孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

グルジア紛争から5年 ロシアとの関係改善は進むものの、領土問題には「戦略的忍耐」が必要

2013-08-10 22:25:56 | 欧州情勢

(“グルジア・南オセチア自治州の周辺では、ロシア側の設ける鉄条網やフェンスによって「国境」の画定が進む。この破壊された住居の敷地は2分されていた”(遠藤良介撮影)【8月9日 産経】)

ロシアとの関係改善を目指すイワニシビリ首相
ロシアと同じ旧ソ連のグルジアが2008年8月に武力衝突を起こしてから8月8日で5年が経過しました。

この間、2012年10月のグルジア議会選挙で、ロシアとの関係改善を掲げる野党連合「グルジアの夢」が勝利し、イワニシビリ代表が首相に就任。
グルジアの政治権力はグルジア紛争を主導した反ロシアのサーカシビリ大統領から、ロシアとの関係改善を目指すイワニシビリ首相へ移行しています。

当然ながら、サーカシビリ大統領とイワニシビリ首相の間では、激しい権力闘争もあるようです。

****グルジア:大統領派幹部を次々摘発 首相派と対立深まる****
旧ソ連のグルジアで、サーカシビリ大統領派と、昨秋の議会選で勝利した反大統領のイワニシビリ現首相派の対立が深まっている。検察当局は、大統領派幹部を次々と摘発しており、欧米諸国は懸念を示している。

グルジア検察は21日、サーカシビリ派政党「統一国民運動」の書記長のメラビシビリ前首相を汚職容疑で逮捕した。昨年の議会選の際に社会保障基金520万ラリ(約3億円)を流用したほか、不動産を横領した疑い。大統領派の元保健・労働・社会保障相も基金を流用した疑いで逮捕された。

サーカシビリ大統領は逮捕について「政治的な決定でないという幻想を抱くことはできない」と述べ、現首相側が検察当局へ圧力をかけたと主張。イワニシビリ首相は「政治的な迫害ではない」と反論した。欧米諸国は昨秋以来続く、大統領派の元閣僚や軍高官の逮捕に懸念を示している。

グルジアではサーカシビリ氏が退任する今年10月に大統領選を行う予定。選挙後に施行する憲法改正で大統領職は象徴的な役割となるが、選挙はサーカシビリ、イワニシビリ両氏の権力争いとして注目されている。

首相が率いる与党連合「グルジアの夢」が今月中旬、マルグベラシビリ第1副首相・教育科学相を大統領候補として擁立するなど、選挙をめぐる動きも本格化している。【5月25日 毎日】
*****************

一方、1月23日にロシアのプーチン大統領がモスクワ近郊で、グルジア正教会の最高指導者イリヤ2世(総主教)と会談、翌24日には、スイスで開かれた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席したイワニシビリ首相が「ロシアとの関係を復興するために最善を尽くす」と言明し、メドベージェフ・ロシア首相と接触するなど、イワニシビリ首相のもとでロシア・グルジアの関係改善へ向けた交流・交渉が行われてきました。

そうした関係改善に向けた取り組みの成果として、グルジアの主要産品であるワインについて、5月にロシアが輸入再開を決定しました。

****ロシア、グルジアワイン輸入へ 7年ぶり、関係改善受け****
ロシアが、7年ぶりに旧ソ連のグルジアからワインを輸入する。2008年にロシアと軍事衝突したグルジアでは昨年の総選挙で野党が勝利。ロシアとの関係改善が進んでいることが背景にある。

21日のイタル・タス通信によると、ロシアの消費者保護当局が計90種類のワインなどの輸入を許可した。1カ月以内にも店頭に並ぶと見られている。

旧ソ連時代から広く親しまれていたグルジアワインの輸入をロシアが禁じたのは06年4月。衛生上の問題を理由にしていたが、親米反ロ路線を進めたサアカシュビリ大統領に対する事実上の制裁だった。欧州連合(EU)などはグルジアワインの輸入を続けていた。

昨年の総選挙後、ロシアとの関係改善を目指すイワニシビリ首相のもとで輸入再開に向けた交渉が進んでいた。【5月23日 朝日】
*****************

【「今後10年のうちに問題が解決できるという幻想を抱いていない」】
しかしながら、ロシアとの関係改善を重視するイワニシビリ首相も親欧米路線を捨てたわけではなく、グルジア紛争の原因であり、ロシア・グルジア関係の根本問題である南オセチアとアブハジアの独立を容認している訳でもありませんので、両国関係の根本的改善は容易ではありません。

****グルジア紛争5年:ロシアとの関係改善遠く****
旧ソ連のロシアとグルジアが2008年8月に武力衝突を起こしてから8日で5年となる。国交を断絶した両国は、指導者が代わったこともあって、関係修復に向けた動きを見せ始めている。

だがグルジアからの独立承認を求める南オセチアとアブハジアの扱いを巡る両国の立場はかけ離れており、本格的な関係改善には、ほど遠い状況だ。

グルジア紛争時の大統領だったメドベージェフ露首相は4日放映されたインタビューで、グルジアのサーカシビリ大統領による南オセチアへの攻撃指示が紛争の引き金になった点を指摘。「(グルジアの)一部指導者の決定的な過ちだった。国民同士は敵でない」と強調した。昨秋の議会選で勝利し実権を握ったグルジアのイワニシビリ首相が対露関係の改善に取り組んでいることも評価した。

イワニシビリ首相も7月末、将来的にロシアを訪れ首脳会談を実現させたい意向を改めて表明した。

ロシアはグルジアとの関係が悪化した06年から同国産のワイン輸入を禁じていたが、イワニシビリ内閣の発足を受け、7月から流通を再開させた。
グルジア政府も、ロシア南西部ソチで14年2月に開く冬季五輪への選手団の派遣を確約した。両国は昨年末から高官協議を開いており、直行便の運航や査証簡素化なども検討していく方針だ。

一方、ロシアはグルジアとの国交回復について、「現実を受け入れることが条件」(メドベージェフ首相)と主張し、南オセチアとアブハジアの独立承認を要求。
グルジア側が、これを受け入れる余地はなく、政府首脳部も「今後10年のうちに問題が解決できるという幻想を抱いていない」(アラサニア国防相)と厳しい認識を示している。【8月6日 毎日】
**************

南オセチア、アブハジアにはロシアが軍事的にも関与を強めており、南オセチアなどの独立承認を撤回するつもりは全くありません。

****基地建設、959億円支援****
紛争後、ロシアは独立を承認した南オセチア、アブハジアの両地域に軍の基地を建設し、それぞれに数千人規模の部隊が駐留。南オセチアには08~12年で328億ルーブル(約959億円)もの「復興資金」がロシアから投じられ、政権の傀儡(かいらい)化も進んでいる。

12年4月の「大統領選」では、ロシアとの併合を訴えた旧ソ連国家保安委員会(KGB)の元地元幹部、チビロフ氏が「当選」した。【8月9日 産経】
******************

グルジアの再統合相は、南オセチアの現状について、「ロシアは今、南オセチア周縁に鉄条網を張り「占領ライン」を引いている。(南オセチアの主要民族)オセット人が外に出るのを阻止するためのもので『ベルリンの壁』にも似ていよう」と語っています。
また、「“戦略的忍耐”をもって、欧州接近と民主主義の路線を歩まなければならない」とも語っています。

****グルジア再統合相インタビュー 露との領土問題「戦略的忍耐」で****
グルジアの領土保全を担当するザカレイシビリ再統合相(55)が9日までに産経新聞のインタビューに応じ、ロシアが2008年のグルジア紛争後に独立を承認した少数民族地域、南オセチア自治州とアブハジア自治共和国をめぐる状況について語った。発言要旨は次の通り。

ロシアと他の数カ国が2地域の独立を承認したことは紛争の重大な結果だ。ただ、両地域が存立するにはロシアにつくかグルジアにつくかの二者択一しかない。グルジアがより民主的で経済的にも発展し、魅力のある国になれば、状況は変わると確信している。

特に、他のグルジア領に囲まれた南オセチアはカフカス山脈を貫くトンネルによってしか外界と接触できず、(地理的にも)不自然な存在というほかない。しかも、そのトンネルは欧州連合(EU)ではなく、ロシアで最も問題の多い北カフカス地方につながっているのだ。

ロシアは今、南オセチア周縁に鉄条網を張り「占領ライン」を引いている。(南オセチアの主要民族)オセット人が外に出るのを阻止するためのもので『ベルリンの壁』にも似ていよう。グルジアには汚職がなく、医療や教育の水準も高いことにオセット人は気づき始めている。私たちは、鉄条網を通り抜けてこちら側に来る国民を拒まない。

南オセチアの州都ツヒンバリから(ロシアの最寄りの都市)ウラジカフカスまで車で丸1日かかるが、グルジアの首都トビリシまでは40分。占領された領土(北方領土)を海に囲まれている日本より私たちの方が(統合政策は)容易だ。「戦略的忍耐」をもって、欧州接近と民主主義の路線を歩まなければならない。

全く快くないとはいえロシアは隣人であり、対露関係は改善せねばならない。ただ、ロシアも南オセチアとアブハジアの独立承認でどれだけ損をしているかを考えた方がよい。ロシアはまた、グルジアがいずれはEUと北大西洋条約機構(NATO)に加盟するということを理解すべきだ。その時、グルジアがロシアに友好的でその利益を考慮する国であるか否かは極めて重要な問題だろう。【8月10日 産経】
*******************

『ベルリンの壁』云々はあくまでもグルジア側の見解ですが、「戦略的忍耐」の必要性は指摘のとおりでしょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アフガニスタン  タリバンが和平交渉に意欲 女性教育についても方針転換か

2013-08-09 22:00:51 | アフガン・パキスタン

(イスラム女性の着衣「ブルカ」を身にまとった主人公が、女性の権利と教育を守るため、本とペンを武器にして社会の悪と戦うテレビシリーズ「ブルカ・アベンジャー」 ペンを手裏剣のように投げるのでしょうか? 【8月6日 ロイター】http://jp.reuters.com/article/entertainmentNews/idJPTYE97502220130806)

【「和平交渉は間もなく始まるだろう」】
アフガニスタンからの14年末までの米軍等撤退を睨んでの、アメリカ、アフガニスタン政府、タリバンの間の和平交渉は、タリバン側の国名や国旗の問題やアフガニスタン政府とアメリカの主導権争いなどで、表面上一旦とん挫した形とはなっていますが、水面下での接触は続いているようです。

****タリバンと水面下で接触 アフガン評議会 和平交渉向け****
アフガニスタンのイスラム原理主義勢力タリバンとの和平を担当するアフガン政府高等和平評議会のカシミヤー報道官は6日、産経新聞に、タリバンとアフガン政府、米国との和平交渉を始めるため、水面下でタリバンとの接触を進めていることを明らかにした。

タリバンのメンバーもAP通信に接触を認め、妥協案の提示を示唆したとされるが、タリバンの広報担当者はこの内容を否定しており交渉が本格的に始まるかどうかはなお不透明だ。

タリバンは今年6月、カタールのドーハに事務所を設置し、米、アフガン両政府と和平交渉を始めると表明した。しかし、タリバンがアフガン統治時代から使用している国名や国旗を事務所に掲げたことにアフガン政府が反発、協議は見送られた。

カシミヤー氏は「いくつかの手段を通じて、アラブ首長国連邦やトルクメニスタンでタリバンのメンバーと接触しており、どう和平交渉を始めるかを協議している」と述べた。

また、タリバン・カタール事務所の代表の一人はAP通信に、タリバンの交渉担当者のスタニクザイ氏が先月、和平評議会幹部とアラブ首長国連邦ドバイで会談し、主張の相違点の調整を試みたと明らかにした。これまでと同様、国名や国旗の使用で譲る意思はないが、妥協案を示したという。

事務所代表者は、タリバンが現行憲法を3つの条項を除いて受け入れることや、女性の教育や政治の機会の否定を誤りと認める用意があることを示唆した。

来年4月に実施予定の大統領選には参加しないものの、新大統領は「暫定統治者」にすぎないとの位置づけで外国部隊撤退後に速やかに選挙を行うよう求めた。

アフガン政府とタリバンの溝は依然として大きいが、タリバンとの関係を維持しているパキスタン政府からの助言もあり、「和平交渉は間もなく始まるだろう」との見通しを示した。

しかし、タリバンの広報担当者のムジャヒド氏は産経新聞に、「憲法や暫定統治などについて協議したことはない」と断言、妥協案について否定している。最高指導者オマル師は6日の声明で、来年の大統領選について「時間の無駄だ」と不参加の意思を強調した。【8月7日 msn産経】
*****************

パキスタンは武器・資金支援や領内を活動に使用することを黙認するなどで、タリバンに対し、北朝鮮に対する中国同様の強い影響力を持っていますので、“(タリバンへの)パキスタン政府からの助言もあり”ということが事実であれば今後の展開に期待が持てます。

タリバン最高指導者オマル師の声明については、次のように報じられています。

****アフガン和平にタリバーン意欲 オマール師声明****
アフガニスタンの反政府勢力タリバーンの最高指導者オマール師は5日付の声明で、12年間に及ぶ戦争終結へ向けた和平交渉について「外国軍の占領を終わらせるためだ」と述べ、開始に意欲を示した。

タリバーンは今年6月、米政府やアフガン政府との和平交渉入りを表明し、そのための事務所を中東カタールに開いた。しかし、手続き面で対立が解けず、開始が遅れている。オマール師は、アフガン政府などが「口実を並べて、障害を生み出している」と批判した。

声明はさらに、従来の宗教教育一辺倒の姿勢を修正。国際機関の人道支援活動についても容認する姿勢を示した。政権復帰をにらみ、現実路線へかじを切っている可能性がある。

米国務省のサキ報道官は6日、声明が民族和解的な政府づくりに言及している点に触れ「我々の長年の目標と同じだ」と述べた。【8月8日 朝日】
***************

そもそもオマル師が生きているのか、どこに潜伏しているのか、パキスタン政府あるいは軍に匿われているのか・・・そのあたりは謎ですが、タリバンにとっては絶対的存在であるオマル師の名前で和平交渉に意欲的な内容の声明が出されたのであれば、これも期待できるところです。

アフガニスタン政府の行う選挙への対応も変わってきました。
2010年9月に行われた下院選挙の際は、タリバンは「米国流選挙はアフガンの伝統を損なう」と住民に棄権を命じ、「違反者には相応の処置が待っている」と脅迫していました。
2009年8月の大統領選挙の際は、選挙妨害を宣言し、カブールの大統領府にロケット弾を撃ち込むなどのテロ活動を行っていました。
こうした過去の対応に比べれば、今回大統領選挙に対する「時間の無駄だ」という否定的評価は、“やりたいなら勝手にやればいいが、自分たちは認めない”といった、はるかに穏やかで平和的なものと言えます。

タリバンも女性教育を認める?】
更に、今後のタリバンの方針についても明るいものがあります。
“事務所代表者は、タリバンが現行憲法を3つの条項を除いて受け入れることや、女性の教育や政治の機会の否定を誤りと認める用意があることを示唆した”【msn産経】
“声明はさらに、従来の宗教教育一辺倒の姿勢を修正。国際機関の人道支援活動についても容認する姿勢を示した”【朝日】

“現行憲法を3つの条項”が何をさすのか知りませんが、女性教育を否定してきたタリバンが、その姿勢を改めるというのであれば喜ばしい限りです。

隣国パキスタンでは、女性の教育を訴えていた少女マララ・ユスフザイさんが「パキスタンのタリバン運動(TTP)」によって頭部を銃撃されて瀕死の重傷を負ったことは何回も取り上げてきましたが、アフガニスタンのタリバンははるかに先を行っているとも言えます。

タリバンも、前回政権を獲得したときはカンダハルの片田舎から出てきたばかりで、外の世界、パシュトゥン人社会の伝統的価値観・文化以外の価値観・文化について全く無知でしたが、十数年の時間の流れのなかで、より寛容(あるいは現実的)な方向に変化したのでしょうか。是非そうあってもらいたいものです。

なお、パキスタンでは、「ブルカ」を身にまとった主人公が、女性の権利と教育を守るため、社会の悪と戦うテレビシリーズが制作されて話題となっています。

****ブルカ姿のヒロイン大活躍=アニメ、「女性の教育」のため戦う―パキスタン****
漆黒の伝統衣装ブルカに身を包み、女性の教育を邪魔する悪党に立ち向かう。

女性の権利向上を訴えるマララ・ユスフザイさん(16)の母国パキスタンで7月、戦う女性教師を主人公とするテレビアニメの放映が始まった。早くも多くの注目を集め、今後欧米など約60カ国で放送される見通しだ。

アニメ「ブルカ・アベンジャー(ブルカを着た反撃者)」の舞台は架空の都市ハルワプール。日中はごく普通の女性教師「ジヤ」が夜の訪れとともにブルカをまとい、女子校を閉鎖しようとたくらむ武装勢力の首領や汚職まみれの市長と戦う。3人の教え子とヤギの「ゴブ」の助けを受けながら、本とペンを武器にして悪党を退治するストーリーだ。【8月9日 時事】 
*****************

なぜ抑圧の象徴であるブルカをまとっているのか・・・・との指摘も一部にあるようですが、製作者側は「彼女を反イスラムとして描いたわけではない。彼女はブルカを着たイスラム教徒だ」と語っています。【8月6日 ロイター】
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シリア  攻勢を強めるアサド政権 長期化する難民生活

2013-08-08 23:27:21 | 中東情勢

(ヨルダンのザアタリ難民キャンプ 約12万人が暮らす“都市”ですから、こうしたコンテナやテントの居住区だけでなく、賑やかな商店街などもあるようです。 “flickr”より By Leslie Delos Santos http://www.flickr.com/photos/74761228@N08/8977039462/in/photolist-eFgF5s-eFh3B5-eFaujc-dxpnZn-eq12gH-e38ZTn-dCKpQU-eHQ7Yi-ds6b6B-ds6aWc-ds5xuX-e391Ft-e3ogVU-dwTWXX-dsknU3-eFgA55-dJQ9EX-eFgY2S-eFazoR-efGXcF-dJQhDa-dJVJmY-dJQhLT-dJVAtA-dJVAsw-cLvYd7-dwZymW-dwTXzZ-dJVAso-e12gpz-e12gye-e17XdA-e17X6G-e17XaG-e12hak-e12gWn-e12gZB-e2oRN9-e2oRWy-e2oS1w-e2oRAu-euM3Sf-eFavdP-ew2LBM-eD9dTX-eFas6g-e12e6B-eFaVHg-eFgGY3-e17UN3-e12eti)

政府軍攻勢で、政権側に強気と余裕も
内戦が続くシリアでは、アサド政権政府軍はレバノンのシーア派武装組織ヒズボラのあ支援もあって攻勢を強めており、要衝クサイルに続いて、反政府勢力が1年以上にわたって主要な拠点としていた中部ホムスの相当部分を奪還しています。

中部ホムスはシリア北部と南部を結ぶ要衝で、アサド政権への抗議行動が始まった都市でもあり「革命の首都」とも呼ばれていますが、この地を政府軍が制圧すれば反政府勢力は南北に勢力を分断される形となります。

****シリア政府軍、ホムスの反体制派地区ハルディヤを奪還****
シリア政府は29日、中部ホムス(Homs)で反体制派の支配下にあったハルディヤを制圧したと発表した。

反体制派が「革命の首都」と呼ぶホムスは内戦の象徴となっている都市で、数か月にわたって激しい攻防戦が続いていた。政府軍にとっては、反体制派が重要拠点と位置づけていたホムスのババアムル地区を2012年3月に制圧して以来の大きな軍事的成果となった。

政府軍は6月、レバノンのイスラム教シーア派原理主義組織ヒズボラの強力な支援を受けて、ホムス県のクサイルを反体制派から奪還していた。クサイル奪還で意気上がる政府軍は引き続きヒズボラの支援を受け、1か月前からハルディヤに攻撃を加えていた。

シリア人権監視団によると、政府軍がハルディヤを奪還した日は早朝から、同地への攻撃が始まって以来「最も激しい戦闘」があったという。政府軍に包囲されたハルディヤ地区は毎日のように砲撃や空爆が加えられた上、封鎖によって武器だけでなく食料や医薬品も事欠く事態に陥っていた。

■反体制派、南北に分断される恐れも 
ホムスは首都ダマスカスと、バッシャール・アサド大統領が属する少数派イスラム教アラウィ派が多い沿岸部の地域を結ぶ経路上にある。ホムス旧市街にある複数の地区は依然として反体制派が押さえているものの、政府軍側はこれらの地区も奪還する構えを見せている。

ホムスを拠点とする反体制活動家のマフムード・ロウズ氏はインターネットを介してAFPの取材に応じ、「ホムスが陥落すればシリア北部と南部が分断されてしまう」と懸念を示した。

ホムスを拠点にする反体制活動家のアブ・ラミ氏も、ハルディヤ陥落は政府軍の砲撃と空爆によるものと認め、同地区の9割が政府軍の支配下に入ったと語った。その一方でラミ氏は、反体制派はハルディヤを失ったがホムス全体を失ったわけではなく、戦いに負けてはいないと強調した。【7月30日 AFP】
******************

こうした攻勢で意気上がるアサド大統領は、あくまで武力で反政府勢力を鎮圧するとの強気の発言を行っています。

****反体制派、鉄ついで叩きのめす」シリア大統領****
シリア国営テレビによると、同国のアサド大統領は4日、シリア各界の代表との会合で演説し、「戦場が、危機を解消することのできる唯一の場所だ」と述べ、シリア反体制派勢力との対話の可能性を否定し、徹底的な掃討作戦を行う考えを明らかにした。

大統領は、反体制派武装勢力は「テロ集団」だと断じた上で、「彼らが殺戮と破壊を行っている以上、鉄ついにより叩きのめす以外に方法はない」と、軍事作戦を正当化した。大統領の強気な発言の背景には、シリア内戦の戦況が、反体制派の内部分裂もあって政権側に有利に傾いていることがあるとみられる。

大統領はまた、シリアの経済低迷の原因は「治安情勢」にあるとし、「テロを根絶することで解決できる」と述べ、国民に軍事作戦への支持を訴えた。【8月5日 読売】
*****************

また、化学兵器使用疑惑を巡る国連の調査についても、アサド政権はこれまで、調査地点をハンアルアサルだけと限定して、対象地点を広げることを求めていた国連の調査団の立ち入りを拒否してきましたが、北部アレッポ郊外ハンアルアサルを含む3カ所で行うことを了承し、国連の調査団が現地調査に入ることになりました。

この決定についても、“調査団の任務は化学兵器使用の有無を調べることに限られ、誰が使ったか特定することまでは求められていない。そのため、国連内では、アサド政権がこうした点を見越したうえで「軍事的に優勢となり、国連に協力する姿勢を見せる余裕が出てきたのでは」との見方もある。”【8月1日 毎日】と、政権側の“余裕”のあらわれと報じられています。

もっとも、北部にある政府軍の空爆の拠点だった空軍基地を反政府勢力側が制圧したとも報じられており【8月7日 NHK】、戦局はまだ流動的なようです。

また、政権側を支援しているヒズボラにも大きな犠牲が出ていると思われます。
イスラエルとの戦闘でならともかく、シリア内戦に加担することでの犠牲を、どこまでヒズボラが許容できるのかにも疑問があります。犠牲が拡大し、長期化するにつれ、レバノン・ヒズボラ内部で不満が高まることはないのでしょうか?

【『楽しきわが家(Home! Sweet Home!)』】
2年半にわたる戦闘で死者が10万人を突破するというように、内戦が激化・長期化するなかで、膨大な数の住民が長期の難民生活を強いられており、「今世紀最悪の人道危機」とも呼ばれ始めています。

****シリア難民、避けられぬ定住化=12万人超の最大キャンプ―ヨルダン****
シリア内戦の出口が見えない中、周辺国への難民は増加の一途をたどり、年末には345万人に達すると見込まれている。

国連による各国への資金拠出要請額は約52億ドル(約5000億円)と人道支援で過去最高に達し、既に「今世紀最悪の人道危機」と呼ばれ始めた。帰還のめどが立たない難民はキャンプでの定住化を余儀なくされている。

シリアと国境を接するヨルダンのザアタリには最大のシリア難民キャンプがある。
砂漠地帯に2012年7月につくられ、大通りが南北2.5キロ、東西5キロに延び、見渡す限りにテントや仮設住宅が並ぶ。

現地で活動する日本のNGO「JEN(ジェン)」の佐々木弘志氏(27)は「今は気温が40度を超える。砂嵐が来れば、10メートル先も見えない」厳しい環境だと語る。それでも12万人以上が暮らし、ヨルダン国内で5番目の規模の「都市」に膨れ上がった。

国連機関や人道援助団体の尽力で、キャンプ内のインフラは徐々に確保されてきた。トイレや医療拠点が設けられ、ヨルダン人教師による小中学生向け授業も定着。サッカー場や子供の遊戯スペースも充実した。

佐々木氏によれば、キャンプ住民の自治組織も立ち上がり、シリアで配管工だった人がトイレの詰まりを直すなど、それぞれの経験を生かした活動が広がりつつある。

佐々木氏は「住民主導で(キャンプの運営に)取り組んでもらうことで、シリアに帰った時の復興に役立ててもらえれば」と願う。だが、シリア内戦は国際社会の調停努力も実を結ばず、終結の兆しはない。
キャンプでは毎週50人前後の子供が生まれており、難民の帰る場所がないまま、町として恒久化するのではないかという見方も出始めている。【8月8日 時事】
********************

難民キャンプとは言っても生活の場ですから、長期化するにつれて、そこでは様々な営みが行われ、次第に「都市化」しています。
また、その運営費用も膨大で、1年前にできたばかりの前出のザアタリ難民キャンプだけでも、1日当たりの運営費は約100万ドル(約1億円)に上るそうです。

****都市化」するシリア難民キャンプ、国連への電気代請求は月5000万円****
空から見下ろした中東ヨルダンの砂漠の真っただ中に、整然と広がる移動式住宅やテントの「街並み」──内戦状態のシリアから逃れてきた人々が暮らすザータリ難民キャンプは、急速に小さな都市と化しつつある。

この難民キャンプが開設されたのは、わずか1年前。何か月も続く内戦に傷つき、命からがら祖国を脱出してきた大量のシリア難民を保護するという悪夢のような使命に、ヨルダンは直面した。

現在、このキャンプにはよりどころを無くした11万5000人が暮らす。夜になれば国境の向こう側から砲弾の音が響き渡るが、それでもシリア難民たちはくじけることなく、再び立ち上がって自活していく決意を固めている。

■「楽しきわが家」再生
難民テントの多くは、プラスチックとアルミニウムでできたコンテナ住宅に置き換えられつつある。設置費用は1戸当たり2500ドル(約25万円)。既に1万6500戸が完成し、近く3万戸に達する見込みだ。

「まさしく『楽しきわが家(Home! Sweet Home!)』です」。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の現地責任者、キリアン・クラインシュミット氏は18日、現地視察に訪れたジョン・ケリー米国務長官を上空から案内しながら、英国民謡の題名を口にした。その言葉に皮肉な響きはみじんもなかった。

クラインシュミット氏が語ったのは、ありのままの事実だ。28か月に及んでいるシリア内戦に全く終わりが見えない中、難民キャンプではあきらめて長引くキャンプ生活を受け入れ、崩壊した生活を自ら立て直そうとする住民が増えているのだ。

■根っからの商人たちが築いた新たな暮らし
ザータリ難民キャンプに暮らす人々の多くは、ヨルダンと国境を接するシリア南部ダルアー県から逃れてきた。シリア軍と反体制派の武力衝突へと激化していったバッシャール・アサド政権に対する2011年3月の蜂起の発端となった地だ。

「ダルアーの人々は、根っからの商人だ。ほとんど何でも取り引きするので驚かされる」と、クラインシュミット氏は報道陣に説明した。仮設住宅の前庭は泥よけのためにセメントで固められ、小さいながらも「家の象徴」として噴水まで造ってある家も見られる。

商才に長けた難民たちは、キャンプの電気網を「拝借」してキャンプ内のわずかな舗装道路に立ち並ぶ約3000軒の店舗や、580軒の料理店や屋台に電気を引いており、クラインシュミット氏の下に届く電気代は毎月50万ドル(約5000万円)に上る。

これらの通りはパリの大通りにちなんで「シャンゼリゼ」と呼ばれている。難民たちはここで喫茶や買い物を楽しみつつ、仮設住宅に付けるエアコンの値引き交渉さえしている。

仮設住宅の多くには既に衛星放送用のパラボラアンテナが取り付けられている。タクシーも10台あり、高値を吹っかけては人々を乗せてキャンプ内を走り回っている。取り引きに使われる現金は、難民が持参してきたものもあるが、それよりも湾岸諸国か欧米で働く親戚からの送金が多い。

キャンプ内で仕事を探して回る人たちも多く、その中には子供たちの姿もある。闇取引が問題になっており、持ち物は何でも売りに出される。コンテナ住宅でさえ「また貸し」されたり、転売されたりと、UNHCRが許可していない方法で使用されている。

「街」には病院が3つ、学校も数か所ある。食料配給所は本部の他にパンのみを配るセンターもあり、1日に計5000個のパンを配給している。サッカー場や、滑り台やブランコのある公園も合わせて5か所ある。「約6万人いる子どもたちを飽きさせないことが大事」だとクラインシュミット氏は言う。

だが、学校に通うべき年齢の子ども3万人のうち、授業を再開できているのは5000人だけだ。

■難民キャンプではなく「一時的な街」
キャンプ開設当初の数か月は、世界から見放されたと絶望し憤った難民たちが支援職員らに石を投げつけることも少なくなかった。現在も緊迫感は残るが、新たな理解が広がっていると思うとクラインシュミット氏は語る。

「私が管理しているのは難民キャンプではなく、一時的な街だ。だから、ここは落ち着きつつある。私たちは対話を始め、将来の展望を描き始めている。完全な絶望から人々を脱け出させる手助けもできている」

しかし、この考えは、既に人口のかなりの部分をパレスチナ難民が占めているヨルダン政府の方針とはそぐわない。
ヨルダンのナーセル・ジュデ外相は「わが国としては、キャンプが閉鎖され、全ての難民がそれぞれの自宅や暮らしに戻ることを祝う日を常に待ち望んでいる」と述べている。

ザータリ難民キャンプだけでも、1日当たりの運営費は約100万ドル(約1億円)に上る。【7月22日 AFP】
******************

国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の統計によると、同機関に登録されているパレスチナ難民の42%にあたる約196万人(2009年6月)をヨルダンが受け入れています。

ヨルダンは、パレスチナ難民の多くに国籍を与え、様々な支援・保護を行ってはいますが、その負担は大きく、新たな難民受け入れを拒否しています。
もちろん、UNRWAからヨルダンへの予算配分(全予算の約20%)はありますが、不足分として年間4億ドルをヨルダン政府が拠出していると言われています。

また、経済的な負担だけでなく、ヨルダンへの帰属意識がない難民を多数抱えることは社会的にも大きな問題となっています。

こうした状況で更にシリア難民を受け入れ続けることは、ヨルダンにとっては耐え難い負担となってきます。
シリア内戦を終結させることに、国際社会は今までのところは大きな力を示すことができずにいます。せめて難民問題の経済的負担ぐらいはカバーすべきところでしょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

印パの緊張がたかまるカシミール

2013-08-07 23:30:31 | 南アジア(インド)

(インド北部ジャム・カシミール州の夏季首都スリナガル インド軍兵士の前を通るイスラム系学校の女子学生
“flickr”より By Jabar Adnan http://www.flickr.com/photos/99765940@N06/9425782517/in/photolist-fmVAKF-fnaNPs-fm81Xs-fpoAED-fpaB3w-fkQxkC-fkQCKL-foRYha-fpDtQt-fnaL4y-fmVyZH-fncDWm-foXWSD-fmqrig-fneke1-fnQKVC-fpywTb-fpKqbC-fofJzP-fovwuo-fmVzpX-fonLhr-fmVzkT-fnaL2J-fnaL7E-fmVz7T-fmVyYx-fnaKWq-fnaL7y-fnaL3h-fmVzgD-fnaKMQ-fnaKSh-fmVzin-fnaKUS-fodK8r-fn8Sqe-fno4sQ-fnpE3z-fnDS4Y-fmVyNM-fmVzB4-fmVADP-foYn8k-fmVzLn-fnaLoW-fmVzPe-fnaLv9-fnaLpA-fnaLmf-fnaLtf)

モスクでコーランを朗唱していた子供らが犠牲
アフガニスタンやパキスタンでは自爆テロは別に珍しくもありませんが、3日、アフガニスタンで起きた自爆テロはインド領事館を狙ったもので、結果、モスクでコーランを朗唱していた子供らが犠牲になるというものでした。

****インド領事館付近で自爆テロ=子供ら8人死亡―アフガン****
アフガニスタン東部ジャララバードで3日、インド領事館を狙ったとみられる自爆テロがあり、アフガン人の子供ら8人が死亡、22人が負傷した。反政府勢力タリバンの報道官は時事通信の取材に関与を否定した。

当局によると、爆弾を積載した車がインド領事館に向かっていたが、100メートルほど手前で警察に制止され、自爆したという。

近くにはモスク(イスラム礼拝所)があり、イスラム教の聖典コーランを朗唱していた子供らが犠牲になったという。【8月3日 時事】
**************

インド領事館を標的としていることから、“パキスタンを拠点としインドを敵視する武装勢力などによる犯行の可能性がある”【8月3日 毎日】とも指摘されています。

いずれにしてもイスラム原理主義を掲げる勢力の犯行と思われますが、コーランを朗唱していた子供らを犠牲にしたことをどのように考えているのでしょうか?さすがに、いつもすぐに犯行声明を出すタリバンも今回は手をあげていません。

印パ関係は厳しい局面に逆戻り
インドとパキスタンが領有権を争うカシミールでも、不穏な動きが起きています。

****カシミール:攻撃受けインド兵5人死亡 印パ関係悪化へ****
インドとパキスタンが領有権を争うインド北部のジャム・カシミール州で5日深夜、インド軍が待ち伏せ攻撃を受け、インド兵5人が死亡、1人が重傷を負った。

インドのメディアは、「パキスタン軍と、パキスタン軍の支援を受けた武装集団による合同越境攻撃」(ヒンドゥスタン・タイムズ紙)などと報じており、印パ関係の悪化は避けられない情勢になっている。

ロイター通信によると、パキスタン治安当局者は、パキスタン側からの攻撃を否定した。だが、インド側は強く反発。6日のインド国会では、「パキスタンとの関係改善へ向けた交渉などありえない」などと主張する議員が相次いだ。

両国関係は今年に入り、カシミール地方で起きた印パ両軍の交戦(1月)でインド兵2人が死亡し、和平へ向けた交渉も中断。しかし、パキスタン下院選挙に勝利し6月に首相に返り咲いたシャリフ首相が「インドとの関係修復」を訴えたため、関係改善へ向けた期待が出始めていた。だが今回、1月の交戦を上回る被害をインド側が受けたことで、両国関係は厳しい局面に逆戻りしている。

今回の事件は、アフガニスタン東部ジャララバードで今月3日、インド総領事館が自爆攻撃を受けた直後に起きた。総領事館攻撃については、「パキスタン人による犯行の可能性」がメディアで取りざたされている。【8月5日 毎日】
*****************

カシミール問題は、ともに核保有国であるインド・パキスタンの対立の根幹をなす問題です。
その時々で、緊張したり緩和したりはしますが、何十年経過しても解決の糸口がみつかっていません。

****カシミール問題*****
印パが分離独立した1947年、カシミール地方の藩王(ヒンズー教徒)がパキスタン側の侵攻を受け、インドへの帰属宣言と引き換えにインド軍の出動を要請。領有権を主張する両国は交戦状態になり、49年に停戦ライン(72年に実効支配線)が引かれた。

国連安保理は住民(約7割がイスラム教徒)による投票で帰属を決めるべきだとの決議を採択したが、インドはパキスタン軍の撤退を条件とし、住民投票は実現していない。北東部は中国が実効支配する。【8月5日 産経】
***************

イスラム教徒の国として建国したパキスタンにすれば、イスラム教徒が多いカシミールは自国に属すべき地域ですが、多宗教国家を国是とするインドにすれば、宗教的理由による分離は国の基本理念を否定するものになります。
印パ双方とも、互いの国家理念から一歩も引けない問題でもあります。

なお、カシミールにおいては、中国によるインド支配地域への越境事件も頻発しており、“開会中のインド議会では、「インドは、パキスタンと中国双方の脅威に直面している」と政府に対策強化を求める意見が相次いだ”【8月7日 産経】とのことです。

内なる国際問題
カシミールにおいては、多数派のイスラム教徒住民による分離独立運動が続いています。

****「インドの支配は不当」 独立運動が続くカシミールの影には…****
インド北部ジャム・カシミール州では、多数派のイスラム教徒住民による分離独立運動が続いている。
州政府は、こうした活動家の影にはカシミール地方の領有権を争うパキスタンがいると主張しており、分離独立派への監視網を厳重に敷いている。

イスラム教の信仰心が高まるラマダン(断食月)の中、州都スリナガルで両者の対立を目の当たりにした。

 ■「印支配は非現実的」
ジャム・カシミール州には20以上もの分離独立派イスラム組織が存在する。政府との対話に応じる穏健派から対話を一切拒否して革命を目指す強硬派、そして強硬派の中でも隣国パキスタンとの統合を求める親パキスタン派まで主張はさまざまだ。

サイード・アリ・ギラニ氏(83)はパキスタン統合派の頭目としてインド政府から最も警戒されている人物の1人だ。
ギラニ氏は過去、何度も投獄と軟禁の目に遭ってきた。腎臓がんを患い、今年3月、ニューデリーの病院で治療を受けてスリナガルに戻った際にも拘束され、現在も自宅軟禁下にある。7月18日、警察の許可を得てギラニ氏の自宅を訪ねた。

ギラニ氏は「インドのカシミール支配は不当で、非現実的であり、軍事力によって維持されている」といい、「印パ独立時にパキスタンの力が弱かったために、カシミール地方を助けることができなかった。インド支配から自由を得ることが人々の望みだ」と訴えた。

この日、ジャム・カシミール州では、イスラム教徒指導者がパキスタンからの越境テロリストと誤認されたことに怒った数百人のデモ隊が国境警備隊と衝突し、デモ隊の4人が死亡したばかりで、スリナガルの町には緊張感が走っていた。

多くの分離独立派指導者が翌金曜日の礼拝日にストライキと抗議デモを呼びかけ、次々に逮捕されたり、自宅軟禁下に置かれたりした。

 ■失踪者家族会に1500人
穏健派の分離独立派指導者のミルワイズ・ウマール・ファルーク氏=写真=に、自宅軟禁直前に会うことができた。ファルーク氏は政府との対話を支持しているものの、選挙への参加は一切拒否している。
「住民はみな、平和を求めている。しかし、インド政府はカシミールを支配するために軍を展開し、わざと暴力と緊張を生み出しているのだ」とインド政府を批判した。

住民の中にもインドの支配に反発する人は多い。パービーナさん(57)は1990年、当時16歳の息子の消息がわからなくなった。イスラム過激派と疑われた別人と名前が同じだったために人違いで軍に逮捕された。州政府当局や連邦政府に何度足を運んでも、息子がどうなったかわからない。

パービーナさんはその後、インド軍に連行されるなどして行方不明になった住民の家族でつくる「失踪者家族協会」を立ち上げ、会長になった。会員は現在約1500人。「まだ被害を明らかにしていない人がいるはずだ。カシミールの住民の安全はインドでは確保されていない」と訴えている。

 ■内なる国際問題ただし州政府は、こうした主張に真っ向から反論している。カシミール問題はインドにとり、「内なる問題」であるとともに、カシミールの領有権をめぐって対立する隣国パキスタンとの国際問題でもある。

オマル・アブドラ州首相(40)は、「分離独立派がパキスタンの支援を受けているのは疑いようがない。資金援助も軍事訓練もしている」と非難した。また、行方不明者についても、「多くはパキスタンに越境して帰ってこない者たちだ。中にはインド側へ戻って社会復帰訓練を受けている者もいる」と指摘した。

住民の中にも政府を支持するイスラム教徒がいる。ストライキや抗議デモが「経済の妨げ」になっていると考える人たちだ。ある男性は、「3年前のストでは、期間を短くしてもらうために、やつらにカネを渡した。腐っている」と怒りをぶちまけた。

アブドラ州首相は「住民の中には分離独立派もいれば、彼らを嫌う人もいる」と話す。インド、パキスタン、そしてさまざまな住民と思惑と利害が交錯し、「白か黒では割り切れないグレーゾーンなのだ」と強調した。【8月5日 産経】
*****************
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジンバブエ大統領選挙  欧米から酷評されるムガベ大統領が圧勝

2013-08-06 22:06:38 | アフリカ

(7月31日 ジンバブエ・首都ハラレ郊外 夜明け前から投票のため列をつくる人々 “flickr”より By Jerome Starkey http://www.flickr.com/photos/35604701@N07/9411822152/in/photolist-fkG3PJ-fkV3NW-fkjyLS-fjPEye-fk9Hc2-fknGU3-fmbEPK-fnhShX-fknGWo-fk8z5R-fknGTw-fk8z6v-fkk4K7)

【「ムガベ氏は国の歴史をつくり上げてきた指導者」】
アフリカ南部ジンバブエで7月31日に行われた大統領選挙は、現職ムガベ大統領(89歳)が、3回目の挑戦となるツァンギライ首相をダブルスコアに近い大差で破り、6期目を務めることになりました。

同時に行われた下院選(定数210)でも、ムガベ大統領率いる与党ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF)が全体の3分の2を上回る158議席を獲得、旧野党、ツァンギライ首相率いる民主変革運動(MDC)は49議席に留まりました。

****ジンバブエ大統領選:「ムガベ氏当選」選管発表****
アフリカ南部ジンバブエの選挙管理委員会は3日夕(日本時間4日未明)、7月31日に投票を行った大統領選で現職ムガベ大統領(89)が当選したと発表した。大統領は6期目となる。

一方、事実上の一騎打ちとなったツァンギライ首相(61)は選管発表に先立って会見を開き、選挙結果を拒否する意向を明言、今後裁判所へ提訴するなどして争う姿勢を強調した。

選管発表によると、ムガベ氏は得票率61%で、ツァンギライ氏は34%だった。

一夜明けた4日朝、首都ハラレ市内中心部は平穏だった。政府寄り論調の地元紙は4日、「西洋の大国がムガベ氏を追放しようと攻撃してきたが、彼は帝国主義者の追従者を粉砕した」と、欧米に人気の高いツァンギライ氏を降したことを評価。ムガベ氏支持派の強い「反欧米」感情が見て取れる。

ジンバブエは英植民地時代から少数の白人が耕作地の4〜5割を所有していたが、独立闘争を率いたムガベ氏は黒人への土地の分配を進めてきた。一方、欧米は2000年以降の白人農家からの土地強制収用を「強権的」と批判してきた。

ムガベ氏を支持する男子学生チナシェ・チポンダさん(24)は「ムガベ氏は国の歴史をつくり上げてきた指導者。彼の仕事はまだ終わっていない」と話し、当選を喜んだ。

一方、NGOやツァンギライ氏支持派は、多くの住民が有権者名簿に掲載されていない不備や不正などを指摘。ツァンギライ氏は会見で「勝ったのは我々だ」と述べ、今後政府には協力しない姿勢を明らかにしている。【8月4日 毎日】
*******************

ムガベ大統領はかつての独立の英雄ですが、33年間に及ぶ統治を続けており、白人支配を打破するための強引な農地・産業の黒人化政策、それに反発する欧米の経済制裁によって、2008年には年間インフレ率が一時2億3千万%以上(非公式には、年率換算で897垓%とか、ほぼ24時間ごとに物価が2倍になる年率6.5×10108%といった、天文学的数字も指摘されています)という驚異的・戦後最悪のハイパーインフレーションを引き起こし、経済は崩壊しました。

ハイパーインフレーションの方は、その後、ジンバブエドルを放棄し、アメリカ・ドルと南アフリカ・ランドを法定通貨とすることで収束しています。

ムガベ大統領が国際的に悪評高いのは、そうした経済失政だけでなく、強権的・暴力的な政治姿勢にもあります。
特に際立ったのは、2008年に行われた前回大統領選挙です。
このときは、第1回投票でムガベ大統領をリードし1位になったツァンギライ氏の支持者への大規模な暴力行為によって、結局ツァンギライ氏は決選投票出馬をあきらめざるを得なくなりました。(1回目投票でツァンギライ氏が本当に50%を超えていなかったのかも疑念がありますが)

この政権を暴力によって奪い取ったことについては当然ながら強い国際的批判もあり、結局ムガベ氏を大統領、ツァンギライ氏を首相とすることで権力分担・連立することで決着しました。
ただ、その後もムガベ大統領側の強引な政権運営は続いています。

こうした政権への固執は、単にムガベ大統領個人の意思だけでなく、周辺の既得権益層の利害がからんでいるのではないかとも推測しますが、こうした“老害”とも言える近年のムガベ大統領の統治については、このブログでもたびたび批判的に取り上げてきました。

しかし、そうした欧米社会を中心とした強い批判にもかかわらず、今回は圧倒的勝利を収めています。
もちろん、ツァンギライ首相側からは不正選挙の訴えは出ていますし、実際、多少の不正はあったとは思われますが、ダブルスコアに近い大差という状況は覆らないでしょう。

“ケリー米国務長官は「選挙結果がジンバブエ国民の意思を信頼できる形で代表しているとは信じていない」との声明を発表。欧州諸国も選挙結果への不信感を表明した。ただ、アフリカ連合(AU)や南アフリカを中心とする監視団は、一部に問題があったとしながらも「自由で平和的な選挙だった」としている。”【8月5日 産経】

国民はなぜ「独裁者」を支持しているのだろうか
今回結果の背景には、経済がとにもかくにも落ち着きをとりもどしていること、連立政権入りしたツァンギライ首相やMDCへの支持者の失望感もありますが、“欧米からの批判に対するアフリカの反発”が根底にあるように見えます。

****衰えぬムガベ人気 欧米酷評のなか大統領6選 ジンバブエ、白人農地の再配分に支持****
「失敗国家の暴力的な独裁者」。
欧米からそう酷評されるアフリカ南部ジンバブエのムガベ大統領(89)が対立候補に約2倍の大差をつけ6選を果たした。国民はなぜ「独裁者」を支持しているのだろうか。

「ムガベ氏がやらなければ永遠に自分たちの土地は戻らなかった」
首都ハラレ郊外で、タバコ栽培などを営むマバンギラさん(65)は、そう話す。ムガベ大統領の功績としてマバンギラさんが挙げるのは「農地改革」の名の下、2000年から断行した白人が経営する大規模農場の強制収用だ。

ジンバブエでは約4千人の白人が肥沃(ひよく)な土地のほぼ7割を所有し、かつて「ブレッド・バスケット(パンかご)」と呼ばれるほど高い生産性を誇った。

しかし、植民地時代から続く「白人支配」として、黒人には不満が根強かった。強制収用で白人農場主たちは立ち退きを余儀なくされ、農地はその後、数十万人の黒人に無償で割り当てられた。

マバンギラさんが所有する農地250ヘクタールも、白人のものだった。英国の大学で工学を学んだマバンギラさんは、自前のトラクターを周囲の農家に貸し出すなどして少しずつ生産を伸ばしているという。
マバンギラさんは「生産性は落ちたが、農地を得た黒人の生活は向上した。農地収用からが本当の独立で、発展には時間が必要なのだ」と話す。

強制収用後、欧米は激しく反発、経済制裁は強化され、資本は引き揚げられた。年間インフレ率は一時、2億3千万%以上となり、国家財政は破綻(はたん)した。

しかし、経済情勢は徐々に落ち着きを見せ、11年の物価上昇率は3・5%。多くの人から「白人から土地を取り戻すのは当たり前。経済低迷は欧米の制裁のせいだ」との声も聞かれる。

ジンバブエは初等教育の充実で識字率は9割に上り、公共インフラの整備や、治安の良さはアフリカでトップクラスとされる。欧米の「ムガベ批判」に反発する国民は少なくない。

 ■耕作放棄地多く、電気の途絶も
農地は耕作能力に応じてではなく、退役軍人らに優先的に割り当てられたため、耕作放棄された土地もある。

ハラレの北約120キロの農村センテナリーには、200ヘクタール以上にわたって高さ2メートルほどの雑草に覆われた農地があった。灌漑(かんがい)施設は壊れ、農業用水のためのため池のダムは決壊していた。
農地に足を踏み入れると所有者の女性が「土地を奪いに来たのか」とまくし立てた。近隣住民によると、女性の父親は独立闘争の英雄。今、約200ヘクタールのうち1ヘクタールほどだけを使って自給自足の生活をしているのだという。

この地区で農業指導をしている農業省のチムクズさん(33)は「農地の半数が耕作されていない状態だ」と明かした。センテナリーには、街を見下ろす高台にピンク色の壁の巨大な豪邸がそびえ立つ。一帯の農地を所有していた白人の家だ。

この家に住むマリンボさん(50)に、いつ所有者が去ったのかを聞くと、「2003年7月17日だ」と正確に答えた。「勝利の日だから忘れようもない」と言う。子供たちが「大きい家でしょ」と自慢そうに案内してくれた。だが、13室ある豪邸は荒れ果て、窓ガラスは割れ、壁がはがれていた。電気も途絶え、水をくみ上げるポンプも壊れたままだ。

ムガベ政権は白人農地を収用するとともに、野党勢力の弾圧を強化し、2000年代初頭には多くの逮捕者を出した。米誌の「世界最悪の独裁者ランキング」では常連だ。
反ムガベ派の配管工シスコさん(33)は「欧米と協調していくのがジンバブエの生きる道だ。今後も我々はムガベに苦しめられる」と話した。

 ◆キーワード
 <ジンバブエ> 人口約1300万人。国土の4分の1が標高1千メートル以上の内陸国。タバコや綿花の栽培が盛んで、ニッケルなど鉱物資源も豊富。1923年に英国の植民地となり、65年に少数派の白人が「ローデシア」として一方的に独立を宣言、政権を樹立した。その後、黒人組織が独立闘争を展開したが、英国の仲介で80年にジンバブエとして独立した。(後略)【8月6日 朝日】
******************

かつてローデシアと呼ばれていた白人支配時代は、南アフリカ以上に厳しい人種差別が行われていました。
そうした白人支配構造を是正するためには、黒人化政策という多少の荒療治も必要だったのかもしれません。
そしてそうした黒人化政策は、基本的には国民の共感を得ていると言えます。

ただそうであっても、もっとうまい、効率的な経済運営はあってしかるべきでしょうし、白人資産を暴力的に収奪するような行為が放置されるのも看過できません。

何より問題なのは、強権的・暴力的政治姿勢です。
すでに89歳になったムガベ大統領ですが、今後さらに5年間ジンバブエを統治することになります。
いったい、どれだけ自己判断で統治が可能なのか疑問です。権力に群がる周辺既得権益層の操り人形に化するのではないでしょうか。

ジンバブエ国民の意思決定ですので、これを尊重せざるを得ませんが、正直なところやや気の滅入る選挙結果でもありました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

パナマ運河大幅拡張工事とニカラグアの新運河構想

2013-08-05 22:25:41 | ラテンアメリカ

(ニカラグア・マナグア湖畔のモモトンボ火山 100年前に運河建設がパナマに決まったことにも関与したとのこと。
ただ、かつては被害も出した火山ではありますが、鹿児島の桜島に比べれば随分とおとなしい火山のようでもあります。“flickr”より By adrien )

【「パナマ運河の拡張は、世界の海運のゲームチェンジャーだ」】
世界的な運河と言えば、先ず思い浮かぶのはスエズ運河とパナマ運河でしょう。
パナマ運河は太平洋と大西洋を結ぶもので、全長80Km、99年前に完成しました。

国際的にも年間約1万4千隻が行き来する最重要航路ですが、パナマにとっても年間10億ドル(約980億円)以上の通航料が得られる“虎の子”でもあります。

ただ、近年の船舶の大型化に伴い通れない船が増え、現在5千億円以上をかけて大幅拡張工事が行われています。
日本も資金融資面でこの巨大プロジェクトに深く関与しています。
日本の海運にも大きな影響があるそうで、工事は2年後には完成する予定です。

****運河拡張、パナマ急成長 2年後完成、貨物量3倍の船OK****
太平洋と大西洋を結ぶ結節点のパナマで、5千億円以上をかける巨大プロジェクトが進んでいる。

運河を大幅に拡張するこの事業で、世界の海運地図は大きく塗り変わる。パナマ経済は急成長を続けるが、一方で交通渋滞や海洋汚染が深刻になってきた。

エネルギー源の確保が課題となっている日本にとってもパナマの重要性は高まっており、運河拡張と環境改善の支援を通じて関係を強めている。

 ■海運の大変革、日本も融資
・・・・その手前の地面を削り、新たな航路が作られつつある。・・・・完成すれば、いま通れる船の3倍近い貨物量の大型コンテナ船や大型タンカーが行き来できる。

「パナマ運河の拡張は、世界の海運のゲームチェンジャー(大変革をもたらす出来事)だ」
パナマ運河庁のフランシスコ・ミゲス副長官は力を込める。アジアと米国東部や南部などとの大動脈となることで、モノの流れが変わるというわけだ。

太平洋と大西洋を結ぶパナマ運河は、全長80キロ。高さ26メートルの人造湖にまでいったん船を引き上げて、対岸におろす。99年前に完成し、これまで100万隻以上の船が通ってきた。

しかし、コンテナ船などが大型化するにつれ、運河を通れない船が増えた。「アジアから米国東部・南部との貿易は、(逆回りの)スエズ運河経由の航路に変えられることが多くなっていた」と、運河庁幹部は言う。拡張して大型船が通れるようになれば、通行料が上がっても、貨物量当たりの単価は安くなる。

2007年に始まった総額52・5億ドルの巨大事業で最大の融資団となったのが、日本勢だ。国際協力銀行(JBIC)とメガバンクが計8億ドルを融資した。2年後に完了する見通しの運河拡張で、日本と北米、南米との間の工業製品や農産物、原油などの貿易がしやすくなる。

さらに日本の関係者の期待を集めているのが、液化天然ガス(LNG)の輸入ルートとしての役割だ。米国のシェールガス革命でガス価格は低下。ガスを液化し、テキサス州からタンカーで輸入する大阪ガス・中部電力などの計画が、米政府から許可を受けた。

輸入は18年に始まる見通しだ。大阪ガスの関係者は「アフリカの喜望峰回りというルートもあるが、片道40日ほどかかる。パナマ運河を使うと約25日。通行料次第だが、おそらく運河を使うだろう」と話す。

 ■河川汚染・交通渋滞… 開発のひずみも
運河拡張という大型事業の効果もあって、パナマは年率10%前後の成長を続けているが、課題も多い。
トロピカルブルーの海が広がり、すぐそばに高級ホテルやマンションが立ち並ぶ首都パナマ市。一見すると高級リゾート地にみえるが、海辺には人影がない。
下水道処理施設がなく、汚水はすべて垂れ流し。海や川には悪臭が漂い、泳ぐこともできない。

現在、2・4億ドルをかけた下水処理場の建設が進んでおり、近く完成する。パナマ政府が進めるこのプロジェクトは日本の国際協力機構(JICA)が支援しており、およそ半分が円借款でまかなわれている。(後略)【8月4日 朝日】
*****************

【「国民の夢」か「無用の長物」か、または政権の「PR」か
一方、パナマと同じ中米ニカラグアでは、パナマ運河に対抗して、ニカラグア湖と河川を利用した、パナマ運河の3倍以上の長さの新たな運河を建設する計画があるようです。
当然ながら、本当に4兆円近い巨大プロジェクトを実現できるのか? パナマ運河が拡張されるのに、需要があるのか?・・・といった疑問符もつきます。

工事を請け負うのは香港系企業で、その背後に中国が・・・という話です。

****ニカラグア「国民の夢」新運河構想****
 ■全長パナマの3倍…香港系企業請け負いも実現「?」
中米ニカラグアのオルテガ政権がパナマ運河に対抗する巨大運河の建設を目指している。
同国議会は今月13日、中国・香港系企業に向こう50年間、運河の計画立案、資金調達、建設、運営を認めることを決定したが、現時点では計画の実現性を疑問視する声が支配的で、オルテガ政権浮揚への“PR”との見方が強い。

運河の全長は290キロ前後。南部のニカラグア湖を通ること以外、具体的なルートは決まっていない。総事業費は400億ドル(約3兆9千億円)。

事業を請け負うのは、香港系企業「HKニカラグア運河開発投資」。
米紙ウォールストリート・ジャーナルによれば、同社のワン・ジン社長(40)は「建設資金を世界中から集める」と表明した。ただ、ワン社長が経営する北京の通信会社のウェブサイトには、中国政府との関係を強調する写真が掲載されており、中国政府がいずれ資金提供などで事業に関わるとの見方も根強い。

ニカラグアでは、前身の「中米連邦」時代の1825年、米ニューヨークの有力資本家の事業として運河を建設する案が浮上した。

ところが、米政府の支援でパナマに運河を造りたいロビイストらが20世紀初頭、煙を吐くモモトンボ火山が描かれたニカラグアの切手を米上院議員に送りつけ、「自然の脅威」を強調。
米政府は結局、パナマに運河を造り、ニカラグア案を葬り去ったため、「運河建設はニカラグア国民が100年間抱き続けてきた夢」(ワン社長)となっていた。

年間約1万4千隻が行き来し、パナマ政府に10億ドル(約980億円)以上の通航料を落とすパナマ運河は現在、通航能力が限界に近づいており、52億ドルの予算で拡張工事が進められている。
ただ拡張されても、世界最大級のコンテナ船の通過は不可能とされていることもあり、ニカラグア政府は「新運河建設の好機」と判断した。

オルテガ政権は運河建設で、中南米地域の貧国の一つである自国の国内総生産(GDP)を倍増させ、4万人の雇用創出を図ると強調している。大統領顧問も「運河建設でニカラグアの歴史が大きく転回する」と期待を寄せる。

ただ、運河建設の実現性を疑問視する声は少なくない。ニカラグアにはジャングルや自然保護地が多く、運河の全長もパナマ運河の3倍近くに上ることから、建設には困難が伴う。

中米地域に、2つの運河が必要なほど物流が増えるかという点についても懐疑的な見方が多い。専門家は「(物流が増えないため建設しても)人類史上、最悪の“無用の長物”になる可能性がある」と指摘している。【6月25日 産経】
******************

以前は“ニカラグアと関係を強めるロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領は18日、新運河建設構想に興味を示し参加を検討していることを明らかにした”【2008年12月21日 AFP】といった報道もありましたが、役者が完全に変わったようです。

HKニカラグア運河開発投資(HKND)は運河建設事業を請け負った経験がない(2)中国とニカラグアの間に国交がない(3)事業がコスタリカとの国境紛争に関わる可能性がある(4)近隣のパナマ運河も拡張工事中・・・という理由で実現性が疑問視されていますが、HKNDのワン社長は、ルートを発表し、来年の事業開始に自信を見せています。

****ニカラグア運河、ルートと開始日を発表****
中国の起業家ワン・ジン氏は、カリブ海から太平洋までのニカラグアの 170 マイルに渡る400億ドルの予算の運河のルートを発表した。

太平洋のブリトのポートから始まり、運河はニカラグア湖を渡り、モリトの小さな空港を通過して、ブルーフィールズへつながる、とワン氏はデイリー テレグラフ紙に語った。

ワン氏は又、自信に満ちて運河の建設は来年開始すると述べている。「2014 年 12 月に建設が開始するのは100パーセント確実で、2019 年までの 5 年間で完成させます。」とシンウェイというテレコム会社を率いる41才のワン氏は述べた。

最初の発表以来運河の提案は反対を受けており、特に環境保護主義者から国の未開発地域が運河から受ける影響に懸念して反対をしている。すでに汚染に苦しんでいるニカラグア湖を通過するルートを選択したのは懸念を強めるだけである。

ただし、ワン氏は環境の保護を最前線に維持すると約束。「ニカラグア湖が国での母なる湖であるのは非常に明らかです、ちょうど黄河が中国でのシンボルなのと同じです。その為この湖の保護は私たちの実効性報告書の焦点でした。」と彼はテレグラフに語った。「私は環境の損害について全ての責任を負います。私は従業員に私達がこの件で間違いをおかせば、ニカラグアの歴史の教科書で名誉を汚したと記述されると言ってあります。」(後略)
【7月31 MIAMI INTERNATIONAL】
http://www.worldpropertychannel.jp/latin-america-commercial-news/post-2-301.php
***************

イラン・コントラ事件
ニカラグアと言えば、CIA元職員スノーデン氏の亡命先としても取りざたされたように反米左翼政権の国ですが、経済的にはコーヒー、バナナ、サトウキビなどの生産が中心で、一人当たりGDPでみるとパナマの4分の1程度と、厳しい状況にあります。

ニカラグア経済の停滞の大きな原因のひとつに、1980年代の内戦と(第1次オルテガ政権の)圧政による経済破壊があります。
その混乱の時代にアメリカと世界を騒がせたのが、アメリカ・レーガン政権がイランへ武器を売却し、その代金をニカラグアの反政府ゲリラ“コントラ・グループ”に流していたという「イラン・コントラ事件」でした。

*****イラン・コントラ事件****
アメリカ軍の兵士らがレバノン(内戦中)での活動中、イスラム教シーア派系過激派であるヒズボラに拘束され、人質となってしまった。

彼らを救出する為、米国政府はヒズボラの後ろ盾であるイランと接触し、イラン・イラク戦争でイラクと戦うイランに対し、武器を輸出する事を約束した(イラン革命時のアメリカ大使館人質事件により、アメリカはイランを敵視して、イランに対する武器輸出を公式に禁じていた)。

武器の輸出は、ヒズボラおよび西欧諸国での爆弾テロを支援したグループに対する影響力を持つイランの歓心を買った。

さらに米国政府関係者は、イランに武器を売却した収益を、左傾化が進むニカラグアで反政府戦争(コントラ戦争)を行う反共ゲリラ「コントラ」に与えていた。

ニカラグアは1979年のニカラグア革命により、40年以上続いた親米のソモサ王朝独裁政権が崩壊し、キューバおよびソ連に支援され、社会主義寄りのサンディニスタ民族解放戦線(FSLN)政権が統治しており、冷戦を戦い抜こうとする米国にとっては看過出来ないことであった。

それぞれの行為は、当時民主党が多数を占めた議会の議決に反した。議会はイランへの武器販売およびコントラへの資金提供に反対していた。

また、この時、アメリカのイランとコントラの双方の交渉窓口は当時副大統領だったジョージ・H・W・ブッシュ(後の大統領)であったとされ、このブッシュの関与が民主党政権下の連邦議会における公聴会で取りあげられたが、その真相はいまもってうやむやである。【ウィキペディア】
*****************

なお、“この時アメリカ合衆国の手先となって支援資金の洗浄をしていたのはオサマ・ビンラディンの兄サレム・ビンラディンであった。”【同上】とのことです。

“国益”(と、ときの権力者がみなすもの)のためなら、イランへの武器売却だろうが、コントラへの資金援助だろうが、“何でもあり”というのが国際関係のようで、したがってそのときの事情により大きく変化もします。
現状から判断して“ありそうにないこと”も、明日はどうなるかわかりません。

話がそれましたが、新運河建設がニカラグア経済振興の起爆剤となるのか、オルテガ大統領の人気取り“大風呂敷”か、中国マネーが巨大プロジェクトを推し進めるのか・・・興味深いところではあります。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エジプト  混乱・衝突の懸念のなかで妥協を探る動きも

2013-08-04 21:17:36 | 北アフリカ

(3日、エジプト・カイロ東部のイスラム教のモスクで、座り込みを続けるモルシ前大統領支持派(ロイター)【8月4日 msn SankeiPhoto】http://photo.sankei.jp.msn.com/highlight/data/2013/08/04/11egypt/
7日まで続くラマダンの日中断食と暑さで疲労もたまっているのではないでしょうか。)

革命後に現実の政治で分裂
エジプトでは、軍のクーデターで誕生した暫定政権派と、ムスリム同胞団を中核とするムルシ前大統領派の対立・混乱が続いていますが、かつてムバラク政権を崩壊に追い込んだ若者らの「4月6日運動」や、ムスリム同胞団若手の間でも様々な考えがあり、“革命後に現実の政治で分裂した”混沌とした状況が窺えます。

****エジプト、若者引き裂く 「アラブの春」の団結、一転 クーデター1カ月****
・・・・エジプトは、軍のクーデターで誕生した暫定政権派と、ムルシ前大統領派の対立が続く。国民が団結した2011年の「アラブの春」とは、対照的な状況だ。長期独裁政権を崩壊に追い込んだカイロ中心部タハリール広場のデモを主導した若者はいま何を思い、どう行動しているのだろうか。

ムルシ支持派が集まるカイロ郊外ナスルシティーの一角で若者たちが「軍統治を倒せ」と叫びながら、拳を振り上げていた。その中の一人、大学工学部3年アブドラ・サラフさん(21)は6月30日にタハリール広場で行われた反ムルシ・デモに参加したが、クーデター後にナスルシティーに移った。「ムルシ(前大統領)には反対だが、軍の支配はもっと悪い」と語る。

エジプト革命を主導した若者たちによる組織「4月6日運動」の創設メンバーの一人、アブドルラフマン・イッズさん(26)も、ナスルシティーでのデモに参加する。「民主主義を守ることが国民の利益だ。選挙で選ばれたムルシ以外に正統性はない」と語る。イッズさんらは「4月6日運動」と分かれて「自由4月6日運動」を名乗る。

一方、本家の「4月6日運動」は「反ムルシ」のデモを呼びかけた若者組織「タマルド」と連携、暫定政権を支持する。幹部のハーレド・マスリさん(38)は「軍は、国民の多数の意思を実現した」と話す。

革命直後に「4月6日運動」から分かれたもう一つの分派「4月6日運動民主戦線」はムルシ政権に反対したが、クーデターにも反対の立場だ。報道担当のシェリフ・ルビーさん(33)は、「私たちは暫定政府にも協力しない。3カ月たっても軍が引かなければ、軍政反対の街頭デモを始める」と語った。

4月6日運動の分裂は、国民の分裂を象徴する。
マスリさんは「私たちの運動は世俗派からイスラム派まで異なる考え方を持つ者が強権打倒で一致したが、革命後に現実の政治で分裂した。エジプトを思う気持ちは同じだ」と話す。

現在は立場を異にするイッズさんは「分裂は我々に政治的経験がなかったことに原因がある。エジプト革命で注目を浴びたことで、外から様々な働きかけを受け、旧公安警察の切り崩しにもあった」と語った。

分裂はムルシ派デモを組織するイスラム組織「ムスリム同胞団」にもある。同胞団の若手リーダーたちは革命後に「エジプト潮流」をつくり、「反ムルシ」を訴えるデモに参加した。中心メンバーのムハンマド・カッサースさん(39)は「ムルシ(前大統領)は『投票箱の正当性』を言うが、自由や公正を実現する『革命の正当性』がより重要だ。同胞団は選挙で勝利した後、権力を私物化した」と批判する。

ただし、軍と警察によるムルシ派デモ隊の強制排除には反対する。「危機打開には話し合いしかない。仲介の道を探っている」と、カッサースさんは話した。【8月4日 朝日】
*******************

集会場を4日夕(日本時間5日未明)までに包囲する方針
そうした混沌とした状況で、治安当局はムスリム同胞団の集会場を4日夕(日本時間5日未明)までに包囲する方針を決めており、新たな大規模な衝突の懸念も高まっています。
すでに2日には治安部隊とモルシ派デモ隊の間で衝突も起きています。

****エジプト:ムスリム同胞団集会場包囲へ 大規模衝突の懸念****
軍事クーデターでモルシ前大統領が解任されたエジプトで、治安当局がモルシ氏の出身母体・イスラム組織ムスリム同胞団の集会場を4日夕(日本時間5日未明)までに包囲する方針を決めたことに対して、同胞団のスポークスマンは2日、「クーデターには屈しない」として集会を強行する方針を明らかにした。治安当局が包囲を強めれば大規模な衝突に発展する恐れがある。

2日には、同胞団のデモ隊が「報道は偏っている」と、カイロ郊外のテレビ局などが集中する企業団地に入ろうとしたところ、治安部隊が催涙ガス弾を使用。一方、地元メディアによると、警察官2人もデモ隊側の発砲によって負傷した。

同胞団は6月28日以降、カイロ北東部のラバ・アダウィーヤ・モスク周辺など2カ所で座り込みの抗議集会を続けている。

国営テレビによると、治安当局は集会を解散させるため、4日夕までに周辺道路を封鎖し、外部からの進入を禁止する。集会場から外への移動は認める。ただ、多数の犠牲者が出る恐れがある強行突入はしない方針だという。同胞団のスポークスマンは2日夜、毎日新聞の取材に「封鎖が始まっても、平和的なデモを続ける」と話した。

一方、国内外で仲介の動きも活発化している。バーンズ米国務副長官は2日、カイロを訪問。ファハミ外相らと会談し、平和的な解決を促したとみられる。

また、政府系紙アルアハラムは2日、暫定政権と同胞団が水面下で接触を始めたと報じた。同胞団は拘束されている幹部の釈放を求め、政権側は暴力をあおるような呼びかけをやめるよう要求したという。【8月3日 毎日】
*****************

【「米国の同胞団に対する影響力は大きく、その力を行使してほしい」】
部外者の無責任な感想としては、いつまでも街頭での混乱を続けていてもどうにもならない、一度、政治・経済・社会を正常な安定状態に戻したうえで、今後の方針についてはしかるべき時期に選挙で民意を問えばいい・・・という風に思えるのですが。

エジプト国内においても、このまま混乱が加速して大規模衝突に至るような事態は避けたいという思いから、妥協を探る動きが政権側・モルシ支持派双方にあるようです。

治安当局は大規模衝突を起こす強制排除には慎重姿勢で、軍トップのシシ第1副首相兼国防相はアメリカのムスリム同胞団への働きかけを期待しています。

****米国はモルシ派説得を」=交渉優先示唆か―エジプト軍トップ****
エジプトで事実上のクーデターを起こし、イスラム組織ムスリム同胞団出身のモルシ前大統領を解任した軍トップのシシ第1副首相兼国防相は3日、米紙ワシントン・ポストとのインタビューで、軍が後押しする暫定政権とモルシ氏支持派の緊張緩和に向け、米国がモルシ派を説得する必要があるとの認識を示した。

シシ氏は、米国がこれ以上の流血を望まないのであれば、モルシ派が首都カイロの2カ所で1カ月以上続ける座り込みをやめさせるべきだと表明。「米国の同胞団に対する影響力は大きく、その力を行使してほしい」と述べた。

暫定政権はモルシ派を強制排除する構えを見せてきたが、犠牲拡大への懸念から国内外で慎重対応を求める声が高まっている。政変後、シシ氏が報道機関のインタビューに応じたのは初めてで、発言を通じて交渉解決に軸足を置くことを示唆した可能性もある。【8月4日 時事】
******************

アメリカは、モルシ政権末期にはムスリム同胞団との関係を反モルシ派から批判され、軍のクーデター時にはこれを容認したとしてモルシ派から批判され・・・と、双方から批判を受ける立場にありましたが、それもアメリカの影響力の大きさの故でしょう。最後はやはりアメリカ頼みというということにもなります。

エジプト、特に軍はアメリカからの支援なしには立ち行かないのが実情で、また、アメリカもエジプトと決定的に対立することでエジプト・中東での影響力を失いたくないということで、両者は不可分の関係にあります。

アメリカは、現在の軍を背景とした暫定政府を実質的に支援する形で混乱を収拾する方向に乗り出したように見えます。

****エジプト政変を評価 米国務長官、同胞団に妥協迫る****
ケリー米国務長官は1日、エジプトでムルシ前大統領を排除した軍の行動について「民主主義を取り戻した」と述べ、肯定的な評価に踏み込んだ。

軍と関係改善を進める一方で、ムルシ氏復権を求めて抗議デモを続けるイスラム組織「ムスリム同胞団」に政治的妥協を迫る狙いがあるとみられる。

訪問先パキスタンの地元テレビ局とのインタビューで語った。ケリー氏は「軍は何百万人もの要請に応じた」とも述べた。

米政府は7月3日の政変直後、ムルシ氏排除と憲法停止を「深く懸念する」とする声明を発表。反ムルシ派や暫定政府が反発を強めていた。米政府はその後、政変が軍事援助の凍結に直結する「クーデター」に当たるかの判断は回避した。(後略)【8月3日 朝日】
*******************

一方、モルシ支持派からも“柔軟姿勢”が出てきています。

****エジプト・モルシー派が柔軟姿勢「民意尊重****
ロイター通信によると、エジプトのモルシー前大統領を支持するイスラム系のワサト(中道)党関係者は3日、クーデターによるモルシー氏排除につながった民意を「尊重する」と述べた。
その一方で、クーデターを主導したシーシー第1副首相兼国防相が政治的役割を果たすことは拒否すると強調。
同様の考えは、同国を訪問中のバーンズ米国務副長官にも伝達したという。

モルシー氏支持派が公に柔軟姿勢を示したのは初めてだが、同派の中核であるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団指導部の意向を受けたものかは不明だ。【8月4日 産経】
******************

アメリカの仲介で軍・暫定政府側とムスリム同胞団の間で妥協が成立する可能性も出てきたようです。

【「今必要なのは、第一に、暴力を確実に止めること」】
エルバラダイ暫定副大統領は、2日付けの米紙ワシントン・ポストが掲載したインタビューの中で、ムスリム同胞団などのモルシ氏支持派に対し、暴力の停止と対話を呼びかけています。

“「今必要なのは、第一に、暴力を確実に止めること」「その後は、モルシ氏が失脚したという事実をムスリム同胞団が理解しているかどうかを確認するための対話に入ることだ。しかしそれは、同胞団を排除するという意味ではない。(ムスリム同胞団は)憲法改定、議会選挙および大統領選挙といった政治プロセスに引き続き参加するべきだ」”【8月3日 AFP】
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

インドネシア  物見遊山で感じたイスラム ラマダンとヒジャブ

2013-08-03 22:27:06 | 東南アジア

(ラマダン中、スラバヤ市内の大規模ショッピングモールのなかのフードコートのお昼時 7月27日)

原理主義と宗教的不寛容
先月の21日から28日にかけて、インドネシアのジャワ島東部を観光したことは、このブログでも何回か書きました。
インドネシア第2の商業都市スラバヤを起点に、13世紀シンゴサリ王国の遺跡も残るマラン、阿蘇のような広大なカルデラ地形のブロモ山、硫黄の採取を行っているイジェン火口などを回りました。

インドネシアは世界最多のイスラム人口を抱える国でもありますが、近年、原理主義の台頭も指摘されています。

****インドネシア、宗派対立激化 原理主義台頭 薄れる寛容性****
2002年のバリ島爆弾テロから来月で10年となるインドネシアでは、テロの頻発に加え、多数派のイスラム教スンニ派住民による少数派住民への襲撃が相次いでいる。政府は、世界最大のイスラム教徒を抱える穏健な世俗国家で、宗教の多様性に比較的寛容なこの国に、「原理主義と不寛容」が急速に台頭していると危機感を強めている。

「事件は遺憾だ。宗教に対する寛容性における汚点だ」。ユドヨノ大統領が苦渋の表情で言及した「事件」とは、東ジャワ州マドゥラ島中部のサンパン県で8月26日、暴徒化した500人のスンニ派住民が、少数派のシーア派住民を襲撃した出来事を指す。シーア派住民の2人が死亡、数十人が重軽傷を負い、35軒の家屋が放火されたのだ。

事の発端は、シーア派の生徒数十人が、スンニ派住民に登校を妨害され、小競り合いとなったこと。だが、根は深そうだ。シーア派団体は、イスラム団体を統括するイスラム指導者会議(MUI)が1月に、シーア派を「異端」とするファトワ(宗教裁定)を出し、これがシーア派への差別を助長させ襲撃の要因になった、と非難している。ユドヨノ大統領は、あるシーア派指導者の兄と、その弟のスンニ派指導者との「兄弟対立」に起因しているという見解を示した。

だが、標的はシーア派にとどまらない。西ジャワ州ボゴールでは7月、アハマディア派が襲われた。インドネシアの人口(約2億4千万人)の88%を占めるイスラム教徒のうち、スンニ派は99%と圧倒的で、シーア派は100万~300万人、アハマディア派は50万人ともされる。

ある専門家は「宗教上の寛容性が低下している要因として、宗教の多様性と寛容性を脅威だとみなして拒絶し、正統性を認めない原理主義の高まりにあると指摘できる」と説明する。

一方、テロの企ては枚挙にいとまがない。ミャンマー西部ラカイン州における仏教徒とイスラム教徒との衝突事件にからみ、インドネシア国内の仏教徒を標的にテロを計画した容疑者が逮捕された。ジャカルタの議会を狙ったテロも発覚し、中ジャワ州ソロを拠点とする若いテロリストが逮捕されている。

こうした動向は、「民主主義の進展に対する反動としての原理主義の台頭」(専門家)という側面が指摘されている。政府は、原理主義の台頭を押さえ込む包括的な対策に乗り出した。【2012年9月13日 産経】
********************

広いインドネシアですからイスラム主義の濃淡は地域差がありますが(例えば、観光で有名なバリ島はバリ・ヒンズー教です)、イスラム法(シャリア)の施行が認められているインドネシア・スマトラ島アチェ州では、女性がバイクの後部座席にまたがって座ることを禁止する規則が導入されることになったといった話も聞きます。【1月5日 毎日より】

もとより1週間そこらの物見遊山ですから、そうしたイスラム主義の現状などわかるはずもありませんが、ちょうど旅行期間がラマダン(断食月)にあたり、どの程度厳格に実施されているかによって、旅行中の私も昼食をとる店がみつからないといった影響を受けます。
また、ヒジャブ(ベール)を着用する女性が多いのか、少ないのかぐらいは、ある程度わかります。

ラマダン
まず、ラマダンの状況ですが、結論から言えばよくわかりませんでした。
冒頭写真は、スラバヤで一番の人気スポットとガイドブックで紹介されている、都心大規模ショッピングモール「プラザ・トゥンジュガン」のなかのフードコート(手軽で簡便な料理を出す店が集まった、屋内屋台村みたいな場所)のお昼頃の様子です。

ラマダンの日中は病人や妊婦を除いて一般には食事をとらない、厳格な人は水も飲まない、唾も吐き出すということですが、フードコートにはさすがに空席があります。写真はあえて空席が目立つアングルで撮影していますので、全体的には2割程度の空席でしょうか。
ラマダンにもかかわらず8割は埋まっていると見るべきか、一番の人気スポットのお昼時でさえ空席があると見るべきか・・・。普段の状態を知りませんので、なんとも言い難いところです。

スラバヤ旧市街・アラブ街のモスク「アンペル・モスク」近くのワルン(庶民的な食堂)は、さすがに日中は閉まっていました。
マランのホテル近くには一応屋台が出ており、食べられるのかと覗くと、おじさんが「大丈夫、そこに座れ」とのこと。しかし、すぐに調理は始まらず、携帯で呼び出された奥さんがバイクで到着して調理が始まります。
一応営業しているとも言えますし、どうせ客は少ないとのことで調理する奥さんは詰めていないような状態とも言えます。

夜明け前に空港に向かったタクシーのドライバーは。「日が昇ると食べられないから」と言いながら、運転中にパンみたいなものを食べていました。
マランでチャーターした車のドライバーは「ラマダン?いや、食べるよ。まあ、体が弱いからね・・・」なんて言っていました。

ブロモ山周辺に住むテングル人はヒンズー教だそうで、海外からの観光客も多い土地柄もあって、普通に昼食をとる店を見つけることができました。

ラマダンで日中店があいていないときのために、日本から日持ちするパンや缶詰・ソーセージなどを持参したのですが、店を見つけられずにそれらに頼るといった場面は結局ありませんでした。(ただ、早朝の出発だったり、移動時間が長かったりして、持参した食糧は完食しましたが、それはまた別の話です。)

なお、ラマダン期間中は警察取締りが厳しくなるようです。

****1.6万本の酒瓶をローラー重機で破砕、インドネシア****
インドネシアの首都ジャカルタの警察署前で29日、押収された酒類の瓶1万681本がローラー重機で破砕処理された。

これらの酒瓶は、イスラム教の断食月「ラマダン」期間中の警察の取り締まりで販売許可証を提示できなかった業者から押収されたもので、大半はインドネシア国内で生産されたものという。【7月29日 AFP】
*******************

ヒジャブ
次に、ヒジャブ(ベール)の話。こちらも微妙です。
もちろん、ヒジャブ姿の女性は大勢います。
ただ、それと同じぐらいヒジャブを着用していいない女性も大勢います。

小学校の女子児童などは全員制服としてヒジャブを着用しています。
当たり前ですが、モスクでお祈りをしている女性は皆ヒジャブを着用していました。

帰国日前日、スラバヤの別のショッピングモール内のレストランで、頼んだ夕食が出てくるまでの間、店の前を通る女性を「ヒジャブを着けている女性とつけていない女性、どっちが多いのだろうか?」と眺めていたのですが、そのときは着けていない方が6~7割で多かったように思います。あくまでも、そのときの印象ですが。
年齢的には、着用している女性には年配の方が多いようにも思えました。もちろん若い女性でも着けている方は大勢いますが。

例えば、隣国マレーシアもイスラム教徒が多い国ですが、華人やインド系も多いこともあって、首都クアラルンプールでは着用していない女性が多いのですが、マレー系が大半を占め、イスラム教色が強い(原理主義政党の力も強い)東部のコタバルなどへ行くと、ほぼ全員がヒジャブを着用しています。
そんなマレーシア・コタバルなどとは明らかに違います。

インドネシアは、今回旅行とバリ以外では、ジャワ島・ジョグジャカルタ周辺、スマトラ島北部のブキティンギ・ブラスタギなどに行ったことがありますが、ヒジャブの着用割合に関する記憶は定かではありません。マレーシアに比べてあか抜けないような印象を持ったこともあるようにも・・・。

ホテルでTVを眺めていると、CMに登場する女性はヒジャブを着けず、長い黒髪を誇っているようにも見えます。
CMというのは、ある意味、人々の憧れの生活をあらわしたものとも言えます。
ドラマの中では、貞淑な女性はヒジャブを着け、悪意をむき出しにした女性は着けていないというふうにも・・・。もちろん言葉もわからない番組をほんの少し眺めた印象にすぎません。

TVに登場する女優さんはきれいにヒジャブを着こなしていますが、街で見かける一般の女性について言えば、どうしてもヒジャブ姿は、全体のイスラム風ファッションもあって、あか抜けない古風な印象は否めないところがあります。

****イスラム・ファッション売り込め=インドネシア政府が本腰****
世界最多のイスラム人口を抱えるインドネシアが、女性向けを中心としたイスラム・ファッションの売り込みに力を入れている。

インドネシアでは近年の経済成長に伴いファッション産業が伸び、イスラム教徒の女性向け衣服も華やかなデザインが増えてきた。政府は中東など他のイスラム圏への輸出も強化したい考えだ。

イスラム教徒の女性向け衣服は頭部を覆うスカーフ「ヒジャブ」と肌の露出を抑えた丈の長い上着やスカートなどが特徴。インドネシアには「バティック」と呼ばれる国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に認定された伝統的な染色工芸がある。こうした伝統工芸が生かされ、同国のイスラム・ファッションはバラエティーに富んだものになっている。

女性向けイスラム・ファッションの専門誌「ライカ」のフィフィ・アルビアント編集長によると、インドネシアでイスラム・ファッションが活況を呈してきたのは2010年ごろから。それ以前は「おしゃれなヒジャブはほとんどなかった」という。最近は著名な女性デザイナーが現れ、ジャカルタではファッション・ショーがたびたび開催されている。

こうした活況に近隣のイスラム圏の国も注目。同編集長は「われわれの雑誌にはマレーシアの読者も多い」と語った。【8月3日 時事】 
*****************

同様のイスラム・ファッションを追及する動きはトルコを紹介したTV番組でも目にしました。
女性が美しくなってくれることは、男性にとっては喜ばしいことです。

イスラム圏の女性がヒジャブについてどのように感じているのか訊く機会は今までありませんが、「ヒジャブは女性抑圧の象徴」といった欧米的な認識とは必ずしも一致しないのでは・・・という印象もあります。
おそらく一般女性にとって、ヒジャブは重要なファッション・アイテムのひとつというと認識なのかもしれません。
男性からすれば、女性を意識させる、きわめて性的なものとも言えます。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イラク  更に悪化する治安状況 相次ぐテロ 刑務所襲撃も

2013-08-02 21:24:22 | 中東情勢

(7月29日の同時多発自動車爆弾テロの現場のひとつ “flickr”より By Madhu babu pandi http://www.flickr.com/photos/93397882@N07/9395848129/in/photolist-fjhbix-fgFeDP-fgDMnv-f1k5ex-f1ydxL-f1EAKG-f4v1nU-f9kXqd-a6pJmQ-fgERit-fcFULY-f7sha8-f3M3pg-f3pgKV-fcvRkP-fiKa9B-ficvqN-f43FML-fgpXbn)

【「この国での政治的解決には、奇跡が必要だ」】
イラクではマリキ政権の基盤となっている多数派のイスラム教シーア派、これに反発する少数派のスンニ派、北部で自治権強化を求めるクルド人の三つどもえの状況にあって、このところ治安が悪化し、5万人以上の犠牲者を出した06〜07年の宗派対立の再燃も懸念されているということは、5月7日ブログ「イラク 高まる宗派対立再燃の懸念 来年総選挙に向けた政治的緊張も」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130507)でも取り上げました。

その後、事態はますます悪化しており、相次ぐテロ事件などによる犠牲者は、7月には約1000人に上り、2008年以後の5年間で最多となったと報じられています。

****7月の死者約1000人、5年間で最多 イラク****
宗派間対立が激しさを増すイラクでは7月、カフェの爆破や刑務所の襲撃などによる死亡者が約1000人に上り、2008年以後の5年間で最多となった。

イラク政府の発表によると、7月の死者数は989人。そのほとんどが民間人だが、イラクの治安当局も攻撃の標的になっている。

一方、国連の統計による7月の死者数は1057人、AFPの統計では875人と開きはあるものの、どれも同国の治安が悪化の一途をたどっていることを示している。

7月に最も多くの死者を出した事件としては、同国北部キルクークのカフェで41人が死亡した自爆攻撃などが挙げられる。(中略)

イラクの首都バグダッドで取材に応じた47歳の男性は「治安改善のためには、(当局が)政治を立て直すべき。でも、この国での政治的解決には、奇跡が必要だ」と語った。【8月2日 AFP】
*******************

テロの犠牲者は4月は約700人、5月も約1000人と、ここ数か月異常な状況が続いています。
この背景としては、“国内多数派のシーア派が主導するマリキ政権に対し、少数派スンニ派のアルカイダ系武装組織「イラク・レバント(シリア地域)のイスラム国」がテロ行為を活発化させていることが背景にある。”【8月1日 時事】と指摘されています。

最近起きたテロでは、以下のようなものがあります。

****イラク全土でシーア派を狙った爆弾攻撃、死者57人以上****
イラクで29日、主にイスラム教シーア派が多く住む地域を狙った自動車爆弾攻撃が各地で相次ぎ、少なくとも57人が死亡した。これで7月に入ってからの死者数は800人を超えた。

29日は、首都バグダッドの9か所で自動車爆弾攻撃が11件起きた。このうち7か所はシーア派居住区域だ。

さらに南部のバスラやサマワなどバグダッド以外の都市でも爆発が相次ぎ、全国で少なくとも232人が負傷した。(後略)【7月30日 AFP】
****************

全般的には上記のようなアルカイダ系のスンニ派武装組織によるシーア派住民を標的にしたテロが目立ちますが、シーア派側のテロも起きています。

****スンニ派モスクで自爆攻撃、20人死亡 イラク****
イラクの首都バグダッド北方の町で19日、多くの人が集まっていたイスラム教スンニ派モスク(礼拝所)の中で自爆攻撃があり、20人が死亡した。警察が発表した。

警視監によると、イマーム(宗教指導者)が金曜日の礼拝のためにモスクに入った後、自爆犯が爆弾を爆発させた。死者数は医師により確認された。爆発ではまた、40人が負傷した。

現場に近いバクバ市の周辺は、爆弾攻撃に頻繁にさらされており、16日には同市の北東にあるムクダディヤ市のスンニ派モスクを出る信者らを狙った爆弾攻撃により4人が死亡、15人が負傷している(後略)【7月20日 AFP】
*****************

いずれにしても連日のテロで、全面的な宗派間紛争の再燃の恐れが次第に高まっていることは間違いありません。

アルカイダのメンバーら500人以上が脱獄
21日は、イラク戦争当時、米軍によるイラク人拘束者への虐待が行われたことで知られるアブグレイブ刑務所がスンニ派武装組織に襲撃され、500人ほどが脱走するという事件も起きています。

****イラク:刑務所襲撃 アルカイダメンバーら約500人脱獄****
イラクの首都バグダッド郊外にあるアブグレイブ刑務所が21日夜、武装勢力に襲撃され、ロイター通信によると、死刑囚として収容されていた国際テロ組織アルカイダのメンバーら500人以上が脱獄した。犯行声明は出ていないが、治安当局はアルカイダなどのイスラム教スンニ派武装組織による計画的犯行とみている。

イラクでは昨年末以降、シーア派主導のマリキ政権に対するスンニ派組織の反発から、双方のテロ攻撃が激化しており、非政府組織「イラク・ボディー・カウント」によると、今年の死者は4200人を超えている。今回の脱獄によって、スンニ派組織がさらに勢いを増す可能性がある。

ロイター通信などによると、武装勢力は21日夜、刑務所の門の前に乗り付けた複数の車を爆発させた。迫撃砲や携行式ロケット弾の援護を受けて、刑務所内に侵入。

混乱に乗じ、イスラム教のラマダン(断食月)に合わせて屋外で日没後の食事をとっていた収容者らが逃走した。衝突は22日朝に軍のヘリコプターが到着して事態を収拾するまで続き、治安部隊側は少なくとも35人が死亡、武装勢力も4人が死亡した。
収容者が屋外にいる時間帯に襲撃が起きたことから、内務省は「内部に協力者がいた」との見方を示している。

アブグレイブ刑務所は、2003年のイラク戦争後に米軍が収容施設として利用し、米軍兵士によるイラク人拘束者への大規模な虐待が行われたことで知られる。その後、施設はイラク側に返還され、襲撃当時は死刑囚ら数千人が収容されていた。

一方、バグダッド北方のタジ刑務所も21日夜に襲撃されたが、治安部隊が撃退し、脱獄者は出なかった。治安部隊側は16人、武装勢力は6人が死亡した。【7月23日 毎日】
*******************

「治安部隊の装備が不十分であるため、万全な安全管理下にあるべきの施設を守れなかったことが、刑務所襲撃事件で浮き彫りになった」と治安部隊の問題も指摘されています。【8月2日 AFPより】

興味深いのは、この時期アルカイダ系武装組織による大規模な刑務所襲撃や暴動が、イラクだけでなくパキスタン・リビアでも同時多発的に起きていることです。

****パキスタン:武装勢力が刑務所を襲撃、250人脱走*****
パキスタン北西部デライスマイルカーンで29日深夜、武装集団約100人が刑務所を爆弾やロケット弾で襲撃した。
地元当局によると、重大なテロ事件などに関連して拘束されていた武装勢力のメンバー25人を含む約250人の容疑者や囚人が脱走した。

主要武装勢力「パキスタン・タリバン運動」が犯行声明を出した。地元当局は周辺一帯に外出禁止令を出して脱走者を捜索し、30日正午までに十数人が捕まった。

パキスタンでは30日に大統領選が実施され、全土で警備態勢が強化されていた。タリバンはその前日に刑務所に襲撃を仕掛け、攻撃能力を見せつけた。

現地からの報道によると、タリバンは刑務所の塀の複数箇所を爆破して侵入し、拘束された仲間たちの名前を呼んで、脱走させたという。
応戦した警察との交戦は約5時間にわたり、警察官5人、民間人2人、拘束者4人が死亡した。タリバン側の死者は不明。

タリバンは襲撃の際、イスラム教シーア派の拘束者の頭部を切断するなどして殺害したとの情報もある。タリバンはスンニ派武装勢力で、シーア派住民へのテロを繰り返している。

タリバンは昨年4月にも北西部バンヌ管区の刑務所に大規模な攻撃を仕掛け、囚人ら約400人を脱走させていた。脱走者のうち、2003年のムシャラフ大統領暗殺未遂事件に関与したとして懲役刑を受け、服役していたタリバンのアドナン・ラシード司令官は今月、国連本部で演説したパキスタン人の少女マララ・ユスフザイさんに手紙を送り、注目された。

手紙は「あなたは『ペンは剣よりも強し』などというから襲われるのだ」との内容で、昨年10月にタリバンがマララさんを銃撃で暗殺しようとしたことを正当化した。【7月30日 毎日】
******************

****リビアの刑務所で暴動、1000人以上脱走****
リビア東部ベンガジの刑務所で27日、受刑者が暴動を起こし、1000人以上が脱走した。
脱走者には、2011年に崩壊したカダフィ政権に関与した政治犯や、アフリカ系の外国人も含まれているという。

地元の治安当局によると、収容者の一部が脱走を図り、警備員が発砲、刑務所全体を巻き込む暴動となった。
AFP通信によると、刑務所の存在に不満を持つ周辺住民も所外から刑務所を襲撃、騒ぎが拡大したという。【7月28日 読売】
****************

イラクの刑務所襲撃はアルカイダ系武装組織「イラク・レバントのイスラム国」が昨年7月に服役中のメンバーの解放を最優先課題とすると発表してからちょうど1年後に実行されています。
なお、この襲撃の際、100台以上の迫撃砲も奪われたとのことです。【8月6日号 Newsweek日本版より】

リビアのケースは暴動によるもので、脱獄者の多くは一般の犯罪者だったとのことです。
そうしたことからも、1週間に3件の脱獄事件が重なったのは、“たまたま”ということでしょう。

それにしても、イラクでもパキスタンでも、こうもやすやすと刑務所が襲撃されるようでは、テロの連鎖は当分収まりそうにありません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

バングラデシュ  イスラム原理主義と世俗主義のせめぎあい

2013-08-01 22:06:08 | 南アジア(インド)

(ダッカ 2月7日 戦争犯罪によりイスラム協会指導者に対する死刑を求め、路上に座り込む市民活動家 “flickr”より By Morshad Alam http://www.flickr.com/photos/87946810@N08/8454243956/in/photolist-dT5dbQ-dSYyk4-dT5cvC-dTv5LN-dSQRRZ-dSWs5f-dSWs9J-dSWsch-dSWs6m-dVBDrY-dVzQNN-dVw2wt-dVBCuJ-dVuf3P-dVBCS1-dVw1ik-dVw32e-dVBAPA-dVufnP-dSWse5-dTxFRb-dTs1T2-dTxFZj-dTs2bz-dTs2vx-dTxFi5-dTxF1d-dY3MZ5-dY3MM3-dT9GFH-bpm194-9pFyTi-dTxFE3-dSQZBg-dVM8us-dVFvTH-88Wdng-88ZtaY-88ZtcC-88WdpV-88Ztfw-88WdvM-brdYch-bE8TDg-brdXPC-bE8TGv-brdYwy-bE8TyK-9pJABQ-9pJzjA-9pJB5h)

【「イスラム原理主義による支配からの解放と終焉」を求める行動
「アラブの春」で独裁政権が崩壊したエジプト、チュニジア、リビアなどでは、エジプトに典型的にみられるように、かつては弾圧されていたイスラム原理主義を求める動きと、これに反発する世俗主義を求める動きのせめぎあいが続いています。
イスラムに関してどのようなバランスをとるかは、イスラム教徒が多い国家においては共通する問題となっています。

人口の9割をイスラム教徒が占めるバングラデシュでも、原理主義勢力と世俗主義勢力の対立が激しくなっています。
イスラム政党関係者が関与したとされるバングラデシュ独立時の戦争犯罪(パキスタン支持派民兵を指揮して、ヒンズー教徒を虐殺・強姦したり、改宗を強要したとされるもの)について死刑を求める動きをめぐって、対立が表面化しています。

*****イスラム反発 死刑判決めぐり暴動 バングラデシュ 独立時の戦争犯罪****
バングラデシュ独立時の戦争犯罪を裁く同国特別法廷は2月28日、当時、市民を虐殺したとしてイスラム政党幹部に死刑判決を言い渡した。これに反発する同政党支持者らがダッカなど各地で暴徒化し、AP通信によると1日までに市民や警官44人が死亡した。

死刑判決を受けたのは、「イスラム協会(JI)」の副党首、デルワー・ホサイン・サイディー氏(73)。1971年にバングラデシュがイスラム教国のパキスタンから独立を宣言した際、これに反対したサイディー氏がヒンズー教徒を虐殺したり、イスラム教への改宗をヒンズー教徒に強要したりしたと認定した。

現地からの報道によれば判決に怒ったイスラム協会支持者らは各地で警官隊と衝突。警察署やヒンズー教寺院、政府支持者の民家に爆弾を投げ込むなどした。警官隊は発砲で応じた。

特別法廷は、与党アワミ連盟(AL)党首のハシナ首相が2010年に設立した。今年1月に別のイスラム協会幹部が被告人不在のまま死刑判決を受け、2月5日にはもう1人が終身刑を言い渡されていた。

40年以上前の罪を裁いた判決について、市民の間には犯罪者がやっと罰を受けるとの歓迎ムードがある。一方で、イスラム協会が最大野党バングラデシュ民族主義党(BNP)と協力関係にあるため、年内にも実施予定の総選挙を前に首相が野党の弱体化を狙ったとの見方もある。イスラム協会は、「政治的動機に基づくもので、証拠は何もない」と反発した。法廷は国際基準を満たしていないとの批判も聞かれる。

アワミ連盟はバングラデシュの独立を主導。その賛否をめぐり内戦が勃発し、インドの介入で第3次印パ戦争に発展。パキスタンの降伏で独立が決まった。【3月2日 産経】
*****************

バングラデシュの政党政治は、現与党のアワミ連盟(AL)と最大野党バングラデシュ民族主義党(BNP)の抗争の歴史ですが、今回のイスラム主義者の戦争犯罪への死刑要求についても、両者の確執が絡んでいるようです。

当然にイスラム主義勢力は反発していますが、一方で死刑を求める若者ブロガーを中心とする世俗主義的な運動も高まりを見せています。

****イスラム原理主義支配に蜂起したバングラディシュのブロガー戦士たち(瀬川 牧子*****
2013年、バングラディシュでは若者ブロガーらが国の世俗化(民主主義)を求め、イスラム原理主義団体らと命懸けで闘っている。
これはアワミ政権が2008年の選挙マニフェストに「独立戦争時の戦犯を死刑にする」と掲載したことが発端だ。

1971年のパキスタンとの独立戦争時に多くの知識人やジャーナリストを殺害したとされる戦犯は、イスラム原理主義団体や政党を象徴する人物であった。そのため「イスラム原理主義による支配からの解放と終焉」を期待し、若者を中心とした民衆が一気に動き出したようだ。

今年2月、首都ダッカのシャハバッグ広場から死刑裁判などを求めるデモが始まった。そのことから地元の新聞ではこの民衆運動を『シャハバッグ運動』と呼ぶ。2月から4月半ばまでで約100万人がシャハバッグ運動に参加。これはバングラディシュ独立後、最大規模の運動だと人々は口を揃える。

民衆の要求は、もともとは戦犯の死刑だった。それが次第に「イスラム原理主義の政党『ジャマット・エ・イスラム』を政府に介入させない」「『ジャマット・エ・イスラム』を支持する機関などをボイコットする」「女性の地位向上」などへと拡大した。

この「シャハバッグ運動」の士気を鼓舞しているのが若者ブロガーらだ。参加者の7割が30歳以下を占めると地元新聞の記者は話す。そのため、国の世俗化を追求する若者ブロガー対イスラム原理主義の対立構造とも考えられる。
(後略)【4月24日 NOBORDER 瀬川 牧子】http://no-border.asia/archives/7953
****************

神に対する冒とくに死罪を設けるよう要求する運動
独立時の戦争犯罪問題とは別に、イスラム原理主義勢力は“神に対する冒とくに死罪を設けるよう要求する運動”を展開し、多くの死者を出しています。死者数は下記記事では28人とありますが、続報では37人と報じられています。

****イスラム冒とくに死罪要求、大デモ隊が警察と衝突 28人死亡 バングラデシュ****
バングラデシュの首都ダッカ(Dhaka)で5日、神に対する冒とくに死罪を設けるよう要求する数十万人規模のデモが行われ、警官隊との衝突で少なくとも28人が死亡した。警察当局と医療関係者が6日、明らかにした。

デモはイスラム強硬派のヘファジャット・イスラミ党(Hefajat-e-Islam)が主催したもの。デモ隊は「アッラー・アクバル(アラーは偉大なり)」「要求は1つ、無神論者に絞首刑を」などと叫びながら、ダッカ周辺の高速道路6本を封鎖。首都と郊外と結ぶ交通機能をまひさせた。

デモ参加者の多くは、地方の農村部出身者だという。警察発表によれば、ダッカ中心部まで20万人が行進し、治安部隊と衝突。デモ隊が警官隊に向かって投石し、警官隊側が警棒で応酬した。また、警察当局はゴム弾のみを使用したと発表したが、目撃者や地元メディアによると、警察署に放火したデモ隊を解散させるため治安部隊が実弾数百発を発砲したという。

最近結党されたばかりのヘファジャット党はイスラム原理主義を掲げ、イスラムを冒とくした者に死罪を科すよう要求している。今回の大規模デモについては、13点の要求項目の推進を掲げて行ったと説明しており、この中には男女が公共の場で自由に同席することを禁じたり、憲法にアラーへの誓いの言葉を復活させることなどが含まれている。【5月6日 AFP】
*******************

【「イスラム協会」の政党登録は違法
上記のような原理主義勢力と世俗主義勢力の対立・混乱のなかで、バングラデシュの裁判所は、イスラム政党「イスラム協会」の元指導者に禁錮90年の判決を下し、また、「イスラム協会」の政党登録も違法との判断を行っています。
なお、この裁判所判決と、【3月2日 産経】にある特別法廷の関係はよくわかりません。

****イスラム政党元指導者に戦争犯罪で禁錮90年、バングラデシュ****
バングラデシュの裁判所は15日、1971年の独立戦争時に殺人などの残虐行為を首謀した罪で、同国最大のイスラム政党「イスラム協会」の元指導者グラム・アザム被告(90)に禁錮90年の判決を下した。

検察側からナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒトラーになぞらえられたアザム被告は、パキスタンからの独立戦争においてパキスタン軍に加勢する民兵組織の設立に関与し、市民に対する残虐行為を主導したとして有罪判決を受けた。

この判決を受けて、同国の主要な野党勢力であるイスラム協会は、裁判の目的は自分たちの指導者を失脚させることであるとして、全国的なストライキを呼びかけた。
同国では判決が出る前から、各地でアザム被告の支持者たちと警察や治安部隊との間で衝突が起きていた。

当局によると、警察はゴム弾を使って鎮圧しようとしたが、ときに実弾を使うケースもあった。
同国北西部では、手製の手投げ弾を投げつけるイスラム協会支持派に準軍事部隊が発砲し、デモ参加者1人が死亡したと、地元警察関係者はAFPに明かした。【7月16日 AFP】
******************

****最大イスラム政党に違法判決=政教分離原則に違反―バングラ*****
バングラデシュの裁判所は1日、同国最大のイスラム政党「イスラム協会」の政党登録は違法との判決を下した。同党憲章が憲法で規定する政教分離の原則に違反しているとの訴えを認めたもので、党支持者からの激しい反発が予想される。【8月1日 時事】
******************

日本的な価値観からすればイスラム原理主義は容認しがたいものがありますが、バングラデシュ国内においてもコアな原理主義者の数はそう多くないとの指摘もあります。ただ、社会的影響力は大きいようです。

“バングラディッシュは人口の約90%がイスラム教徒。しかしイスラム原理主義者らの人口は国内ではわずか9000人にも満たないと政府関係者らは話す。
マイノリティにも関わらず、イスラム原理主義者らが影響力を持つのは、彼らに資金力があるため。地元ジャーナリストは、彼らが国内に多くの病院、銀行などを所有していると明かす。”【前出 瀬川 牧子氏リポート】
 
イスラム政党だけでなく、与党と対立関係にあるバングラデシュ民族主義党(BNP)が反政府の立場で関与すれば、混乱は更に拡大します。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする