孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インド  社会が貧しいまま、高齢化が進む

2013-08-20 22:56:14 | 南アジア(インド)

(インド・ムンバイ “flickr”より Joe Athialy http://www.flickr.com/photos/60358070@N00/2315027130/in/photolist-4wz7US-57J1wc-5cCw2S-5e3VZa-5fbdG6-5mdrAi-5pkXYU-62QceM-62Tx1W-69kWe6-6oe3si-6oibnw-6DFahT-6DFaDi-6Wr1bm-6XsvNi-6ZgtLQ-7gW9u4-7qDvzT-7BMSqZ-dHa4WX-e7LPJV-7R3gKo-bWrn9K-bWrnot-bWrnpB-9DWCHJ-cdNHqo-bWrn5e-aq7F31-9d1op4-8hifcm-aFVKWK-8AsY1V-bDkch9-9SC1vA-9ioYcZ-egKnBJ-cgRHkW-cdNAxQ-bjNKwy-bxHE9D-bxHFiK-bxHFX6-bxHEKi-b8o1pr-b8nW1B-b8nYgF-b8o3sc-7Shcpt-7SheyH)

山積する社会問題
良いことが話題とされることは少ないが、悪いことは話題になりやすいということで、世の中のニュースは総じて“悪いこと”が取り上げられる傾向にあります。

インドに関する最近のニュースも、集団レイプ事件に見られる女性の権利が十分に認められていない社会状況、小学校給食による大量死亡事件に見られる安全管理の問題や根底にある貧困の問題など、芳しくないものが多くなっています。

交通インフラの未整備もあって、“インドは世界で最も交通事故による死者が多い国の一つとされ、政府の統計によれば、2011年の死亡者数は13万1834人に上る”【8月13日 AFP】そうですが、昨日も大きな事故が起きています。

2008年6月28日ブログ「インド・ムンバイ 最も危険な列車と女子登校促進“現ナマ”作戦」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080628)でも触れたように、陸橋が整備されていないため“駅構内の線路を横断中の事故”が事故原因の半数近くを占めますが、昨日の事故もそのひとつのようです。

ただ、犠牲者の数が多いだけでなく、暴動に発展したあたりに、インド社会に鬱積した不満も感じられます。

****インドで列車事故、35人死亡****
インド東部ビハール(Bihar)州で19日、州間高速鉄道の急行列車が線路を横断していたヒンズー教の巡礼者に突っ込み35人が死亡、数十人が負傷する事故が発生した。事故に怒った群衆が現場に押しかけ暴徒化したという。

警察当局によると、事故発生当時、巡礼者らは駅構内の線路を横断していたという。また、鉄道当局の高官は、巡礼者らは接近する列車に気付いていない様子だったと話している。

「これまでに分かっているだけで、35人が死亡、数十人が負傷している」と、事故現場で治安維持を担当している警察当局者がAFPに話した。

鉄道会社の地元責任者によると、事故発生後、事故の起きた駅には群集が押しかけ、客車6台に放火し駅構内を荒らし回ったという。

インド鉄道理事会の理事長は、事故を起こした列車には現場を通過する許可が出されていたと記者団に話している。また、現場の駅係員から、怒った群衆が列車の運転手を襲うとしたとの報告を受けたという。【8月19日 AFP】
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【『年金』は高齢者の尊厳を保つための、政府によるささやかな支援だ
交通インフラは、経済が成長していけば改善していくことも可能ですが(財政的に厳しい状況にあるインドにそういう余力があるかどうか・・・という現実的問題はありますが)、次の記事に見られる「老いるインド」の状況はもっと深刻です。

****アジア成長の限界)人口増加国のわな:上 捨てられる老母 インド・高齢者1億人****
インド北部ブリンダバン。ヒンドゥー教で有数の聖地だが、夫に先立たれた年老いた女性が各地から身を寄せることで知られ、「寡婦の町」と呼ばれる。
寺院が並ぶ町外れにある「女性たちの避難所」では210人が暮らす。インド女性の民族衣装サリーは鮮やかな色合いで目を引くのに、ここの女性は白い布地のものを着ている。

ノミタさん(95)は、インド東部の西ベンガル州出身。6年前、同居していた息子夫婦に家から追い出された。夫が亡くなった後、「息子らは、私の世話に金を使いたくなくなった」。
インドのヒンドゥー教社会では、夫を亡くした女性を不吉な存在と見なす伝統が根強く残る。粗末な食事しか与えられず、地味な白いサリーしか着られない。

住む場所を失ったノミタさんは「せめて聖地で最期を迎えたい」と、ブリンダバンを目指し、この避難所にたどり着いた。
こうした、見捨てられた寡婦を支援する避難所を地元ウッタルプラデシュ州が運営し始めたのは1999年。だが、参拝客でごった返す有名寺院の参道には、避難所に入り切れない寡婦らが並んで物乞いをする。「スペースに限りがあり、全員を受け入れられない」と避難所のパテル施設長。

町内には政府の支援施設が5カ所あり、計1700人が暮らす。民間施設も増え、1カ所で1500人を受け入れている所もある。町の人口約6万人に対し、寡婦は1万5千人との推計があるほどで、あふれかえっている。

人口12億人のインドは、国連の予測では、2028年には14億5千万人になり、人口で世界一になる。現役世代はなお増え続ける一方で、25年には65歳以上も1億人を超え、人口の7%を占める「高齢化社会」に入る。政府の定義による「高齢者」(60歳以上)は今年、1億人に達する。「老いるインド」は、そう遠い未来の話ではない。(中略)

 ■「60歳以上、半数が困窮」
(中略)保健家族福祉省によると、インド政府の定義による60歳以上の「高齢者」は今年1億人に達する。その8割は農村に住み、3割が政府の定める貧困線を下回る。この貧困線は都市部で1日33ルピー(約50円)、農村で同27ルピーで暮らすという定義。世界銀行が定める国際的基準(1日1・25ドル=120円)よりずっと緩い。

ヘルプエージ・インディアのマシュー・チェリアン最高経営責任者(CEO)は「我々の推計では、60歳以上の5千万人が貧しく、うち2200万人が、寡婦か独身女性。このような最も不利な立場にいる人たちに対する社会保障サービスが足りない」と指摘する。

日本のような公的な医療保険は整備されておらず、家族も貧しいので、老いた親の医療や介護に金をかけられない。そもそも、公立病院の病床数は、7割が都市に集中。大都市には、先端医療を提供する私立病院もあるが、利用できるのはごく一部の富裕層だけだ。

ヘルプエージは1982年に貧しい高齢者を対象に巡回診察を開始。今では大手企業の支援も得て、巡回車80台が全国計840カ所を特定の曜日に訪れる。それでも診察できるのは平均で毎週2万5千人。5千万人とされる国内の貧しい高齢者に対し、民間団体ができる支援には限りがある。(中略)

 ■親を見捨てた子に罰則
1億人を超えようという高齢者向けの施策を充実しようとすれば、財政負担が増えるのは避けられない。
しかし、インドの財政状況は厳しい。財政赤字は国内総生産(GDP)比の5%前後で推移しており、世界の新興国で最も悪いグループに入っている。

財政を圧迫しているのは貧困対策。その代表例が、食糧と燃料、肥料の補助金だ。10年度の実績では、三つの補助金を合わせ、歳出全体の19%にあたる1兆5396億ルピー(約2兆4300億円)が使われた。貧しい人々からみれば、穀物や灯油などを安く手に入れることができる恩恵だ。

同時に、政治家にとっては、支持獲得に欠かせない「ばらまき施策」になっている。国民会議派を中心とする現政権は、来年とみられる総選挙をにらんで、食糧補助金を拡充する「食糧安全保障法案」を準備している。その対象は貧困線よりも所得が上の人たちにも広がり、人口の7割近くになる。これだけで、国の予算は1兆3千億ルピー(約2兆1千億円)が必要になる。

一方、10年度の保健関連予算は289億ルピー(約460億円)で、このうち高齢者向けの予防診療、リハビリサービス事業は29億ルピー(約46億円)。貧しい高齢者向けには、政府が現金を支給する「年金スキーム」があるが、中央政府と州政府支出分を合わせて、月額わずか400ルピー(約630円)が標準的な支給額になっている。これらの高齢者向けの支援策を合わせると、国の負担は計440億ルピー(約695億円)。食糧、燃料、肥料補助金の合計からみれば3%にすぎない。

インド政府の姿勢を端的に示しているのが、07年に制定された「両親と高齢者の扶養法」だ。子供に対し年老いた親の世話を義務づけ、完全に見捨てた場合、最大で3カ月の懲役刑を科す罰則まで盛り込んだ。
クマリ・セルジャ社会正義・権限付与相は「高齢者の世話は、第一に子の役割で、『年金』は高齢者の尊厳を保つための、政府によるささやかな支援だ。経済発展すれば、高齢者向けの予算を増やす余裕が出てくるだろう」と強調する。

これに対し、経済成長研究所人口研究センターのモニール・アラム教授は「補助金のあり方を見直し、若者や高齢世代に絞って予算配分しないと、高齢化に対応できない」と主張する。
日本など先進国は、経済が成長し、豊かになったあとに高齢化していった。しかし、インドは、社会が貧しいまま、高齢化が進んでいくという前例のない難題に直面しようとしている。(後略)【8月19日 朝日】
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日本も悩んでいる高齢化の問題は、インドだけでなく、例えば中国でも深刻な問題となっています。
下記の高齢者人口の推移をみると、インドはまだよい方で、中国やタイの急速な高齢化の進行が目立つとも言えます。

◆65歳以上の人口と比率【同上】
        2010年           2030年
日本     2924万人(23.0%)   3699万人(30.7%)
中国   1億1355万人( 8.4%) 2億3508万人(16.2%)
インド    6110万人( 5.1%) 1億2035万人( 8.2%)
タイ      589万人( 8.9%)   1318万人(19.5%)
フィリピン   347万人( 3.7%)    809万人( 6.3%)

実際、中国でも“社会が豊かになる前に高齢化が進んでいく”という現象に直面している訳ですが、インドの場合、貧困の現状が中国などより厳しいように思えます。

中国も内陸・農村部に膨大な貧困層を抱えていますが、数字の上でも以下のように、インドの1人あたり国民所得は中国の4分の1程度しかありません。

◆1人あたり国民所得(2012年)【同上】
日本   4万7870ドル
中国     5740ドル
インド    1530ドル
タイ     5210ドル
フィリピン  2470ドル
 ※人口は国連推計(2012年)、国民所得は世界銀行のデータによる

インドを旅行したことは2回しかありませんが、ムンバイの空港からインド門に至る道路沿いに連なるスラムの印象は強烈なものがありました。

走る車の中からほんの1、2分のぞいただけにすぎませんが、それでも、赤茶けた大地、強烈な日差し、車の巻き起こす土埃・・・単に家屋が粗末だという以上に、どうしたらこんなところで人間が暮らせるのか・・・という思いがしました。

絶対的貧困が十分に解消されないままに高齢化が進行し、政府にも対策を講じる力がないというこになると、1億人を超える高齢者の将来は悲惨なものになります。

鈍化する経済成長
“経済発展すれば、高齢者向けの予算を増やす余裕が出てくるだろう”とのことですが、インド経済はこのところ伸び悩んでいます。

“2012年度(2012年4月~2013年3月)の実質GDP成長率は前年度比5.0%と7%程度といわれるインドの潜在成長率水準を大きく下回り、2002年度(同4.0%)以来10年ぶりの低成長となった”【6月12日 Asia Biz】

“インドのシン首相は19日、2013/14年度(14年3月まで)の同国経済成長率が従来見通しの6.5%を下回る可能性があると述べた”【7月19日 ロイター】

“マッコーリーは、インドの2013/14年度(4─3月)経済成長率見通しを、6.2%から5.3%に下方修正した”【7月18日 ロイター】

しかも、経済成長に伴う大気汚染・環境破壊など負の側面も、よく話題となる中国以上に深刻なものがあります。

****インド、環境汚染の年間損失800億ドル GDPの5.7%に匹敵****
インドの環境悪化による年間損失額は約800億ドル(約7兆7952億円)で、国内総生産(GDP)の約5.7%に匹敵する。世界銀行による最新報告を現地紙エコノミック・タイムズなどが報じた。

環境悪化の最大要因は化石燃料の燃焼による大気汚染で、調査対象132カ国・地域のうち、インドの人体に影響する大気汚染レベルは中国やパキスタンを上回り最下位だった。

そのほかにも上下水道の未整備や森林破壊などが環境に悪影響をおよぼしている。また、インドでは子供の死亡理由の約25%は環境汚染に起因するという。

世銀の上席環境エコノミストは、経済成長を優先するあまり環境がないがしろにされてきたと警告。「インド政府は環境を保全する技術を取り入れ、持続可能な成長を目指すよう政策転換すべきだ」と指摘している。(後略)【8月20日 産経】
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更に言えば、インド社会にはカースト制度という社会的束縛が未だに根強く存在し、社会改革の妨げともなっています。

「新興国」という言葉には、これから豊かになるというイメージがありますが、インドが本当にこれから豊かな社会を築けるのか・・・いささか不安にもなります。
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シリア内戦  クルド人と反体制派アルカイダ系武装組織の衝突が激化

2013-08-19 22:17:54 | 中東情勢

(国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が公開した、シリアからイラク北部のクルド人自治区に逃れてきたシリアのクルド人たち(2013年8月15日撮影、2013年8月18日公開)【8月19日 AFP】http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2962495/11211913)

シリア国内でクルド人とイスラム原理主義者との戦闘が激化
内戦が続くシリアには北部を中心に400~600万人といわれるグルド人が暮らしています。

クルド人は、シリアだけでなくこの地域の国境をまたがってトルコ、イラク、イランなどに分布しており、独自の国家を持たない世界最大の民族集団であること、イラクでは自治政府を形成し、マリキ中央政権と緊張関係にもあること、トルコでは長年の反政府武力闘争を行ってきたクルディスタン労働者党(PKK)が闘争を停止しイラクへ段階的撤退をしていることなど、これまでもたびたび取り上げてきました。

“国家を持たない世界最大の民族集団である”だけに、クルド人の動向は現在の国境線の変更、新たな混乱・戦闘にもつながりかねない要素をはらんでいます。

シリアではアルカイダ系のイスラム過激派とクルド人の間の戦闘が激化し、多数の難民がイラクに向かっています。

****シリアのクルド人が大挙してイラクに流入、激化する戦闘逃れ****
内戦状態のシリアからここ数日、クルド人たちが大挙して隣国イラクに避難していると、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が18日、明らかにした。

国連(UN)によると国境を越えてイラクに避難してきたクルド人難民の数は、15日以降だけで既に1万5000人以上に上っているという。シリア国内でクルド人とイスラム原理主義者との戦闘が激化していることから、人数は今後さらに増える見込みだ。

これまでイラクに流入するシリア難民の数は他の近隣諸国に比べて少なかったが、急激な難民の増加で、現地の国連難民高等弁務官事務所は対応に追われている。

イラク北部のクルド人自治区に逃げてきた難民のほとんどは、女性や子ども、高齢者だ。

自治区の首府アルビルの西方に建設中のQuru Gusik難民キャンプでは数千人を受け入れているが、基本的な支援が足りておらず、残る難民たちは近くのスレイマニヤへと移されることになっている。

■シリア北部でアルカイダ系組織とクルド人が戦闘
シリア北部と北東部では昨年、バッシャール・アサド大統領の政府軍が撤退し、以降多数派を形成するクルド人の自治下にあった。
ところが、国際テロ組織アルカイダと関係のある武装組織がイラクのイスラム原理主義グループとの連携を強めるためにこの地域に注目し、地域のクルド人民兵との間で死者を出す戦闘が続いていた。

5人の子どもを連れて避難してきたアブドルカリムさんは、「シリア北部は戦争状態にあり、略奪などが起きている」と話し、「ひとかけらも食べ物を見つけられなかったので、子どもたちと逃げてきた」と続けた。

シリア北東部カミシュリから逃げてきたというファドヘルさんも、「紛争が始まって、人々が首を切られたり殺されたりしている。それに仕事もない」と語った。

イラク・クルド民主党(KDP)のマスード・バルザニ議長は今月初め、シリアのクルド人を守るために介入する可能性に言及し、内戦が周辺国へ拡大する新たな兆候を示していた。

シリア内戦によって国外に逃れた難民は現在190万人を超える。多くはレバノン、ヨルダン、トルコに避難している。
国連によればイラク国内には、最近の大規模流入以前の数字で約15万5000人のシリア難民がおり、その多くはクルド人だという。【8月19日 AFP】
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アサド政権と反体制派の内戦が続くシリア国内において、第3勢力としてのクルド人の立ち位置は微妙なものがあります。実際、これまでアレッポの攻防では、アサド政権側についたことも、反体制派側に組したこともあります。

クルド人は長年少数民族として政権から迫害を受けてきた歴史がありますが、その迫害に加担してきたという点ではスンニ派アラブ人と主体とする反体制派も同列であり、反体制派への不信感もあります。

また、“アサド政権はトルコ内で反政府独立闘争を行ってきたクルド人組織クルディスタン労働者党(PKK)を援助してきました。シリアのクルド人の中で唯一自前の武装組織、人民保護部隊(YPG)を擁し最大の勢力を持つ民主連合党(PYD)はそのPKKの支部である”【5月9日 hemojiの放言ブログ 】(http://blogs.yahoo.co.jp/winterfall_obm/archive/2013/05/09)という、アサド政権につながる組織関係もあるようです。

そのため、“シリア北部と北東部では昨年、バッシャール・アサド大統領の政府軍が撤退し、以降多数派を形成するクルド人の自治下にあった”というように、政権側もクルド人に委ねる形をとってきました。

バルザニ議長:軍事的介入も辞さず
しかし、ここにきて、アサド政権の支配が及んでいないこの北部地域に目を付けた反体制派の一翼を担うアルカイダ系武装組織とクルド人の間で戦闘が激化しています。

【8月10日 Russia Today】(http://rt.com/news/iraq-kurds-syria-defend-342/)によれば、“月曜日(8月5日でしょうか)トルコ国境近いTal Abyadの町をアルカイダとつながる反体制派ヌスラ戦線が攻撃し、クルド人住民の120人の 子供たち と 330人の 女性 が殺害された”との未確認情報があるそうです。

関係者によれば、「アルカイダ兵士と他の反体制派勢力は村を包囲した。 彼らは一軒一軒、すべての家に入りこんきた。 そして、男性がいれば殺し、女性と子供たちは人質として連れて行った」とのことです。
ロシアの外務省も7月の声明で、この北部地域におけるアルカイダ武装勢力とクルド人住民の対立があることを明らかにしています。

こうした事態を受けて、前出【8月19日 AFP】にもある、イラク・クルド民主党(KDP)のマスード・バルザニ議長の発言となっています。

バルザニ議長は「アルカイダのテロリストが、民間集団を攻撃しており、罪のないクルド族の女性と子供たちを虐殺している」との報告の調査を指示し、「報告が本当で、罪のないクルド人の市民 、女性 と子供たちが殺人とテロリズムの脅威の下にいるのならば 、イラクのクルディスタン地域は女性と子供たちと罪のない一般人を守るべくすべての能力を行使するであろう」と、軍事的介入も辞さない意向を明らかにしています。

クルド人勢力が反体制派内過激派との対決を鮮明にすれば、現在でも政権側優位が伝えられるシリア内戦の情勢は、更に政権側に有利に動くことが考えられます。

ただ、クルド人勢力と緊張関係にあるトルコ、イラク政府の対応などは不透明です。

内紛続く反体制派
なお、シリア反体制派内のアルカイダ系過激派の存在は、欧米諸国の反体制派支援を抑制する原因となっていますが、反体制派内においても主流派「自由シリア軍」との衝突も報じられています。

****シリア反体制派内紛 主流VSイスラム過激派、交戦も****
内戦が続くシリアの反体制派武装組織で、主流派の「自由シリア軍」と、イスラム過激派系勢力が“仲間割れ”し、戦闘に発展するケースが相次いでいる。
背景には、戦況がアサド政権優位に傾く中、反体制派内の主導権や支配地域での縄張りをめぐる争いが激化している事情があるとみられる。

フランス通信(AFP)がシリアの在外人権団体の話として伝えたところによると、反体制派が支配する北部イドリブ県で13日、国際テロ組織アルカーイダに近い「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」の部隊が、自由シリア軍の武器庫から銃器を奪おうとして同軍と交戦になった。

11日にはISIS部隊が自由シリア軍の部隊司令官を射殺。その前には数十人が死亡する戦闘も発生、緊張はかつてなく高まっている。

両者を含む反体制派の諸部隊は、政権打倒の目的こそ共有しているものの、指揮系統はバラバラで、反体制派の制圧下にある北部地域ではむしろ、縄張りを争うライバルだ。各部隊はそれぞれの支配地に検問所を設置、それが部隊間のいさかいの種や物流の妨げになっているとも指摘される。

反体制派はここ数カ月、政権側の攻勢で戦線縮小を余儀なくされている。それに伴い各部隊が軍閥化することも予想され、軋轢(あつれき)が広がる可能性もある。【7月16日 産経】
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中国  法治を無際した治安当局の横暴を批判するネット世論  反立憲主義と「新公民運動」

2013-08-18 22:12:47 | 中国

(憲法を根拠に人権擁護を訴える「新公民運動」を提唱し、拘束されている法学者・許志永氏 “flickr”より By Once upon a time http://www.flickr.com/photos/88925006@N00/9309854892/in/photolist-fbFrvw-fnxjmL-fqwzia-fhR9oJ-fpSMuD-9xjiwa)

治安当局を動かすネット世論
中国では耳を疑うような事件・出来事には事欠きませんが、最近目にした話題2件

****警官が赤ちゃんを路上に叩き付け重傷負わせる、中国****
中国河南省中部の林州市で先月、警官が生後7か月の女の赤ちゃんを両親から取り上げ、路上に叩き付けて頭蓋骨骨折の重傷を負わせた。当局はこの警官の男を取り調べている。国営紙の法制晩報が18日伝えた。  

同紙によると、男はある夜に友人らと酒を飲み、その後カラオケバーに向かう途中で、赤ちゃんを抱いている男性と、そばにいる男性の妻を見かけた。この赤ちゃんがただの人形かどうかをめぐって友人らと賭けをした男は、赤ちゃんの顔を触り、その後父親から赤ちゃんを奪い取ると、高く持ち上げて勢いよく地面に叩き付けたという。

赤ちゃんは頭蓋骨を3か所骨折し、病院に搬送された。地元当局によると、今後北京(Beijing)で精密検査を受ける予定。

騒ぎを起こした当時に非番だった男は、紀律違反で15日間の禁足処分となったものの、それ以上の処罰は受けなかった。

17日に事の一部始終が中国のソーシャルメディアで激しい反発を引き起こすと、当局は対応を確約。林州市当局は「情状酌量をせず、法と紀律に従ってこの件に対処する」と明言した。

中国では先月、駐車しようとしていた男が、近くにいた子連れの母親に腹を立て、当時2歳だった子どもを路上に叩き付ける事件が起きたばかり。数日後に子どもが死亡したことから、中国のネットユーザーの間で怒りと悲しみの声が沸き起こった。【8月18日 AFP】
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****レイプ被害少女に手錠かけ精神科医へ連行 容疑者逮捕までの母の“戦い****
中国広西チワン族自治区で3月、当時13歳だった女児が婦女暴行の被害に遭い、地元公安当局は今月13日、容疑者の25歳の男を逮捕した。

女児の母親は直後に男の住所を特定し、何度も被害を訴えたが逮捕されず、警察は反対に女児に手錠をかけて精神科医院に連行したという。「男の親類が警察関係者だからだ」とする母親の告発がネットで広まり、国営メディアを巻き込んだ報道の末、ようやく逮捕に至った。

チャットで知り合い
国営新華社通信(電子版)の12日の検証記事などによると、事件が発生したのは3月25日。自治区南部、陸川県に住む13歳の小学6年の女児が、母親と口論の末、家を飛び出した。父親は出稼ぎで長期不在。女児は2月にチャットで知り合ったアルバイトの25歳の男と公園で合流し、近くのホテルへ向かった。

母親が7月8日、自治区の高裁や高検に送ったとされる嘆願書によると、男はホテルで女児の服を強引に脱がせ、「お願い、私はまだ子供。13歳です。放して」と抵抗する女児を暴行。その後は心神喪失状態の女児に食事も与えず、一晩に計5回の暴行を加えたという。

翌日、帰宅した女児のチャットの履歴を見た母親が男の身元を特定。自宅を訪れたところ男は逃走して不在で、父親から「警察に知人がいるので、息子は刑務所に入らない」と言われたほか、男の親類を通じ「1万元(約16万円)を支払う」と示談を持ちかけられた。母親は応じず、3月28日に派出所に訴え出た。

拘束もすぐ保釈
男は4月4日に出頭。陸川県公安局(警察)は身柄を拘束し、10日に逮捕を請求したが、県検察が許諾せず、17日に保釈した。公安局は22日に再度、逮捕を請求したが、やはり許諾されなかった。

母親は29日まで保釈を知らされず激怒。警察は信用できないとして県検察に訴えたが、たらい回しにあった上、逮捕は認められず、村の幹部からも上級機関に直訴しないよう説得された。4月23日には、女児の精神状態が不安定なため警察に助けを求めたところ、「娘は手錠をかけられ精神科医院に連れ去られた」と主張している。

食い違う主張
中華人民共和国刑法第236条は、14歳未満の相手との性交渉は、同意の有無に関わらず「強姦」とみなすと規定。「犯情劣悪」な場合には、死刑を含む厳罰に処すとしている。

だが、今月12日の新華社の記事などによると、男は調べに対し、女児がチャットで「私は大人だ」と言っていたため、14歳未満だとは知らなかったと主張。さらに、「相手が望んだ」性交渉だったと暴行容疑も否認した。

また、県検察は、女児の戸籍は「1999年5月生まれ」だが、小学校の入学証明に「1998年5月生まれ」とあるため、事件当時、女児が14歳未満だったかどうかに疑いがあると指摘。証言の不一致もあり、証拠が不十分だと説明した。

県公安局は、女児を精神科医院に連行したことについて、「家人が病院に連れて行くのを手伝おうとしたところ女児が抵抗したため、他人を傷つけないよう手錠を使用した」と釈明した。

逮捕の“代償”
司法当局の対応に不満を持った母親は、メディアやネットを通じて男の罪状や司法の怠慢を告発。今月に入り、新華社や各紙が相次いで取り上げるようになり、「被害者への手錠の使用は違法」「5回の行為は犯情劣悪だ」などと批判も出始めた。

こうした中、県公安局は「捜査で新たな証拠が得られた」と改めて逮捕を請求。県検察も「逮捕要件を満たす」と許諾し、13日の逮捕となった。ただ、「新たな証拠」の内容は明らかにされていない。

報道やネット世論の圧力が逮捕につながった形だが、その過程では、女児の住所や親類が提供したとされる顔写真、手錠をかけられた写真が出回ることになった。一部には加工されていないものもあり、女児の将来への影響が懸念される。「司法の公正」(嘆願書)を実現するために、女児と母親は大きな代償の支払いを余儀なくされた。【8月17日 msn産経】
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事件そのものは、中国に限らず日本でもありそうなものですが、中国の事件の共通するのは、治安当局が身内・関係者である容疑者の罪を適正に追及せず、ネット世論の高まりに押されて渋々逮捕へ動くというところです。

ただ、事件の概要は省きますが、中国人民解放軍に所属する国民的歌手の“不肖の息子”よる犯罪(障害、集団レイプ)と、やはりネット世論の批判が【8月10日 産経】(http://sankei.jp.msn.com/world/news/130810/chn13081007000001-n1.htm)で報じられていますが、この事件にはもっと“大物”の子弟が関与しているとの噂もあるそうです。
ネット世論にも、そうした政権中枢に迫るような力は期待できないという社会認識もあるようです。

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「富二代」(富裕層の子弟)による一連の事件は中国社会の激しい反応を引き起こしたが、そこには屈折した意識も垣間見える。

北京市に住む中国人の女子大学生は、「たかが歌手の息子が、何をやっても許されるなんておかしい。厳重に罰してほしい」と憤る半面、「もし本当の実力者の子弟による不祥事だったら、隠蔽されても仕方がない」とも話す。

中国の国内メディアは政府の統制を受けており、李氏の子による犯罪情報がここまで詳細に報道されているのは、政府公認とも言える。さきの女子大生が言うように、政権中枢の真の実力者の子弟による犯罪であれば、徹底的に隠密に処理された可能性が高い。少年は、沸騰する世論に対する一種のスケープゴートなのかもしれない。【8月10日 産経】
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共産党は憲法の上に位置する
中国が“法治”ではなく“人治”の国であることは、常に指摘されるところですが、法規範を超えた裁量・裁断には、治安当局との関係、経済的地位などが関与してきます。

この問題は、単に社会的な犯罪行為への対応などだけでなく、つきつめると国家の最高法規範である憲法と最高権力機関である共産党の関係にいきつきます。

****中国で台頭する反立憲主義****
クレアモント・マッケナ大学教授のMinxin Peiが、6月9日付WSJの論説で、北京では、共産党を憲法の支配の下に置くことを厳しく拒否する、反立憲主義が台頭しており、それは、新指導部の保守的傾向を示すものである、と指摘しています。

すなわち、中国の外の世界ではほとんど認識されていないが、中国のプロパガンダ機関は、5月半ば以来、立憲支配(constitutional rule)の概念に反対する、激しいキャンペーンを行っている。人民日報、解放軍報などの主要な公式の新聞のほとんどが、立憲支配の概念を、ブルジョワ的で破壊的であるとして、非難する長い記事を掲載している。

中国の文脈では、立憲支配というのは、共産党を既存の憲法の支配のもとに置くという以上のことを意味しないが、そのような控え目な提案でさえ、過激なものとみなされる。党のメッセージは明白である。すなわち、共産党は憲法の上に位置する、ということである。

こうしたキャンペーンを、新しい指導者を喜ばせようとする党職員による官僚的行動に過ぎない、と片づけるのは誤りである。
11月の党総書記就任以来、最も重要な公的演説の一つである、12月4日に行われた1982年憲法の30周年を記念する演説で、習は、「我々は、意識的に立憲主義の原理を守り、立憲主義の精神を促進し、憲法上の任務を果たさなければならない」と言っていた。プロパガンダ機関の中級の役人が、トップからの指示なしで、習の言葉に反するようなことができるとは考えられない。

むしろ、この反自由主義運動は、よく練られた計画の一部であるように見える。5月13日に出されたとされる共産党指令は、次の7つ、すなわち、普遍的価値、報道の自由、市民社会、公民権、歴史上の党の誤り、縁故的資本主義、司法の独立、について議論することを禁止した。これは、習の「中国の夢」の考えを乗っ取って、そのエッセンスを一党支配の継続と解釈するものであるように見える。

自由、および、制限された政府という考えについて、これほど激しく反発することは、それ自体、非常に悪いニュースと解釈すべきである。それが、少なくとも、最高指導部のメンバーたちの中にある、保守的な傾向を反映していることは、ほぼ確実である。党の立憲主義との戦いは、新指導部が求めている方向を示すものである。

今年のはじめ、習は、広東で、ソ連崩壊を振り返る内部向けの演説を行い、ソ連の崩壊は、政治エリートがイデオロギー的信念と個人的勇気を欠いたことが原因である、と言ったと伝えられている。

中国の新指導部は、経済的あるいは行政的改革を、共産党支配を維持することと矛盾しない範囲では許容するかもしれないが、党の政治的独占を危うくするような、如何なるイニシアテブも許さないであろう。

本質的には、これは、新小平主義モデルである。それは、民主主義を拒否しつつ、資本主義を首尾一貫して明確に取り入れた、小平のビジョンと一致している。

新小平主義者にとって、最大の危険は、勝つことのできない戦いをしているということである。小平が今日生きていたとしても、一党支配の永続を確実なものにできたかどうかは疑わしい。中国社会は、今や、経済的繁栄だけではなく、政治的権利や、個人の尊厳を、強く望んでいる。

新小平主義者は、党にとって、事態を悪化させる可能性がある。党が、既存の憲法の実施を通じて一党独裁国家を改革しようという、最も穏健な政治改革へのアプローチを軽蔑し拒否することは、体制はあまりにも自己保身に汲々としているので、変革の可能性は、革命以外にない、という過激な見方を呼び起こす、と論じています。【7月11日 WEDGE】
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【「新公民運動」を支えるネットの発達
こうした反立憲主義台頭という政治事情を背景に、“習近平 政権が、憲法を根拠に人権擁護を訴える「新公民運動」への弾圧姿勢を強めている”とも報じられています。

****「新公民運動」中国が弾圧、ネットで抗議拡大****
中国の 習近平 ( シージンピン )政権が、憲法を根拠に人権擁護を訴える「新公民運動」への弾圧姿勢を強めている。

中国共産党の一党独裁を揺さぶる横断的な民主化要求に発展する可能性があるためで、当局は同運動を提唱した法学者・許志永氏(40)を7月半ばに拘束するなど、関係者を相次ぎ摘発している。一方、許氏の釈放を求めるインターネット署名は3000人を超え、抗議の声も広がっている。

 ◆高まる権利意識
許氏の釈放を求める活動を続けるジャーナリストの笑蜀氏(51)によると、習政権が本格始動した今春以降、当局による拘束者は100人を突破。13日には、許氏を支援する人権活動家の孫徳勝氏が、理由を告げられることなく広東省広州の街頭から連行され、所在不明となった。

最高人民検察院(最高検)が6月、治安維持に関する通知を出し、「国家政権の転覆を目的とした違法集会は断固として攻撃する」と宣言。人権活動家らへの拘束や逮捕が加速した。

8月初め、2日間軟禁されたという笑氏は、「当局は許氏を支持する一般市民まで拘束し、分断を図っている。運動の拡大を恐れている証左だ」と指摘する。

笑氏らによると、許氏の釈放を求めるネット上の署名運動に対し、当局は賛同者への脅迫、書き込みの即時削除などを行っているが、笑氏は「妨害にもかかわらず、1か月足らずで3000もの署名が集まるのは驚きだ」と話した。

許氏とともに運動を推進してきた投資家・王功権氏(51)は「改革開放による経済成長で、中間層を中心に権利意識が高まっている。加えて、要求が具体的だからこそ幅広い層の共感を得られる」と支持拡大を分析。格差や腐敗の問題が一向に解決されず、不公平感が広がる一方、ネットの発達で「人々が縦横に重層的につながっている」(王氏)状況が背景にある。【8月17日 読売】
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中国共産党がこれまで同様に社会矛盾を隠蔽し、権利意識の高まり抑え込めるかどうか、あるいはそうした一党支配体制を改革できるかどうか・・・それは、ネットの発達、ネット世論の広がりにかかってかかっているようです。
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仏教界にもいろいろ タイの贅沢僧侶 ミャンマーの反イスラム・過激僧侶

2013-08-17 21:45:14 | 東南アジア

(イスラム教徒に対する敵意を煽るような、「ミャンマーのビンラディン」とも称される仏教僧ウィラトゥ師 “”より By Burma Democratic Concern (BDC) http://www.flickr.com/photos/26092418@N05/8481105751/in/photolist-dVrTge-dVPN8N-d9Gm7K-d9GkPq-d9GmjA-d9GkzM-ei7qKU-eVZMJp-eWcbQf-eVZMRx-fkj1F6)

悪僧、怪僧の類はどこにでも
日頃、イスラム過激派とかイスラム原理主義勢力とか、イスラム関係の話題を取り上げることが多々ありますが、宗教的な問題が存在しているのは別にイスラムに限った話ではありません。

キリスト教の場合、アメリカの宗教保守派による過激な中絶反対運動、教会内部の性的小児虐待、あるいはバチカンの黒い噂など・・・。
仏教の場合も同様でしょう。

普段、自分が仏教を主とする社会に生きていることを意識することはまったくないのですが、東南アジアの国々を観光する際に、タイ・ミャンマー・ラオス・スリランカなど仏教国の静かな仏教寺院を訪れると、ほっとするような和む感じがあります。
日常生活の一部としてお寺で熱心に祈る現地の人々の横で、簡単に手を合わせることもしばしばあります。

もちろん、日本の仏教と異なり、東南アジアの仏教は上座部仏教(小乗仏教)ですが、最初にその違いを実感したのは、20年ほど前、スリランカを旅行した際に、僧侶の足元で地面にひざまずき、僧侶の足に自分の額をこすりつけるようにして拝む地元女性の姿を見たときでした。

ただ、空港で当然のごとく一般乗客に優先して搭乗する様子、ツアーに参加して他の参加者を長く待たせたあげく、一言の詫びもなく平然としている様子など、「お坊さんって、そんなに偉いの?」という気持ちになることもしばしばあります。

厳しい戒律を守り、出家して修行に励み、悟りをひらくことで救われる、一般の人々はこのような僧侶の修行を助けることで功徳を積める・・・という東南アジア各国の仏教ですが、一方で、成年男子の多くが一度は出家する、希望すれば何回でも出家する、その期間は短期間でもかまわないというように、聖俗の垣根が非常に低い現実もあります。

ということは、出家した僧侶とは言っても“玉石混交”的な側面もあるのではないでしょうか。
日本でも悪僧、怪僧の類はいくらでもいますが、東南アジアの仏教国でも同様でしょう。

贅沢僧侶というより、悪徳僧侶・犯罪者
今年6月に、サングラスをかけ、高級バッグを傍らに置き、自家用ジェット機を乗り回す僧侶がタイで話題になりました。贅沢僧侶というよりは、かなりの悪行を重ねた犯罪者だったようです。

****淫行、マネロン、高級外車…タイの“贅沢僧侶”は地獄に落ちる****
人の道を説くのが僧侶だが、タイの元僧侶、ウィラポン容疑者(33)は間違いなく犯罪者だ。

未成年と性的関係を結んだ淫行だけでなく、違法薬物の使用、マネーロンダリング(資金洗浄)にも関与したとされる。不正蓄財は日本円にして32億円にもなるという。悪行の限りを尽くし、当然だが、僧籍を剥奪され、捜査当局からも追われる身になった。悪徳僧侶から得る教訓とは…。

 ■不正蓄財32億円…
やや大きめのサングラス。横の席には高級バッグが置かれている。オレンジ色の僧衣を着た僧侶は無精ひげをはやし、後部座席の弟子らしき僧に話しかけている。終始、不満げな表情だ。

これは今年6月、ウィラポン容疑者の“悪行”が発覚するきっかけとなった自家用ジェット機内の様子を映した動画だ。動画が発覚する前は、タイ国内で、さほど有名ではない一僧侶だった。
タイは信心厚いお国柄で、国民の9割以上が仏教徒とされる。この映像が動画投稿サイトで公開されると、すぐに批判が集まった。
「僧侶が人の道から外れている」「ぜいたくすぎる」。ただ、悪行はこれだけではなかった。

バンコク・ポスト紙(電子版)などによると、まず、14歳の少女と性的関係を持った淫行疑惑が浮上。タイでは15歳以下の少女と性交した場合、同意の有無にかかわらず最高で禁錮20年の刑に処せられる。

さらに、22台もの高級車ベンツを総額9500万バーツ(約3億円)で購入し、違法薬物の使用やマネーロンダリング(資金洗浄)などにも関与したとの疑惑も浮かび上がった。これらを受け、ついに7月13日、僧籍を剥奪された。米ハフィントン・ポストによると、不正に蓄財された資産は約10億バーツ(約32億円)にもなるという。

同17日にはタイ法務省特別犯罪捜査局(DSI)が、少女に対する強姦、横領、詐欺容疑で逮捕状を請求するに至った。疑惑が発覚した当時はフランスにいたウィラポン容疑者は、身の危険を感じたのか、米国に“逃亡”した。

 ■高級車70台… 一部は賄賂にも使った
ハフィントン・ポストによると、ウィラポン容疑者の日頃の行状はとても僧侶とは思えない。贅沢(ぜいたく)僧侶というより、悪徳僧侶だ。

貧困地区で出身で、10歳代で宗教の道に入ったウィラポン容疑者は、実は担当の宗教区では名声を得ていた。なぜか。空を飛び、水の上を歩き、そして神と話すことができるという噂が広まったからだ。
そして、名前も「ナンカム」と変え、裕福な支援者と親交を保ち、金集めに奔走した。

説法も地域では知られるようになった。ハフィントン・ポストによると、説教を聞いたことがある女性は「彼の声は美しく、魅惑的だった。そこにいたすべての人間を魅了した」。説教の最後にサフラン色のかばんを差し出すと、数百人の人たちがこぞって寄付を申し出た。容疑者はこう言った。
「心配しないで。あなたたちの最後の寄付が終わるまで、ここにいますから」

当局側が把握している限りでは、同容疑者は41の預金口座を持ち、そのうちのいくつかには2億バーツが絶えず預けられていた。DSIの調べでは、全部で70台の車を購入し、このうちの22台のベンツは9500万バーツ相当の価値があるという。ベンツのうちのいくつかは上級の僧侶に“賄賂”として渡した。自動車の闇市場でも売却したとみられる。

旅行は必ず自家用ジェット機かヘリコプター。国内を巡った際にかかった30万バーツは現金で支払った。バックの中には100ドル札が大量に入っていたとされる。さらに当局は、3年前、ボルボを運転中にひき逃げ死亡事故を起こしたとみているとされる。

市民の善意を悪用し、自らの欲求に使い続けた悪徳僧侶。DSIの捜査官はこう指摘している。
「僧侶の犯罪で、ここまで広範囲に多くの人に損害を与え、タイ社会に衝撃を与えた事件はない」(後略)【8月17日 産経】
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【「野生の象と人間は一緒に住めない。追い出さなければ人は殺されてしまう」】
もっとも、こうした犯罪者・悪僧より社会的に深刻なのは、使命感に燃え、正義の旗を振りかざし、自らは正しい行いをしていると信じて、結果的には社会に害毒を垂れ流しているケースでしょう。

人口約6300万人のうち9割近くが仏教徒で、キリスト教徒とイスラム教徒がそれぞれ4%程度を占めるとされるミャンマーでは、少数派イスラム教徒と多数派仏教徒の間で緊張が高まり、衝突も起きています。

そうした緊張状態にあって、イスラム教徒に対する敵意を煽るような、「ミャンマーのビンラディン」とも称される仏教僧ウィラトゥ師については、6月24日ブログ「ミャンマー  民主化が解き放った「ビルマのビンラディン」、それを受け入れる社会的土壌」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130624)でも取り上げました。

****反イスラム訴え世界が注目 ミャンマー過激仏教僧・ウィラトゥ師****
「野生の象と人間は一緒に住めない。追い出さなければ人は殺されてしまう」
王朝時代最後の都だったミャンマー中部マンダレーで開かれた夜の説法会。ウィラトゥ師(45)の声が響きわたる。激しい言葉とは裏腹に、声は穏やかだ。

師が「野生の象」に例えたのはイスラム教徒だ。信者たちは師の問いかけに、「その通りです」と声をそろえる。
「人権を叫ぶ人たちはイスラム教徒の側にだけ立っている。(仏教徒の)ミャンマー人に人権はないのか」

ウィラトゥ師はミャンマーの反イスラム仏教僧として、いま世界の注目を集めている。異教徒排斥を訴える過激な言動から「ミャンマーのビンラディン」とも称される。

米誌タイムの7月1日号で「仏教テロの顔」とのタイトルとともに表紙になった。ミャンマーの地元紙や仏教界は猛反発。政府は同日号を発禁処分にした。

「私の敵はタイム誌という武器を使って攻撃してきた。私がいなくなればミャンマーを自分たちのものにできると考えているからだ」。師は説法会で敵意をむき出しにした。

民主化と経済ブームに沸くミャンマーで、反イスラム的な民族主義を唱える仏教僧のグループが台頭している。相次ぐ仏教徒とイスラム教徒の衝突を背景に支持を拡大する。

だが、敵対的な主張はイスラム教徒を刺激する危険をはらむ。イスラム過激派のテロの矛先が仏教徒にも向かう兆しが出てきている。
マンダレー市内の僧院にウィラトゥ師を訪ねた。

「仏教守れ」民族主義台頭 イスラム信者急増に危機感 ミャンマー過激僧ウィラトゥ師
ウィラトゥ師は、ミャンマー仏教が危機に陥っていると言う。なぜ、そう思うのか。
「イスラム教徒は仏教徒の文化や伝統を破壊し、女性を結婚によって無理やり改宗させている。信者が急増している」

ミャンマーでは3月に中部メイッティーラで仏教徒とイスラム教徒が衝突して以降、各地で反イスラム暴動が起きている。師が扇動しているのではないか。
師は笑みを絶やさず「危険なことを危険だと指摘しているだけ。私は仏教を守りたいだけだ」と即座に否定した。

ウィラトゥ師がイスラム脅威論を唱え始めたのは1990年代末。軍事政権下の2003年に宗教暴動をあおったとして逮捕、投獄された。昨年1月、テインセイン大統領の恩赦で釈放され、活動を再開した。ミャンマー仏教界では中堅だが、人々の支持を集め、高僧らも無視できない存在になっている。

昨年10月には、民族主義的な僧侶のネットワーク「仏法を守る高僧の会」が南部モーラミャインに結成された。通称「969運動」と呼ばれる。「969」は仏教の三宝(仏法僧)を表しているという。

運動は若者らの「仏教離れ」に危機感を抱いた僧侶らが僧院の垣根を越えて連帯しようというものだ。日曜に子どもを対象にした「仏教学校」を開いている。イスラム系商店での不買も訴える。事務局次長のパンディタ師(29)は「民主化で僧侶も自由に組織を作れるようになった」と結成の動機を説明する。

969運動が広範な支持を集める背景には、インド系イスラム教徒の文化風習に違和感を持つ仏教徒ミャンマー人が少なからずいることがある。仏教徒からは「イスラム教徒は商売上手」「一夫多妻で多産」などというレッテルが聞かれることも多い。

昨年6月に西部ラカイン州で起きた仏教徒のラカイン族と少数派のイスラム教徒ロヒンギャ族との衝突も仏教徒側に危機感を共有させている。欧米やイスラム圏からは「仏教徒によるイスラム教徒迫害」と位置づけられているが、ミャンマー国民の多くは「バングラデシュからのイスラム教徒の侵入」と考えている。

ウィラトゥ師らは「アフガニスタン、パキスタン、インドネシアなどかつて仏教国だった国々が次々とイスラム化した。だからミャンマー仏教徒は信仰を強く守らなければならない」と主張する。

 ■周辺国で仏教寺院狙ったテロ
ウィラトゥ師らが力を入れるのが、仏教徒女性とイスラム教徒男性の結婚を規制する法律の実現だ。

6月下旬、最大都市ヤンゴンで全国の高僧ら約1500人が集会を開き、「民族保護法」と称される婚姻規制法の成立に向け努力することをほぼ全会一致で決めた
。約200万人分の署名を集め、国会に提出したという。

ウィラトゥ師は自分たちの訴えは「仏教の防衛」であり、「他宗教を攻撃するものではない」と主張する。だが、こうした思想はイスラム教徒を刺激しかねず、仏教寺院を狙ったテロが起き始めている。

インド東部ビハール州のブッダガヤ仏跡では7月7日、大菩提(ぼだい)寺(マハーボーディ寺院)の敷地などで相次いで爆発があり、巡礼者2人が負傷した。インド当局はテロ事件と断定、タイムズ・オブ・インディア紙(電子版)は、捜査当局者の話として、イスラム過激派による犯行の可能性が高いとの見方を報じた。

インドネシアの首都ジャカルタ西部の仏教寺院でも今月4日、爆発があり3人が負傷した。地元メディアによると、爆発跡に「ロヒンギャ族の叫びへの答えだ」と書かれた紙があったという。インドネシア警察当局はジャカルタのミャンマー大使館への爆破テロを計画したなどの疑いで5月以降計5人を逮捕している。

また、イスラム教徒が多数を占めるマレーシアでは5月末から6月上旬にかけ、ミャンマー人仏教徒の労働者が相次いで襲撃され、少なくとも5人が死亡した。周辺国にも不穏な空気が広がっている。(後略)【8月14日 朝日】
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よくわからないのは、ミャンマー政府の対応です。
軍事政権は、宗教暴動をあおったとしてウィラトゥ師を逮捕、投獄していますが、現政府は同氏を批判したタイム誌を発禁処分としています。

もとより、仏教徒とイスラム教徒間の問題は、一方的にどちらかに非があるということではないでしょう。
ただ、圧倒的多数派の仏教徒側には自制も求められます。仏教界には社会の緊張を和らげる存在であってほしいのですが。

****ミャンマー「闇に光が差してきた」 民主化運動25年記念式典****
ミャンマーで1988年にあった民主化運動を記念する式典が8日、最大都市ヤンゴンで初めて開かれた。運動を指導した元学生活動家らの主催で、式に出席した野党党首アウンサンスーチー氏はさらなる民主化に向け、国民和解や憲法改正の必要性を訴えた。

8日は、民主化運動に多くの国民が加わる契機になった88年のゼネストからちょうど25年の記念日。国内での式典開催はテインセイン大統領の改革で政治的自由が広がったことで可能になった。

スーチー氏のほか少数民族政党の代表、運動で命を落とした学生の遺族ら数千人が参加。スーチー氏は「この国では治安維持を理由に抑圧する歴史があったが、国の発展には平和と自由の両方が必要だ」と指摘。国内和平と軍政が制定した憲法の改正を「実現しなければならない」と述べた。

主催した「88年世代学生グループ」のリーダー、ミンコーナイン氏は計20年間の獄中生活を強いられた。取材に「軍政という闇の時代から今ようやく光が差してきた。強い心を持って闘えばいつか信念はかなうものだ」と感慨を語った。(ヤンゴン=五十嵐誠)【8月9日 朝日】
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軍事政権の抑圧がとれたことで手にした自由が社会の混乱につながることがないように、理性と自制が働くことを望みます。
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軍に排除されたエジプト・モルシ政権  軍部をも抑え込むトルコ・エルドアン政権

2013-08-16 22:19:40 | 中東情勢

(8月5日 トルコ・シリウリ エルドアン首相への抗議行動の女性を抑え込む警官 “flickr”より By El Mundo Economía & Negocios http://www.flickr.com/photos/53130905@N04/9445260167/in/photolist-foDqMe-fnTLhC-ftjcyj-foTGGh-fs5EQ1-fuqMiz-foLGJW-furqye-fpgTsj-fnv3Ur-fojHBc-fok2Mr-fojTiP-fojWjX)

エジプトの混乱を懸念するトルコ
エジプトのムスリム同胞団を中心とするモルシ前大統領支持派の座り込みを、軍主導の暫定政権が強制排除に踏み切り、600名を超えるとも言われる死者を出す混乱を引き起こしていることは、昨日ブログでも取り上げたところです。
その後もムスリム同胞団などの抗議行動は続いており、さらなる混乱もありうる流動的な情勢にあります。

強制排除強行に対しては、欧米諸国や国連も批判を強めていますが、ムスリム同胞団と同じようなイスラム主義政党が政権を握るトルコも、今回措置を厳しく批判しています。

****トルコが国連に「虐殺」停止要請=エジプト強制排除、中東各国が非難****
トルコのギュル大統領は14日、エジプトの治安部隊によるモルシ前大統領支持派の強制排除について、「市民に対する軍事介入は許容できない」と非難し、国連安保理やアラブ連盟に「虐殺」を中止させるよう求めた。AFP通信が伝えた。

ギュル大統領はまた、「エジプトが抜け出せない混沌(こんとん)状態に向かっていることを懸念する」と述べた。

イスラム組織ムスリム同胞団と近い関係にあり、モルシ前政権を財政面で支援していたカタールでは、外務省報道官が「非武装の善良な人々を殺害するに至った強制排除の手法を非難する」との声明を発表。モルシ支持派の人命を尊重するよう求めた。【8月15日 時事】 
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モルシ政権と同じイスラム主義政権ということで、トルコの反応は当然ではありますが、イスラム民主主義のモデル国としてその存在感を高めていたトルコにとっては、ムスリム同胞団が政治力を失いことは自国の中東における影響力低下にもつながります。

****エジプト情勢を注視=中東で影響力低下懸念―トルコ****
トルコのエルドアン首相は、モルシ前大統領支持派の強制排除に踏み切ったエジプト情勢を注視している。モルシ氏の支持基盤イスラム組織ムスリム同胞団が政治力を失ったことで、各国のイスラム主義勢力との協調を中心に据えたトルコの中東外交が軌道修正を迫られているためだ。

2002年にトルコ初のイスラム政権を樹立した公正発展党(AKP)を率いるエルドアン首相は、イスラムと民主主義を両立した「モデル国」として、民衆運動「アラブの春」で独裁政権が崩壊した国々のリーダー役になることを目指していた。アラブの春が始まった11年には、エジプト、チュニジア、リビアを歴訪。各国で台頭するイスラム勢力への支援を通じ、存在感を高めつつあった。

だが、エジプトのモルシ政権が崩壊し、同胞団が弾圧されたことは、各国のイスラム勢力にも打撃を与えるのは必至で、トルコの影響力低下も免れそうにない。ビルギ大学のトゥラン教授(政治学)はAFP通信に「トルコは中東で孤立を余儀なくされる」と指摘する。【8月16日 時事】 
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トルコでは5月末から6月にかけて、イスタンブール中心部のゲジ公園の再開発問題をきっかけとして、強権的との批判もあるエルドアン首相や宗教色を強める政権への大規模な抗議行動があり、7月にはエジプト同様に強制排除に踏み切った経緯がります。

そうしたことから、エジプトなど中東諸国におけるイスラム主義勢力の動向は、外交面だけでなく国内情勢にも影響する問題でもあります。

周到に軍の“牙”を抜いてきたエルドアン政権
ただ、一般的には、トルコのエルドアン政権の基盤はエジプトのモルシ政権などに比べ強固で、国内の抗議行動が政権の存続に直結するようなことにはならないという見方がなされています。

****似て非なるトルコ 強固な軍・イスラム系政権****
モルシー政権を転覆に追い込んだエジプト軍は国政に大きな影響力を持ち、イスラム系の政権と緊張関係にあるといった点で、もう一つの地域大国トルコと類似点が少なくない。

ただ、同国のエルドアン政権は長期にわたって軍内部の敵対勢力を慎重に排除してきた点で異なっている。

エジプトでは1952年、ナセル中佐らがクーデターで共和制を敷いて以来、ムバラク政権まで歴代大統領を輩出し、隠然たる力を保ってきた。

そうした中、モルシー前大統領は政権発足直後の昨年8月、20年以上にわたり国防相を務めたタンタウィ氏(77)を電撃解任するなど、性急に軍の切り崩しを進めようとした。幹部の高齢化で人事が硬直していることへの不満から、軍の一部には国防相交代を喜ぶ声もあったとされる。

しかし、世俗主義的な軍にはもともとイスラム勢力への強い警戒感がある。シーシー国防相は3日夜の声明で、「数カ月間、モルシー氏に国民和解を助言したのに同氏は耳を貸さなかった」と指摘したが、モルシー氏には、軍に妥協しつつ関係を築くバランス感覚が欠ける面もあったようだ。

一方、トルコは政治や社会から宗教的要素を排除する厳格な政教分離政策を取ってきた。
その「守護者」を自任する軍は、政治が極度に不安定化した1960年と80年にクーデターで軍政を敷いたほか、97年には同国初のイスラム系政党主導のエルバカン政権を退陣させるなど、しばしば政治に介入してきた。

だが、2003年に発足したイスラム系与党・公正発展党のエルドアン政権は、政権転覆計画に関与したとして軍高官らを大量起訴するなど、約10年かけて周到に軍の“牙”を抜いてきた。現在の軍をめぐる状況はエジプトとは大きく異なっている。【7月6日 産経】
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エルドアン政権による軍・司法勢力弱体化の結果と言われる裁判判決が今月下されています。
裁かれたのは「エルゲネコン」と呼ばれている、政治家、弁護士、裁判官、警察、軍人、ジャーナリスト、企業経営者、学者、マフィアなどの支配層を集めた、トルコ社会の影の権力集団とされています。

これまでの政権は、この「エルゲネコン」の意に反する場合はクーデターで潰されており、アンタッチャブルな存在とされてきました。
支持基盤を強めたエルドアン政権は、この権力集団との権力闘争に勝利しました。
もっとも、国家転覆を図ったとして大量逮捕された今回の「エルゲネコン」疑惑はエルドアン政権側の陰謀との説もあるようです。

****トルコ:元軍参謀総長ら終身刑 大規模デモ再燃懸念****
トルコの裁判所は5日、エルドアン政権に対するクーデターを計画したなどとして元軍参謀総長のバシュブー被告らに終身刑を言い渡した。

トルコではイスラム系与党・公正発展党(AKP)と、憲法で規定される政教分離を掲げる軍など世俗派が対立。判決を受けて、世俗派のデモ隊数百人が警官隊と衝突しており、5月末に起きた「反エルドアン政権」の大規模デモ再燃につながる懸念もある。

AP通信などによると、治安当局は軍人らが秘密の地下組織を結成し、クーデターを計画したとして275人を訴追、08年から裁判を開始した。5年の審理を経て、この日は元参謀総長や野党政治家ら19人が終身刑判決を受け、64人が最長47年の懲役などを言い渡された。被告側は控訴する方針という。

トルコは政教分離が国是だが、国民の大半がイスラム教徒。社会や政治のイスラム化が進むたび、軍や司法が介入し抑制してきた。
だが、約10年間にわたり単独政権を維持するAKPは、2010年秋に憲法改正を実施、軍や司法の権限を縮小した。

今回の判決について世俗派は、政権の意向を強く反映し、世俗派を弱体化させるための政治的な判断だとして強く反発。イスタンブール郊外の裁判所に数百人のデモ隊が押しかけ警官隊と衝突した。

トルコでは5月末、エルドアン政権を批判する大規模デモが発生。イスタンブール中心部の公園などを占拠し、警官隊が強制排除したが、デモ活動は断続的に続いている。【8月6日 毎日】
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記事では、“「反エルドアン政権」の大規模デモ再燃につながる懸念”ともありますが、今のところトルコでのそうした混乱は聞きませんので、エルドアン政権による軍・司法など世俗勢力封じ込めはこれまでどおり続いているようです。

与党内部にもエルドアン批判が
ただ、エルドアン首相に対する抗議行動は“モグラ叩きのように、どこかでデモがあると、それを警察が力で抑え込んではいるが、他の場所でデモが起こる”【8月13日  佐々木良昭氏 中東TODAY】(http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/2013/08/no_1679.html)という状況で、“与党AKPの研究機関ユーラシア・グローバル・リサーチ・センターのレポートが、ゲジ・パーク問題への対応は、エルドアン首相の失敗だったと明言した。ゲジ・パーク問題では、イスタンブール市長も反対しており、計画はあくまでもエルドアン首相の、個人的な意向によるものだとしている。エルドアン首相がこの公園再開発にこだわるのは、彼の個人的な理由からだ、という説がもっぱらだ。つまり、業者とエルドアン首相との関係が、疑われ始めているのだ。”【同上】といった話も出ているそうです。

軍をも抑え込む強固な基盤を誇り、抗議行動にも強気の姿勢を崩さないエルドアン首相ですが、与党内部からの批判を招き、足元をすくわれる可能性もあるようです。
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エジプト  軍・暫定政権、同胞団、一般国民の“民主的な政治経験の不足”がもたらした悲劇

2013-08-15 21:21:10 | アフリカ

(ラバ・アルアダウィヤモスク近くの強制排除の現場で、治安部隊のブルドーザーの前に立ちはだかり、負傷した少年がいると訴える女性(2013年8月14日撮影) 【8月15日 AFP】http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2961950/11187949)

全土の死者数が警官43人を含む計464人
予想されていた事態ではありますが、その犠牲者はあまりにも大きな数字となりました。
ミニ「天安門」の様相すら呈しています。

(追加)死者数は、現時点“568人”との報道もあり、今後さらに増加することが予測されています。

****死者464人に エジプト座り込み強制排除****
モルシー前大統領派の座り込みに対する強制排除を機にエジプト各地に広がった衝突で、同国保健省は15日、全土の死者数が警官43人を含む計464人に達したと発表した。負傷者は約3570人に上った。

治安当局は14日夕、モルシー氏の出身母体であるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団などの抵抗が続いていた首都カイロ・ナセルシティ地区を制圧。暫定政権は14日、全土に1カ月間の非常事態令を宣言するとともに、首都カイロなど12県に同期間中の夜間外出禁止令を出し、厳戒態勢を敷いている。

多数の死者が出る事態にエルバラダイ副大統領は14日、辞任を発表。国際社会でも当局の武力行使を非難する声が強まっている。

同地区の座り込み参加者は14日、夜間外出禁止の対象となる午後7時を前に投降した。ただ、同胞団は15日もカイロでの抗議デモを呼びかけており、緊張が続いている。この日のカイロ市内は交通量も少なく、多くの商店が営業を控えた。

暫定政権のビブラーウィ首相は14日夜、「同胞団は何度も和解を拒んだ」と強制排除を正当化する一方、非常事態令を可能な限り早期に解除すると述べた。

治安部隊を指揮するイブラヒム内相は同日、強制排除での実弾使用は「同胞団側からの発砲に対応するためだった」と説明。当局は15日、イスラム過激派の流出入口になっていると指摘される東部シナイ半島とパレスチナ自治区ガザ地区の検問所を無期限封鎖した。【8月15日 産経】
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“保健省によると、各地の死者数はラバ・アルアダウィヤモスク付近で137人、ナハダ広場では57人、その他全国各地で227人となっている”【8月15日 AFP】ということで、カイロ以外の全土で多くの死者が出ているようです。

大勢の死者が出たのは、単なる座り込み参加者の排除にとどまらず、市街戦のような銃撃戦の様相を呈したためでしょう。
治安部隊側にも多くの死者が出ているように、同胞団側からの発砲があったのは事実ですが、最初に発砲したのは治安部隊側だとの証言もあるようです。

混乱の中での話ですから詳細はわかりませんし、多くの衝突の現場でそれぞれのなりゆきがあったとも思われますが、治安部隊側に最初から発砲・銃撃戦もやむなしという発想があり、それが事態の混乱を大きくしたとも想像されます。
なるべく犠牲を少なくするという発想に立てば、強制排除するにしても、もっと違った方法もあったのではないかとも思われます。

軍は脅しを繰り返し、同胞団は何万人もの支持者を路上にかり出すだけ
互いに後に引かない軍・政権側、同胞団側双方の頑なな対応、民主的政治経験の不足を指摘する声もあります。

****同胞団取り込まねば収束せず エジプト、デモ強制排除 ラミ・フーリー氏****
ベイルート・アメリカン大公共政策・国際関係研究所長

政権側とムスリム同胞団がともに民主的な政治の経験を持ち合わせず、強硬路線に出たことが、今回の混乱の原因だ。

洗練された対話や妥協という政治的駆け引きによる解決方法を知らず、軍は脅しを繰り返し、同胞団は何万人もの支持者を路上にかり出すだけだった。欧米や湾岸諸国の仲介が失敗したのもそのためで、双方が政治のアマチュアだった。

軍は同胞団支持者らの強制排除に出るのではなく、裁判を利用したり、反ムルシ派のデモ隊をサポートする形で同胞団に圧力をかけたりするなど、別の方法があったはずだ。同胞団の支持勢力はエジプト国内で無視できないほど大きい。彼らをきちんとした形で政治プロセスに取り込み、選挙に参加させていかなければ、混乱は収まらない。

国際社会はその過程で、技術的な助言や経済的援助を与えることはできるが、基本的にはエジプト人自身が解決の道を探すべきだ。事態が動いており拙速な判断はできないとはいえ、数年単位の時間がかかるかもしれないが、それは可能だと見ている。

1990年代に内戦を経験したアルジェリアと違うのは、エジプトには軍や裁判所などしっかりした組織があり、市民社会の能力も高いという点だ。民主主義への願望も強く、内戦に突入した場合の対価もよく分かっている。【8月15日 朝日】
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【「ムルシ政権を倒せば今度こそ良くなると思ったけど、何も変わらない」】
軍・政権側が、この時期に強制排除に動いた背景としては、低迷する経済状態が指摘されています。

****政権、経済低迷に焦り****
軍主導の暫定政権はなぜ、このタイミングで強制排除に踏み切ったのか。

大きな要因は、悪化の一途をたどる経済だ。30年にわたって強権支配したムバラク政権、その後、エジプト初の自由選挙で選ばれたムルシ政権が支持を失った理由の一つは、いずれも庶民の暮らしを改善できなかったことにある。

暫定政権が7月中旬に発足してからも混乱が続き、観光客や外国投資も激減。昨年末から対米ドルで1割以上も下落したポンド相場は回復せず、食料品など輸入品を中心に物価上昇が続き、7月のインフレ率は年率換算で10%を超えた。

ムスリム同胞団に批判的なサウジアラビアなどが表明した計120億ドル(約1兆1800億円)相当の支援を受け、外貨準備高が持ち直しガソリン不足も緩和したが、生活改善にはほど遠い。

先行きが見えない状態が長引けば、軍のクーデターを歓迎した市民の支持を失いかねない懸念があったとみられる。すでに「ムルシ政権を倒せば今度こそ良くなると思ったけど、何も変わらない」との不満が市民から漏れ始めている。

暫定政権は14日、国営中東通信を通じて声明を出した。「流血は遺憾」としたうえで、ムルシ支持派に対して暴力の行使と権威への抵抗をやめるよう呼びかけ、ムスリム同胞団指導部を「暴力を扇動している」と批判した。
一方で治安部隊を「法の支配を守らせるための努力を行った」と称賛。「(正式政権づくりに向けて軍が発表した)行程表に従って進む。だれも民主的政治プロセスから排除されることはない」とした。【8月15日 朝日】
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エジプトだけでなく、チュニジア・リビアなどの「アラブの春」後の混乱の背景には、「ムルシ政権を倒せば今度こそ良くなると思ったけど、何も変わらない」という国民の過剰な期待と失望があるのではないでしょうか。

特に、経済は政権が交代したからといってすぐに成果が出るものではありません。
街頭での派手な抗議行動によって経済が好転する訳でもありません。

選挙を通じた民意の政治への反映、互いに譲歩・妥協することでの合意の形成、地道で安定した経済活動・・・そうした結果として政治・経済・社会の改革は徐々に達成されるものです。

同胞団や軍・政権側だけでなく、一般国民の間における、力の誇示で政権さえ変えればすべてが好転するといった「民主的な政治の経験の不足」がアラブの混乱を大きくしているように思えます。

今後、ムスリム同胞団は抵抗を続けると思われ、一部には今回の報復も含めて過激な手段に出る勢力もあるでしょう。混乱は長引くように思えます。

また、これまで軍・暫定政権を歓迎し支持してきた勢力からも、今回の強硬手段への反発から離反が広がるとも思えます。
次第に支持を失うにつれて、軍・暫定政権側が強権的手法に頼る形に陥ることが懸念されます。
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パレスチナ和平交渉  再開早々、イスラエルの入植活動発表で前途多難

2013-08-14 22:25:57 | パレスチナ

(8月14日 ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ラマラ 釈放されたパレスチナ人受刑者との再会を喜ぶ家族 “flickr”より By activestills http://www.flickr.com/photos/20409489@N00/9507331398/in/photolist-fu8yoS-ftQsdp-ftKMdK-ftTgnX-fuf96L-ftAZza-ftJ1Pd-ftyX7V

アメリカ:中東への影響力と威信をかけた取り組み
7月29日、イスラエルとパレスチナの和平に向けた直接交渉が3年ぶりにワシントンで行われましたが、互いの主張は多くの問題で対立したままで、妥協点が見いだせる可能性が非常に小さいことをすべての報道が一様に伝えています。

****中東和平、双方隔たり 直接交渉、3年ぶり再開****
約3年ぶりとなるイスラエルとパレスチナの和平に向けた直接交渉が29日、ワシントンで再開された。ケリー米国務長官の精力的な仲介で、双方は交渉の席についたが、対立点や課題は山積しており、交渉は難航が予想される。

オバマ大統領に仲介役を一任されたケリー氏は今年3月以降、計6回にわたりイスラエルやパレスチナ自治区を訪れ、ネタニヤフ首相や自治政府のアッバス議長の説得にあたった。

初回の協議にはイスラエルのリブニ法相、パレスチナ側の交渉責任者エラカート氏らが出席し、30日までの日程で今後9カ月間の交渉期間における大まかな作業計画を詰める見通しだ。

イスラエルは今回の交渉に先立ち、パレスチナが交渉再開の条件の一つとしてきたイスラエルの刑務所に収容されているパレスチナ人104人の釈放を決めた。

だが、イスラエルは国境の基礎となる境界の画定や、占領地ヨルダン川西岸でのユダヤ人入植活動凍結の2条件の受け入れについて、依然として拒否している。
ネタニヤフ首相率いる与党リクードは入植者を有力な支持基盤としている上、連立政権内にはパレスチナ国家樹立に反対する勢力もあり、両条件で譲歩すれば政権基盤が揺らぎかねないからだ。

一方のパレスチナ側も、これまで交渉再開の必須条件としてきた境界と入植問題について譲らない姿勢を堅持している。
イスラエルの占領政策に対するパレスチナ指導部の無策ぶりに市民の不満は高まっており、パレスチナ自治区内では昨年、反自治政府デモが起きた。パレスチナ側は「本格交渉に入る前の境界画定と入植活動凍結は必須」(自治政府筋)としており、妥協点を見いだして交渉を進められるのかは不透明だ。【7月31日 朝日】
*******************

今回の交渉がとにもかくにも成立した背景には、就任後の6カ月で6度も中東入りするシャトル外交を展開し、「中東和平以外ほとんど何も関心を持っていない」(外交筋)と言われるほどのアメリカ・ケリー米国務長官の尋常ならざる執念があったことも各紙が伝えるところです。

ケリー国務長官だけでなく、オバマ大統領としても“アメリカの中東への影響力と威信”をかけた取り組みとなります。

****中東和平:交渉再開 オバマ大統領 政権の命運かけ****
イスラエルとパレスチナの和平交渉は30日、交渉再開で正式合意した。ケリー米国務長官が最優先で取り組んできた和平交渉が再び頓挫すれば、米国の中東への影響力と威信の低下は決定的だ。
オバマ政権は中東の混乱の根源ともいえる和平問題に政権の命運をかけて取り組み、中東戦略の抜本的立て直しを図る覚悟のようだ。

「今年初めの大統領の中東訪問が引き金になった」。カーニー米大統領報道官は30日、記者団に対し、今年3月のオバマ大統領のイスラエル・パレスチナ訪問が、交渉再開に向けた出発点になったとの考えを強調した。

1期目のオバマ政権は2010年9月に交渉再開を宣言したが、1カ月で頓挫。同盟国イスラエルとの信頼関係が不十分なまま仲介に臨んだ見通しの甘さが原因だった。

オバマ大統領はこの失敗を教訓とし、2期目最初の外遊でイスラエルを訪問。2国間の同盟関係を強調してイスラエル国民の信頼を得ることを優先し、この信頼を背にネタニヤフ政権に和平交渉での譲歩や妥協を促す戦略にかじを切った。

ただ、交渉の行方については悲観論が支配的で、30日の米紙ニューヨーク・タイムズは「米国務省は交渉チームと、失敗した時の計画を立てるチームの二つを持った方がいい」とする専門家の言葉を紹介した。

一方、米メリーランド大のシブリー・テルハミ教授は「中東和平を欠いた状態では、イスラエルはアラブと常に衝突し、米国は常に争いに巻き込まれる」との見解を米外交専門誌に発表し、中東和平を重視するオバマ外交は米国の国益に資すると分析した。

交渉期限は来年4月末までの「9カ月間」とされたが、オバマ政権が来年11月初旬に行われる中間選挙を念頭に、選挙前に外交的成果を上げることを意識した可能性もある。【7月31日 毎日】
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エジプトでは、アメリカなどによる和解仲介も失敗し、軍主導の暫定政権によるはモルシ元大統領の復権を求めるイスラム同胞団の抗議行動の強制排除が始まり、多数の犠牲者が出ていると報じられています。
膠着するシリア内戦では、反政府勢力を支持しているアメリカですが、反政府勢力内のイスラム過激派の存在もあって、武器支援などに踏み切れない状況が続いています。そうしたなかでアサド政権側の軍事的優位も報じられています。

パレスチナで成果を出せなければ、“アメリカの中東への影響力と威信”は、これまでになく低いものとなります。

****中東和平交渉再開 シャトル外交の裏事情****
2010年秋から中断していたイスラエルとパレスチナ自治政府による中東和平交渉がワシントンで再開され、7月30日には双方があらゆる議題を対象にした本格的な交渉を始めることで合意した。
ジョン・ケリー米国務長官(69)は2月の就任以降、6度も中東入りするシャトル外交を展開。パレスチナに経済支援を約束するなどして交渉の場に引き込み、成果を挙げた。

中東情勢をめぐっては、シリアやエジプトなどでの混乱が続いているほか、パレスチナを国家として承認する動きも進んでいる。オバマ政権には、こうした動きによってイスラエルとパレスチナの関係がさらに複雑になるという懸念があり、早期の事態の打開を目指したい考えだ。(中略)

 ■「久々の成果」実現
その過程で米国は5月、欧州連合(EU)などとともにパレスチナに対する3年間で40億ドル(約4000億円)の経済支援策を打ち出した。また交渉再開直前の7月28日には、イスラエルから、拘束していた104人のパレスチナ人の釈放決定という妥協を引き出すことに成功。こうした米国の外交努力が「中東外交における久々の成果」を実現させたかたちだ。

オバマ政権が中東和平への努力を加速させた背景には、クリントン前国務長官時代には目立った成果を上げられなかったという実態がある。

オバマ政権は1期目の前半はアフガニスタンとイラクでの戦争の終結に注力。後半からは経済発展が進み、中国の存在感が拡大しているアジアを重視する路線に転じた。しかし中東では10年末にチュニジアから始まった「アラブの春」がエジプトやシリアにも波及し、各国の政情が不安定化。イスラエルとパレスチナの和平交渉も停滞し、12年11月にはイスラエルがガザ地区を空爆する事態に発展した。

 ■方向性は白紙のまま
こうした事態を前に、米国には中東和平交渉の中断が長引けば、「和平に逆らう勢力が入ってくる」という懸念を抱いている。ガザ地区を支配するイスラム原理主義組織ハマスの活動が活発化するなどして、和平交渉がさらに難しくなるというわけだ。

またケリー氏のシャトル外交を後押しした要素のひとつには、国際社会に国家としての承認を求めるパレスチナの動きもある。
パレスチナは昨年11月の国連総会で、従来の「オブザーバー組織」から「オブザーバー国家」に格上げされた。米国やイスラエルは「現状変更は和平交渉の妨げになる」と反発。今後も他の国際機関で同様の動きが進めば、「イスラエルとパレスチナの間の摩擦が強まる」(米政府高官)とみていた。

ただ、双方は交渉再開には合意したが、個別の議題の方向性については白紙のまま。双方の内部には交渉再開自体に反対する勢力も依然として多く残っており、今後の協議の難航は確実だ。
ケリー氏は30日の会見で「妥協とは何かを諦めることではない。全ての関係者が平和から利益を得るということだ」と述べて歩み寄りを求めたが、双方の指導者がどこまで妥協に踏み出せるかどうかは、まだまだ不透明だ。【8月10日 産経】
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イスラエル:パレスチナ人受刑者26人釈放 反対派懐柔のため入植活動承認
現地では、交渉再開に向けた唯一の前向きな動きである、イスラエルのパレスチナ人受刑者釈放の第1弾が実施されています。

****イスラエル、パレスチナ人受刑者26人釈放へ**** 
イスラエル政府は11日、エルサレムで14日に開かれるパレスチナとの和平交渉を前に、釈放を約束していたパレスチナ人受刑者104人のうち最初の26人を予定通り13日に釈放すると発表した。
政府発表に続いて同日、イスラエル刑務局が26人について氏名、罪名、逮捕の年月日、被害者の氏名などを公表した。

パレスチナ側は3年ぶりの和平交渉再開の前提条件として、パレスチナ人受刑者の釈放などを要求していた。前月末、米ワシントンで行われた第1回直接協議の後の今月4日にイスラエル側は、1993年のオスロ合意以前に収監した104人を、和平交渉の進展を見ながら4段階に分けて釈放する方針を示し、このうち最初の26人を次回協議までに釈放すると発表していた。  

これを受けてツィピ・リブニ法相、モシェ・ヤアロン国防相、イスラエルの治安機関シンベト元長官のヤコブ・ペリ科学技術相の3閣僚からなる専門委員会が最初の選定に入り、イスラエル首相府は11日夜、今回釈放される26人を決定したと発表した。

殺人で逮捕された受刑者が最も多く、さらに殺人の共犯が5人、誘拐殺人が1人という。26人のうち14人はガザ地区へ、12人はヨルダン川西岸へ移送される。うち10人が今後6か月~3年以内に釈放される予定だった受刑者だと委員会は述べた。

一方、被害者の遺族らが釈放の中止を求めて、最高裁に訴える動きも見込まれている。【8月12日 AFP】
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パレスチナ側は“パレスチナ自治区ラマラの自治政府庁舎前に集まった出迎えの家族ら数百人を前に自治政府のアッバス議長は演説し「(イスラエルの)刑務所に残る人々(服役囚)を我々は見捨てない」と強調、さらなる釈放実現に尽力すると約束した。”【8月14日 毎日】とのことです。

しかし、イスラエル国内ではユダヤ人殺害などの罪に問われた服役囚の釈放には反対の声が根強く、連立政権に参加している極右政党「ユダヤの家」などからは、「和平のために囚人を野に放つのは、ガソリンで火を消そうとするようなものだ」といった反対意見が出ています。

こうした反対派をなだめる見返り策として、イスラエルが占領する東エルサレムやヨルダン川西岸のユダヤ人入植住宅地約1200戸分の入札を実施することが明らかにされています。

****中東和平:イスラエル、1200戸入植発表 交渉前に****
イスラエル政府は11日、ヨルダン川西岸と東エルサレムにユダヤ人入植住宅約1200戸を建設する入札を行うと発表した。

イスラエルとパレスチナによる中東和平交渉が再開し、14日には実質的な初協議が予定されているタイミングだけに、パレスチナ側は強く反発。イスラエルの連立政権内には、近く実施予定のパレスチナ人服役囚釈放を批判する声が根強く、ネタニヤフ首相はこうした右派勢力に考慮したものとみられる。(中略)

イスラエルの連立政権内の右派政党幹部らはこの釈放方針を批判し、連立離脱も辞さない姿勢を示していた。このため釈放が正式決定した際、首相との間で、連立残留の見返りに、入植住宅建設を新規承認する協議が進んでいるとの指摘があった。【8月12日 毎日】
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【「入植拡大は交渉を崩壊させかねない」】
当然ながら、これまで入植活動の凍結を交渉再開の前提条件としていたパレスチナ側は激しく反発しています。

****イスラエル、入植活動の推進鮮明に=パレスチナ「交渉崩壊も」と警告****
イスラエル内務省は13日までに、占領地東エルサレムのユダヤ人入植地ギロで約900戸の住宅建設計画を進めることを承認した。イスラエル政府は11日にも、東エルサレムやヨルダン川西岸の入植住宅約1200戸分の入札を発表したばかり。

14日の中東和平交渉を前に、入植活動を推進する姿勢を鮮明にしたことを受け、パレスチナは猛反発している。
パレスチナ解放機構(PLO)のアベドラボ事務局長はAFP通信に「入植拡大は交渉を崩壊させかねない」と警告した。パレスチナは和平交渉参加の前提条件から入植活動の凍結を下ろしたとみられているが、入植活動に反対する姿勢は変えていない。【8月13日 時事】
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今回交渉では“入植活動の凍結”を事前確認せずに交渉を始めたパレスチナ側としては、開始早々の入植活動推進では立場がありません。

一方、イスラエル側には、連立極右政党だけでなく、与党リクードでも対パレスチナ強硬派が勢いを増しているという事情があります。

****イスラエル与党リクード、党内要職に強硬派****
イスラエルの与党リクードの党内組織要職を選ぶ選挙が6月30日から7月1日未明にかけて投開票され、複数の重要ポストに強硬派が選出された。今後、パレスチナ自治政府との譲歩が困難になる恐れがある。

党の中央委員会のトップには、パレスチナとイスラエルの2国家共存に強く反対しているダニー・ダノン副国防相が選出された。
また、党イデオロギーの骨子を作成する部門の責任者には、強硬派のZeev Elkin副外相が選ばれた。

リクードの党首には、ベンヤミン・ネタニヤフ首相がとどまるが、ダノン氏とエルキン氏の要職獲得により、党内での影響力は弱まることになる。

ダノン副国防相は最近、ネタニヤフ政権はパレスチナ国家建設に真剣ではないと語り騒動となっていた。ダノン氏はパレスチナ国家の是非を問う投票を行えば、リクード出身閣僚だけでなく、連立与党の他党出身閣僚も含め、大半の閣僚が反対票を投じるとの考えを述べている。【7月1日 AFP】
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交渉開始早々の険悪な状況に、ケリー米国務長官は、イスラエルのネタニヤフ首相やパレスチナ自治政府のアッバス議長と電話で協議をしている模様です。

日本時間では明日になる14日には、エルサレムで2回目の、実質的には初協議が予定されています。
その後、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区エリコで、3回目の交渉を行う予定とされていますが、交渉の成果はもちろん、交渉が続けられるかどうかも危ぶまれる状況です。
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ジブラルタルを巡り、イギリス・スペインの対立がエスカレート

2013-08-13 21:00:58 | 欧州情勢

(ジブラルタルでは、スペイン側の国境検問強化によって長い車列ができることも “flickr”より By David Gilson http://www.flickr.com/photos/59702659@N04/9427914932/in/photolist-fn7wDs-fsHtdQ-fqQMCF-fqQGwT-frY97L-foYJfH-frVxX3-foQgPw-frkbgU-frkGxJ-fmqeus-foUGv4-foUH9H-fp9Zjm-foUKbP-foUBWn-foUFAr-fr3Pj6-fszPgJ-foGTLz-fr45fc-frZxHE-frktuY-frkkiQ-frZzV7-fr677V-fr5WAV-fr5Yya-frD9cL-fsuCG5-fswXyq-fshyCp-fr5XJn-fmwmuB-fr3iU2-frhM6m-fr3mk2-fr3zAn-foHJQw-foHEj9-frZq9W-frZ8oL-frZnxW-frHZgP-frZbWd-frK9WD-frK1NF-fqBEnM-foHuxU-fqBDfP-fqBBNz

【「EU加盟国のやることか。北朝鮮の話かと思った。フランコも昔、似たことを言っていた」】
ここ1週間ほど、ジブラルタルをめぐるイギリスとスペインの確執が話題となっています。

地中海の出入り口に位置するジブラルタルの概要については以下のとおりです。
**********
ジブラルタルは、面積わずか6.8平方キロメートル、人口約3万人の英自治領。大西洋と地中海を結ぶ唯一の出入り口を見下ろす場所にあるため、戦略的要衝となっている。スペインは1713年、ジブラルタルを英国に永久割譲したものの、やはりスペインの統治下に戻すべきだと長く主張してきた。しかし地元住民は一貫して英領にとどまることを希望、英国も地元の意思に反して主権をスペインに再移譲するつもりはないとしている。【8月13日 AFP】**********

ジブラルタルをめぐるイギリス・スペインの対立は今に始まったものではなく、300年前のユトレヒト条約以来のもので、そのあたりの話については、2009年7月22日ブログ「スペイン  ジブラルタルは“返せ” セウタ・メリリャは“わが領土”」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090722)で取り上げました。

4年前のブログで書いた以上のことは特にないので、今回の騒動はパスしていたのですが、EU加盟国同士、成熟した民主主義を誇る先進国同士の大人げない争いがなかなか収まらないようなので、騒ぎの紹介だけ。

今回騒動は、イギリスに属するジブラルタル自治政府が最近、魚礁をつくるためにコンクリート製ブロックを周辺海域の海底に沈めたことへ、スペイン政府が“スペイン漁船が海域に入り込むのを阻止するためだ”として、これに猛反発したことから始まっています。
スペイン側は対抗措置として通行税徴収などの検討を表明しています。

****ジブラルタルめぐり緊張再燃=英・スペイン、「関係最悪」に****
イベリア半島南端にある英領ジブラルタルをめぐり、領有を主張するスペイン政府が国境通過者に通行税を課す考えを表明、英側を激怒させている。

両国はともに欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)の加盟国だが、この問題で2国間関係は「近年で最悪」(BBC放送)と言われるまで悪化しており、外交上、深刻な影響が生じかねない。

発端は7月、ジブラルタル政府が周辺海域にコンクリートのブロックを沈めて魚礁の建設を開始したこと。スペイン側は「スペイン漁船に対する妨害」と反発、報復として国境検問を強化したため、往来する住民らが猛暑の中を長時間待たされる事態となった。

さらにスペインのガルシアマルガリョ外相は8月初め、(1)国境を通過する際に50ユーロ(約6400円)の通行税を徴収(2)ジブラルタル発着の航空機のスペイン領空飛行禁止―などの措置を検討していると表明。

これに対し、ジブラルタルのピカード首席閣僚(首相)は「(スペイン政府は)まるで北朝鮮」と強く非難。キャメロン英首相もスペインのラホイ首相との電話会談で、外交関係悪化への「深い懸念」を伝えた。

英国では、スペイン側の強硬姿勢に批判的な報道が相次いでいる。保守系デーリー・テレグラフ紙は「英国の果敢な抵抗は岩のように強固だ」との見出しで愛国心をあおった。一部では、スペイン政府が経済危機や与党内の汚職疑惑から国民の関心をそらすため、ジブラルタル問題を利用しているとの見方も出ている。【8月10日 時事】 
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スペインは深刻な失業問題などを抱え、ジブラルタルで騒いでいる暇はないように思えるのですが、そうした国内問題が存在するだけに外交問題をクローズアップさせるというのは、古今東西の政権の常套手段でもあります。
イギリスにしても、いつまでも大英帝国時代の海外領土に固執することもなかろうに・・・という感があります。

事態は双方の非難の応酬、対抗措置のエスカレートという、おきまりの道を転げ落ちています。

“ジブラルタル政府のピカード首相は5日、スカイ・テレビに「欧州連合(EU)加盟国のやることか。北朝鮮の話かと思った。(スペインの独裁者)フランコも昔、似たことを言っていた」と強い調子で(スペイン政府を)批判。1950年代にフランコ政権が領土奪還に向けて動いた際と似ていると指摘した。”【8月7日 産経】

イギリス側は、300年前にジブラルタルをイギリス領と認めたユトレヒト条約を盾に一歩も引かぬ姿勢です。
キャメロン首相の報道官もスペイン側の対応を「政治的な動機に基づいたもので、完全に度を越している」と非難、“法的措置”の検討を表明しています。

****ジブラルタル問題で英が法的措置検討、スペインとの対立激化****
英政府は12日、イベリア半島南端の英領ジブラルタルでのスペインによる国境検問の強化に対し、法的措置を検討していることを明らかにした。
一方のスペイン側は国連などへの訴えも辞さない構えで、両国の対立が激化している。

デービッド・キャメロン英首相の報道官は、スペインの検問強化によって国境を越えようとする人々が数時間にわたって足止めされていると指摘。「政治的な動機に基づいたもので、完全に度を越している」と非難した上で、「どのような法的措置が可能か検討中だ」と述べ、スペインに対し前例のない措置に踏み切るべきかどうか吟味していることを明らかにした。

これに対しスペインは、検問は「合法かつ適切」として中止するつもりはないと反発。同国外務省の報道官は、スペインが国連安全保障理事会や、オランダ・ハーグの国際司法裁判所といった国際機関へ訴える可能性も視野に入れていると話した。(後略)【8月13日 AFP】
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ジブラルタル、フォークランド領有は「植民地主義であり国連決議に反する」】
一方のスペイン側は、フォークランド諸島を巡ってイギリスと戦火を交え、今も同問題で対立するアルゼンチンと共闘する姿勢を見せています。

****ジブラルタル問題:スペイン、アルゼンチンと共闘****
イベリア半島南東の英領ジブラルタルを巡り領有権を主張する英国とスペインの緊張が高まっている問題でスペイン政府は、同じく英国と領土問題を抱えるアルゼンチンと共闘する姿勢を示した。
一方、英国は12日、法的措置の検討に入るなど対立はいっそう先鋭化している。

 ◇英、法的措置も
スペイン・メディアは11日、政府当局の話として、ガルシアマルガリョ外相が9月にアルゼンチンを訪問する際、領土問題についてアルゼンチン政府と意見交換すると伝えた。アルゼンチンは長年、英領フォークランド諸島の領有権を巡り英国と対立している。

スペインはアルゼンチンと共闘し英国によるジブラルタル、フォークランド領有を「植民地主義であり国連決議に反する」として国連安保理か国連総会で議題にしたい考えだ。

一方、こうしたスペインの姿勢に、キャメロン英首相の報道官は12日、「ジブラルタルとフォークランドは別問題だ」と不快感を示し、スペイン政府がジブラルタルとの国境検問を強化している問題について、英政府として法的措置を検討している考えを明らかにした。措置の内容は不明だが、英メディアは欧州連合(EU)司法裁判所への提訴の可能性があると報じている。

アルゼンチンは現在、国連安保理非常任理事国になっている。英国とアルゼンチンが軍事衝突したフォークランド紛争(1982年)では、スペインはこれまで一貫して、中立の立場をとってきた。【8月13日 毎日】
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フォークランドまで引き合いに出されたのでは、イギリスとしては更に引き下がる訳にはいかなくなります。

双方が1歩ずつ引けば、互いにメリットのある妥協策もあるだろうに・・・。
第三者的には“大人げない泥仕合”のようにも思えますが、領土問題となるとこんなものなのでしょう。
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スーダン・ダルフール  変容・複雑化する紛争 相次ぐ部族間衝突 増える避難民

2013-08-12 21:52:31 | スーダン

(7月13日の襲撃で犠牲となった国連アフリカ連合ダルフール派遣団(UNAMID)のメンバーの棺 “flickr”より UNAMID http://www.flickr.com/photos/58538810@N03/9293979850/in/photolist-fah5pU-frtusp-fah5uo-f3j37o-f1HpVP-f2PpKh-f2z9UZ-f2z9TP-f1XxWJ-f3j2NQ

治安部隊内部の「意見の相違」】
スーダン西部のダルフールでは、非アラブ系農耕部族とアラブ系牧畜部族の対立を背景にして、国連が「世界最悪の人道危機」とも呼んだダルフール紛争が続いていますが、2013年2月10日、アラブ系のスーダン政府と非アラブ系反政府勢力「正義と平等運動」が、カタールの首都ドーハで停戦協定に調印しています。

しかしながら、ダルフールの治安状況が最近悪化していることについて、7月7日ブログ「ナイジェリア「ボコ・ハラム」によるテロ 牛泥棒による衝突 スーダン・ダルフールの今」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130707)で取り上げました。

****治安悪化のスーダン・ダルフール、州都の市街戦で住民困窮****
スーダン・ダルフール地方で、都市部の治安悪化により、貧困層のみならず富裕層の生活も脅かされる事態となっている。

スーダン第2の都市である南ダルフール州の州都ニャラでは3日~7日、市内で戦闘が発生し、暴動で市場が略奪・放火され、約20の店舗が破壊された。(中略)

貧困が深刻なダルフールでは、暴動被害に遭ったマルジャ市場に店を持つモハメドさんら商人たちは、エリート層の一員だった。しかし、そんな彼らも今は全てを失ってしまった。灰と化した市場で、店主たちは自分の店があった場所に座り込み、互いに同情し合っていた。

■州都の戦闘、原因は治安部隊の内紛
国営メディアが伝えた州当局の説明によれば、約30人が死傷した今回のニャラ市内での戦闘の原因は、治安部隊内部の「意見の相違」だったという。(中略)

ニャラ市での戦闘は、治安部隊が地元で有名な無法者1人を殺害したとされる事件がきっかけで始まった。殺害された人物は、治安部隊「中央警察予備隊(Central Reserve Police)」に所属していた。(中略)

■背景に政府系民兵組織の影、無力な警察
ダルフールで活動する中央警察予備隊の隊員たちは、2003年にアラブ系が支配するスーダン政府に非アラブ系武装勢力が反旗を翻したダルフール紛争で、反政府勢力を支持しているとみなした少数民族に対して数々の残虐行為を行い、世界を震撼(しんかん)させた民兵組織「ジャンジャウィード(Janjaweed)」の元構成員だ。ジャンジャウィードはスーダン政府の支援を受けていた。

ダルフールの治安を脅かす問題の内訳ではこのところ、部族間の抗争や誘拐、自動車強奪などの犯罪が増加傾向にあり、その多くで、政府とつながりのある民兵組織や治安部隊の関与が疑われている。

ダルフール地方を統括する「ダルフール地域機構」のエルティガニ・シーシ議長は6月、部族系民兵組織の暴力行為に対して治安当局が「力を誇示する」必要があると述べた。だが、少なくともマルジャ市場の略奪では、地元警察には武装集団に対抗する力はないということが証明された。ある店主の証言によれば、戦闘が激化すると市場を警備していた警察官らは撤退してしまい、最寄りの警察署も放火されたという。【7月14日 AFP】
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「世界最悪の人道危機」ダルフール紛争の中心にあった民兵組織「ジャンジャウィード」の元構成員が“中央警察予備隊”に変身しているということでは、治安悪化も想像に難くないところです。

国連アフリカ連合ダルフール派遣団(UNAMID)も攻撃対象となり犠牲者を出しています。
潘基文(パン・キムン)国連事務総長はこの攻撃に激怒しており、3週間で3度目となったUNAMIDへの攻撃を非難し、攻撃を行った者たちに裁きを受けさせるためスーダン政府が迅速に行動することを期待していると報じられています。

****スーダンの平和維持活動要員、武装集団に襲われ7人死亡****
スーダン・ダルフール(Darfur)地方で13日、国連アフリカ連合ダルフール派遣団(UNAMID)の車列が待ち伏せ攻撃を受け、タンザニア兵7人が死亡、17人が負傷した。UNAMIDが明らかにした。UNAMIDの5年間の活動の中で最悪の惨事となった。

待ち伏せ攻撃があったのは、南ダルフール州の州都ニャラの北にあるマナワシの平和維持部隊の基地の近く。UNAMIDによると攻撃現場の東約25キロにはUNAMIDの別の基地もある。スーダン西部の治安の悪化がさらに浮き彫りとなった。(後略)【7月14日 AFP】
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変容し、複雑化する紛争 農地や資源をめぐる部族間のあらそい
国連は、こうしたダルフールの治安悪化を危惧しています。
紛争の性格も、従来の“非アラブ系農耕部族とアラブ系牧畜部族の対立”という構図から、“農地や資源をめぐる部族間のあらそい”に変質・複雑化しているとのことです。

****ダルフール紛争開始から10年 増え続ける避難民***
スーダン西部のダルフール地方では新たな衝突が発生し、今年に入ってからすでに25万人が家を離れ避難を余儀なくされました。

開始から10年を迎えるダルフール紛争は最近になってまた激化しました。理由は、農地や資源をめぐる部族間のあらそいです。そのため、ここ数年で最大の数の人が避難をせざるを得なくなり、国連WFPの支援の必要性がますます高まっています。

国連WFPスーダン事務所長のアドナン・カーンは、「現在の状況はダルフール地方の食糧状況を脅かすものであり、非常に懸念しています。通常であれば、今は苗を植えたり農作業に精を出したりする時期なのですが、農家の人たちはそうすることができずにいます。村から避難し、隣国チャドの難民キャンプにまで逃げた人も大勢いるのです。」と述べました。

ダルフールの紛争の性質は変容しつつあり、ますます複雑化しています。ダルフール地方ほぼ全域で以前よりも多くのグループが紛争に巻き込まれています。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR) によれば、スーダン国内に避難している25万人以外に、およそ3万人のスーダン人がこの2,3か月間で国境を越え、隣国チャドに逃れました。(後略)【7月23日 国連WFPニュース 】
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前出の7月に起きたニャラでの戦闘は、“治安部隊内部の「意見の相違」”と評されていますが、政府・治安部隊による事態の制御ができなくなっている状況もうかがえます。

****ダルフール部族間紛争、100人が死亡 アラブ系同士****
スーダン西部ダルフール地方で10日、アラブ系部族同士の衝突があり、約100人が死亡した。AFP通信が伝えた。

衝突があったのは、東ダルフール州のアディラ近郊。部族間の戦闘が今年に入り激化しており、5カ月間で30万人が家を追われているという。

ダルフール地方では、2003年に黒人住民がアラブ系の中央政府に蜂起して紛争が泥沼化した。政府が支援するアラブ系民兵による住民の殺害も相次ぐ。死者は30万人に上り、最悪の人道危機と呼ばれる。

近年は反政府勢力が細かく分裂しているほか、アラブ系部族間での衝突も相次いでいる。【8月11日 朝日】
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今回の衝突の原因はよくわかりませんが、“今年1月以降は、金鉱の支配をめぐるアラブ系部族同士の衝突が相次ぎ、多数の死傷者が出ている。”【8月11日 共同】とも報じられています。

****ダルフールで部族間の衝突、100人死亡 スーダン****
治安が悪化しているスーダン・ダルフール地方で11日、100人が死亡した前日の暴動に続き、対立関係にあるアラブ系同士の部族が再び衝突し、一帯は混乱状態に陥っている。

10日に始まった戦闘は、リゼイガト人とマアリア人によるもので、ダルフール南東部のアディラ地域で起きた。

匿名で取材に答えたあるリゼイガト人は、11日に入って「(衝突は)多くの地域に広がっている」と語った。また、マアリア人の住民も戦闘が起きているのは確かだと語り、ダルフール最大の都市ニャラのある医師はAFPに対し、負傷したマアリア人が搬送されて来ていると語った。

正確な死者数は定かでないがリゼイガトの人々は、10日の戦闘で味方側に30人、マアリア人側に70人の死者が出たと話している。

今年に入り、ダルフール地方ではさまざまな部族間で衝突や戦闘が相次いでいる。国連アフリカ連合ダルフール派遣団(UNAMID)によれば、5月までに推計30万人が居住地からの避難を余儀なくされている。

ただし、これまでそうした衝突が起きていたのは主にダルフール北部と西部で、東部では比較的、暴動はなかった。ダルフール地方では約10年前に、アラブ系のエリートたちが国の権力と富を独占していると考える非アラブ系の民族が反乱を開始した。

観測筋は、最近のダルフール情勢について、ここ10年の衝突における力関係の変化を反映したものであると指摘。またスーダン政府と軍に支援されていたアラブ系民兵組織「ジャンジャウィード(Janjaweed)」に対する政府の制御が効かなくなっていると付け加えた。これまで部族間の衝突は、土地や水、鉱物といった資源をめぐって起こってきた。

状況の変化を受け、国連安全保障理事会は前月、全力で衝突の抑止に務めていないとの批判を受けているUNAMIDについての見直しを求めた。【8月12日 AFP】
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国連PKOの見直し
「国連アフリカ連合ダルフール派遣団(UNAMID)」は国連とアフリカ連合が共同で行っている平和維持活動で、その経緯については、
“ダルフール紛争においては2004年よりアフリカ連合による平和維持軍であるアフリカ連合ダルフール派遣団(AMIS)が派遣されていた。AMISは7,000名以上の規模となったが、実効的な成果は少なかった。
2006年には国際連合安全保障理事会決議1706により、国際連合スーダン派遣団(UNMIS)をダルフールにも展開することが決議されたが、スーダンの反対により展開はなされなかった。
2007年には資金面の問題によりAMISの活動が困難になりつつあり、アフリカ連合は国際社会に支援を求めた。これに応えて、2007年7月31日に安保理決議1769が採択され、国連とアフリカ連合合同の平和維持活動・国際連合アフリカ連合ダルフール派遣団(UNAMID)が編制されることとなった。”【ウィキペディア】とのことです。

アフリカ中部コンゴ民主共和国で国連平和維持活動(PKO)を展開している国連コンゴ安定化派遣団は「武装解除のために、武力行使を含む必要なあらゆる措置をとる」と、ソマリア以来の“平和の強制執行”を行うことが決定しています。

ダルフールにおいても、政府によるジャンジャウィード制御が効かず、部族間の衝突が激化するような事態であれば、国連PKOによる同様の措置が求められます。
ただ、スーダン・バシル大統領はそうした国際社会による介入を認めないのでは・・・とも推察されます。
その間にも、犠牲者・避難民が増大し続けます。
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移民をめぐる様々な問題と各国の事情

2013-08-11 23:02:29 | 難民・移民

(日本からの移民船「ブラジル丸」 昭和30年頃ではないでしょうか 【weblio辞書】)

カナダ:総人口に占める外国生まれの人の割合は21.3%
いわゆる先進国の移民対策は、その国の労働力不足の現状、外国人に対する社会的寛容さの度合いなどによって様々です。

例えばアメリカの場合、主にメキシコからの不法移民が問題視されていますが、一方で、経済的には既に存在するその労働力を無視することもできない側面があり、政治的にもヒスパニック系の票が選挙の勝敗を分ける状況になってきています。

このため、オバマ米大統領は、納税など一定の条件を満たした不法移民に市民権取得の道を広範に開くことを柱とした移民制度改革を進めていますが、その中には不法移民批判が強い共和党を懐柔するため、厳しい不法移民取締り強化策を盛り込んでいます。
(6月25日ブログ「アメリカ 微妙な人種問題 進む非白人化 移民制度改革法案の二面性」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130625)

比較的、移民に寛容な政策をとっている国として、カナダ、スウェーデンの現状について、次のように報じられています。

****カナダ****
カナダでは1970年代以降、技能を持つ労働者の不足により経済成長が滞ってきた。このため、カナダは世界でも最も開放的とされる移民政策を採用している。2010年の時点で、同国の総人口に占める外国生まれの人の割合は21.3%にも達した。2013年4月1日には、既に移民を積極的に受け入れているこの国で、さらに「スタートアップ・ビザ・プログラム」が開始された。これは高い技能を持つ国外の起業家をカナダに集めることを目的とした施策だ。

このプログラムにより、カナダのベンチャーキャピタルや投資グループから出資を受けて新たに起業した移民に対しては、即座に永住資格を得る権利が与えられる。また、仮に新規事業が失敗に終わっても、移民起業家は国外退去の対象とならない。【7月3日 ナショナル ジオグラフィー】
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****スウェーデン****
スウェーデンは、ブリティッシュ・カウンシルなどによる移民統合政策指数(MIPEX)で調査対象となった33カ国のトップにランキングされており、イラク、シリア、ソマリアなどの紛争国からイスラム教徒の難民を受け入れてきたことで知られている。

しかし失業率の高まり(特に外国人居住者の間では16%にも達している)や、最近になって頻発している暴動により、政治家や市民からは開放的な移民政策に疑問の声があがっている。現在の政策への批判派は、多大な費用がかかるリベラルな政策が雇用を増加させ、近隣ヨーロッパ諸国からの移民労働者の流入を招いていると指摘する。政策による雇用創出のペースが落ちると、職を持つ移民の流入が止まり、今度は政府の援助に頼る無職の庇護希望者の数が急増した。2012年、スウェーデンにたどり着いた庇護希望者の数は前年比で50%近く増加し、過去第2位の4万3900人に達した。

移民受け入れに反対する意見は今でも少数派だが、より現実的に持続可能な移民政策を求める声は、移民排斥を掲げる極右政党、スウェーデン民主党の支持率を第3位にまで押し上げている。2014年の総選挙では、同党がこうした支持を受けてさらに勢力を拡大する可能性もある。【同上】
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締め出される難民 争奪戦が起きる中国富裕層
ひとくちに移民といっても、富裕層・専門職・経済的弱者といった経済的事情、文化・宗教の違いなどで、受け入れ側の対応も全く異なってきます。

オーストラリアで問題となっているのは、移民というより中東や南アジアからの難民ですが、オーストラリアのラッド首相は、従来の寛容な政策を改め、正規の手続きを踏まずに密航船でオーストラリアに渡ってきた難民認定希望者に対しオーストラリア定住を一切認めず、パプアニューギニアに移送し、難民と認定されれば同地に定住させると発表しました。

****オーストラリア:密航者を隣国移送へ…難民政策転換****
密航船による難民流入に苦慮するオーストラリアのラッド労働党政権が、密航者を完全に締め出す方針を打ち出した。

漂着した全ての難民希望者を隣国パプアニューギニアに移送、難民認定されたとしてもパプアに定住させる。年内の総選挙を前に、強硬姿勢を示して有権者の支持を得る狙いがあるが、国連などは「難民保護を定めた国際法に違反する恐れがある」と強く批判している。

ラッド首相は19日、豪州東部ブリスベーンでパプアのオニール首相と難民申請者の移送に関する合意文書を交わし、「現時点から船で到着した難民希望者が豪州に定住する機会はない」と明言。「密航船による惨劇を止めるため」と強調した。

豪州では2007年に政権交代で誕生したラッド第1次労働党政権が、難民受け入れに寛容な政策を打ち出し、パプアなど国外2カ所にあった収容施設を閉鎖した。難民審査を国内に切り替えた結果、中東や南アジアからの密航者が急増。船の老朽化や定員超過が原因の沈没事故が多発し、犠牲者総数は1000人を超える。

事態打開のため昨年8月、ギラード前政権は国外施設での審査を再開したが、今年に入っても1万5000人以上が漂着。事故も続き、7月23日には難民希望者約200人を乗せた密航船がインドネシア・ジャワ島沖で転覆し、11人の死亡が確認された。

野党保守連合は労働党の難民政策を繰り返し批判。総選挙を控え、6月に再登板したラッド首相こそ「問題の張本人」と攻勢を強め、増加する難民関連予算に不満を強める国民からも強硬な対策を求める声が出ている。

ラッド政権はパプアの施設の収容人数を200人から3000人に拡張し、19日以降に漂着した密航者約700人もパプアに移送すると発表。だが、パプアは東南アジア最貧国の一つで、人権団体などが収容環境の劣悪さを指摘している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は26日、「パプアでの審査には法的、人道的に重大な欠陥がある」と懸念を表明した。【7月29日 毎日】
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もっとも、“オーストラリアのラッド政権が打ち出した密航者を完全に締め出す政策に、中継地インドネシアで密航の機会をうかがう難民希望者が反発している。それぞれが母国に戻れない事情を抱えているうえ、経済的にも困窮。オーストラリアの難民政策が再び変わることへの期待感もあって、多くが「他に選択肢はない」と語り、今も危険な航海に希望を託している。”【8月9日 毎日】という状況です。

こうした歓迎されざる難民の一方で、受入国側の争奪戦が起きている移民もあるようです。

****財政難国、中国からの移住者を奪い合い****
財政難に陥っている国が、豊富な資金の投下を期待して、裕福な中国人移住者の誘致のため、査証や市民権の取得要件を緩和している。

各国の富裕層誘致の移民プログラムは、建前上は世界の富裕層向けだが、移民法専門の弁護士によれば、中国で混乱が起きた場合家族の安全や資産の保護のため海外逃避先を探している中国人を狙ったものが少なくないという。

法律事務所ハーベイ・ロー・グループ(香港)の移民法弁護士であるジャン=フランソワ・ハーベイ氏は「中国人を狙った移住者争奪戦が起きている」と語る。(後略)【8月1日 WSJ】
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イギリス:キャメロン首相の不法移民一斉摘発と「人種差別」批判
欧州各国では近年の経済的苦境や社会の保守化などを反映して、移民の増大に対する社会的批判が強まっている傾向にあります。

****イギリス****
ここ10年で、イギリスに入国した移民の数は急上昇した。同国の国勢調査によると、2001年には460万人だった移民の数は2011年には750万人近くに達しているという。こうした中で、移民問題は国民にとって最大の関心事となっている。移民の急増に加え、2012年7月には、ビザの有効期限が切れた15万人以上の移民がそのままイギリス国内に居住していることが英国国境局の調べで判明した。これをきっかけとして、首相はビザ切れ滞在者をより厳しく取り締まる移民制度改革へと乗り出した。

2013年3月には、労働あるいは就学目的でイギリスに入国する移民に対し、政府が1000ポンド(現在のレートで約15万円強)を納めるよう求める制度を検討していると、マーク・ハーパー移民大臣が言明している。これは保証金の役割を果たし、対象となる外国人がビザの期限切れに伴い帰国した際にのみ返金されるという。【7月3日 ナショナル ジオグラフィー】
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保守党キャメロン首相は、「反移民」を掲げて支持を拡大する右派政党への選挙対策もあって、不法移民の一斉摘発を行っていますが、野党からは「人種差別的」との批判も出ています。

****なぜ非白人狙う…英移民政策に批判「差別的*****
キャメロン英政権が、移民の数を年間10万人未満に制限するとした公約実行に本格的に乗り出した。
 2015年の次期総選挙を視野に、「反移民」を掲げる右派政党に奪われた支持層を取り戻すことが狙いだ。歴史的な移民への寛容政策を転換しようとする首相に、最大野党・労働党などは反発を強めている。

英内務省は今月1日、ロンドン、マンチェスター、ダラムなど都市部で不法移民の一斉摘発を行った。不法就労などの疑いがある139人を摘発し、マーク・ハーパー移民担当相は「脱税や劣悪な労働環境を生む不法移民を許さない」と成果を強調した。

ところが、この後、捜査官が有色人種だけを選び、職務質問したと、人権団体などが問題提起した。実際、摘発された人の多くは黒人や南アジア系だった。

最大野党・労働党のドリーン・ローレンス下院議員は「移民には白人もいる。なぜ非白人だけ狙うのか」と人種差別があったと指摘。これを受け、行政機関に是正措置を命ずる権限を持つ国の独立機関「平等人権委員会」が実態調査に乗り出した。英国は、1976年の人種関係法や2006年の平等法で人種に基づいて人に不利益をもたらす行為を禁じており、同委が是正を求める可能性がある。

同委は、内務省が移民の多いロンドン郊外の6地区で「不法滞在者は出国しなければ捕まる」と移民を脅すかのような広告を掲載した車両2台を7月下旬に走らせたことも問題視する。

英国は伝統的にアジア、カリブ海、アフリカなどの旧植民地出身の移民に寛容だった。冷戦後はポーランドなど旧東欧からも多くの移住者を受け入れ、08年のリーマン・ショック後、その数は年間20万人を超えた。

2010年の総選挙で、当時、最大野党だった保守党党首のキャメロン氏は移民規制を公約した。首相就任後、まずは移民の数が多いインド人技術者を狙い撃ちした査証発給制限などを行った。首相は秋には不法滞在者を雇った事業者への罰則を強化する新法案も下院に提出する方針だ。「英国人から雇用を奪う移民の排斥」を打ち出し、右派政党・独立党が支持を拡大していることが念頭にある。

これに対し、労働党は、首相の政策は「人種差別的」として政権攻撃の材料とする構えだ。【8月11日 読売】
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移民を出す東欧:社会基盤崩壊の懸念
移民を出す側にも問題が起きています。
移民を送り出す東欧では、人口流失による労働力不足、少子化、特に医療従事者の流出による医療制度崩壊の危機が報じられています。

****きしむ欧州 「危機」の後遺症)人口流出、縮む東欧 働き手減り少子化も加速****
欧州で東から西への人口流出が止まらない。金融危機が拍車をかけた。東欧では社会基盤の崩壊を危ぶむ声さえ上がる。(中略)

ブルガリアでは人口の流出が止まらない。ピークだった1989年には約900万いたが、現在は約730万。冷戦の終結と同時に、より豊かな西欧への移住が始まった。07年のEU加盟を経て、金融危機が拍車をかけた。
当初は金融危機で流出に歯止めがかかるのではないか、との見方があった。スペインなどで失業率が高まり、帰国者が増えるのではないかとの見立てだ。
しかし、現実は違った。西側以上に母国の経済が厳しかったからだ。(中略)

働き手が海外に出ていくことで、急速に少子高齢化が進む。プロディフ大学のスガレワ教授(人口学)は「移民は子育て世代が中心。影響は計り知れない」と話す。(中略)

経済の水準が相対的に低いルーマニアは、格好の草刈り場になった。同国の医師協会によると、国内の登録医師は約4万人。EUに加盟した07年からすでに約1万4千人が海外に出た。(後略)【8月11日 朝日】
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日本:高度人材ポイント制導入
日本は移民をほとんど受け入れていませんが、カナダやイギリスの例にならい、日本も2012年5月に、技能を持つ移民を評価する高度人材ポイント制を新たに導入しています。

****日本****
固有の単一民族的な社会を望む傾向が根強い日本では、2010年時点で外国人の占める割合は全人口の1.7%にすぎない(経済協力開発機構(OECD)調べ)。移民排斥ともとられかねない日本の厳格な移民政策は、これまでも厳しい批判を招いてきた。

カナダ同様、日本も急速な人口減少の危機に直面している。現在の人口は1億2800万人だが、2060年にはこれが3分の2にまで減少するとの予測もあり、より開放的な移民政策の採用が求められる状況だ。

カナダやイギリスの例にならい、日本も2012年5月に、技能を持つ移民を評価する高度人材ポイント制を新たに導入した。この制度では、日本への定住を希望する外国人は、学術研究活動や高度な専門・技術活動、あるいは経営・管理活動に基づいてポイント評価を受ける。ポイントの合計が一定点数に達した外国人(主に大学の教授や医師、企業幹部など)は、出入国管理において優遇措置が受けられる。【7月3日 ナショナル ジオグラフィー】
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