に立つのはごく普通の光景になっています。
フランス・サルコジ大統領は、中国・胡錦濤国家主席の訪仏を受けて、ノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏関連などの人権問題を封印したとの批判を受けながらも、原子炉やエアバスなど、総額200億ドル(約1兆6100億円)のビジネス契約を結ぶとされています。

イギリス・キャメロン首相も、主要閣僚メンバー4人および財界首脳40人以上とともに今週中国訪問します。英国の中国訪問団としては過去最大規で、キャメロン首相自身が今回の訪中について、「極めて重要な貿易派遣団だ」と言明しています。

オバマ大統領訪印の目的の一つも、こうしたトップセールスにあります。
****オバマ米大統領:「5万人雇用創出」 訪印し100億ドル商談成立*****
オバマ米大統領は6日、アジア歴訪(インド、インドネシア、韓国、日本)の最初の訪問地であるインドの経済中心都市ムンバイに入った。9日までインドに滞在し「アジアにおける米外交政策の礎石」(ドニロン米大統領補佐官)と位置づけるインドとの戦略的な関係強化を図る。
オバマ氏は過去の外遊で最大規模となる米経済界トップ約200人を率い、インド経済界トップ200人を合わせた米印ビジネス会議に参加した。演説で「米印は21世紀(の行方)を決定するパートナー関係」と指摘、インド核実験(74年と98年)への制裁として米国が科したハイテクの移転禁止措置を「不要な障害」と撤廃する方針を表明した。
また、今回の訪問で100億ドル(約8100億円)の商談が成立したことを明かし、「米国で5万人の雇用を生む」とアピールした。インド民放NDTVなどによると、米航空大手ボーイング社のB737旅客機33機やC17軍用輸送機売却、米機械・電機大手GEの軽戦闘機エンジン414基供給が含まれる。【11月7日 毎日】
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【NSGへのインドの正式参加を米政府として支持】
それにしても、今回オバマ訪印が100億ドルなら、サルコジ大統領の対中国200億ドルというのは、やはりすごい数字です。インドと中国の現在の経済状態の差でしょうか。
そんな巨竜・中国を牽制すべくインドとの関係を強化したいというのが、もうひとつアメリカの狙いです。

インドとの関係強化の具体的現れが、、核不拡散条約(NPT)非加盟のインドに対して核燃料や原子力技術の輸出を認める施策です。インドだけ「例外扱い」することへの“二重基準”との国際的批判もありましたが、アメリカの強力な指導で国際的にも認めた形になっています。
このインドとの原子力協力関係を更に推し進める方向のようです。

****米、インドの「原子力供給国」参加支持 輸出規制も緩和*****
米ホワイトハウスのフロマン大統領次席補佐官は6日、電話会見し、原子力技術の輸出を管理する「原子力供給国グループ」(NSG)へのインドの正式参加を米政府として支持することを明らかにした。
米国はインドに国際規制を順守させることで「核不拡散体制を強化する」としているが、核不拡散条約(NPT)非加盟のまま国際的枠組みへの参画を容認するものともいえ、NPT体制のさらなる形骸(けいがい)化への懸念も出そうだ。

オバマ大統領が同日の演説で表明したインド向けの規制緩和策の一環で、ミサイル関連技術輸出規制(MTCR)など四つの国際枠組みへの参加を後押しする。また防衛、宇宙関連技術について米国が輸出規制の対象にしてきたインドの4団体のうち、3団体への規制を解除する方針。そのうち国防研究開発機構(DRDO)は、1998年の核実験で主導的な役割を担った国防省傘下の組織。米国の軍民両用技術についての対印輸出規制も緩和するという。【11月7日 朝日】
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【持続可能な新興国経済のモデル】
国際協力体制になかなか加わろうとせず、独自の政治経済体制に自信を深め、対外強硬姿勢も目につくようになった中国に対して、最近アメリカは従来の対話・協力重視に見切りをつけ、強硬・対立姿勢に転じつつあるとも言われています。
そのためには、中国のライバル・インド取り込みが必須ということにもなります。
そんなこともあってか、ガイトナー米財務長官は中国を暗に批判するかのように、インド経済を「持続可能な新興国経済のモデル」と称賛して持ち上げています。

****インド、持続可能な新興国経済のモデル=米財務長官*****
ガイトナー米財務長官は、8日付のヒンドスタン・タイムズ紙への寄稿で、インドの内需主導の成長や為替の柔軟性を称賛し、持続可能な新興国経済のモデル、との見方を示した。
長官は、京都でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)財務相会合に出席後、7日にデリーに到着した。オバマ米大統領もインド訪問中。
長官は、インドは貿易収支が大幅な赤字や黒字となることを回避することにより、世界の経済成長のリバランスに寄与している、と述べた。
長官は「インドは、内需主導の経済成長と柔軟な為替相場が可能だということを、身をもって示している」と評価。そのうえで、主要な新興国は「ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に沿った」市場が決定する為替に移行する必要があり、構造改革を通じて内需拡大に努めるべきだ、との認識を示した。中国や人民元は、直接は名指ししなかった。【11月8日 ロイター】
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【慎重な「求愛ダンス」】
こうしたオバマ政権のインド重視姿勢について、Newsweek誌は“慎重な「求愛ダンス」”と表現しています。
****オバマのインド訪問は慎重な「求愛ダンス」*****
11月6日から9日まで予定されているオバマ米大統領のインド初訪問は、スケジュールからうかがわれるよりもはるかに大きな狙いを秘めているようだ。
インド滞在中、オバマはお決まりの観光をこなしながら、地元の経営者や財界人とも会談する。一方で議会での演説も予定されているが、政治指導者たちとの膝を突き合わせての会談は8日の午前中だけだ。

とはいえ、今回の訪問は非常にデリケートな「求愛ダンス」のようなもの。「まっとうな関係をインドと築くには時間がかかる」と、米国防総省の幹部は語る。「一夜で状況が一変することは期待できない」
2国間に、協議すべき差し迫った課題が山積しているのは事実.。 その1つが貿易だ。経済危機から何とか脱しつつあるアメリカは、急成長を続けるインドの巨大市場に今まで以上に自由に参入したいと考えている。
「アメリカにとってインドは最も重要な新興市場のひとつだ」と、オバマ政権の国家安全保障会議で国際経済問題を担当するマイク・フロマンは言う。

輸出振興だけではない。台頭目覚ましい中国に対抗すべく、オバマはアジアの同盟国との関係強化を急いでいる。10日間の日程でインド、インドネシア、韓国、日本を回る今回のアジア歴訪の最大の狙いもそれだ。
中国に対して冷戦時代的な封じ込めを行う気はないことを、ゲーツ米国防長官は10月にハノイで明確に示した。それでも、南シナ海などで存在感を増す中国の動きに、アメリカが深い懸念を抱いているのは確かだ。
中国を牽制しようとするアメリカに、インドは協力する気があるのか。答えは110億ドルを投じて新たな戦闘機を買おうとしているインドが、どこへ発注するかで推測できる。
米軍需産業大手のボーイングとロッキード・マーチンが受注を望んでいるが、インド側はヨーロッパやロシアのメーカーも検討しており、契約についてはまだ白紙の状態だ。
米政府は、オバマの訪問で商談がまとまるとは思っていない。しかし35億ドルの軍用輸送機の契約はまとまりそうだと、米政権筋は明かす。

一方、アフガニスタン、パキスタン、イランをめぐる問題については、インドはアメリカとの話し合いに乗り気ではないようだ。インドのある外交官はこう表現する。「インドは(アメリカに)釣り上げられるような魚じゃない」【11月10日 Newsweek】
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インド学生との意見交換でも、学生からは「米国はなぜパキスタンをテロ国家と呼ばないのか」との指摘が出されたのに対し、「パキスタン政府と協力してテロリスト掃討に努めている。パキスタンの安定がインドの利益になる」とオバマ大統領は答えていましたが、インド側は納得はしていないでしょう。


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ミャンマー  「民政移管」の総選挙を受けての各国の思惑、経済「民営化」の動き

2010-11-07 19:50:40 | 国際情勢

(ミャンマー国内の選挙風景を伝える写真がflickrにも殆んどないので、07年の正月にミャンマーを観光した際の私の写真から、夜のシュエダゴンパゴダで祈る人々 )

【「出来レース」とは言いつつも・・・】
今日7日は、ミャンマーで20年ぶりの総選挙が行われています。
投票は、軍事政権側に不利な少数民族居住エリアを除く全国約4万の投票所で行われますが、当局は市内の商店や事業所に投票日7日の休業を要請しているとか。治安を維持し、投票率を高める狙いがあるとのことです。【11月6日 毎日より】インターネット接続も制限されているようです。

****ミャンマー、反軍政派伸びるか 7日に20年ぶり総選挙*****
軍事政権下のミャンマー(ビルマ)で20年ぶりとなる総選挙が7日、投開票される。軍政は、自らに有利な選挙の仕組みを整え、翼賛政党の連邦団結発展党(USDP)による過半数獲得に自信を見せる。ただ軍政不信や選挙への無関心が広がるなか、民主化勢力を含む野党が議席をどこまで獲得できるかにも注目が集まる。

前回1990年の総選挙では、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさん率いる国民民主連盟(NLD、今年5月に解党)が圧勝したが、軍政は政権移譲を拒否。民主活動家らの弾圧を繰り返し、スー・チーさんはいまなお自宅に軟禁されたままだ。
今回は、民族代表院(上院、定数224)と人民代表院(下院、同440)からなる連邦議会と、14の地域・州議会(同888)の選挙が行われる。憲法の規定で定数の4分の1が軍人枠に充てられ、残り議席を投票で選ぶ。

USDPは、党首のテイン・セイン首相をはじめ閣僚が軍籍を離れただけで立候補するなど、ほぼ全選挙区に候補者を擁立。80年代までの独裁体制を支えたビルマ社会主義計画党が衣替えした国民統一党(NUP)がそれに続く。NUPは野党を強調するが、選挙結果によってはUSDPとの連立政権を目指すとの観測もある。
一方、NLDから分派した国民民主勢力(NDF)など民主化勢力は、反軍政の少数民族政党とともに一定の議席を獲得する可能性がある。ただスー・チーさんの棄権の呼びかけが逆風になるとの指摘があるほか、投票強制や票のすり替えなど軍政による不正を懸念する声も強い。
軍政は外国の選挙監視団や報道陣の受け入れを拒否。駐在外交官や外国メディアの地元スタッフに軍政が選んだ投票所を見せるだけだ。【11月7日 朝日】
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現軍事政権が衣替えしたUSPDと、軍事政権以前に一党独裁を行っていたNUPは、軍服を脱いだのが早いか遅いかだけの差しかないとも言われていますが、実際に多くの候補者を擁立して選挙活動を行える資金を持っているのは、この2党だけという状態で、国民の選択の幅は極度に制限されています。

今回の軍事政権からの民政移管を目指す選挙が実質的には軍事政権を維持継続する形式的なものにすぎず、様々な制約から、いわゆる民主化勢力の議会進出は阻まれており、軍人並びに元軍人が議会を支配すための「出来レース」にすぎない、国際社会むけのパフォーマンスにすぎない・・・という指摘は周知のところです。
このブログでも再三取り上げたところですので、そのあたりの話はパスします。

ただ、そうは言っても、民主化を目指す野党勢力から一人でも当選者がでるのか、冷めた国民の選挙への関心のもとで投票率はどの程度になるのか、選挙結果の不正な操作がおこなわれるのか、それとも操作も必要ないような結果となるのか・・・など、選挙結果についてはやはり気になるところでもありますが、結果が判明するのは数日かかるような話ですので、現段階での選挙後に関する話題などをいくつか。

【「選挙後」をにらんで動き出す国際社会】
「出来レース」だろうが「茶番」だろうが、一応の区切りをつける「潮目」になるとして、天然資源が豊富なミャンマーへの働きかけを強める日本を含めた関係国の動きが報じられています。
****ミャンマー投票を前に 「潮目」控え投資熱高まる経済制裁緩和の動き」****
〈世界銀行がビルマ支援を検討〉-今年1月28日付の英紙フィナンシャル・タイムズに載った記事が、ミャンマー(ビルマ)担当の外交当局者たちや、軍事政権に反対する民主化勢力を驚かせた。
国際社会、とりわけ欧米諸国は、1990年の前回総選挙後に権力移譲を拒んで居座った軍事政権に、経済制裁で臨んできた。だが、米国のオバマ政権が「対話路線」に転じ、風向きに変化の兆しが生まれた。そんな状況下の今年1月半ば、米国の影響が強い世銀と、アジア開発銀行(ADB)関係者がミャンマーを訪問。そこから冒頭のような報道が飛び出したようだ。
世銀、ADBはいずれも「融資の再開はない」と否定したが、訪問の目的は「将来に向けた分析作業」ニアダム
ス世銀上級副総裁)と含みを残した。ADBは7月下旬に上海で「ミレニアム開発目標」に関するワークショップを関いた際、軍政高官4人を招待。こうした動きは「制裁が緩和された時に、すぐ動くための準備」(援助関係者)と受け止められている。

規定では、総選挙後90日以内に「文民政権」が発足する。軍政系政党が圧倒的に有利な選挙に対して「軍服を背広に着替えるだけ」(民主化勢力)との批判は強い。しかし一方で、20年以上続いた軍政がともかく終わることを、一つの「潮目」と見る外交当局者や企業関係者は多い。
外交関係者によると、対ミャンマー政策で最強硬派だった英国が、5月の政権交代を機に政策見直しを検討し始めたという。
日本も、昨年9月に外務、経済産業両省の主導でミャンマー側と「官民合同貿易投資ワークショップ」を首都ネピドーで関いたほか、日本貿易振興機構(JETRO)や日本同工会議所などが相次いで視察団を送り込んだ。企業関係者の個別のミャンマー訪問も増えているという。
ミャンマーには天然ガスやレアメタルなど豊富な天然資源が眠っているとされる。選挙後の「民政移管」は、たとえそれが茶番と言われようと、同国でのビジネスの扉を開く契機にできる。
すでに韓国や中国、シンガポールといった制裁に積極的でない国々は活発にミャンマーヘの浸透をはかっている。

こうした「追い風」を象徴するかのように、最大都市ヤンゴン市内には新しいショッピングセンターやスーパーが相次ぎオープンし、欧米の経済制放下にあるとは思えない「活況」ぶりだ。
だが、庶民にとっては物価ばかりが高騰し、暮らしは厳しさを増している。「選挙後」をにらんで動き出す国際社会と、希望の少ない投票日を迎える市民。その姿はあまりに対照的だ。【11月3日 朝日】
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【将校らの親類や飲み仲間への「民営化」】
政治の「民政移管」に併せて、経済の「民営化」も行われているようですが、当然のごとく権力周辺特権者への譲渡です。
****ビルマの「民主化」選挙はただの見せ掛け****
世界で孤立を深めるビルマの軍事政権。11月7日に20年ぶりに実施される総選挙は、長く待ち望まれてきた民政への移管を記念するものになるはずだった。
だが実際は、投票といっても形ばかりのもの。野党は事実上、選挙への参加を許されていないし、現政権に近い企業関係者を政権の要職に迎えるための政治ショーの様相が強い。
このような演出された「改革」の波は経済界にも押し寄せている。軍事政権は今、1962年にクーデターによって政権を握って以来、最大規模の国有財産の「民営化」に着手しているところだ。数億ドル相当の庁舎や鉱山、通信設備、港湾施設、さらには国営の航空会社まで民間に売却し始めた。
とはいえ、野党の候補者が立候補を許されていないのと同様、競争入札はなし。大半が将校らの親類や飲み仲間の手に渡っている。「民主化」をうたっていても、結局は見せ掛けにすぎないようだ。【11月10日号 Newsweek】
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【ビルマ族主体の民主化勢力と少数民族が連携】
軍事政権への抵抗勢力としての国外亡命中の民主化勢力と、軍政に対し内戦状態にある複数の少数民族組織が連携する動きもあるようです。
****ミャンマー:民主化勢力と少数民族 連邦国家樹立へ協力****
軍事政権下のミャンマーで7日に実施される総選挙を前に、国外亡命中の民主化勢力と、軍政に対し内戦状態にある複数の少数民族組織などが秘密裏に会合し、少数民族の自治権を認める連邦国家樹立に向け協力することで5日に合意したことが分かった。在日の民主化勢力関係者が毎日新聞に明かした。選挙という民主化の「実績」を国際社会にアピールしたい軍政に対し、ビルマ族主体の民主化勢力と少数民族が連携を強化し、対抗していく戦略とみられる。(中略)

マウンミンニョウ代表は「民主化勢力側にも以前はビルマ人(族)中心の国家を考える者がいた。真の連邦国家を目指す今回の合意は画期的で、総選挙後の軍政への対抗措置だ」と話す。
また、先月24日にはインド国境付近で、別の民主化勢力と少数民族組織が会合を開催。民主化運動指導者アウンサンスーチーさん率いる国民民主連盟(NLD)の幹部と、シャンなどの少数民族の政党が▽スーチーさんの指導による団結と国民和解▽少数民族の自治権を認めた「パンロン会議」(47年)の第2回会議の早期開催--などで合意した。
NLDを支持するNLD・LA(国民民主連盟・解放地域)のタンゼンウ日本支部議長は「軍政は国境地帯で力がないので(選挙後も)国をまとめることはできない。合意は軍政への圧力の一つとなる」と話す。ビルマ族と少数民族の融和という積年の課題を民主化勢力が克服すれば、軍政を揺さぶる対抗軸になる可能性がある。【11月7日 毎日】
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国外亡命中の民主化勢力はミャンマー国内ではほとんど力を持ち得ないので、各民族武装組織の国軍編入を進める軍事政権に抵抗する少数民族武装勢力がどの程度の力を発揮できるのか・・・というところですが、あまり期待はできないようにも思えます。

ただ、これまで民主化運動を進めるビルマ人には少数民族蔑視があり、少数民族側にもビルマ人全体への不信感があったこと(そのため、民主化運動鎮圧には少数民族出身の部隊が動員されたとも言われています)を考えると、一歩前進ではあります。

【「11月13日に解放される」】
なお、スー・チーさんについては、13日解放が報じられています。
****「スー・チーさん13日解放」ミャンマー軍政筋*****
ミャンマーの軍事政権筋は6日、読売新聞に対し、2003年から自宅軟禁下に置かれている民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさん(65)が「11月13日に解放される」と語った。
ミャンマーのテイン・セイン首相は10月にハノイで行われた東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議で、スー・チーさんは「11月のいずれかの時期に解放されるだろう」と述べていた。ただ、スー・チーさんが率いていた「国民民主連盟」(NLD)は、ミャンマーでは20年ぶりとなる7日の総選挙への不参加を決めて5月に解党し、現在は非公式な団体になっている。選挙後にスー・チーさんが自由の身となっても、軍政が政治活動をどこまで容認するかは不明だ。
関係筋によると、英国在住のスー・チーさんの次男が現在、解放後の再会に備えてタイのバンコクで待機している。【11月7日 読売】
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個人的には、選挙ボイコットを訴えるスー・チーさんが、たとえ「茶番」でも、国政参加の唯一の機会である選挙における民主化勢力支援の方向で動けば、もう少し違った流れもありえたのでは・・・という思いがあります。

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イラク  長期化する政治空白と治安悪化 アジズ元副首相に死刑判決

2010-11-06 19:24:07 | 国際情勢

(大方の予想に反して死刑が宣告された旧フセイン政権のアジズ元副首相  “flickr”より By Pan-African News Wire File Photos  http://www.flickr.com/photos/53911892@N00/5117805659/ )

【市内の十数カ所で自動車爆弾などがほぼ同時に爆発】
イラクでは8月末に米軍戦闘部隊が撤退した後、イラク当局が治安維持を担当していますが、3月の総選挙から8カ月近く経過しても新内閣が組閣できない政治プロセスの空白状態が続いています。
そうした空白に乗じるように、先月31日のキリスト教会襲撃事件、そして今月2日のバグダッド市内十数か所での同時多発テロなど、アルカイダ系武装勢力のテロと思われる大規模な事件が続発しており、治安の悪化が懸念されています。

****バグダッド十数カ所で同時多発テロ、60人超える死者*****
バグダッドで2日、市内の十数カ所で自動車爆弾などがほぼ同時に爆発。イラク治安当局によると少なくとも63人が死亡、280人を超える人々がけがをした。AFP通信などが伝えた。爆発のほとんどが東部サドルシティーなどシーア派イスラム教徒の暮らす地域で起きていることや、一連の攻撃の規模から、スンニ派のアルカイダ系武装勢力によるテロとみられる。
イラク国民議会選挙から約8月たっても新政権ができない政治空白が続き、イラクに軍を駐留させる米国は中間選挙の投票日というタイミングで、政治プロセスを否定するアルカイダ系が社会不安の増大や治安の不安定化を狙って攻撃を起こした可能性が高い。

シーア派地区のサドルシティーやフセイニヤなど少なくとも市内11カ所で爆発が起きた。南西部では迫撃砲攻撃もあった。市内では治安部隊が東部シーア派地区に外出禁止令を発令。各地に検問を設け、厳戒態勢に入った。また、多数の死傷者があちこちの病院に運び込まれたため輸血が足りなくなり、医師らがテレビを通じて市民に献血を訴える事態となった。
イラクではこのところ、アルカイダの活動が活発化している。バグダッドでは10月29日に25人が死亡する自爆テロが発生。さらに31日には市内中心部のキリスト教会で、礼拝中に武装集団が押し入って治安部隊と交戦、キリスト教徒と治安部隊員ら計52人が死亡。この事件では、アルカイダ系武装勢力「イラク・イスラム国」を名乗る犯行声明が出た。【11月3日 朝日】
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【政治空白に最高裁も違憲判断】
長期化している連立政権交渉については、ともにシーア派であるマリキ首相率いる第2勢力「法治国家連合」(89議席)と、第3勢力「イラク国民同盟」(INA、70議席)が、反マリキの立場にあったINAのサドル師へのイランの仲介もあって、10月1日マリキ氏の続投支持で合意したと発表されました。また、スンニ派の支持を受ける第1党のアラウィ元首相率いる世俗派政党連合「イラキーヤ」(91議席)との交渉の可能性も指摘されていましたが、首相や主要閣僚ポストをめぐる調整が難航しているようです。

更に、「ウィキリークス」が10月22日公表したイラク戦争の秘密文書に、イラク治安当局による拘束者の拷問事例数百件が含まれていたことが、マリキ首相への批判にもつながり、連立交渉にも影響しているとも報じられています。
****イラク:秘密文書公表「政治的意図だ」 マリキ首相側反発****
民間ウェブサイト「ウィキリークス」が22日公表したイラク戦争の秘密文書に、イラク治安当局による拘束者の拷問事例数百件が含まれていたことは、7カ月以上も連立交渉が続くイラク政局に波紋を広げている。マリキ首相側は「政治的意図による公表」と反発。反マリキ勢力は「首相に権限を集中し過ぎたために起きた事例」と主張している。
ロイター通信によると、マリキ首相の事務所は23日、拷問がマリキ首相の就任後に起きた証拠は示されていないと主張。公表のタイミングに政治的意図が疑われると述べた。
マリキ首相と首相の座を争ってきたアラウィ元首相の会派「イラク国民運動(イラキヤ)」の報道担当者は23日、公表事例はマリキ首相の続投が阻止されるべき理由だと述べた。【10月24日 毎日】
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こうした長期化する政治空白の事態を最高裁は「違憲」と判断して、連邦議会の早期再開を促しています。
****イラク:議会空転を「違憲」判断 最高裁*****
イラク最高裁は24日、4カ月以上続いている連邦議会の“開店休業”状態を「違憲」と判断し、審議の早期再開を命じた。3月の総選挙後、空転する連立政権交渉の早期妥結を促した形だ。
総選挙結果は6月に確定し、連邦議会は同月中旬に招集された。しかし、マリキ首相とアラウィ元首相らの間で、首相や閣僚人事を巡る連立交渉が長期化。主要会派間で合意が成立する見通しが立たないため、連邦議会もほとんどの議員が登院しない状況が続いている。【10月25日 毎日】
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この最高裁判断を受けて議会再開、議長選出への動きが出ているとの報道もあるようですが、最終的に首相決定・組閣まで持っていけるかはさだかではありません。

【突然の死刑判決と政治的背景】
一方、旧フセイン政権時代にTV報道などでもよく目にしたタリク・アジズ元副首相に死刑判決が言い渡されました。
****イラク元副首相に死刑判決 シーア派組織迫害*****
イラク高等法廷は26日、旧フセイン政権で外交の顔として知られたタリク・アジズ元副首相に対し、イスラム教シーア派組織への迫害に関与したとして死刑判決を言い渡した。ロイター通信などが伝えた。旧フセイン政権幹部は数回の死刑判決を受けるケースがあるが、アジズ元副首相への死刑判決は初めて。フセイン元大統領やラマダン元副大統領らは既に死刑が執行された。【10月26日 共同】
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この判決については、難航する連立交渉との関連を指摘する意見もあります。
****元フセイン側近に突然の死刑宣告*****
イラクの旧フセイン政権で外相と副首相を務めたタリク・アジズに先週、死刑が宣告された。
アジズといえば、イスラム教スンニ派が主流だったフセイン政権で唯一のキリスト教徒。他の戦犯ほど悪人とはみられていなかった。しかも拘束後の7年間は健康状態が悪く、米軍が3ヵ月前にイラク側に引き渡したばかり。74歳のアジズは獄中で一生を終えるだろうというのが大方の予想だった。

アジズの立場が突然変わったことについてマリキ首相に批判的な勢力は政治的な理由が働いたのではないかとみている。アジズの死刑判決はシーア派主導のイラク国民同盟(INA)を喜ばせるはずなので、INAとの連携を強固なものにしたいと考えているマリキにとっては好都合だ。
内部告発サイトのウィキリークスが先日、マリキ政権下でイラク治安部隊が拘束者を虐待していたと暴露したことも一因かもしれない。国内メディアの関心をアジズの死刑判決に向けさせ、虐待問題をかわそうというわけだ。
アジズが上訴するなら期限は30日以内。だがアジズの弁護士は、上訴は無用という手紙をアジズから受け取ったという。【11月10日 Newsweek】
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アジズ元首相は、1992年にバグダッドの商人42人を処刑した罪で禁固15年、クルド人迫害に関与した罪で禁固7年を昨年言い渡されており、現在服役中でした。彼以外にも、旧政権幹部2人にもシーア派迫害に関与したとして、死刑判決が下されています。【10月27日 AFPより】
アジズ元副首相がキリスト教徒であることは裁判の本旨には関係ありませんし、旧フセイン時代の弾圧やイラク戦争で流された膨大な数の人々の血を考えれば、アジズひとりの命を云々することの意味合いはあまりないのかしれませんが、もし上記記事に指摘されているような政治的動きの結果としての判決であるなら、納得しづらいものがあります。

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アメリカFRB 追加緩和策を決定 懸念される「通貨安競争」

2010-11-05 19:53:01 | 世相

(大恐慌に対処したフランクリン・ルーズベルト大統領の記念公園にあるスープを求めて列をつくる人々の像
こうした時代が再現しないように、G20では各国指導者には冷静な議論を期待します。 “flickr”より By OakleyOriginals  http://www.flickr.com/photos/oakleyoriginals/3371002742/ )

【「雇用の拡大と物価の安定」に向けた進展は「失望するほど遅い」】
なかなか経済停滞から抜け出せない、しかも大きな財政赤字のもとで大規模な財政支出も難しい・・・という状況で、日銀は10月5日の金融政策決定会合で「ゼロ金利政策」復帰、量的緩和政策導入を決定しました。
“政策金利の誘導目標を従来の「年0.1%前後」から「0~0.1%」へ引き下げ、2006年7月以来4年3カ月ぶりに事実上の「ゼロ金利政策」に復帰した。さらに、新たに5兆円規模で株価や不動産価格に連動する投資信託などを買い取り、従来の資金供給と合わせて計35兆円規模の基金をつくる。政策金利の引き下げ余地がほぼなくなったため、今後はこの基金の増額などで金融緩和を進める「量的緩和政策」に踏み込む見通しだ”【10月6日 朝日】

消費者物価指数が安定して前年よりプラスになると見通せるまで、ゼロ金利を続ける姿勢を明確に打ち出したこと、値下がりで損失を被る恐れがある株価指数連動型上場投資信託や不動産市況に連動する不動産投資信託を購入資産の対象とすることに踏み切った点で、「異例の措置」とも言われました。

9.6%と10%近い水準に高止まりする失業率や相次ぐ住宅差し押さえなどに象徴される厳しい経済状況への国民の不満から、中間選挙で与党・民主党が記録的敗北を喫したアメリカも状況は似たようなもので、米連邦準備制度理事会(FRB)は6千億ドル(約48兆6千億円)の米国債を来年第2四半期末(6月末)までに購入する追加緩和策を決定しました。

****米、国債6000億ドル購入 追加緩和 デフレ懸念に対処*****
米連邦準備制度理事会(FRB)は2、3の両日開いた連邦公開市場委員会(FOMC)で、新たに6千億ドル(約48兆6千億円)の米国債を来年第2四半期末(6月末)までに購入する追加緩和策を、賛成多数で決定した。高止まりする失業率とデフレ懸念に対処するため、潤沢なドル資金を市場に投入して長期金利の抑制を通じた景気刺激効果を狙う量的緩和策。FRBは主要政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を年0~0・25%に据え置き、事実上のゼロ金利政策を継続する方針も確認した。

FOMCの声明は、「生産活動と雇用の回復のペースは引き続き減速」と指摘。長期的なインフレ期待は安定していると指摘した。そのうえで、声明は、直近の失業率は高止まりし、物価上昇率はFRBが適正とする水準を幾分下回っていると指摘。「雇用の拡大と物価の安定」というFRBの任務達成に向けた進展は「失望するほど遅い」との見解を示した。

声明は、景気回復を加速し、物価上昇率を望ましい水準に安定させるために、「証券保有の拡大」を決定したとした。
FRBは2008年秋のリーマン・ショックを引き金とした金融危機の深刻化に対処するために、住宅ローン担保証券(MBS)や米国債など最大1兆7500億ドルを購入する量的緩和に着手。危機の沈静化を受けて買い取りはいったん停止したが、今年8月に、償還を迎えた証券の元本を国債に再投資することも決めた。
今回のFOMCはこの再投資の継続を確認したうえで、米国債の新規購入による量的緩和の第2弾に踏み切ったものといえる。【11月4日 産経】
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【超訳「これは実験で、実はどう転ぶかわからない」】
こういう経済記事は、正直なところ、専門用語も多くその意味するところがよくわからない部分が多々あります。
同じ思いの者は多いようで、Newsweekは、FRBの声明について、専門用語を日常的な言葉遣いに言い換えてシンプルな表現に翻訳した「超訳」を掲載しています。その「超訳」部分だけ紹介すると以下のようになります。

****超訳FRB「米景気はお先真っ暗」****
景気は相変わらず最悪だ。人々は以前よりカネを使うようになっているが、家計は破産寸前。10人に1人は仕事がなく、給料も上がらない。家の値段はがた落ちで、誰もローンを組めない。会社は新しいものを買っているけれど、新しい工場やオフィスビルをつくっているわけではない。誰も人を採用せず、誰も家を建てない。低かったインフレ率は超低い水準になった。

FRBの主な仕事は2つ。失業率を抑えて、物価を安定させることだ。ご存知のように、今の失業率はとても高い。インフレ率が非常に低いのも心配だ。私たちは失業率は下がるだろうと言い続けているが、相変わらず下がらない。

景気に渇を入れ、インフレ率をちょっと引き上げるために、買い物三昧を続けることにした。まず、昔の投資の元を取った時点で、新しいものを買い続ける。2つ目(今日のビッグニュースはこれ)に、金欠財政から6000億ドルをひねり出し、今後8カ月間で連邦政府の長期国債を買う。そうすれば利率が下がるから、人々がお金を借りたり使ったり、企業が採用を始めたりしやすくなると期待している。
ちなみに、これは実験で、実はどう転ぶかわからない。私たちには、いつでも計画を変更できる権利がある。

6000億ドルの国債買い入れがバブルを引き起こす?
もちろん、私たちは銀行が無利子でカネを借りられる政策を続ける。インフレの進行とドルの崩壊が心配なら、ここまでの話を読み返してほしい。私たちはできるだけ長い間、金利をほぼゼロにしておくつもりだ。でも、いつまで続けるかは教えてあげない。状況の変化に目を光らせていく。

FOMCの委員のなかで、カンザスシティー連銀総裁のトーマス・ホーニグ氏はこの政策に反対票を投じた。彼は今年の会合で毎回、FRBの政策に反対してきた。金欠財政から6000億ドルをひねり出せば、プラスよりマイナスの影響が多いと考えているのだ。景気回復のためにつぎ込んだ大金がさらなるバブルを引き起こし、インフレの心配を広げるとも考えている。そうなれば、さらなる危機が訪れるかもしれない。【11月4日 ジェーコブ・ゴールドスタイン、ジェレミー・シンガー・バイン Newsweekより】
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ただ、すでに金利は十分に下がり切っており、それでも投資意欲が出ない企業に問題があることから、こうした政策の効果が疑問視されることは日本同様です。
“これは実験で、実はどう転ぶかわからない”というあたりも、日銀の「異例の措置」とも似ています。他に打つ手もないので、とにかくやってみよう・・・というところでしょう。

【「米国の追加緩和は近隣窮乏化策だ」】
日本と異なるのは世界経済に与える影響の大きさです。
ダブついた資金が原油市場などに向かい、また、新興国などに資金が流入し、原油高・ドル安傾向を強める懸念、更には、相手国を巻き込んだ「通貨安競争」の激化の懸念も指摘されています。

****米追加緩和 景気刺激手詰まり 原油高、ドル安加速の恐れ****
米連邦準備制度理事会(FRB)が踏み切った長期国債の購入拡大による追加的緩和は、景気への刺激効果を疑問視する声があるうえ、原油価格の上昇やドル安圧力を高めて、貿易相手国との通貨安競争を激化させる恐れも指摘されている。

日銀が2001~06年に量的緩和を導入した当時と同様に、直接の景気への刺激効果には、エコノミストやFRB内部で意見が分かれている。長期金利は従来の緩和効果で低水準にあるが、企業向け融資も住宅ローンも低迷を続けている。追加緩和でさらに金利が下がっても「雇用や景気回復の効果は限られる」(エコノミスト)との見方が多い。

半面、「ドルの増刷」とも呼ばれるFRBの量的緩和には、世界経済を混迷させる副作用もある。だぶついた資金が原油や商品相場に流れ込み、資源輸入国にはインフレ圧力に働く。先の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で合意した「通貨安競争の回避」にも影響は必至だ。

期待できる即効性は、ドル安を通じた米国の輸出増。だが自国通貨の上昇に悩む新興国などが、資本流入規制や為替介入によって通貨切り下げを競う動きが活発化しそうだ。日銀や欧州中央銀行(ECB)など主要国間の中央銀行による「緩和競争」に突入する可能性も指摘されている。

ただ、米経済の不確実性は高まっている。7~9月期で2%の米成長率が、来年中に再びマイナスに陥る「二番底」の懸念は消えず、デフレ懸念も台頭している。
そうした中、2日の中間選挙で下院での過半数を奪還した共和党は、大規模な財政出動を伴う追加的な景気対策に抵抗する見込みで、金融緩和以外「ほかに有効な刺激手段がない」(市場関係者)のも事実だ。【11月4日 産経】
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ドイツのショイブレ財務相は、ドイツの放送局ARDに対して、今回のFRBによる追加緩和策では高失業率と景気低迷という問題は解決されない、と主張。「その政策では問題は解決されない。むしろ世界の問題が一段と深刻になる」との見方を示しています。
日本の菅総理も「米国のドル安政策によって、円だけでなく新興国通貨も軒並み上昇している」と、4日の衆院本会議で米金融政策が円高の一因になっているとの認識を示しています。
日銀は金融政策決定会合を、当初予定の15、16日から、FOMC直後の4、5日に前倒しする異例の「警戒体制」をとっています。

****アジア通貨上昇****
4日の海外市場では、台湾ドルや韓国ウォン、タイ・バーツなどが軒並み、対ドルで大幅に上昇した。インド・ムンバイ市場の株式指数も前日比427・83ポイント高の2万893・57と、終値ベースでの最高値を2年10カ月ぶりに更新。バブル懸念が膨らんでいる。
ブラジルのバラル対外貿易相は3日、「米国の追加緩和は(他国に不利益を押しつけ、自国だけメリットを受けようとする)近隣窮乏化策だ」と批判。
G20議長国・韓国の企画財政省は、FRBの追加緩和決定を受けて「(韓国ウォン高阻止のための)資本流入規制を積極的に検討する」との声明を発表した。米追加緩和が、通貨安競争を加速させ、各国を保護主義に走らせかねない状況だ。【11月5日 毎日】
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先のG20財務相会合の共同声明は「通貨安競争の回避」をうたっていますが、韓国のソウルで11、12日に開かれる20カ国・地域(G20)首脳会議では、今回のアメリカの追加緩和策の影響や中国の人民元問題など通貨問題で意見が交わされるものと思われます。

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仏中関係、アメリカの少年兵使用国対応にみる「人権」と「国益」

2010-11-04 20:27:43 | 国際情勢

(スーダンの少年兵 政府軍なのか反政府軍なのかはわかりません “flickr”より By nguoikhaipha202
http://www.flickr.com/photos/9534594@N02/2645883395/ )

【人権を封印して原子炉・エアバス売り込み】
中国の胡錦濤国家主席は4日からフランスを訪問、サルコジ大統領と会談を行いますが、今回フランス側はノーベル平和賞受賞が決まった劉暁波氏の処遇などの人権問題は取り上げないとのことで、仏の人権団体が反発しています。

****胡・中国主席:訪仏で人権議題ならず 経済問題中心*****
中国の胡錦濤国家主席は4日からフランスを訪問する。両国関係は、サルコジ仏大統領が2年前にチベット問題で中国を批判して険悪化したが、その後改善しており、今回の訪仏では、仏の原子炉輸出などの経済関係が中心議題になる。ノーベル平和賞受賞が決まった劉暁波氏の処遇などの人権問題は取り上げられない見込みで、仏人権団体は仏政府を強く非難している。
両首脳は4日にパリ、5日には仏南部・ニースで夕食などを交えた会談を行う。

仏外務省高官によると、仏は今回の首脳会談を機に、中国に新型の原子炉2基や関連燃料、エアバス社製航空機などの売り込みを進めたい考え。仏と中国金融機関の提携も考えており、国際通貨システムの改革に向けた協力も中国側に求める見込みだ。

今回の訪仏について仏外務省高官は「劉氏の処遇など人権問題は取り上げられないと思う」と発言。共同記者会見も予定されておらず、仏の人権団体は一斉に「中国の人権問題を公の場で議論しないのは大きな誤りだ」などと強く批判した。
サルコジ大統領は08年末にチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世と会談。チベット独立問題で「中国は静かに対応すべきだ」と発言し、両国関係は険悪化した。【11月4日 毎日】
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チベットの暴動を武力鎮圧した中国に対し、08年12月、サルコジ大統領はEU議長国の元首として、中国の反対を押し切ってチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世とポーランドのグダニスクで会談しました。
「仏外交は中国の意のままにさせぬ」との強気の姿勢を演出したものとされ、サルコジ大統領は中国側の反発を予想し、「物事を大げさにしない方がよい」と平静を保つよう呼びかけていました。

これにより、中国の温家宝首相が09年2月に欧州5カ国を歴訪した際にフランスを素通りするなど、両国関係は予想通りこじれました。
しかし、フランスのラファラン元首相が北京を訪問して温首相と会談するなど協議を重ねるなどして、09年4月には、フランス政府が「チベットは中国の一部であり、いかなる形の独立活動も支持しない」「チベット問題は重要かつ敏感な問題であることを十分理解しており、内政干渉はしない」と確約する形で関係修復を図っています。
今回は人権問題には触れず、原子炉・エアバスの売り込みという国益に専念するようです。

一方的コメント発表ならともかく、サルコジ大統領ならずとも、現在の経済情勢で中国首脳に直接人権問題で注文をつけられる指導者はまれでしょうから、別にこの問題でサルコジ大統領をとやかく言うつもりもありません。(共和党の影響力が強まったアメリカで、オバマ大統領が今後どういう対中国外交を展開するのかはわかりませんが)

【少年兵を使っている国と協力したほうが無視するよりも問題の解決につながる】
人権問題と国益の関係を考えさせる記事をもうひとつ。
アメリカ・オバマ大統領が「国益」を理由に、チャド、コンゴ(旧ザイール)、スーダン、イエメンの4カ国に対して、少年兵使用防止法を適用しないことを決定したというものです。

****アフリカ少年兵をオバマが容認****
少年兵を使うスーダンなど4カ国との軍事協力を解禁したのは、外交政策の由々しき転換ではないか
アメリカのオバマ政権は10月25日、アフリカで少年兵を動員している国に対する制裁の撤回を表明した。少年兵を使い人権上問題があったとしても、そうした国々と新たな軍事協力を結ぶための措置だという。
「チャド、コンゴ(旧ザイール)、スーダン、イエメンの4カ国に対して(少年兵使用防止法を)適用しないことを、アメリカの国益のもとに決定した」と、バラク・オバマ大統領はヒラリー・クリントン国務長官への覚書に記した。

少年兵使用防止法は、08年に当時のジョージ・W・ブッシュ大統領が署名した。18歳未満の少年兵を積極的に動員している国に対し、米軍による訓練や財政援助といった軍事関連支援を禁止する法律だ。米国務省が毎年発行する人身売買に関する報告書で、少年兵を動員していると特定された国に適用される。これで、この法律が適用される国は、ビルマ(ミャンマー)とソマリアだけになった。

オバマが今回こうした決定に踏み切った理由は、覚書では「国益」としか記されていない。P・J・クラウリー米国務次官補(広報担当)は、少年兵を使っている国と協力したほうが無視するよりも問題の解決につながると、オバマ政権が判断したと語っている。
「アメリカはこれらの国で、地元政府と協力して少年兵の動員をやめさせたり、少年兵を除隊させるよう働きかけている」と、クラウリーは説明する。「こうした国々は正しい政策を掲げてはいるのだが、実行に移すのは難しいようだ。(少年兵使用防止法)の適用を撤回したことにより、アメリカは訓練プログラムを継続して、地元軍を国際基準にまで高めることができる」

アルカイダ対策にイエメンは不可欠
残虐で非人道的な独裁体制と軍事協力を深めることが、彼らを改革する最善の策だというのか? 外交政策上、あまりに大きな方針転換と思われる。4カ国に対して、実際どのような軍事支援を提供し、それをどのように少年兵保護の取り組みに活用していくのか、まだ不透明なままだ。
「われわれは、これらの国々の政府と協力して少年兵の動員を減らす努力を続ける」と、ホワイトハウスのトミー・ビエトー副報道官は声明文で記した。「われわれは同時に、少年兵を使っている外国の軍隊がアメリカの対外援助の恩恵を受けないよう努めることも忘れない」

他方、現在進行中の軍事支援が中断されることで生じる負の影響については、国務省の内部文書によって少しは詳細がみえてきた。例えばチャドでは「将来の国軍指導部を育成する上で極めて重要な」訓練プログラムが、法律を適用することによって中断されるという。
同様に、コンゴとの軍事協力を中止すれば、反政府勢力と戦う「コンゴ国軍をアメリカが強化する機会を失うだろう」としている。スーダンについては、南部政府のスーダン人民解放軍(SPLA)に対する軍事訓練が中断され、来年1月の南部独立を問う住民投票を前に、SPLAの成長を妨げてしまうという。
さらにイエメンとの協力関係が必要なのは、イエメン政府がアルカイダとの戦いを続ける上で重要なパートナーだからだとしている。「援助を中止すれば、イエメンが対テロ作戦を実行していく能力は著しく損なわれ、同国と中東地域の不安定化につながる」
とはいえ、少年兵を「黙認」するとは、戦争犯罪に加担することになりはしないか。【10月29日 Newsweek】
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少年兵を使うような国を軍事援助することにどのような意味があるのか・・・という感はもちろんありますが、政府軍・反政府軍を問わず少年兵使用が珍しくない現状で「よりましな選択」ということに加え、経済大国・中国の人権問題に黙るなら、ものが言いやすいアフリカ・中東の紛争国とはいえ、そうした国にだけ正論を主張するのもいかがなものか・・・という感もあります。

ただ、こうした国々は少年兵意外にも多くの問題を抱えているのも事実です。
何を言いたいのか自分でもよく整理できませんが、現実対応で必要とされるのはバランス感覚ということでしょうか。

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アフガニスタン  アメリカの戦略変更 現地民衆懐柔重視から軍事作戦強化へ

2010-11-03 19:03:21 | 国際情勢

(3月28日 カブールを訪問したオバマ大統領と会談するカルザイ大統領。結局、アフガニスタンの明日はカルザイ大統領の当事者としての意思・能力次第です。しごく当然の話ですが。“flickr”より By isafmedia
http://www.flickr.com/photos/isafmedia/4471811149/ )

【毎日約2人の兵士が死亡】
特段の意外感もない記事ですが、アフガニスタンでのアメリカ・NATO軍の死者数は、タリバン側の攻勢、タリバン拠点地域である南部のヘルマンド州・カンダハル州での大規模掃討作戦の実施によって、過去最悪のペースで増加しています。

****アフガニスタン駐留兵の今年の死者600人に、過去最悪のペース****
アフガニスタン東部で25日、武装勢力の攻撃で北大西洋条約機構(NATO)が主導する国際治安支援部隊(ISAF)の兵士1人が死亡し、今年に入ってからの駐留部隊の死者数が600人に達した。 
アフガニスタン駐留兵士の死者数を集計する民間ウェブサイト「アイカジュアリティーズ」を参照しAFPが算出した。今年は毎日、約2人の兵士が死亡している計算になる。
米国がアフガニスタンでの軍事作戦を始めた2001年からの9年間で最悪のペースだ。これまで、最も多くの兵士が死亡した2009年でも、年間死者数は521人だった。アフガニスタンにおける2001年以降の外国人兵士の死者は合計で2170人となった。

ハミド・カルザイ大統領は、アフガニスタンの旧支配勢力タリバンなどの武装勢力との融和を目指し「高等和平評議会」を発足させた。
しかしリチャード・ホルブルック・アフガニスタン・パキスタン担当特別代表は米CNNのインタビューで、NATO駐留軍が攻勢を強めていることを受けてタリバン上層部にアフガン政府との交渉を望む動きも出ているものの、現時点での接触は終戦に向けた交渉というより「連絡と話し合い」にとどまっていると述べた。【10月26日 AFP】
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【復興支援金の「迷宮」】
これまた意外感はありませんが、アフガニスタンにつぎ込まれている巨額の復興支援金に多くの使途不明権があるとか。混乱した紛争地域ですので十分ありうる話ですし、腐敗や汚職が横行し、大統領の身内にも利権や麻薬絡みで利益を得ていると者がいると言われるカルザイ政権のもとであればなおさらでしょう。

****米アフガニスタン復興支援、多額の使途不明分 監査官報告*****
米政府が2007~09年の3年間にアフガニスタン復興支援に割り当てた180億ドル(約1兆4500億円)近くについて、省庁間の情報共有の欠如から使途が「迷宮」入りしてしまい明確にしきれない部分があると、同復興支援を監査する特別監督官が指摘した。
米政府のアフガニスタン復興担当特別監察官 (SIGAR)によると、3年の間に政府は7000近い請負企業や事業体に総額177億ドル(約1兆4275億円)相当の事業を発注した。しかし国防総省、国務省、米国際開発局は支出額についてきちんと回答できなかった。
28日にAFPが入手したSIGARの報告書によれば、今回監査したのは07~09年度分だけだが、「各省庁から入手できる07年以前のデータは粗末すぎて分析できない」ため、米国がアフガニスタン復興支援を開始した02年まで問題はさかのぼるだろうという。(中略)
SIGARによると、報告書によって「政府の事業発注の入り組んだ『迷宮』を追跡するのは困難である」ことが示されている。例えば、国防総省内には同省予算による発注事業を監視する機構が4つもあるのに、互いの間に情報共有はない。ましてや各省庁間の情報共有は最小限度でしかないとSIGARは述べている。【10月29日 AFP】
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【COIN戦略の信頼できるパートナーには到底なり得ない・・・】
【10月27日号 Newsweek日本版】記事によると、増大する犠牲、見えない和平交渉の行方、進まない復興支援・・・・こうした泥沼状態からの出口を求めて、アメリカの対アフガニスタン戦略に変更が見られるそうです。
これまで、現地市民を守って基本的な公共サービスを提供し、統治の安定を促す包括的なアプローチである民衆を懐柔する典型的な対反政府武装勢力戦略(COIN)をオバマ政権はアフガニスタンでの基本戦略としてきましたが、最近は、悪者を殺害もしくは拘束するという昔ながらの戦い方に変わり始めているとのことです。
そして、それはある程度の戦術的成果はもたらしているようですが・・・。

目的は軍事攻撃もCOINも同じで、タリバンに圧力をかけて指揮系統を混乱させ、前線の兵士と国境付近のパキスタン側に潜伏する指導部の問に亀裂をつくり、彼らの多くを降伏させるか、アフガニスタン政府との和解交渉に応じさせることにあります。

しかし、現実的に考えればCOINには時間がかかり過ぎ、COINだけで成功させるために必要な時間は、最短でもあと6~10年間はかかると見られています。
更に、COINはアフガニスタン政治の腐敗によって失敗する恐れがあります。
COINは当事国の政府が主体にならない限り機能せず、米軍はあくまで当事国政府の要請で動くという形を取ります。しかしアフガニスタンのカルザイ大統領は国民をほとんど信頼せず、公共サービスを提供する手腕もほとんどない。そんな大統領が、COIN戦略の信頼できるパートナーには到底なり得ない・・・との、懐疑的な見方が広まっているようです。

****泥沼アフガン脱出の新戦略*****
駐留米軍 来年夏の撤退開始を前に激しい軍事攻撃を再開した米軍の狙い
COINは当事国の政府が主体にならない限り機能しないが、ハミド・カルザイ大統領は信頼できるパートナーになり得ない。

決意を固めたペトレアス
そこで米軍とNATO軍はタリバンに圧力をかけるために、強力かつ比較的速やかに成果が期待できる手段に重点を移している。
空爆や指揮官の殺害は以前から作戦の一部だった。同様にCOINも「殺害強化作戦」の一部だ。米軍が中心となって治安を維持し、住民を訓練して諜報活動に協力させなければ、特殊部隊は地上で機能しないし、空から標的の場所が分からないだろう。
その意味で、COINと対テロという2つの戦略は結び付いている。方針転換は、どちらの戦略を戦争の目的達成の推進力にするかということだ。

アフガニスタン駐留米軍のデービッド・ペトレアス司令官らがまとめた米陸軍のCOINの実戦マニュアルによると、COINの戦争は「もともと長引きやすく」「堅固な政治的意志と極めて強い忍耐」と「かなり大規模な時間と資源」が必要だ。
ペトレアスは6月の司令官就任以来、タリバンは自分たちが負けると思うまで交渉に応じないだろうと言い続けてきた。数週間前からは「敵の殺害と拘束」に大きく舵を切り、負けはかなり早そうだと敵に悟らせようとしている。ある米軍高官は記者に、アフガニスタンでタリバンが活動しているすべての地域に「ペトレアスが特殊部隊を配置している」と語った。
米空軍の最新の非機密情報によると、過去3ヵ月に米軍の戦闘機と無人機は1600発のミサイルと爆弾でアフガニスタン領内の標的を攻撃。半分近い700発が9月に集中している。昨年の同時期に発射されたのはわずか1031発、うち9月は257発だった。

戦略の転換はある程度の効果をもたらしているようだ。ある高官によると、過去3ヵ月でタリバンの中堅幹部300人が殺害または拘束された。一般の兵士も800人以上が殺害され、2000人以上が拘束されている。
情報当局によれば、戦場のタリバン兵は散り散りになり混乱している。指揮官が殺害されても後任はなかなか送り込まれない。
タリバン兵が数人や数十人単位で降伏するケースもあるという。現在約200人のタリバン兵が、投降するために南部のヘルマンド州から西部のヘラート州に向かっているとの情報もある。

ただ大規模な、あるいは幹部レベルの降伏の前兆とまではいかないようだ。先の200人のタリバン兵は仲間からの報復を恐れて移動しているという。また、寝返ってから再び寝返ることはアフガニスタンの戦士の「伝統」で、きょう降伏しても明日は戦っているかもしれない。
それでも、流れは変わりつつある。戦争に懐疑的だった米高官は最近のメールで「それなりに成功しそうな、それなりの作戦が実施されている」と書いている。NATOの顧問は3ヵ月前は完全に悲観的だったが、「今はどちらかというと楽観的だ」と語る。ただし、これらは「戦略的」成功ではなく「戦術的」進歩に関する発言だ。(後略)【10月27日号 Newsweek日本版】
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【多難な前途】
上記記事は、こうした軍事作戦に比重を移したアメリカ戦略変更が成功するかどうかのカギとして、2点を指摘しています。
ひとつは、軍事作戦強化によって仮にタリバン側が交渉の席に着かざるを得ない状況になったとしても、和解を継続させて政治的安定につなげるためには、経済が成長して、信頼できる司法制度が確立し、基本的な公共サービスが定着しなければならない・・・つまりは、結局カルザイ政権が当事者としての責任を果たす意思と能力があるかという問題で、COINの重要性に話は戻ってしまいます。

もうひとつ、「予測不能な要素」として北部同盟の存在があげられています。
“北部同盟はタリバン政権時代の反体制派で、01年に米軍がタリバン政権を倒した際には協力した。
カルザイ政権の発足に伴い北部同盟は武装解除したが、カルザイとタリバンの間で権力分担の合意が結ばれてタリバンが連立政権に復帰するようなことがあれば、彼らは再び武器を手に取るかもしれないとも懸念されている。そうなれば内戦が再開しかねない。”【同上】

記事の結論は“幕引きへの道は突然、少しだけ明るくなった。しかしどのように終結して、その後どうなるのかは、相変わらず見えてこない。”というものです。

大統領は、「11年7月」は米軍がアフガニスタンから撤退を「開始する」期限にすぎず、撤退の規模とペースは状況によると繰り返していますが、アメリカ中間選挙における与党・民主党の歴史的敗北によって、オバマ大統領の選択の幅はますます限定されるものになっていきます。
カルザイ政権は頼りにできず、隣国パキスタンの強力にも疑問符がつく状況、更に欧州各国は厭戦気分と軍事費削減によってアフガニスタンから手を引きたがっている、撤退開始期限はすでに明言している・・・なんとも厄介です。

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ブラジル  次期大統領に「鉄の女」ルセフ氏、「未開封の封筒」との批判も

2010-11-02 20:26:18 | 国際情勢

(カリスマ大統領ルラ(右)から託された十字架を背負っていけるか注目されるルセフ次期大統領(左)
“flickr”より By Valter Figueira http://www.flickr.com/photos/sargentofigueira/5137615279/ )

【元左翼ゲリラの「鉄の女」】
中国・インドと並び新興国の雄とされるブラジル。
経済は昨今の世界的不況をほぼ無傷で切り抜け、今年の上半期は10%の成長を達成。
また、昨年には大西洋沖の海底で巨大油田が発見され、14年のサッカー・ワールドカップ、16年の夏季五輪の誘致にも成功・・・と、将来にも明るい話題が。

そのブラジルを牽引してきたルラ大統領の後継に、元左翼ゲリラの経歴(64~85年の軍事政権時代には投獄されて拷問を受けたことも)を持つ、これまで公職には立候補すらしたことのなかった政治的には未知数に近い女性候補ルセフ氏が、予想通り決選投票で当選したことが広く報じられています。

****ブラジル初の女性大統領 ルセフ氏 妥協許さぬ「鉄の女」*****
ブラジル大統領選決選投票の投開票が10月31日、行われ、選管当局は現職のルラ大統領から後継指名された与党・労働党のジルマ・ルセフ元官房長官(62)が、野党・ブラジル社会民主党、ジョゼ・セラ前サンパウロ州知事(68)を抑え、勝利したと発表した。
今年、7・5%の成長が予測される好調な経済を背景に、現状維持を望む民意をすくい上げた形。有力新興国(BRICs)の一角として、今や世界経済の牽引(けんいん)車としての役割を期待される同国を初の女性大統領として率いることになる。

ルセフ氏は裕福なブルガリア系移民の家に生まれ、大学時代、当時の軍政に反対し左翼ゲリラ組織に所属した。1970年に逮捕され、拷問にさらされながら約3年を獄中で過ごした。
釈放後は武装革命の可能性に見切りをつけ、左翼政党に所属しながら地方行政で手腕を発揮。2000年に現在の労働党に移り、ルラ大統領に見いだされた。
政治家より優秀な官僚として頭角を現した感が強く、目標実現に妥協を排して突き進む迫力から「鉄の女」と呼ばれ、身なりにも構わないイメージがあった。しかし、大統領選出馬に際して眼鏡をコンタクトレンズに変え、化粧や髪形にも気を配るようになった。
ルセフ氏の今後の課題はルラ氏による「院政」の観測や、次期大統領選へのルラ氏の再出馬といったうわさの払拭(ふっしょく)。14年にサッカーW杯、16年に夏季五輪の自国開催を控え、社会基盤整備や治安対策も待ったなしだ。【11月2日 産経】
******************************
なお、「鉄の女」の異名は、“目標実現に妥協を排して突き進む迫力”だけでなく、その無表情さからもきているとか。

【「ルラ、勝利」】
先ほど“予想通り”と書きましたが、それはここ数カ月の話で、今年4月頃までは、大方の予想は野党のセラ前サンパウロ州知事の当選で中南米の左派政権の一角が崩れる・・・というものでした。世論調査でもセラ氏が圧倒的にリードしていました。

それが、見る見るうちにルセフ氏がその差を縮め、ついに逆転してリードを広げ、第1回投票で当選を決めるのでは・・・とまで予想されるようになったのは、ひとえにルラ大統領の強力な後押しがあったからにほかなりません。
ルラ大統領は公示前から全国各地へ彼女を連れ歩き、公共事業の起工式にも出席。ルセフ氏の遊説にも同行し、彼女を自分の「後継者」として有権者に紹介しました。

ルセフ氏も選挙期間中、「ルラの路線を歩み続けよう!」と選挙演説で繰り返しました。
(もっとも、対立候補のセラ氏もルラ路線継承を訴えていましたが)
有権者も、ルセフ氏にではなく、“ルラが支持する候補”に票を投じた・・・というのが実際のところです。
ルラによるルラのための選挙・・・そんな感じで、地元紙も選挙結果を「ルラ、勝利」と報じたそうです。

【重い十字架】
政治的には未知数に近いルセフ氏に対し、野党セラ候補は“ルセフに投票するのは「未開封の封筒」を選ぶようなものだと言った。”そうです。【10月13日号 Newsweek日本版】
そのNewsweek誌が、これからルセフ新大統領背負うことになる「後継者の十字架」について報じています。

****新大統領が背負う 後継者の十字架*****
ブラジル 卓越した個性と政治力で国を導いた現職ルラからバトンを渡される新大統領への大き過ぎる「遺産」
・・・・もっとも、心配なのはルセフの過激な過去ではない(64~85年の軍事政権時代には投獄されて拷問を受けた)。彼女が再び銃弾ベルトを肩に担ぎ、国の舵を極左に切ることはないだろう。
現職のルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領の下で鉱業・エネルギー相と官房長官を務めたルセフは、数字と円グラフを使いこなす有能な現実主義者であることを実証してきた。選挙戦中も有権者や経済界、マスコミに向けて、インフレを抑制し、国の借金を返して市場経済の基本原則を尊重すると繰り返し強調してきた。
それ以上に重要なのは、自分を後継者に指名したルラに従うと、ルセフが明言していることだ。ルラは優れた統率力と政治的良識でブラジルの安定と繁栄を維持してきた。「ルラの路線を歩み続けよう!」と、ルセフは選挙演説で繰り返した。

問題は、それが決して容易でないことだ。大統領として2期8年、ルラは国内では緊縮財政を行い、国外では不遜に見えるほど強気に振る舞ってきた。
不安定だったブラジル経済を安定させ、国際社会の要人や債権者からは称賛を勝ち取った。イランのマフムード・アハマディネジヤド大統領やキューバのカストロ兄弟など、欧米嫌いの独裁者や野蛮な指導者もうまくおだててきた。
ルラの市場志向の経済政策から取り残されたように感じていた国内の左派勢力も懐柔した。3万1000人以上の政府雇用を含む公共サービス部門の雇用を創出して彼らを取り込み、中道左派の連立政権を利権と特権で手なずけ、大統領としてほぼ無制限の権力を握ったのだ。
ルラは市場原理主義者ではないが、競争の激しい世界経済で生き残るために必要な嗅覚がずばぬけている。批判やスキャンダルに強い「テフロン宰相」でもある。一連の汚職スキャンダルや違法行為で官房長官2人を含む側近中の側近や議員たちが失脚しても、彼は無傷だった。

このような問題の手綱をさばくには、カリスマ性と外交手腕と優れた政治力が必要だ。そんな資質を兼ね備えた指導者は中南米にはほとんどおらず、もちろんルセフにだってそれはない。(中略)
ルセフが目指す「第2のルラ」への道は険しい。軍事政権時代に労働組合の指導者として政界に入ったルラは、群衆に囲まれても絵になり、根回しが得意だ。
対照的に、ルセフは有能で厳格な監督タイプで、部下を叱り飛ばす短気な性格でも知られている。労働党では新参者で、公職に選出されるどころか立候補した経験さえなかった。時々覇気のない表情を見せ、遊説中は無防備な感じさえするときがあった。(中略)

とはいえ、ブラジル大統領として成功するカギは、具体的な公約より厄介な連立政権を掌握できるかどうかだ。ルラは連立政権内の対立を巧みに操った。保守派を議会の主要ポストに就け、財政強硬派を中火銀行に置きながら、有力閣僚には左派の盟友を指名した。
ルセフはルラを見習えるだろうか。予兆と言えそうなのは彼女の側近に、市場経済派のアントニオ・パロシ前財務相と大きな政府を提唱するルシアノ・コウチーニョBNDES総裁がいることだ。
「ルセフ政権は、対野党ではなく連立与党内で深刻な衝突が起こるだろう」と、政治学者のアルベルト・カルロス・アルメイダは予想する。既にルセフ政権の誕生を前提に、主導権争いが始まっている。

野心あふれるブラジルには統率力のある指導者が必要だ。やりかけの改革は山積みで、年金制度は毎年240億ドルの赤字を垂れ流し、企業も国民も新興諸国の中でとりわけ高い税金を払っている。
これらの難題も、退陣を前に自分の後継者を当選させることに心血を注いできたルラにとっては、些細なことにすぎなかったかもしれない。しかし前途を見詰めるルセフにしてみれば、当選までの苦労はまるで遊びみたいなものに思えるだろう。【10月13日号 Newsweek日本版】
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ルセフ氏は、経済政策については、市場重視の方向を打ち出しています。
****ブラジルのルセフ次期大統領、市場重視型の移行チーム結成****
ブラジル大統領選での勝利から一夜明けた1日、与党・労働党のルセフ次期大統領は、来年1月1日の就任を前に市場重視型の移行チームを結成した。側近筋がロイターに対し明らかにした。
チームは7名で、そのほとんどが労働党内の穏健派メンバーだという。

側近筋によると、ルラ政権で財務相を務めた経験もあるアントニオ・パロシ氏やブラジル労働党のドゥトラ党首、ベロ・オリゾンテ元市長のフェルナンド・ピメンテル氏、ルラ大統領の外交政策アドバイザーを務めたマルコ・アウレリオ・ガルシア氏などが移行チームのメンバーに任命された。中でもパロシ氏は米金融業界の支持も厚く、ルセフ新政権でも重要ポストに就く可能性が高いとみられている。

就任後にルセフ次期大統領がまず直面する課題は、2年ぶり高値圏にあるレアル相場の問題だ。ルセフ氏はルラ大統領の提案で、20カ国・地域(G20)首脳会議出席のため韓国ソウル入りするルラ大統領に同行する見通し。【11月2日 ロイター】
*********************************

上記記事にもあるように、ブラジルは今、通貨レアル相場の高騰に苦慮しています。
米欧など主要国が自国通貨を安く誘導する現状を「通貨戦争」と呼び、特にドル安を事実上放置しているアメリカ政府の通貨政策を批判する急先鋒だったマンテガ財務相は、その当てつけか、先月22~23日に韓国・慶州で開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議を欠席しました。

今月の20カ国・地域(G20)首脳会議出席には、ルセフ氏がルラ大統領に同行するようです。
ルラ大統領は、ルセフ氏の次の大統領選挙で復職し、自分の手でオリンピックを・・・とも噂されていますが、当分ルラ氏指導のもとでの政権運営が行われそうです。

一番の課題は、通貨問題などの政策課題よりも、Newsweek誌にもあるように、ルセフ氏が連立政権を束ねる指導力を発揮できるか・・・という政治手腕ではないでしょうか。
数々の側近のスキャンダルを切り抜け、卓越した指導力を発揮した「テフロン宰相」ルラ大統領から後継を託された「鉄の女」ルセフ氏の背負う十字架は重いものがありそうです。


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イラク  国内・脱出先で窮地に立たされるキリスト教徒

2010-11-01 15:00:36 | 世相

(バグダッドのキリスト教会でのミサに参加する少女  “flickr”より By Directions to Orthodoxy
http://www.flickr.com/photos/directionstoorthodoxy/4214131130/ )

【イスラム、ユダヤ教との共存を呼びかける声明】
イラクはイスラム教徒が95%を占めていますが、アッシリア人と少数民族を中心に4%ほどのキリスト教徒も存在しています。【ウィキペディアより】
しかし、03年のイラク戦争開戦後はイスラム過激派によるキリスト教徒の迫害が深刻化し、大量の国外脱出が起きています。
こうした事態を憂慮したバチカンは、23日、イスラム、ユダヤ教との共存を呼びかける声明を発表しました。

****中東でのキリスト教徒の危機訴え 中東司教会議が声明****
バチカンで開かれていた中東司教会議は23日、法王ベネディクト16世も出席した最終会合を開き、中東でキリスト教徒が存亡の危機にあることを世界に訴え、イスラム、ユダヤ教との共存を呼びかける声明を発表した。
声明は、イスラエル占領下でキリスト教徒のパレスチナ人が移動の自由を奪われ、家屋を破壊されていることや、イラクでキリスト教徒の殺害や教会への攻撃が続いているとした。そのうえで国際社会に対して、パレスチナではイスラエルとの2国家解決の実現を、イラクでは宗教や民族にかかわらず市民の安全が確保されるよう訴えた。【10月24日 朝日】
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【「イスラムと戦う不信心者の拠点を攻撃した」】
しかし残念ながら、現実はバチカンの訴えとは逆の様相を示しています。
****イラク:キリスト教会で人質事件 7人死亡、13人負傷****
イラクの首都バグダッドで31日夕、武装した男数人が日曜日の礼拝のため約100人が集まっていたキリスト教会に侵入し、信者らを人質に取って立てこもった。約4時間後にイラク治安部隊が突入し、銃撃戦の末、解決したが、ロイター通信によると少なくとも人質7人が死亡、13人が負傷した。死傷者は今後増える可能性もある。国際テロ組織アルカイダ系団体が同日、犯行声明を出した。

現場の教会は市中心部のカラダ地区にあり、04年8月にも爆弾テロの被害にあった。03年のイラク戦争開戦後はイスラム過激派によるキリスト教徒の迫害が深刻化し、大量の国外脱出が起きている。
現地からの報道によると、武装集団は8~9人。証券取引所を襲撃して警官2人を射殺し民間人4人を負傷させたが、治安要員と銃撃戦になったため、近くの教会に立てこもった。イラク治安部隊は、米軍の支援を受けて突入作戦を行った。部隊側にも死傷者が出た模様だ。

アルカイダ系の団体「イラク・イスラム国(ISI)」は同日、インターネットで犯行声明を出し、「イスラムと戦う不信心者の拠点を攻撃した」などと述べた。
地元テレビ局バグダディヤによると、犯人の一人でISIメンバーを名乗る男が同局に電話で、アフガニスタンとエジプトで拘束中のアルカイダ関係者の釈放を要求した。男はイラク方言でなく「フスハー」と言われる標準的アラビア語で話したという。【11月1日 毎日】
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別報道によれば、事件による死者は47名になったと報じられています。
上記【毎日】によれば、“治安要員と銃撃戦になったため、近くの教会に立てこもった”とのことで、当初からキリスト教会を標的にしていた訳でもないようです。それとも計画に入っていたのでしょうか。

【「家も家財道具も売り払ってイラクから脱出したわれわれに戻る場所などない」】
いずれにしても、イラクにおけるキリスト教徒、また迫害を恐れて難民となったキリスト教徒の立場は厳しいものがあります。

****イラク難民の今 本国送還に傾くスウェーデン 過激派恐れ…姿消す****
2003年のイラク戦争開戦とその後の国内の混乱の中で起きた激しい宗派抗争を逃れたイラク難民が数多く暮らす市がスウェーデンにある。首都のストックホルムから列車で約40分のセーデルテリエ市(人口6万人)。難民が市の人口の1割を超え、その多くは少数派のキリスト教徒だ。だが、欧州各国の趨勢(すうせい)は「イラクの治安は回復した」として、難民の本国送還に向かいつつあり、イスラム過激派のテロを恐れる人々が送還を逃れるために次々と姿を隠している。(スウェーデン南部セーデルテリエ市 木村正人)

イラクで弁護士をしていたというテルー・ガリさん(66)はつえをついてセーデルテリエ駅に現れた。1960年代に英海軍兵学校に留学し、イラクでは軍歴もある。いったん米国に移住したが、湾岸戦争後に帰国。2000年、サダム・フセイン大統領(当時)の弾圧強化を恐れて再び脱出した。
「イラク攻撃でフセイン政権が崩壊した後、イスラム過激派は、キリスト教の米英がイスラム教に戦争を仕掛けたと宣伝し、イラクのキリスト教徒も敵視され、テロの標的となった。20余りのキリスト教会が爆破された」と語る。
イラク空軍で輸送機や爆撃機の乗務員をしていたガリさんの息子(41)はフセイン政権崩壊後、駐留米軍のトラック運転手をしていたため過激派に狙われ、シリアに逃れた。07年に妻と子供2人を連れてスウェーデンに密入国したが、翌年、難民申請を却下され、数カ月前、家族と姿を隠した。本国送還を逃れるためだ。

 ≪「街頭に出るな」≫
ガリさんは「イラク難民を支援してきたキリスト教会は申請を却下された人に『列車やバスに乗るな。街頭に出るな』と助言している。警察に見つかると本国に強制送還されるからだ」と表情を曇らせた。
今年に入って同市の学校からイラク人の子供50~100人が姿を消した。大人も含めると計400~500人が、どこかで息を潜めて暮らしている。
07年には欧州全体の42%にあたる1万8559人のイラク人がスウェーデンに難民申請を行い、その80%が認定された。セーデルテリエ市のイラク難民は現在、計7千人に達している。
08年4月、同市のラゴ市長は米議会に呼ばれて証言し、「難民を拒絶するわけではないが、市の限界を超えている」と訴えた。当時、上院議員だったオバマ大統領は市長と会談し、米国がテロを警戒して年間700人程度しか受け入れていなかったことに「恥ずかしい」と語った。米国はその後、駐留米軍への協力者を中心に年間1万人以上を受け入れるようになった。

スウェーデンは、欧州連合(EU)にもイラク難民の受け入れ拡大を求めたが、各国の反応は冷たかった。スウェーデン政府は難民が集中するのを避けるため、寛容政策を転換。移民控訴裁判所が「イラクの治安は回復し、難民認定には各個人の証明が必要」と判断したことを受け、08年2月、イラク人の帰国を進めることでイラク政府と合意した。昨年の難民認定は申請者の26%にとどまり、今年は7月までに390人が送還された。

 ≪「戻る場所ない」≫
イラク難民の認定を厳しくしたのはスウェーデンだけではない。英国も05年にイラクと覚書を交わし、認定の門は格段に狭くなった。デンマーク当局は昨年8月、本国送還を拒否するイラク人が隠れるキリスト教会を急襲して17人を逮捕。ノルウェーは今年、185人を本国送還した。
セーデルテリエ市で難民を対象にコンピューター教室を開くドゥレイド・ベヘナムさん(36)はシャツをまくり、右腕の銃創を示した。「イラクのアルカーイダ組織が職場に押し入り、機関銃で撃ち抜かれた。4年前に2万ドル(約170万円)を払って密入国業者の手引きで妻と2歳の娘を連れてトルコ経由で逃げた」という。
ガリさんは「家も家財道具も売り払ってイラクから脱出したわれわれに戻る場所などない」と訴えた。【9月22日 産経】
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聖戦を掲げるイスラム過激派にとって、米英と同じ宗教を奉じるキリスト教徒イラク人は“裏切り者”として殺害の対象となることでしょう。そうした状況で、実際米英に協力したキリスト教徒もいたことでしょう。

「家も家財道具も売り払ってイラクから脱出したわれわれに戻る場所などない」難民、本国送還を強化する受け入れ国、イラク国内でのイスラム過激派の迫害・・・現実は過酷です。

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