(インド・ムンバイ “flickr”より Joe Athialy http://www.flickr.com/photos/60358070@N00/2315027130/in/photolist-4wz7US-57J1wc-5cCw2S-5e3VZa-5fbdG6-5mdrAi-5pkXYU-62QceM-62Tx1W-69kWe6-6oe3si-6oibnw-6DFahT-6DFaDi-6Wr1bm-6XsvNi-6ZgtLQ-7gW9u4-7qDvzT-7BMSqZ-dHa4WX-e7LPJV-7R3gKo-bWrn9K-bWrnot-bWrnpB-9DWCHJ-cdNHqo-bWrn5e-aq7F31-9d1op4-8hifcm-aFVKWK-8AsY1V-bDkch9-9SC1vA-9ioYcZ-egKnBJ-cgRHkW-cdNAxQ-bjNKwy-bxHE9D-bxHFiK-bxHFX6-bxHEKi-b8o1pr-b8nW1B-b8nYgF-b8o3sc-7Shcpt-7SheyH)
【山積する社会問題】
良いことが話題とされることは少ないが、悪いことは話題になりやすいということで、世の中のニュースは総じて“悪いこと”が取り上げられる傾向にあります。
インドに関する最近のニュースも、集団レイプ事件に見られる女性の権利が十分に認められていない社会状況、小学校給食による大量死亡事件に見られる安全管理の問題や根底にある貧困の問題など、芳しくないものが多くなっています。
交通インフラの未整備もあって、“インドは世界で最も交通事故による死者が多い国の一つとされ、政府の統計によれば、2011年の死亡者数は13万1834人に上る”【8月13日 AFP】そうですが、昨日も大きな事故が起きています。
2008年6月28日ブログ「インド・ムンバイ 最も危険な列車と女子登校促進“現ナマ”作戦」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080628)でも触れたように、陸橋が整備されていないため“駅構内の線路を横断中の事故”が事故原因の半数近くを占めますが、昨日の事故もそのひとつのようです。
ただ、犠牲者の数が多いだけでなく、暴動に発展したあたりに、インド社会に鬱積した不満も感じられます。
****インドで列車事故、35人死亡****
インド東部ビハール(Bihar)州で19日、州間高速鉄道の急行列車が線路を横断していたヒンズー教の巡礼者に突っ込み35人が死亡、数十人が負傷する事故が発生した。事故に怒った群衆が現場に押しかけ暴徒化したという。
警察当局によると、事故発生当時、巡礼者らは駅構内の線路を横断していたという。また、鉄道当局の高官は、巡礼者らは接近する列車に気付いていない様子だったと話している。
「これまでに分かっているだけで、35人が死亡、数十人が負傷している」と、事故現場で治安維持を担当している警察当局者がAFPに話した。
鉄道会社の地元責任者によると、事故発生後、事故の起きた駅には群集が押しかけ、客車6台に放火し駅構内を荒らし回ったという。
インド鉄道理事会の理事長は、事故を起こした列車には現場を通過する許可が出されていたと記者団に話している。また、現場の駅係員から、怒った群衆が列車の運転手を襲うとしたとの報告を受けたという。【8月19日 AFP】
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【『年金』は高齢者の尊厳を保つための、政府によるささやかな支援だ】
交通インフラは、経済が成長していけば改善していくことも可能ですが(財政的に厳しい状況にあるインドにそういう余力があるかどうか・・・という現実的問題はありますが)、次の記事に見られる「老いるインド」の状況はもっと深刻です。
****(アジア成長の限界)人口増加国のわな:上 捨てられる老母 インド・高齢者1億人****
インド北部ブリンダバン。ヒンドゥー教で有数の聖地だが、夫に先立たれた年老いた女性が各地から身を寄せることで知られ、「寡婦の町」と呼ばれる。
寺院が並ぶ町外れにある「女性たちの避難所」では210人が暮らす。インド女性の民族衣装サリーは鮮やかな色合いで目を引くのに、ここの女性は白い布地のものを着ている。
ノミタさん(95)は、インド東部の西ベンガル州出身。6年前、同居していた息子夫婦に家から追い出された。夫が亡くなった後、「息子らは、私の世話に金を使いたくなくなった」。
インドのヒンドゥー教社会では、夫を亡くした女性を不吉な存在と見なす伝統が根強く残る。粗末な食事しか与えられず、地味な白いサリーしか着られない。
住む場所を失ったノミタさんは「せめて聖地で最期を迎えたい」と、ブリンダバンを目指し、この避難所にたどり着いた。
こうした、見捨てられた寡婦を支援する避難所を地元ウッタルプラデシュ州が運営し始めたのは1999年。だが、参拝客でごった返す有名寺院の参道には、避難所に入り切れない寡婦らが並んで物乞いをする。「スペースに限りがあり、全員を受け入れられない」と避難所のパテル施設長。
町内には政府の支援施設が5カ所あり、計1700人が暮らす。民間施設も増え、1カ所で1500人を受け入れている所もある。町の人口約6万人に対し、寡婦は1万5千人との推計があるほどで、あふれかえっている。
人口12億人のインドは、国連の予測では、2028年には14億5千万人になり、人口で世界一になる。現役世代はなお増え続ける一方で、25年には65歳以上も1億人を超え、人口の7%を占める「高齢化社会」に入る。政府の定義による「高齢者」(60歳以上)は今年、1億人に達する。「老いるインド」は、そう遠い未来の話ではない。(中略)
■「60歳以上、半数が困窮」
(中略)保健家族福祉省によると、インド政府の定義による60歳以上の「高齢者」は今年1億人に達する。その8割は農村に住み、3割が政府の定める貧困線を下回る。この貧困線は都市部で1日33ルピー(約50円)、農村で同27ルピーで暮らすという定義。世界銀行が定める国際的基準(1日1・25ドル=120円)よりずっと緩い。
ヘルプエージ・インディアのマシュー・チェリアン最高経営責任者(CEO)は「我々の推計では、60歳以上の5千万人が貧しく、うち2200万人が、寡婦か独身女性。このような最も不利な立場にいる人たちに対する社会保障サービスが足りない」と指摘する。
日本のような公的な医療保険は整備されておらず、家族も貧しいので、老いた親の医療や介護に金をかけられない。そもそも、公立病院の病床数は、7割が都市に集中。大都市には、先端医療を提供する私立病院もあるが、利用できるのはごく一部の富裕層だけだ。
ヘルプエージは1982年に貧しい高齢者を対象に巡回診察を開始。今では大手企業の支援も得て、巡回車80台が全国計840カ所を特定の曜日に訪れる。それでも診察できるのは平均で毎週2万5千人。5千万人とされる国内の貧しい高齢者に対し、民間団体ができる支援には限りがある。(中略)
■親を見捨てた子に罰則
1億人を超えようという高齢者向けの施策を充実しようとすれば、財政負担が増えるのは避けられない。
しかし、インドの財政状況は厳しい。財政赤字は国内総生産(GDP)比の5%前後で推移しており、世界の新興国で最も悪いグループに入っている。
財政を圧迫しているのは貧困対策。その代表例が、食糧と燃料、肥料の補助金だ。10年度の実績では、三つの補助金を合わせ、歳出全体の19%にあたる1兆5396億ルピー(約2兆4300億円)が使われた。貧しい人々からみれば、穀物や灯油などを安く手に入れることができる恩恵だ。
同時に、政治家にとっては、支持獲得に欠かせない「ばらまき施策」になっている。国民会議派を中心とする現政権は、来年とみられる総選挙をにらんで、食糧補助金を拡充する「食糧安全保障法案」を準備している。その対象は貧困線よりも所得が上の人たちにも広がり、人口の7割近くになる。これだけで、国の予算は1兆3千億ルピー(約2兆1千億円)が必要になる。
一方、10年度の保健関連予算は289億ルピー(約460億円)で、このうち高齢者向けの予防診療、リハビリサービス事業は29億ルピー(約46億円)。貧しい高齢者向けには、政府が現金を支給する「年金スキーム」があるが、中央政府と州政府支出分を合わせて、月額わずか400ルピー(約630円)が標準的な支給額になっている。これらの高齢者向けの支援策を合わせると、国の負担は計440億ルピー(約695億円)。食糧、燃料、肥料補助金の合計からみれば3%にすぎない。
インド政府の姿勢を端的に示しているのが、07年に制定された「両親と高齢者の扶養法」だ。子供に対し年老いた親の世話を義務づけ、完全に見捨てた場合、最大で3カ月の懲役刑を科す罰則まで盛り込んだ。
クマリ・セルジャ社会正義・権限付与相は「高齢者の世話は、第一に子の役割で、『年金』は高齢者の尊厳を保つための、政府によるささやかな支援だ。経済発展すれば、高齢者向けの予算を増やす余裕が出てくるだろう」と強調する。
これに対し、経済成長研究所人口研究センターのモニール・アラム教授は「補助金のあり方を見直し、若者や高齢世代に絞って予算配分しないと、高齢化に対応できない」と主張する。
日本など先進国は、経済が成長し、豊かになったあとに高齢化していった。しかし、インドは、社会が貧しいまま、高齢化が進んでいくという前例のない難題に直面しようとしている。(後略)【8月19日 朝日】
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日本も悩んでいる高齢化の問題は、インドだけでなく、例えば中国でも深刻な問題となっています。
下記の高齢者人口の推移をみると、インドはまだよい方で、中国やタイの急速な高齢化の進行が目立つとも言えます。
◆65歳以上の人口と比率【同上】
2010年 2030年
日本 2924万人(23.0%) 3699万人(30.7%)
中国 1億1355万人( 8.4%) 2億3508万人(16.2%)
インド 6110万人( 5.1%) 1億2035万人( 8.2%)
タイ 589万人( 8.9%) 1318万人(19.5%)
フィリピン 347万人( 3.7%) 809万人( 6.3%)
実際、中国でも“社会が豊かになる前に高齢化が進んでいく”という現象に直面している訳ですが、インドの場合、貧困の現状が中国などより厳しいように思えます。
中国も内陸・農村部に膨大な貧困層を抱えていますが、数字の上でも以下のように、インドの1人あたり国民所得は中国の4分の1程度しかありません。
◆1人あたり国民所得(2012年)【同上】
日本 4万7870ドル
中国 5740ドル
インド 1530ドル
タイ 5210ドル
フィリピン 2470ドル
※人口は国連推計(2012年)、国民所得は世界銀行のデータによる
インドを旅行したことは2回しかありませんが、ムンバイの空港からインド門に至る道路沿いに連なるスラムの印象は強烈なものがありました。
走る車の中からほんの1、2分のぞいただけにすぎませんが、それでも、赤茶けた大地、強烈な日差し、車の巻き起こす土埃・・・単に家屋が粗末だという以上に、どうしたらこんなところで人間が暮らせるのか・・・という思いがしました。
絶対的貧困が十分に解消されないままに高齢化が進行し、政府にも対策を講じる力がないというこになると、1億人を超える高齢者の将来は悲惨なものになります。
【鈍化する経済成長】
“経済発展すれば、高齢者向けの予算を増やす余裕が出てくるだろう”とのことですが、インド経済はこのところ伸び悩んでいます。
“2012年度(2012年4月~2013年3月)の実質GDP成長率は前年度比5.0%と7%程度といわれるインドの潜在成長率水準を大きく下回り、2002年度(同4.0%)以来10年ぶりの低成長となった”【6月12日 Asia Biz】
“インドのシン首相は19日、2013/14年度(14年3月まで)の同国経済成長率が従来見通しの6.5%を下回る可能性があると述べた”【7月19日 ロイター】
“マッコーリーは、インドの2013/14年度(4─3月)経済成長率見通しを、6.2%から5.3%に下方修正した”【7月18日 ロイター】
しかも、経済成長に伴う大気汚染・環境破壊など負の側面も、よく話題となる中国以上に深刻なものがあります。
****インド、環境汚染の年間損失800億ドル GDPの5.7%に匹敵****
インドの環境悪化による年間損失額は約800億ドル(約7兆7952億円)で、国内総生産(GDP)の約5.7%に匹敵する。世界銀行による最新報告を現地紙エコノミック・タイムズなどが報じた。
環境悪化の最大要因は化石燃料の燃焼による大気汚染で、調査対象132カ国・地域のうち、インドの人体に影響する大気汚染レベルは中国やパキスタンを上回り最下位だった。
そのほかにも上下水道の未整備や森林破壊などが環境に悪影響をおよぼしている。また、インドでは子供の死亡理由の約25%は環境汚染に起因するという。
世銀の上席環境エコノミストは、経済成長を優先するあまり環境がないがしろにされてきたと警告。「インド政府は環境を保全する技術を取り入れ、持続可能な成長を目指すよう政策転換すべきだ」と指摘している。(後略)【8月20日 産経】
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更に言えば、インド社会にはカースト制度という社会的束縛が未だに根強く存在し、社会改革の妨げともなっています。
「新興国」という言葉には、これから豊かになるというイメージがありますが、インドが本当にこれから豊かな社会を築けるのか・・・いささか不安にもなります。